第六話 二人の時間
昼休み。
杏奈は机に弁当箱を広げ、箸を手に取りかけたところだった。
すると――背後から聞き慣れた声。
「……隣、いいかしら」
杏奈が顔を上げると、零が立っていた。
そのまま当然のように椅子を引き、杏奈の隣へ腰を下ろす。
教室のあちこちで、同級生たちが 「えっ!?」「え、南雲さんが……?」 とざわめき、コソコソ声が飛び交う。
そんな周囲の視線など気にもせず、杏奈は首を傾げた。
「なんで急に来たの?」
零は窓の方を見ながら、小さく答える。
「……別に。杏奈とちょっと話したかっただけ……だし……」
杏奈は思わずくすりと笑った。
零がむっとして視線を戻す。
「な、なによ」
「いや……なんか、零ちゃんってツンデレだったんだぁって思って」
「はあ!?ちちち、違うし!!」
零の顔が赤く染まり、普段のクールさが崩れる。
杏奈はその様子にさらに笑ってしまった。
「ふふ……やっぱりかわいいな、零ちゃん」
零は耳まで真っ赤にしながらそっぽを向く。
二人のやり取りを見ていたクラスメイト達は、さらにざわめき始める。
「え、ちょっと待って……今、神村が“零ちゃん”って言わなかった?」
「南雲さん、顔赤くない!? なにあれ、可愛いんだけど……」
「え、あの二人ってもしかして……」
教室中が小さなざわめきと好奇心に包まれていく。
しかし、当の二人はそんな周囲の声など耳に入らず、自然な距離感で昼食を食べ始めていた。
すると、横から控えめな声がした。
「あ、あの……僕も、一緒にいいかな?」
突然現れた亮に、杏奈は驚きつつも笑顔を見せる。
「うん、いいよ――」
そう言いかけた瞬間。
「……」
零がじろりと鋭い視線を亮に向けた。
その瞳は冷たく、まるで氷の刃のよう。
「誰? こいつ」
零の一言に、杏奈は慌てて手を振る。
「影山くんだよ! なんでそんな喧嘩腰なの……」
零はふんっと鼻を鳴らし、顔をそむける。
「……別に」
だが視線の端はしっかりと亮を監視するように睨んでいた。
杏奈は苦笑いしながら二人の間を見て、
「えっと……仲良くしようね?」と場を収めようとする。
亮は「う、うん……」と蚊の鳴くような声で答え、零は無言のまま箸を動かした。
その様子を遠巻きに見ていたクラスメイトたちはまたもやコソコソ。
「え、なんか今、修羅場じゃない?」
「影山くん……勇気あるなぁ」
「ていうか南雲さんの“誰こいつ”めっちゃ怖かった……」
教室の空気はさらにざわつきを増していた。
気まずい空気の中、亮は箸をぎゅっと握りしめ、勇気を振り絞った。
「……あの、神村さん」
杏奈が首をかしげて「ん?」と振り向く。
「こ、この前見せてくれた写真……また、見せてほしいなって」
杏奈は一瞬きょとんとしたが、すぐに柔らかく笑った。
「うん、いいよ! あとでまた見せてあげるね」
しかし、その横で黙々と食べていた零の手が止まる。
ゆっくりと亮に顔を向け――じろり。
「……なんで見たいの?」
冷たい声と共に、零の瞳が鋭く光る。
その視線は圧倒的な重みを持ち、亮は思わず背筋を伸ばした。
「あ、えっと……ただ、神村さんの写真って、すごくきれいで……」
しどろもどろに言葉を探す亮。
零はさらにじわりと身を乗り出し、低く呟く。
「へぇ……きれい、ね」
「ちょ、ちょっと零ちゃん! そんなに睨まなくても……!」
杏奈が慌てて手を振る。
亮は顔を真っ赤にして下を向き、
「ご、ごめん……変なこと言っちゃったかな……」と小さく漏らした。
周囲のクラスメイトたちは、この異様な空気にさらにざわつく。
「え、南雲さん、影山くんにめっちゃ圧かけてない?」
「神村って、なんでそんなにモテモテなの!?」
「いやいや、三角関係始まったんじゃないの!?」
教室の空気は昼休みとは思えないほどざわざわと熱を帯びていった。
さらに騒ぎを聞きつけて美玲たちのグループがひょっこり顔を出す。
「ちょっとちょっと〜、南雲さんってそんなに杏奈と仲良かったっけ?」
美玲がにやにやしながら問いかける。
零は机に肘をついたまま、冷たい瞳でちらりと見やり、
「……別に。元々仲良かったけど」
と、ぶっきらぼうに答えた。
その冷たさに一瞬周りが静まる――が。
杏奈が笑顔で口を開いた。
「ううん、昨日改めて友達になったんだ」
その一言に、零の表情が一瞬で崩れる。
「……はあ? 違うから! 前から仲良かったし!」
耳までほんのり赤くしながらむくれる零。
その様子を見た美玲は、なるほどね、と口元に笑みを浮かべた。
「ふ〜ん……零ちゃん、きっと恥ずかしいだけだよね」
杏奈もすかさず頷く。
「そうそう、零ちゃん、素直じゃないだけなんだよ」
「も、もう知らない……」
零は顔をそむけ、そっぽを向いてしまう。
しかし、その姿を見ていた周囲のクラスメイトや美玲たちは心の中で同じことを呟いていた。
「……かわいい」
教室はさらに温かく、ざわざわとした笑い声に包まれていった。
零はムスッとしたまま横を向いていおり、杏奈は心配そうに小声で言う。
「ごめんね、零ちゃん……」
だが、零は顔を向けず、不機嫌なまま黙り込む。
杏奈は少し考え、ふと思いついたように笑顔を浮かべた。
「じゃあ……卵焼きあげるから」
すると零は片目だけ開けて、ちらりと杏奈を見た。
「……ほんとに?」
杏奈はこくりと頷き、小さな卵焼きを箸で零の弁当箱に移した。
零はためらわず口に運ぶ。
「……おいしい」
その短い言葉に、杏奈の顔がぱっと明るくなる。
「お母さんが作ってくれたんだ」
零は一瞬黙った後、すかさず口を開く。
「……じゃあ、私の肉団子も食べて」
杏奈は嬉しそうに「うん!」と頷き、弁当箱を差し出そうとする。
だが、零は箸で肉団子を摘んだまま、杏奈の顔の方へ近づけた。
杏奈が首をかしげながら「?」と笑うと、零は恥ずかしそうに視線を逸らしながら言う。
「……何してんの、ほら早く」
「――あーん」
杏奈は一瞬目を見開いたが、頬を赤らめながら肉団子を口に運んだ。
「……おいしい」
その瞬間、杏奈は口元を手で隠して笑い、そして気づく。
――周りのみんなも、同じことを思っていた。
「あーん!? あの南雲零が!?」
教室は一気に騒然となり、背後から「キャー!」という女子の声まで上がった。
零は耳まで真っ赤にしながら「……もう知らない」と顔を背けるが、その表情はどう見ても照れているだけだった。
その日の放課後、杏奈は零を連れて港へ歩いていた。
潮の香りが漂い、夕陽が水面に反射してきらめく。
「なんでわざわざ港なんかに……」
零は腕を組み、相変わらずのツンとした態度。
杏奈は笑って首を振る。
「いいから、行ってみよ」
港の防波堤に着くと、すでにカコとコン、そしてはっちゃんが待っていた。
カコはストローを刺した缶ジュースを片手に振り返り、杏奈と零が並んで来るのを見て思わず声を上げる。
「えっ!? 二人一緒に!? え、え、なにこれ〜!? まさかもう仲直り通り越してデート?」
杏奈は少し照れながらも「そんなのじゃないよ」と笑う。
だが、横の零は顔を赤らめながらもツンと顔をそむける。
「……別に、一緒に来ただけだし」
はっちゃんはぱあっと顔を輝かせ、手を叩いて喜んだ。
「わー!杏奈ちゃんと零ちゃんが仲良しだ〜!やっぱり友情って最高〜!」
コンは無言で、ただコクンと頷くだけ。だが、どこか安心しているようにも見える。
カコはにやりと笑いながら零の顔を覗き込む。
「……ねぇねぇ、零ちゃん、なんか照れてない〜?」
「……うるさい」
零はそっぽを向いたまま、潮風に髪を揺らす。
その姿を見て、杏奈も思わず笑みをこぼした。
港に集まった5人。カコは島の地図を広げ、パンッと叩
いて言った。
「よーし!次の怪異スポットはここ!――廃遊園地!」
杏奈は目を丸くする。
「えっ……遊園地? あの閉鎖されてるやつ……?」
カコはニヤリと笑って頷く。
「そうそう!観覧車が勝手に回るって噂のね!」
零は腕を組んでため息をつく。
「くだらない……ただの風でしょ」
だがカコはすかさず人差し指を立てる。
「甘いなぁ零ちゃん!実は行方不明になった人もいるんだよ?噂によるとふざけて観覧車に乗ったら二度と降りられないとか……」
杏奈は顔を引き攣らせる。
「や、やっぱり怖いんじゃん!!」
はっちゃんはぴょんと飛び跳ねて、両手を広げる。
「わーい!遊園地だ遊園地だ!お化け屋敷もあるのかな!?子供いっぱいいたら最高なのにー!」
コンは短く「……いるわけない」と一言。
杏奈はカメラを胸に抱きしめながら、不安げに呟く。
「でも……廃遊園地って絶対に怖いよね……」
零は横目で杏奈を見て、小さく鼻を鳴らす。
「怖いなら来なければいい」
杏奈はむっとして言い返す。
「行くよ!だって私も仲間だもん!」
カコは満足そうに笑い、指を観覧車のアイコンに置いた。
「じゃあ決まり!次は廃遊園地調査、開始だよ!」
夕陽に照らされる港で、5人の影が長く伸びていた。
夕暮れの港町。
赤く染まる空の下、杏奈と零は並んで歩いていた。
波の音とカモメの声が、二人の沈黙を優しく包む。
ふと、零が立ち止まり、小さく呟いた。
「……さっきは、ごめん」
杏奈は驚いて足を止める。
「え? なんで?」
零は少し視線をそらし、つぶやく。
「いや……“怖いなら来なければいい”とか言っちゃったから」
杏奈は一瞬きょとんとした後、ふっと微笑んだ。
「零ちゃん、ほんとに優しいね」
零は目を見開き、耳がほんのり赤くなる。
「な、なに言ってんの。別に優しさとかじゃ……」
杏奈はにこっと笑いながら歩き出す。
「ううん、ちゃんと伝わってるよ」
零は口を開きかけてやめ、そっぽを向いた。
「……もう、勝手に思っとけば」
それでもその横顔は、どこか安堵に満ちていた。
夕暮れの帰路を辿り、杏奈は家に帰ってきた。
港での作戦会議や、帰り道での零との会話を思い出しながら、ふわりと笑みを浮かべる。
部屋に入り、制服をハンガーにかけてからベッドにぽすんと腰を下ろした。
カメラを抱きしめ、ぽつりと独りごとを漏らす。
「……零ちゃんって、やっぱりツンデレだなぁ」
そう言った瞬間、杏奈の頭の中には――
真っ赤になりながら「違うし!」と叫ぶ零の顔が浮かんだ。
杏奈は思わずくすっと笑って、ベッドにごろんと転がる。
「ふふ……なんか、可愛い」
その笑顔のまま、杏奈は窓の外を見上げた。
先ほどまで夕方だと思っていたのに、空はもう暗くなり、星が輝きはじめている。
港の潮風の香りがまだほんのり残っていて、心が少し温かくなる。
「遊園地………か…………」
杏奈はぽつりと呟いた。
翌朝。
杏奈はいつもより少し早めに登校していた。
昇降口に入ると、そこには――まるで待ち伏せしていたかのように、亮が立っていた。
杏奈は驚き、首をかしげる。
「影山くん……? どうかした?」
亮はぎゅっと拳を握りしめ、緊張で唇を震わせながら言葉を探す。
「……あのっ!」
杏奈が「うん?」と見つめると、亮は深呼吸して顔を赤くしながら叫ぶように言った。
「来週!……………一緒にどこか行かない?」
廊下に差し込む朝の光が二人を照らす。
杏奈は思わず目を瞬かせ、口をぽかんと開けた。
「え……一緒に……?」
亮は視線を泳がせ、声を絞り出す。
「う、うん……どこでもいいんだ。ただ、神村さんと一緒に過ごしたいなって……」
クラスに入る前の静かな昇降口。
二人の間には、不思議な緊張感が漂っていた。
杏奈は少し驚いたものの、亮の必死な表情を見て、自然と微笑んだ。
「……うん、いいよ」
その言葉を聞いた瞬間、亮の顔がぱっと明るくなる。
「ほんと!? やった……!」
だが――杏奈の心の中は複雑だった。
(え? これって……友達としてってことだよね?
そうだよね、そうそう、友達として!……うん、絶対そう!)
必死に自分を納得させようと、胸の中で何度も繰り返す。
だがほんのり赤くなった亮の頬を見て、杏奈はさらに心臓がドキドキしてしまった。
杏奈は笑顔を崩さないまま、内心では「やばい……どうしよう」と混乱し続けていた。
朝の廊下はざわめきで満ちていたが、杏奈の耳には亮の声と自分の鼓動しか聞こえていなかった。
――そのやり取りを、廊下の奥から冷たい瞳で見つめる影があった。
「……随分仲良いのね」
低い声に杏奈が振り返ると、そこには腕を組んで立つ零の姿があった。
杏奈は慌てて笑顔を作る。
「あ、零ちゃん! おはよ!」
だが、零は杏奈ではなく亮を睨みつける。
「……で? あんた、杏奈とどこに行くって?」
突然向けられた視線に、亮は言葉を詰まらせた。
「え、えっと……その……」
顔を真っ赤にしてしどろもどろになる亮。
杏奈は慌てて手を振る。
「ち、違うの!ただ一緒に写真を撮りに――」
「……ふん。どうせ“友達として”なんでしょ」
零はそう言って、わざとらしくそっぽを向いた。
だが耳の先がほんのり赤く染まっているのを、杏奈は見逃さなかった。
杏奈の胸に広がるのは――安堵と、ちょっとした混乱。
友達としてなのか、それ以上なのか。
そして零の言葉の裏にある感情を、杏奈はまだうまく読み取れずにいた。
放課後。公園のベンチに腰を下ろした杏奈、零、カコ、コン、はっちゃんの5人。
カコは手元の地図を広げながら、缶ジュースを片手に元気よく言った。
「じゃあ、次の廃遊園地の調査は――今週末にしよっか!」
杏奈はこくりと頷き、「うん!」と声をあげる。
コンとはっちゃんも異論はなく、空気がまとまりかけていたその時――。
「……でも、その日、杏奈デートらしいから無理じゃない?」
零がさらっと言い放った。
杏奈は「ええええ!?」と声を裏返し、顔を真っ赤にする。
「ちょ、ちょっと零ちゃん! なんで言っちゃうの!? っていうかデートじゃないし!!」
カコは目を輝かせ、にやにや笑いながら杏奈の肩を揺さぶる。
「え〜!? 杏奈ちゃんデート!? 相手だれだれだれ!? 」
杏奈は慌てて両手をぶんぶん振り回す。
「ち、違うの!ただ写真撮りに行くだけで……デートじゃなくて……!」
はっちゃんは両手で頬を押さえながら大げさに叫んだ。
「きゃ〜〜!杏奈ちゃんにも春が来たんだね〜♡」
コンは無言のまま、ただじっと杏奈を見て「……デート」とぽつり。
零は腕を組んでそっぽを向いたまま、淡々と続ける。
「……本人はデートじゃないって言い張ってるけど。ふん」
杏奈は涙目で叫ぶ。
「零ちゃんまでそんなこと言わないでよ〜!!」
公園の空気は、一気に賑やかな笑い声に包まれていった。
しばらく笑い合った後、カコがパンっと手を叩いて場を落ち着ける。
「じゃあ、決まりだね!杏奈ちゃんの“デート”が終わったら、みんなで遊園地調査!」
杏奈は真っ赤な顔で慌てて否定する。
「だからデートじゃないってば〜!!」
零は腕を組んでぷいっと横を向き、呟いた。
「……別にどうでもいいけど」
その表情は無関心を装っているものの、ほんのりと耳が赤い。
杏奈はそれに気づいて、思わず苦笑する。
三日後
午前。
駅前のロータリーで、亮は落ち着かない様子で立っていた。
手はそわそわと落ち着きなく動き、何度も腕時計を確認する。
「……早く来すぎたかな」
小さく独り言をこぼし、通りすぎる人々の視線にすら敏感になっていた。
そのとき――。
「影山くん!」
明るい声に振り返ると、そこには杏奈が立っていた。
制服ではなく、柔らかい色合いのブラウスにスカート。
肩には小さなショルダーバッグを掛けていて、普段の学校とはまるで違う“女の子らしい”姿。
亮は一瞬で言葉を失った。
(か、可愛い……!?)
心臓がバクバクと音を立て、視線を逸らそうとするが、どうしても杏奈から目が離せない。
杏奈が不思議そうに首をかしげる。
「どうしたの?」
亮は慌てて視線を逸らし、顔を赤くしながらごまかした。
「い、いやっ! なんでもない!」
杏奈はそんな亮の様子に、くすっと笑ってしまう。
「ふふ……影山くんって、やっぱりちょっと変だね」
亮はさらに耳まで赤くなり、声にならない声を漏らした。
駅前に吹く風は爽やかで――二人の“初めての休日”が始まろうとしていた。
杏奈と亮は商店街を並んで歩いていた。
杏奈はカメラを手に、アーケードに並ぶお店や人々の姿を次々と撮影する。
「ほら、影山くん、こっち向いて!」
「え、あ、う、うん!」
亮はぎこちなくポーズをとり、杏奈は笑いながらシャッターを切った。
そんな微笑ましい空気――だが。
少し離れた人混みの中。
帽子を目深にかぶった謎の緑髪の少女が、雑に広げた観光マップで顔を隠しながら小声で囁いた。
「よしよし、順調に進行中……っと」
隣では、謎の真っ白な髪の美少女が無言でサングラをかけて立っている。
さらにその後ろ、零はラフな格好のまま腕を組んでいた。
「ねぇ……零ちゃん。尾行って普通、もっと変装するもんだよ?」
カコが小声でツッコむが、零は一瞥すらくれない。
「別に、バレてもいい」
「いやいやいやいや!それダメでしょ!」
カコが首をかしげる。
「ていうか、はっちゃんは?」
「……子供の集まりに混ざってる」
サングラスをかけたコンが短く答えると、カコは「だよね〜」と納得したように頷いた。
一方その頃。
杏奈はシャッターを切った後、ふと背後を振り返った。
人混みの中に、どこか見覚えのある気配を感じたのだ。
(……ん? 今の、カコちゃんの声……?)
だが、亮に「神村さん、アイス食べる?」と声をかけられ、杏奈は慌ててそちらに振り返る。
「う、うん!食べる!」
杏奈と亮は商店街の小さなアイス屋に立ち寄った。
ショーケースには色とりどりのアイスが並んでいる。
「神村さんはどれにする?」
亮が少し緊張した声で聞くと、杏奈はしばらく迷ってから指差した。
「じゃあ……いちごミルク!」
亮はうなずき、自分はバニラを選んだ。二人は並んでベンチに座り、アイスを口に運ぶ。
杏奈がぺろりと舌を出して言う。
「冷たっ!……でも美味しい!」
亮はそんな彼女の無邪気な表情に見惚れてしまい、アイスを食べる手が止まる。
「……っ!」と慌てて視線を逸らすが、杏奈に気づかれてしまう。
「影山くん、見てたでしょ?」
「え!? い、いや……!その……」
顔を真っ赤にしてしどろもどろになる亮。
杏奈は小さく吹き出して、スプーンですくったアイスを差し出す。
「ほら、あーん」
「えっ!? あ、あーん!?」
亮は完全に固まり、周囲をキョロキョロと見回す。
杏奈はクスクス笑って、ほんの少しからかうようにスプーンを近づける。
「早くしないと溶けちゃうよ?」
意を決した亮は、恥ずかしそうに口を開けて受け取る。
「……っ!」
甘さと冷たさ、そして何より杏奈の仕草に、頭が真っ白になる亮。
杏奈は嬉しそうに笑い、頬を赤らめながら呟いた。
「なんか……こういうの、ちょっとデートっぽいね」
亮の心臓は爆発しそうなほど高鳴り、杏奈もまたカメラを抱きしめながら胸の奥でそっと呟いていた。
(やばい!やばい!影山くんかわいい!顔赤くしてあたふたしてるの可愛すぎる!!)
すぐに頭を振って否定する。
(な、何言ってるの私!? 可愛いって……でも……ほんとに、かわいいんだもん……!)
二人はどちらも心臓を跳ねさせながらアイスを口へ運ぶ。
少し離れた建物の影で、カコ・コン・零の三人が身を潜めていた。
カコは胸の前で両手を握りしめて小声で騒ぐ。
「きゃーっ!きゃーっ!なんか青春っぽいことしてるー!やばい、尊いー!」
その横で、零はじっと亮を睨んでいた。
冷たい瞳に、ぞくりとするほどの殺気が宿る。
「……あいつ。殺す」
ぼそりと呟いた零の言葉に、カコとコンは慌てて零の肩を掴む。
「ちょっ!ダメだってば零ちゃん!尾行バレる以前に事件になるから!」
「……落ち着いて」コンも短く言う。
甘い時間を過ごす杏奈と亮。
その背後には、必死に抑えられている零の殺意と、暴走しかけるカコの興奮が渦巻いていた。
その後、杏奈と亮は商店街を歩きながら、気になる風景を次々とカメラに収めていた。
杏奈はカメラを構えて、色鮮やかな果物が並ぶ八百屋をパシャリ。
「うん、今日もいい感じ!」
亮はその横で、おずおずと声をかける。
「神村さん……僕も撮っていい?」
杏奈は「もちろん!」と笑い、カメラを手渡す。
亮は少し緊張しながらファインダーを覗く。
画面には、嬉しそうに笑う杏奈の姿。
シャッターを切った瞬間、亮の心臓は強く跳ねた。
「……っ」
「どう?ちゃんと撮れた?」
「う、うん……すごく……」
亮は顔を赤くして言葉を濁す。
その後、二人は近くの小さな公園に足を運んだ。
ブランコに座った杏奈を、亮は思い切ってカメラに収める。
「え、ちょっと待って!私ばっかり写るじゃん!」
杏奈は照れながらも、ブランコを揺らして笑う。
亮はその笑顔に見惚れつつ、無意識に呟く。
「……可愛い」
「え?なんか言った?」
「な、なんでもない!!」
二人の距離は少しずつ近づき、カメラの中にはお互いを写す時間が増えていった。
杏奈の胸の中には(やっぱりこれって友達……だよね?)という迷いが渦巻き、
亮の胸には(もっと一緒にいたい……)という想いが芽生えていた。
ブランコに座る杏奈を撮ろうとして、ぎこちなく構える亮。
その必死な仕草に、杏奈の胸は不意にきゅっと締め付けられた。
(……やばい)
亮がシャッターを押すたびに、赤くなった顔が覗く。
その照れた笑顔を見て、杏奈は心の中でつぶやいていた。
(影山くん、かわいい……)
目の前の亮は、不器用で臆病そうなのに、どこか真っ直ぐで一生懸命。
その姿に、杏奈は自分の心が少しずつ揺れていくのを感じていた。
「神村さん、次は……一緒に撮りたいな……」
亮の少し照れた提案に、杏奈は俯く。
「……うん!」
ほんのり頬を染めながら答える杏奈の瞳は、もう“友達として”だけではいられない気持ちを隠しきれなくなりつつあった。
杏奈と亮は、公園の木陰にあるベンチに腰掛ける。
「じゃあ……一緒に撮ろうか」
亮が少し勇気を振り絞るように言い、杏奈は胸が高鳴るのを感じながらも「うん」と頷く。
杏奈はカメラをインカメに切り替えて、二人の肩が自然と触れるほど近づいた。
シャッターを押す直前、杏奈はちらりと亮の横顔を見る。
赤い顔で固まっている亮に、思わず小さく笑ってしまう。
「はい、チーズ……」
カシャ。
レンズに収まったのは、ほんのりと頬を染めながらも微笑み合う二人の姿だった。
撮り終えたカメラの液晶を覗き込んで、杏奈は顔を赤らめながら呟く。
「なんか……いい写真だね」
亮は視線を逸らし、声を震わせて返す。
「……僕の宝物にする」
その言葉に、杏奈の胸がドクンと跳ねた。
その光景を物陰から見ていた尾行組は――。
カコは両手で口を押さえながら「きゃーーーー!!尊い!!!」と叫び出しそうになる。
その口をコンが後ろから無言で塞ぎ、「……静かに」と低く囁く。
一方、零は腕を組んだまま冷たい瞳で呟いた。
「……本当に死にたいのかしら、あの男」
しばらく杏奈達の馴れ合いを見ていた時、ベンチの陰でカコがひそひそ声を出す。
「……さて、そろそろ私達は引こうか」
その言葉に零は目を吊り上げて振り返る。
「何言ってるのよ! 杏奈が汚されたらどうするのよ!!」
声が思わず大きくなり、カコは慌てて手を振る。
「こらこら!声がでかいってば!だいじょうぶ、あの男の子はそんなタイプじゃないから!……たぶん」
零は不服そうに「多分ってなによ。信用できない」と腕を組む。
コンは無言で「……行くよ」と零の肩を軽く引く。
結局、三人はその場を離れていった。
尾行組が去ったことなど知らず、杏奈と亮は商店街を抜け、川沿いの遊歩道を歩いていた。
夕暮れのオレンジ色が水面に揺れ、街灯が一つずつ点り始める。
杏奈はカメラを抱え、ゆっくりと歩きながら呟いた。
「今日、なんだかいっぱい写真撮っちゃった」
亮は隣で小さく笑いながら答える。
「……神村さんの笑ってる顔が一番良い写真だと思う」
杏奈は足を止めて、ぽかんと亮を見つめた。
一瞬の沈黙。
頬が熱くなり、心臓が跳ねる音が自分でも聞こえてきそうで、慌てて視線を逸らす。
「な、なにそれ……ずるい」
夕暮れの空は群青に染まり、商店街の明かりがひとつ、またひとつと灯り始めていた。
杏奈と亮は、駅前で足を止める。
「今日は……ありがとう、楽しかった」
杏奈がカメラを胸に抱きながら微笑む。
亮は赤くなった顔を隠すように下を向いていたが、やがて意を決して顔を上げる。
「僕も……すごく楽しかった。また、一緒に行こうよ」
杏奈は驚いたように瞬きをしてから、ふわりと笑顔を浮かべる。
「うん、行こう!」
少し沈黙が流れ、亮はおずおずと口を開く。
「……あの、神村さんのこと……これから、“杏奈ちゃん”って呼んでもいい?」
杏奈の胸がどきんと跳ねる。
(“杏奈ちゃん”……男の子にそんな風に呼ばれたこと、今までなかった……)
頬を染めながらも、勇気を出して微笑む。
「……いいよ。じゃあ私も、“亮くん”って呼ぶね」
二人はしばらく見つめ合い、同じタイミングで小さく笑った。
「じゃあ、またね……杏奈ちゃん」
「うん……またね、亮くん」
夜風が二人の頬を撫で、心臓の鼓動はまだ落ち着かない。
けれど、それは心地よい余韻となって、二人を包み込んでいた。
夜、自室のベッドに腰を下ろした杏奈は、鞄からカメラを取り出して机の上に置いた。
昼間撮った写真が頭に蘇る。
商店街で笑う亮、アイスを一緒に食べたときの亮――そして、最後に撮った二人のツーショット。
杏奈は枕に顔を埋めて、ばたばたと手足を動かす。
「やばいやばいやばい……!なんであんな近くで……!」
ふと、先程までの帰り際のことを思い出す。
「……杏奈ちゃんって呼んでもいい?」
「……いいよ。じゃあ私も、“亮くん”って呼ぶね」
そのやり取りが何度も脳内でリピートされる。
杏奈は枕を抱きしめ、顔を真っ赤にしながら小さな声で呟く。
「……亮くん……」
言った瞬間、胸がきゅんと熱くなり、余計に恥ずかしくなる。
「な、なんか……本当にデートみたいだったなぁ……」
杏奈はそう呟きながら布団に潜り込み、枕に顔を押しつけた。
心臓はまだ落ち着かない。
けれど、その高鳴りは嫌じゃなかった。
むしろ、明日が少しだけ楽しみに思えてくるほどに――。
翌朝。
杏奈がいつものように教室に入ると、すでに生徒たちはわいわいと盛り上がっていた。
「昨日、駅前で見たんだよー」
「カメラ持ってたから、あれ絶対神村でしょ?」
「隣にいたの、影山じゃね?」
教室のあちこちで飛び交うひそひそ声。
杏奈はカバンを机に置きながら(え、まさか昨日の……!)と心臓をどきっとさせる。
そこへ、亮が教室に入ってきた。
彼もまた、周囲の視線に気づいてそわそわしながら席に着く。
チラリと杏奈の方を見た亮と、慌てて目を逸らす杏奈。
(やば……意識しちゃう……!)
そのやり取りを、教室の後方で腕を組む零が冷たい瞳で見ていた。
「……騒がしいわね」
呟いた声に近くのクラスメイトがビクッとするほどの冷気。
杏奈は零の視線に気づき、思わず肩をすくめる。
(あれ?零ちゃんいつもなら話しかけてくれるのに……怒ってる?いや、いつもあんな感じだけど……でもなんか、余計に鋭い気がする……!)
チャイムが鳴り、ホームルームが始まると騒ぎはいったん収まる。
けれど、杏奈の胸の中には不安とドキドキが入り混じっていた。
(今日……どうしよう……零ちゃんに、何か言われる気がする……)
午前の授業が終わり、生徒たちはわいわいと昼休みの準備に取りかかっていた。
お弁当を広げる者、教室を出て購買へ急ぐ者、友達同士で集まる者。
そんな中――杏奈の席の横に、すっと長い影が落ちた。
杏奈が顔を上げると、零が真っ直ぐに立っていた。
頭に巻いた包帯と、冷たい瞳。その存在感だけで、周囲のざわめきがぴたりと止む。
「……ちょっと来て」
零はそれだけ言い、杏奈の机に手を添え、ぐっと上から見下ろす。
声のトーンは低く、けれど周囲の誰もがはっきりと聞こえるくらい強かった。
教室のあちこちで「うわ、神村呼び出されたぞ……」とひそひそ声が広がる。
杏奈は一瞬ぎこちなく笑って「え、えっと……?」と誤魔化そうとするが、零の視線は逸らさない。
「……零ちゃん、あの……」
杏奈が言葉を探す間もなく、零は背を向ける。
「屋上」
それだけ残して、すたすたと歩き出した。
杏奈は席を立ち、カメラをぎゅっと抱きしめながら零の後を追う。
背後ではクラスメイトたちのざわめきが止まらない。
「神村……なにやらかしたんだ?」
「いや、昨日デートしてたって噂あるし……」
杏奈は心臓の鼓動を押さえきれず、(やっぱり……零ちゃん、怒ってるのかな……?)と不安に揺れていた。
校舎の屋上。
冷たい風が吹き抜ける中、杏奈はカメラを胸に抱きしめて零の後ろ姿を追った。
零は柵のそばに立ち、振り返る。その瞳はいつもの冷たさを増して、どこか狂気じみていた。
「……昨日、影山と一緒にいたでしょ」
杏奈はびくりと肩を震わせる。
「え……あ、その……」
零は一歩、また一歩と近づき、杏奈の背後に影を落とす。
「楽しそうに笑ってたわね。……あんな顔、私の前じゃ見せたことないじゃない」
杏奈は慌てて首を振る。
「ち、違うの!ただ写真を撮ってただけで――」
「“だけ”?」
零の声が低く響く。
「杏奈、あの男に“杏奈ちゃん”って呼ばせたんでしょ?」
杏奈は真っ赤になって「な、なんで知ってるの!?」と叫ぶ。
零は腕を組み、目を細める。
「クラス中の噂よ。……本当に死にたいのかしら、影山」
杏奈は後ずさりしながら必死に言い返す。
「ちょっと待って、零ちゃん!影山くんはただの……ただの……っ」
「ただの何?」
零が顔をぐっと近づける。あまりの迫力に杏奈は思わず叫んだ。
「ただの……かわいいクラスメイト!!」
零は一瞬ぽかんとしたあと、眉間に皺を寄せて「はぁ!?かわいい!?私を差し置いて!?」と顔を真っ赤にする。
杏奈は「ひゃぁああごめんなさい!!」と頭を下げる。
零はしばらく睨んだまま黙っていたが、やがてぷいっと顔をそむける。
「……もう知らない」
杏奈はほっとしつつも、(やっぱり零ちゃん、ツンデレ……というか嫉妬深い!?)と心の中で叫ぶのだった。
突然、冷たい風が二人の間を吹き抜ける。
「……もう知らない」そう言って顔を背けた零の横顔は、頬がほんのり赤い。
杏奈はおそるおそる近づき、カメラを胸に抱えたまま声をかける。
「……零ちゃん」
零は肩を揺らしもせず、なおも視線を逸らしたまま小さく返す。
「……なに」
杏奈は勇気を出して微笑む。
「嫉妬してくれたんでしょ? ……なんか、ちょっと嬉しい」
その言葉に零の目がぱっと大きく開く。
「ち、ちがっ……そんなわけないでしょ!!」
口では否定しながらも、声が裏返っていた。
沈黙が流れ、零は小さく息を吐く。
「……ただ……気に入らないだけ。杏奈が誰かに取られるの」
杏奈は胸がきゅっと熱くなり、思わず笑顔で答える。
「私、零ちゃんのこと、大事に思ってるから。ほんとに……大切な友達だと思ってるよ」
零は真っ赤になりながら、そっと杏奈の方を向く。
「……ほんとに?」
少し甘えたような声が漏れる。
「うん」
杏奈の答えに、零は小さく「……バカ」と呟き、照れ隠しのように杏奈の頭を軽く小突いた。
だがその顔は、冷たい仮面を崩して――ほんの少し、優しい笑みが浮かんでいた。
放課後。夕暮れが差し込む教室で、杏奈がカメラを片付けていると、亮がおずおずと近づいてきた。
「……あ、あの。神村さん……じゃなくて」
一度言い間違えてから、深呼吸をして――。
「杏奈ちゃん。一緒に帰ろう」
杏奈は一瞬驚いた顔をしたあと、ふわっと笑みを浮かべて頷く。
「うん、帰ろ」
亮の顔はぱっと明るくなり、ほんのり赤く染まっていく。
二人の間に温かい空気が流れ始めた、そのとき。
「……私も一緒にいいかしら?」
低く澄んだ声が後ろから響き、杏奈と亮は同時に振り向く。
そこには、鞄を肩に掛けた零が冷たい瞳で立っていた。
亮は思わず背筋を伸ばす。
「え、えっと……」
杏奈は苦笑いしながら、
「零ちゃんも一緒に帰ろ?」と提案する。
零はツンと顔をそむけながらも小さく頷く。
「……別に、あんた達が変なことしないように見張るだけよ」
こうして三人での帰り道が始まった。
夕焼けに照らされる道を、ぎこちない空気と微妙な距離感を保ちながら歩いていく。
杏奈は(なんでこうなるの……?)と心の中で溜息をつき、亮は(なんで監視されてるの……?)と顔を引き攣らせる。
そして零だけは(ふん、これで安心)と、ほんの少しだけ満足げに口元を緩めていた。
杏奈はカメラを胸に抱え、零と亮の間に立っていた。
微妙な沈黙が続き、歩幅も揃わない。
そんな中、亮が思い切って口を開く。
「ね、ねえ……杏奈ちゃん。今度また写真撮りに行こうよ」
杏奈は嬉しそうに顔を向けて「うん!」と笑った。
だが、その瞬間――零の瞳がすっと細くなる。
「へえ……写真?そんなに楽しいの?」
零は杏奈を横目で見ながら、冷ややかに亮へ視線を送る。
「た、楽しいよ!杏奈ちゃん、本当に良い写真撮るんだ。だから……また一緒に……」
亮は言いながら耳まで赤くなっている。
零はフンと鼻を鳴らし、つぶやく。
「ふーん。……それ、私とじゃダメなの?」
杏奈は「え!?」と声を上げ、亮は「なっ……!」と固まる。
亮は勇気を振り絞って、零に向かって言い返す。
「そ、それは……僕だって、杏奈ちゃんと行きたいから……!」
零は薄く笑って近づき、亮の目を真っ直ぐに見据える。
「……取れるものなら、取ってみなさい」
杏奈は慌てて二人の間に飛び込み、両手を広げる。
「や、やめて!二人とも喧嘩しないで!」
だが、零と亮は杏奈を挟んで睨み合ったまま。
夕焼けの道に、火花のような緊張が走る。
零の瞳は冷たい炎を宿し、亮の拳は小さく握り締められている。
杏奈はその空気に耐えられなくなり、思わず声を張り上げた。
「二人とも……!もうやめて!!」
杏奈は涙をにじませ、必死に言葉を絞り出す。
「零ちゃんも、亮くんも……私にとっては、大事な友達なんだよ!
だから、喧嘩なんてしてほしくない……!」
零と亮は驚いたように目を見開き、杏奈を見つめる。
夕陽の逆光の中で、杏奈の瞳は真剣そのものだった。
沈黙ののち、零はため息を吐いて肩をすくめる。
「……はあ。仕方ないわね」
口元にはかすかな微笑みが浮かんでいた。
亮も気まずそうに頭を掻き、赤くなった顔を逸らす。
「僕も……神村さ――じゃなくて、杏奈ちゃんに嫌われるのは困るから……」
二人の言葉に杏奈は胸を撫で下ろし、ほっと微笑んだ。
零も亮も「しょうがないな」と言いながら、どこか嬉しそうにしている。
杏奈はそんな二人を見て(ほんとに……ちょっとめんどくさいけど、大事な友達だなぁ)と心の中で呟いた。
その夕暮れの道は、不思議とあたたかい空気に包まれていた。
しばらく歩いて、亮は「ごめん、僕ここだから帰り道」と言って他の道に差し掛かる。
杏奈は「うん。また明日ね」と微笑みながら手を振り、零は杏奈に見えないようにあっかんべーをしてくる。
亮は複雑そうな顔をして杏奈達に背を向けて行ってしまった。
零が「やっと邪魔者がいなくなったわね」と吐き捨てるように言い、杏奈は「そんなこと言っちゃダメだよ!」と声を上げる。
「ふん、あんな男の何がいいのよ」
零は腕を組んでふんと鼻を鳴らす。
杏奈はそれを見てムッとした顔になる。
「もお、そんなこと言うなら零ちゃんと仲良くしてあげない!」
杏奈がそっぽを向いて呟く。
零は足を止め、目を見開く。
「亮くんも大切な友達って言ったのに、それを聞き入れてくれない子とは私仲良くできない!」
杏奈は零の方を見ずに背を向けて呟く。
背後からは何も返事が無い。
(少しは反省したかな……)
そんなことを思って振り向くとーー
「やだ……、そんなのやだ……」
今にも泣き出しそうな零の姿があった。
杏奈は慌てて「ごめん!何もそんなに悲しむなんて思わなくて……」と零に駆け寄る。
零は「ごめんなさい。嫌いにならないで……」と手で顔を隠しながら声を漏らす。
杏奈は「零ちゃんが反省してくれると思ってちょっと酷いこと言っちゃっただけだよ。ほんとはそんなこと思ってないよ」と必死に宥める。
「ほんとに?」
零は杏奈の言葉を聞いて顔を覆っていた手を退ける。
瞳はうるうるしており、いつものクールさのかけらもない。
「うん、ごめんね。私も急に友達やめるなんて言われたらショック受けちゃうよ」
「ほんとに、友達やめない?」
「うん!零ちゃんは大切な友達だよ!」
杏奈はいつもの笑顔で言う。
零はそれを見て、一瞬顔を背ける。
ごしごしと腕で目をぬぐい、杏奈に再び顔を向ける。
「ごめん、恥ずかしいところ見せちゃって……」
零は少し顔を赤くして呟く。
杏奈は「別にいいよ」と笑う。
(零ちゃん、こんなに私のこと大切にしてくれてるんだ)
杏奈は歩き出した零の横顔を見ながら心の中で呟く。
(だけど、そうだよね。大切な妹さんが怪異にやられちゃって、普通でいられるわけないよ。誰にだって甘えたくもなる。私だって、もし舜くんが怪異にやられたら………)
杏奈は思わず立ち止まり、首から下げたカメラをぎゅっと抱きしめる。
(そんなことさせない。大切な人は、自分の手で守りたい!)
杏奈の胸に小さな決意の火が灯った。
「?、どうかしたの、杏奈」
零が不思議そうに見つめてくる。
「ううん、何でも」
杏奈は笑顔を作って零の横に並んだ。
すると、前方からフラフラと歩いてくる男の姿があった。
背中には大きなリュック。いろんな小物がついており、金属のようなチリチリとした音が響いている。そして、リュックと背中の間から突き出た 四本の刀。さらに腰にも二本……。
頭にはバンダナを巻いており、右目は深く紫がかった髪で隠れている。
異様な風体に、杏奈は思わず足を止める。
「……あ、あの人、大丈夫かな?」
杏奈が小さな声で零に問いかける。
零は「怪しすぎるわね」と男を睨む。
その瞬間、男がふと顔を上げた。
男は二人を見つけ、ゆっくりと近づいてくる。
歩くたびに大きなリュックが揺れ、金属のような音が鳴る。
男はゆっくりと口を開く。
「……お主ら、この島に眠る妖刀について知らぬか?」
「え?」
杏奈は思わず声を漏らした。
次回予告
零:「杏奈、影山と随分仲良さそうだったわね」
杏奈:「え!?ま、まあ、友達としてね」
零:「へえー、友達に"あーん"なんてするんだ?」
杏奈:「!?、そんなとこまで見てたの!?」
零:「次回、「謎の剣士あらわる」」
零:「あんた甘すぎ」
杏奈:「零ちゃんだって"あーん"してきたじゃん……」
零:「!?、もう知らない……」




