足音
しいなここみ様『いろはに企画』参加作品となります!
最低限の明かりだけが残っている、オフィスの廊下。タイル張りの廊下を歩く度に、コツ、コツ──と自分のヒールの足音が響く。
ふと、その足音が一つ増える。私にヒールの音とは違う、重い足音。
静かな廊下に響く、二つの足音。反響するその音が、どこから聞こえるのか分からない。分からないが、なんとなく後ろから聞こえる気もする。
暗いオフィスも相まって、恐怖心が高まり、足が自然と早くなる。
──コツ、コツ。
──コツン、コツン。
確実に私とは違う足音。
後ろを振り返るが、所々にある心もとない蛍光灯が廊下を照らしているだけ。廊下を歩くのは私だけ。
すぐそこを曲がれば、エレベーターが待っている。その一心で、足を速める。
後ろを気にしながら角を曲がった瞬間、体に衝撃が走る。
「おっと」
突然聞こえる声。それと同時に反射的に目を閉じてしまう。
「──!?」
衝撃と驚きで、倒れ込みそうになった私の腕を誰かに引っ張られる。
恐怖心で目を開けられず、情けなく震えていると、優しい声が投げられる。
「おや、今日も残業ですか?」
聞き覚えのある声。
閉じていた目を、ゆっくりと開けると、そこには顔なじみになりつつある警備員が立っていた。その姿にホッとし、怖がっていたことを誤魔化すように笑って答える。
後ろから聞こえると思っていた足音も、廊下で反響していたこの人の足音だったのか──と自分のビビり具合に呆れながら、エレベーターのボタンを押す。
エレベーターを待つ間、警備員と他愛のない会話を繰り替えす。
恐怖心も薄れ、何を怖がっていたのか──と、話のネタが増えた程度に思っていると、チン──と、エレベーターの扉が開く。
警備員に“お疲れ様でした”と声をかけ、エレベーターの『閉』のボタンを押す。
「はい、お疲れ様でした」
閉まっていくエレベーター。
背を向けて去っていく警備員。その背を見ながら、ふと思う。
(警備員なのに、サンダルなんて履いていいのかな……)
警備員が視界から外れ、彼の足音だけが聞こえてくる。
──ペタ、ペタ、と。
***
「うー、さむ」
日付が変わる前には家に着きたい。そんな一心で、いつもなら通らない公園を抜けて行く。
寒空の中、道に散っている落ち葉が風によって舞っている。
水分が抜けた葉を踏み、カサ、カサ──と心地よい音を聴きながら歩みを進める。
──コツ、カサ。
──コツ、カサ。
ヒールの音と、枯れた葉が潰れる音。
公園内の、まばらにしかない街灯を求めるように歩みを進める。公園の出口まで、あと半分──という所で、ふいに違和感に気付く。
──コツ、カサ。
──コツン、ガサッ。
私とは違う足音と、一つ多い枯れ草の音。
少し後ろから聞こえる音に、バッ──と後ろを振り返る。しかし、そこには風に吹かれる木々だけが存在を主張している。
何とも言えない感情が沸き上がる。その感情が『恐怖心』だと自覚しないように、自分を奮い立たせながら、歩幅を大きくする。
徐々に見えてくる、公園の出口。
しかし、それに比例するように近づいてくる足音。
(早くっ……!)
焦る気持ち。
──コツ、カサ。
──コツン、ガサッ。
真後ろから聞こえる足音。もうダメだ──と思った瞬間、車の騒音が広がる。公園を抜け、人の営みが聴こえる。
道路沿いの部屋に住んでいるため、いつも車の騒音に悩んでいたが、今日ほど騒音に感謝したことはない。広がっていく安心感。
聴こえなくなった足音。頭を振り、今の出来事を忘れるように帰路を急ぐ。
***
「ただいまー」
一人暮らしの部屋からは、何も返ってこない。そんな生活にも慣れ、溜息を吐きながら靴を脱いでいく。
明日も朝が早いことに憂鬱な感情を抱く。そんな嫌な現実から目を逸らしながら、床の軋む音を鳴らしながらリビングへ向かう。
──ギシ、ギシ。
冷蔵庫にお酒は入っていただろうか──なんて考えながら、リビングへ続く扉の取っ手を握った瞬間、あり得ない音が響く。
ギシ、ギシ──と、私へ向かってくる床が軋む音が。
初めてのホラー作品でした!
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