第九章 野営は危険があぶない
旅のはじまりは、まず歩くところから!
セラの野営スキルが大活躍……のはずが、道中はちょっとした波乱続き。
初キャンプ、初ごはん、そして――夜の訪問者!?
ゆるく始まってピリッと締まる、そんな一夜のお話です。
センターラ街までは徒歩の旅だ。途中に宿はないため、野営の準備も必要だった。
「キャンプとか、やったことがないな。」
「そういうのは私に任せて。得意だから。」
セラは貧しい村の出身だ。小さい頃から何でも自分でこなせるように教えられてきた。
人数と日数を考え、必要な食料や装備をコンパクトにまとめ、全員で分担して持てるように手際よく調整する。
「よし、出発だ。」
道はほぼ一直線。平原と荒地が広がり、危険なモンスターに遭遇することは少ないと聞かされていた。
二、三時間おきに小休止を取る。歩き慣れていない藤崎は、早くも靴擦れを起こしていた。
「歩き方が悪いんだよ。もっと膝を落として、歩幅を短くして。」
街道といっても舗装などされておらず、砂利と小石が続く荒れた道だ。
セラの指導を受けて、藤崎は歩き方を変える。
「なるほど、確かに歩きやすくなった。」
少しの工夫で、負担がぐっと減る。
「私がヒーリングをかけてあげるわ。ヒール。」
エランが治癒魔法を唱えると、藤崎の足の痛みはすぐに消えた。
「ありがとう。痛みがなくなった。」
その様子を見て、セラは露骨に不機嫌になる。
「歩き方が悪かったら、また靴擦れになるからね! 言われた通りに歩いてよ。」
「分かってるよ。セラの言う通りにする。」
「また痛くなっても、私が治すから大丈夫よ。」
「そういうことじゃない!」
二人のやり取りに苦笑しながら、藤崎はふと思いつき、ナイフを取り出した。
「ちょっと何してるの!」
腕を軽く切り、血がにじむ。
「実験だ。」
セラとエランが慌てて止めようとするのを手で制し、藤崎は小さく唱えた。
「ヒール。」
腕の傷が一瞬で消える。
「い、いったいどうやって……。」エランが目を見張る。
「昨日言った通りさ。イメージできた。」
呆れたようにエランが言う。
「ほんとに何でもアリね。そのうち魔族だと勘違いされないようにしないと。」
「努力するよ。」
「藤崎が自分で治せるなら、エランはもう必要ないね。」セラがぼそりとつぶやく。
それを聞いたエランが藤崎を見る。
「私とエラン、二人ともヒーリングができれば、どちらかが倒れても大丈夫だろ?」
「まあ、確かに。」
エランはほっとした表情を見せた。
夕刻近くなり、三人は街道脇の開けた場所で野営の準備を始めた。
セラとエランが食事の用意をしている間、藤崎は暇を持て余していた。
「あ、そうだ。」
小鍋を取り出して地面に置く。心の中で、水があふれ出るイメージを描く。
「ウォーター。」
鍋の上に現れた水が勢いよくあふれ出し、やがて落ち着く。
「そんなに魔法を使ったら魔力切れになるよ。」
セラの言葉にエランが答える。
「この人、無限に魔力を出せるのよ。」
「そうなの? 相変わらずとんでもない人ね。」
「それが良いところなんだけど。」
「何か言った?」
「別に。」
藤崎は火起こしの魔法で焚火を作った。準備はあっという間に終わる。
「やっぱり、生活魔法って便利だな。」
三人は火を囲み、シチューを温めた。硬いパンをちぎって浸して食べる。
具材はホーンラビットの肉と野菜だ。
「私の世界では、洗濯も掃除も料理も、全部機械がやってくれてた。
でも、こうして魔法で生活できるなら、こっちの世界の方が豊かかもしれないな。」
「異世界って、そんなにすごいところだったの?」エランが興味津々で聞く。
「便利すぎて、逆に不便だったよ。機械を使えないと生きていけない社会だった。
人間の“生きる力”は、むしろ退化してたかもしれない。」
「でも、一度でいいから見てみたいな。」セラが目を輝かせる。
その時、藤崎はふと閃いた。
焚火の炎をじっと見つめ、精神を集中させる。
次の瞬間、炎の上に映像が浮かび上がった。
「な、なにこれ!?」
「動いてる……!」
二人が息をのむ中、映し出されたのは藤崎の故郷――現代日本。
ビルが立ち並ぶ大通りを車が行き交い、人々が歩いている。
映像は切り替わり、新幹線が走り抜け、富士山が遠くに見える。
さらに室内の映像。洗濯機、冷蔵庫、ロボット掃除機、電子レンジ、LED照明……。
「これが、藤崎の世界?」
「どうもそうらしいわね。」
藤崎が目を開くと、映像はすっと消えた。
「イメージを集中するのが難しいな。見えた?」
「うん、すごかった!」セラが感嘆の声を上げる。
「便利そうだったけど……帰りたい?」エランが尋ねる。
「どうだろうな。確かにこっちは不便だけど、未練はあまりない。」
「へぇ、なんで?」
「あっちでは“楽しみ”を作っていたけど、人と関わることが少なかった。
仕事をしても生きてる実感がなかった。でもこっちは違う。人と関わらなきゃ生きていけない。
だからこそ、“生きてる”って感じられるんだ。」
「それって当たり前じゃない?」セラが首をかしげる。
「君たちにとってはね。でも私の世界では、人と関わらなくても生きられる社会だった。
こっちに来て、ようやく自分の居場所を見つけた気がする。」
「じゃあ、ずっとこっちにいるんだ?」
「そうだね、そのつもりだよ。」
セラとエランは顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。
食事を終えた後、藤崎は生活魔法で皿を洗う。
「クリーン。」
新品同様に光る皿を見て、エランが感心したように言う。
「もっと生活魔法をみんなが使えるようになればいいのに。」
その言葉に、藤崎はふと調整者の言葉を思い出した。
――“人の革新を実現せよ。”
もしかして、魔法の素質は誰にでもあるのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎる。
だが疲労が限界に達していた。
瞑想で精神を研ぎ澄ませても、肉体の疲れまでは消せない。
「交代で見張ろう。最初はセラ、次は私だ。」
「うん、分かった。」
動物の毛皮で作られたシートを広げ、その上に横になる。
柔らかな風を感じながら、藤崎はすぐに眠りに落ちた。
-----
「起きて。」
セラのささやきで目を覚ます。体内時計だと2時間くらい眠った感じだ。
「どうした?」
「あれ。」
セラが指をさす。焚火は熾火になっていて、周囲はほぼ真っ暗だ。
目を凝らす。荒野の中に光るものが見えた。
「ダイアウルフよ。」
D級のモンスターだが、集団で襲ってくるため、脅威度はC級に匹敵する。五頭か六頭はいるだろう。
「明るくしましょうか?」
起きてきたエランが小声で言う。魔法の照明で周囲を照らすつもりだ。
頭の中ですばやく考える。セラは一頭を倒すくらいの実力は持っている。しかしエランは魔法を唱える間に接近されると危ない。
「私がやろう。二人は支援に徹してくれ。」
立ち上がり、半瞑想状態に入った。
意識の範囲を広げていく。何かの意識が引っかかった。ダイアウルフだ。
二十メートルくらい広げると、全部で八頭いることが分かった。正面だけでなく、後ろにも回り込んでいる。
「統制が取れているな。ボスはどれだ?」
正面のやや左寄りの奥に、強い意志を放っている個体がいた。おそらくこいつがボスだろう。
「ダイアウルフにも使えるのか、試してみるか。」
藤崎は銀龍の時と同じように、精神での接触を試みた。しかし感じられたのは攻撃の意志だけだ。
「あ、こりゃダメだな。」
この群れはかなり飢えているのだろう。自分たちを襲って食べることしか考えていないようだった。
「仕方がない。恨まないでくれよ。」
体内に魔力を引き込む。周囲からどっとあふれんばかりの魔力が流れ込んできた。
両手を少し持ち上げて、何かを抱えるような仕草をした。手の間に強烈な振動が走る。
「ヴァルト。」
轟音と共に手のひらの間からまばゆい光が四方へ放射された。正確にダイアウルフを貫いていく。
光に貫かれたウルフは一瞬で丸焦げになっていた。
「ふう、できたな。」
「な、なに、今のは……?」
セラとエランは耳を押さえていた。とてつもない轟音で耳を傷めたのだ。
「雷撃系の魔法だ。」
藤崎はそう言って二人にヒーリングを施した。
三人で死んだダイアウルフを集める。体内に魔石があるか確認するのだ。
「見つけた。」
「こっちもあったわ。」
魔石はギルドで売ることができる。魔力を動力にした機械に使えるのだ。
「どんな道具があるんだ?」
藤崎はエランに聞いた。
「ランプとか照明ね。探知装置とか、精密なものだと伝書鳥みたいに飛ばせるやつもあるわ。私たちは見たことないけど。」
「王様とか、金持ちの商人が持ってるよ。」
魔石の数を数えながらセラが言う。
「にしても、すべてを一撃で倒してしまうなんて。やっぱりとんでもない人ね。」
普通は一回の魔法で一発しか出せないという。
「動物を殺すのは好きじゃないんだ。だけど意思疎通が無理だったので仕方ない。」
「あきれた。ダイアウルフと話すつもりだったの?」
「この人、銀龍と話したことあるからね。」
魔石は全部で三つ見つかった。サイルーンに戻ったら査定してもらうことにする。
「二人は休んでくれ。朝まで私が見張っておこう。」
焚火の火が静かにゆらめく。
セラは毛皮にくるまりながら、小さくつぶやいた。
「……ほんと、変な人。」
静かな夜に現れたダイアウルフの群れ。
まさか一瞬で全滅とは、さすが瞑想チート。
とはいえ、セラもエランも頼もしくなってきましたね。
次回はセンターラ街編――物語が少しずつ動き出します。




