学級委員長、高山さん
「痴漢を捕まえたい?」
朝のホームルーム前、橋本から「ちょっとこっちきてください」と手招きされて向かった階段踊り場。登校してきた生徒で賑わう中央階段とは違って、非常口に繋がる校舎脇のこっちの階段はこの時間、ほとんど人が通らない。
待っていたのは、橋本と、もう一人。
うちのクラスの学級委員長、高山だ。
「鬼塚、レンタルできるって聞いたんだけど」
「レンタル・・・・・・まあ、俺にできることなら手伝うけど」
高山の隣に立つ橋本が「私が紹介しました!」と誇らしげに胸を張る。
先日、橋本のちょっとした頼みを手伝ってから数日も経っていないというのに、もう高山のところまで話が広まっているらしい。
さすが学内カーストトップ、こういうのを一軍女子、というのだったか?普段そこまで話している姿を見ない高山とも親しげな様子だ。
「いつも使ってる路線に、先週から痴漢が出るの。うちの学校からも何人か被害に遭ったって子がいて、そいつを捕まえたいのよ」
「警察には?」
「言った。でも、登校と帰宅の満員の時間を狙われてて、捕まえようにも身動き取れないし、痴漢はやたら逃げ足が早くて、人混みに紛れて捕まらないのよ」
「俺がいたら、痴漢が寄ってこないと思うんだが」
「鬼塚には、離れたところで痴漢がいないか見てて欲しいの。鬼塚の身長なら、人に埋もれて前が見えないってことないでしょ?」
確かに。
頭ひとつ、どころかふたつみっつは高い俺の身長は、たいていの人間を上から見下ろしている。
高山も、橋本に比べたら身長が低い方ではなく、おそらく女子の平均くらいなのだろうが、俺からは、顔よりもつむじの方が見える面積が大きい。
今、俺にその顔が見えているのは、高山も橋本も、階段の数段上に立っているからだ。
責任感の強い目で俺を射抜いた高山は、「じゃあ放課後に作戦会議するから」と言い残し、肩口で切り揃えられた黒髪を揺らして去っていった。
「橋本も来るのか?」
残った橋本に尋ねると、橋本は「美術部の先輩も使ってる路線なんです!」と答えた。
「痴漢に遭うかもしれないし、危ないぞ」
「大丈夫です。もし痴漢がきたらすぐに助けを呼ぶんで、一捻りしちゃってください!」
まあ、本人がやる気だしいいか。
***
放課後になった。
作戦はこうだ。
痴漢が出没するという時間帯、被害情報のあった区間をひたすら往復して痴漢を探す。
どうもうちの学校からの被害が一番多いらしく、高山と橋本は、囮として車内をうろつく。
俺はそれを離れたところから見張り、二人のどちらかが痴漢の証拠をスマホのカメラで収めたところを俺が捕まえる、という手筈だ。
うちの女子制服は近隣の高校の中でも唯一セーラー服なので、もしかしたら痴漢の趣味なのかもしれない。
高山と橋本が、スカートが短い方が痴漢が釣れるだろうか、と腰のところで巻きあげようとするのは止めた。満員電車でそこまで見てターゲットを選んでいるとも思えないし、そもそも痴漢相手にサービスしてやる必要はない。
捕獲の合図用に、連絡先も交換した。
家族と友人の嶋田以外では、初めての連絡先交換だ。俺のスマホに二人も女子の名前があるという事実はなんだか感慨深いものがある。
まあ、学校の人気者とクラスの学級委員長の連絡先なんて、珍しいものではないのかもしれないが。
「鬼塚くんの連絡先・・・・・・レアだ!」
どうやら俺の連絡先の方が希少価値は高いらしい。
三回目のトライで、俺のスマホは震えた。
どうやら高山の方が犯人を捉えたらしい。
満員にも関わらず、俺の周りだけできている空白地帯を拡げるように、高山の元まで進む。「き、きた!」「モーセだ!」と聞こえる悲鳴は無視だ。
撮られているとは知らずに、鼻の下を伸ばした男の首を背後から掴み、顔の高さまで持ち上げる。
「な、なんだ!?」と錯乱した痴漢が振り返り、俺の顔を正面から見た瞬間ーー。
あ、死んだ。
***
その後気絶した痴漢を駅員に引き渡し、警察に事情を説明し、「囮なんて危ないことをするんじゃない」と叱られた俺たちは、今揃って和菓子屋に来ている。
ちなみに駅から帰り際、聴取をした警察からは「君、警察官に興味ない?組対とか、絶対素質あるよ」とスカウトを受けた。
高山のうちがよく使っているという和菓子屋は、小さいながらも綺麗な店で、おすすめだという大きい羊羹を二本、お礼だと言う高山に奢ってもらった。
店の外に置かれたベンチに並んで座り、それぞれ店で購入した和菓子を頬張る。口を潤すのは、駅員がせめてお礼に、とくれた緑茶のペットボトルだ。
高山と橋本が栗の入ったどら焼きに口をつけるのを横目に、俺はさっき礼に貰った羊羹を一本取り出し、包みを剥いて端から頬張る。うまい。
しつこくない上品な甘さは、近隣だけではなく遠くの方からも客が来るときいて納得の味だ。
「このサイズの羊羹をそのまま食べる人初めて見た」
「コッペパン食べてるみたい」
気がつけば、二人が目を丸くしてこっちを見ている。
まあ、男と女では食べる量も違う。けして俺が特別なわけではない。多分。
「今日は本当に助かった」
「どうも」
「鬼塚に助けてもらったの、実は二回目なのよね」
そんなことあったか?
俺が心当たりを思い出せずにいると、高山が続けた。
「ほら、一年の時。委員会決めで美化委員だけ決まらなくて、みんなイラついてきちゃって、進行してた私もすっかり困っちゃって、正直泣きそうだった」
まだ高校入ってすぐだったしね、と言う高山に、ああ、と橋本が思い出す。
「美化委員って地味な割に仕事多くて、拘束時間も多いし、人気無かったですよね」
「そんな時に鬼塚が手を挙げてくれてね、花とか全然興味なさそうなのに」
「好きでも嫌いでもないけど、俺は部活も入る予定無かったし。時間はあったから」
実際、夏休みにせっせと水やりに通っていたのだって、家に友達を呼びたい妹に「お兄ちゃんほんと悪いんだけど、友達がビビるからどっか出掛けてきて」と追い出されていたからなんだが。
「でも、あの時はありがと」と言う高山と橋本と三人で、改めて手に持ったペットボトルの底を軽くぶつけ合い乾杯をする。おつかれさま。
後日、痴漢を捕まえた、という話が、俺が痴漢の首を素手で捩じ切った、という話に何故かすり替わり、俺はこの路線を使う乗客達の間で、恐れられることとなった。




