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Mに捧ぐ  作者: Sytry
13/17

第12章

 雨が降り始めた。行き交う色とりどりの傘の群れの中、それを忘れた私ひとりだけ、異質な存在のように雨に濡れていく。

「弔いと再生の答えが分かった。それを考慮して、復讐は続行する」

 私が言うと、頼中は「そうか」と言い、憂鬱とした息を漏らした。

 頼中が私を止めたかった気持ちは、よく分かる。

 けれど……

「Mを殺すにも、ただ殺せばいい訳じゃない。未来の私が後悔しないやり方で殺す必要がある」

「後悔? 殺したことへの罪悪感のこと?」

 歩行者信号が赤になり、私の足が止まる。

「違う。Mをもっと苦しめて殺すことが出来たのに……という後悔。それが一片でも残ると、私は未来、後悔する度にMを思い出すことになる」

「どんなに惨い殺しも厭わない、ということだね」

「未来に、Mを忘れることが必要なの。私の再生のためにも……そして、蒼空を弔い、その魂を慰めるためにも」

「君はMを……どう殺すんだ?」

「結論は変わらない。Mの一番大切なものを奪ってから殺す。そのためのシナリオは未完成だけど、抜けているページは、必ず見つけ出す」

 私は一度深呼吸をした。家族になれたかもしれない頼中に、この誓いは、心がすり減る。

「君の思う、弔いと再生の答えとは何だい? 君自身の幸せではないのか?」

「今は誰にも話せない……それより、頼中さんは、私の復讐にまだ協力する気はあるの?」

 頼中は少しの沈黙の後、答えた。

「君が願うのなら、僕は言う通りにする」

「それなら、1つ約束して欲しい」

 この言葉を口にすれば、もう後戻りは出来ない。

 それでも、私は止まるわけにはいかない。

「もう二度と、私への愛を口にしないで。あなたの愛は、私の復讐の邪魔になる。これからは、利害関係の一致でMを殺しましょう……」

 電話を切ってから、私は胸が痛くなって、歩行者信号が青に変わっても、動くことが出来なかった。

 その横を無数の傘が、まるで私など見えないように通り過ぎていく。

 頼中がくれたかもしれない家族の幸せを、私は自らの意思で無下にした。

 蒼空のために、復讐は必ずやり遂げる。

 その想いは、絶対だけれど……

「ごめんね、蒼空……」

 今だけは、泣くことを許して欲しい。


 雨に濡れたせいか歩く気力も湧かず、私はまだ新宿駅にいた。

 なるべく通行の邪魔にならない場所で柱に寄りかかり、頭を空っぽにして雨を眺めた。

 髪と服が乾き始めた頃、ようやく「帰らないと」と思い、歩き始めた。

 既に雨は上がっている。

 ……しっかりしなければ。復讐を成し遂げるためには、これ以上、自分の弱さに浸ってはいけない。甘んじてはいけない。

 未来の私が後悔しないために、Mの一番大切なものを奪ってから殺す。そのために必要な情報を、もう一度整理することにした。

 駅構内は帰宅ラッシュで小魚の群れのように混雑していて、少し歩くペースを緩めるだけで誰かにぶつかりそうになる。

 ……Mの一番大切なもの。それはMの息子である琉叶だ。

 琉叶をMから奪うことが、復讐のシナリオの要となる。

 ……まずは琉叶を誘拐する。

 そのためには、琉叶の居場所を探す必要がある。

 現時点でも、琉叶について分かっていることはいくつかある。

おそらく、Mとは離れて暮らしており、ほとんど会ったことがない。

 琉叶と対面したMの戸惑うような反応から、そう考えるのが自然だ。

 Mを殺したいほど琉叶は憎んでいるが、実行出来ずにいたのもMと会う機会がほぼないからだろう。

 施設か親戚にあずけられているか、もしくは養子に出されているか。

 仮に施設にあずけられているとしたら、特定出来るだろうか?

 琉叶の行動範囲からして、都内にある可能性が高いように思える。

 Mが示した琉叶への母親の一面を思えば、少なくとも劣悪な環境にいさせることを、Mは望まないだろう。

 それに琉叶は3Dプリンターで作成された銃を使っていた。

 購入した可能性もあるが、彼自らが作成したのなら、いつでも3Dプリンターを使える環境にいるということになる。

 3Dプリンターなんて高価なもの、なかなか備えている施設はないだろう。

 これらのことから、資金が潤沢にある相当上等な部類の施設であることは推測出来る。

 ただ、それは施設が正解だったらという話で、親戚や養子の線も捨てられない。

 琉叶にはおそらく、大人の協力者がいる。

 裏の顔も含め、Mの情報を握っていたし、VIPERへの潜入と脱出を成功させるためには、子どもひとりの力では無理だ。大人の協力が必要だろう。

 親戚や養子の線を追うとしたら、Mの素性に関する情報が少な過ぎる。

 警察でさえも手を出せない人物だ。その気になれば、自身の過去を抹消することくらい簡単に出来るだろう。

 現にMについて捜査した刑事達は、警察の持つMの情報を全て抹消した末に自殺させられた。

 親戚や養子の線だとしたら、特定はかなり困難だ。

 下手に動いてMの懐に飛び込むような真似をするよりは、また琉叶が接触してくるのを待った方が安全か。

「……だが、琉叶の居場所の特定なんて、まだ些細なことだ。もっと大きな問題は、琉叶を誘拐した後にある……」

 琉叶を誘拐した後のシナリオは、琉叶の命と引き換えに、M自らが身代金を持ってくるように要求する。

 あくまで私は、Mのパパ活の被害にあったお金を回収したいのだと思わせる。そのためだけに琉叶を誘拐し、隙を見てMを殺そうと画策していると。

 だから、予想は出来ないはずだ。まさか私が、Mを殺すより先に、Mの目の前で、琉叶を殺すとは……

 助かると思った息子の命が、一瞬にして消える。それが最もMを苦しめる復讐のシナリオに思える。

 だが、このシナリオの実現には、根本的な疑問がある。

 果たしてMは、誘拐された琉叶を助けに来るだろうか?

 私の直観では、Mが琉叶を愛しているのは確かだ。だが、理詰めで考えれば、それが絶対に正しいという保証はない。

 むしろ、Mが琉叶にほとんど会っていないとすれば、その理由次第では、私の直観と真逆の結論になるかもしれない。

 そして、VIPERで琉叶はM殺害を失敗している。

 Mを殺したいほど、琉叶がMを憎んでいることがバレてしまっていたら、そんな人間を、例え我が子だとしても、自分の命を危険にさらしてまで助けたいと思うだろうか?

 ……シナリオの完成には、抜けているページが多過ぎる。

 目の前で琉叶を殺しても、Mが苦しまなければ意味がない。

 それにMに琉叶への愛があったとして、自ら琉叶を助けに来たとしても、本当に目の前で琉叶を殺すことが“一番大切なものを奪う”という意味で、最もMを苦しめる手段と言えるのだろうか? 

 もしかすると、まだその上の苦しみが……

 思考を巡らせる途中、私は誰かに腕を掴まれた。

 掴まれるまで、近づかれていたことにすら、まったく気づかなかった。

 常に周囲は、警戒していたはずなのに。

「やっほー」

 ……Mだった。

 私は咄嗟に、ポケットに入れていた爆弾に手を伸ばす。

「あ、ムダだよ。私、人の感情には敏感なんだ。特に殺意とか、棘のある感情は、歩いているだけでも分かる」

 Mは私に起爆装置と小型の爆弾、それにナイフを2本見せた。

 ……こいつ、透明人間なの?

 靴下の中に隠していたものまで、武器と呼べるものは全て奪われている。

「えへへ、もらっちゃった」

 Mはおどけたように言った。

 ……落ち着け。まだ何か策はあるはず。

「変なことしないでね。おばさん、既に私のパパ達に囲まれてるから。私の合図で、3秒数える前に刺されちゃうよ」

 ……意外だった。

 ということは、まだ私を殺すつもりはない、と解釈出来る。

 何か私から、引き出したい情報でもあるのか?

「喉乾いたなぁ。ねぇ、スタバの新作飲みに行こうよ」

 そう言って、Mは姪っ子のように私の腕を引いた。


 駅構内にあるスタバに2人で入り、Mは本当に新作のメロンがコンセプトの甘そうなフラペチーノを買った。

 2人でテーブルを挟んで座る。私は普通のドリップコーヒーを注文した。まさかMと優雅にコーヒーを飲む日が来るとは思わなかった。

 と言っても、優雅なのは外から見た時だけだ。

 今もMの合図次第で、私はいつでも殺される。

「あまぁーい! おいちー! 私メロンだーい好き!」

 Mは笑いながらちゅぱちゅぱと音を立てて新作を飲んだ。

「あなた、一体、何歳なの?」

「ほぇ、21だよ。未成年かと思った? よく年確されるんだよね」

「動作があまりに幼過ぎるからつい」

「おばさんセンスないなぁ。こういうのを、カワイイって言うんだよ」

 Mはおもむろに私の胸の辺りを指さした。

「そこに隠してるもの、見せて?」

 私は思わず目を見開いた後、内ポケットに二重で細工していたポケットから、小さな瓶を取り出した。

 中には黒い液体が入っている。

「殺意は感じなかったから、気づくのが遅くなっちゃった。てことは、自殺用かな。ま、当然だよね。私を殺そうとしてるんだもん。憎き私に辱められてから殺されるくらいなら自分の手でって、プライドの高いおばさんなら思いそうだよね」

 ……残念ながら、全て当たっていた。

 確かにこれは、自殺用に忍ばせていたもの。

 前に毒の耐性をつけようとした時、入手したものだ。

 かなり強力な毒で、少量でも人間は死に至る。

「テーブルに置いたままでいいよ。それを私に飲ませられたら、おばさんの勝ちだね。絶対に無理だけどさ」

 私はテーブルの上の小瓶を見つめる。

「おばさんとの話し合いにここを選んだのは、お互いフェアに話がしたかったから。もう察してると思うけど、私はあなたに聞きたいことがある。そしてあなたも、私の情報を欲している。だからここは、等価交換といこうよ。交互に質問し合って、情報をトレードするの。どう? 悪くない取引でしょ?」

 フェアなんて、どの口が言うのだろう?

 Mは私から情報を引き出せたら、即、男達が私を殺してゲームセット。

 全然フェアではない。

 一言が死に直結しかねない私と違って、Mは等価交換を装い、絶対的に有利な立場で私から情報を引き出せる。

 が、裏を返せば、それは心理戦の化け物であるMの油断を誘えるはず。

 例え1%でも、まだ私には勝ち目がある。

「そうね。あなたと一言でも言葉を交わすのは不快だけど、その等価交換とやらに乗ってあげる」

「ふふ、強がっちゃって。それしか選択肢はないくせに。じゃあさっきポケットの中身を私が訊いたから、次はおばさんからでいいよ」

 私は小さく息を吐いた。

 まずはこの取引が本当に機能しているのか確かめたい。

「紘人とパパ活しようとした理由のひとつに、あの人と似てたからって言ってたわよね」

「あー、電話で話した時ね」

「あの人って、誰のこと?」

 Mは笑顔のまま、上を向いた。

「いきなり嫌な質問だなぁ。んー、でもしょうがないか。お父さん。私の本当のパパのことだよ」

 嘘はついていないだろう。それならもっと、ありきたりな人物を挙げるはず。

 取引は一応、成立していると考えていいか。

「意外ね。芸能人か元彼かと思った」

「もう死んでるけどね。私がお金や権力以外でお近づきになりたいおじは、多分みんなどこかしらお父さんに似てるの。きもいかな? でも不運だよね、蒼空君……だっけ?」

 Mはストローに口をつけてからニヤリと笑った。

「パパの顔のせいで、死ぬことになって」

 お腹の底が熱くなり、それが全身に広がる前に、思考を真っ白にした。

 あの口紅がなくても、感情は捨てられる。

 そう自分に言い聞かせる。

「子どもの話が出たら、少し殺意が漏れちゃったね。ひははっ、ウケる。その毒、早く私に飲ませられるといいね」

 毒の入った小瓶とMの飲むフラペチーノの距離は50cmほど。

 ただMは常に毒を警戒しているし、この距離で入れるのは至難の業だ。

 それでも私がMを殺すために使えるカードは、この毒だけ。

「次はあなたの番でしょ。無駄話は嫌い。さっさと話を進めて」

「せっかちだなぁ。うーん、じゃあ、まずはさ……」

 Mの表情が、一瞬真顔に変わる。

 ゾクッと背筋に冷たいものが走った。

「琉叶はあなたに、何を話したの?」

 答えを間違えれば、私は殺される。

 ……琉叶との会話の中で、Mは何かを知りたがっている。

 天才的な嘘つきであるMに、嘘は通用しないだろう。

 慎重に、情報を取捨選択する。

「VIPERで見たでしょ? あの美形な9歳くらいの少年だよ。おばさんと琉叶が何度か接触してるのは知ってる。ほら、答えて答えて」

 Mは真っすぐに私を見つめる。

 光に満ちた、大きな瞳。

そこから白い蛇が何匹も這い出て、私の心を飲み込んでしまう。

そんなイメージが、頭をかすめた。

 私はコーヒーに視線を落として、細く息を吐く。Mの質問には、淡々と、事実だけを答える。

「私の息子……蒼空はあなたの指示で殺されたということ。それと実行犯に夫の紘人と他2人の男がいると言って、監視カメラを切り抜いた写真をもらったわ」

 Mは如何にも「困ったなあ」と言うように口をとがらせ、手を顎に添える。

「うーん、そういうことじゃないんだよなぁ。っていうかそれは、熾天使から聞いてるんだよねぇ。もっと他に……例えば私に関することとか?」

「ルール違反よ」

「ほえ?」

「それは2回連続で質問してる。この場ではフェアに等価交換したいんでしょ?」

「うひゃっ、けちんぼ~。……じゃあおばさんの番。何が訊きたいのかな? 私の住んでる家とか、今、おばさんを見張ってる男の数とか? いいよ、何でも答えてあげる」

 この状況を打破し、さらに復讐の難易度を下げる情報を引き出す。

「あなたは……」

 その程度の問いでは、きっとMの核心には迫れない。復讐のシナリオは、完成しない。父が殺人を犯したから、今の私があるように、私が知りたいのは……

「今のあなたは、どんな人生を生きて、作られたの?」

 予想外の質問だったのだろう。Mは目を丸くし、きょとんとした。

「それって、私の過去について知りたいってことだよね」

「そうね。人格破綻者の誕生経緯……なんか、面白そうじゃない?」

「もしかしておばさん、私のこと好き?」

「今すぐ死んでくれるなら、1秒だけ好きになってあげる」

「ははっ、物騒で好きー」

「等価交換は終わり? 話す気がないなら、私は拷問されようが、これ以上の情報は渡さない」

 Mは少しだけ前のめりになる。

 私をのぞき込むように上目遣いで、ニヤリと微笑む。余裕ありげで、

「強気だね。……いいよ。話してあげる」

 どうせあなたはここで死ぬのだから、と思っていそうな顔だ。


[姫宮 真莉愛]


―――――


 ここじゃ考えられないような地方のド田舎に生まれた私は、大工をしてるお父さんと、専業主婦のお母さんと暮らす、めっちゃ貧乏な3人家族だったんだ。

 貧乏だけど仲良し……ってことはまったくなくてさ、お父さんのDVがとにかく酷かった。

 ……しかも標的にされたのは、いつも私。

 お母さんは私には全然興味がなかった。私がお父さんに殴られてても、ぜーんぶシカト。青アザがいくつできようが、血が止まらなくなろうが、手当てすらしてくれなかった。

 そのくせ、お父さんの機嫌を損ねないようにだけは必死だった。気を遣うっていうか、まるでお父さんの奴隷だったよ。お父さんの怒りが自分に向くことをすごく恐れてた。私が標的になって、むしろラッキーだったんじゃないかな。私が生まれる前は、お母さんが殴られてたみたいだし。

 そんな終わってる家庭で育ったけど、子どもの頃の私はめちゃくちゃ良い子だったよ。

 というか、良い子を演じてたな。

 とにかく私、両親に愛されたかったの。

 え? そりゃあ暴力は振るわれてたけど、子が親の愛を欲するなんて、当たり前の話じゃん。

 DVするお父さんにも、それを無視する自己中なお母さんにも、私は愛されたくてしょうがなかった。

 だから愛されるためのテクニックを、死ぬ気で勉強したの。

 笑顔の作り方や声のトーン、仕草や自尊心のくすぐり方……とにかく愛されるために必要なことは、何でも身につけようとした。

 テレビのアイドルや女優の真似をしたり、大人向けのそういう本を読んだり、あとは殴られる中で試行錯誤して……うーん、そうだね。今の私が人を操るのがうまいのは、この時の経験が生きてるのかも。生まれつき人の気持ちに敏感なところはあったんだけどね。……HPS? 聞いたことないなぁ。多分、何かの障害? は持ってたと思うよ。IQも高過ぎるって学校の先生ビビってたし。でも反面、苦手なことはとことん苦手だったなぁ。

 それで話戻すけど、とにかく、両親に愛されたいって思って、小学生の頃は頑張ってたわけ。

 でも12歳になったある日、お父さんが酔っ払って帰ってきた夜、事件が起きたの。

 お父さんが大工の仕事で使う長い角材を持って、私の部屋に入ってきた。

 それでいきなり、お腹の子宮の辺りをバシバシ叩かれた。

 すっごく痛かったなぁ。でも「止めて」とは言えなかった。

 だって、お父さんに愛されたかったから。

 愛されたくて、愛されたくて、歯を食いしばって、笑顔を作って、何とか耐えた。

 それは角材が折れるまで続いて……なのに、お父さんは私に向かって「お前はつまらないな」って、ゴミを見るような冷たい目で言ったの。

 それで気づいたんだ。私はこの人から愛されることは絶対にないんだって。

 家を飛び出して、とにかく今とは違う世界へ行きたかった。

 そうやって流れ着いたのは東京の……そうそう。家出した子どもの集まる場所ね。

 そこで私、すっごい人気者になったの。

 ずっと勉強してきた愛されるためのテクニックがやっと生きたってのもあるし「真莉愛ちゃんはカワイイ! 美人!」って、すごい褒められた。そういえば、私の本名が真莉愛だって知ってたっけ? ふーん、知ってたの。

 私が自分のルックスが飛び抜けて良いって、この時初めて自覚したんだよ。両親は一言も「カワイイ」なんて言ってくれなかったし、小学校じゃボッチだったし。あ、自慢に聞こえた? ごめんごめん。でも事実じゃん。

 ウキウキだったよ、この時は。知ってる? 運命は生まれた瞬間の星の位置で決まるらしいよ。私が愛されないのは、両親が“人を愛することが出来ない星の下に生まれた”だけであって、私のせいじゃない。むしろ私は、誰よりも愛される特別な星の下に生まれたんだって、シンデレラになった気分だったね。

 愛される私は、色んな人の援助でお金も住む場所も手に入れた。……でも一番助けてくれたのは、当時、その辺りを仕切ってた“熾天使”だった。そうだ、おばさんもVIPERで会ったよね。あの白仮面の男。9年前だから、彼は当時19歳だったかな。

 上京してすぐ私と熾天使は恋仲になって、セックスもした。

 けど、それで私、妊娠しちゃったの。……そう、妊娠。赤ちゃんができちゃったの。

 あの時は焦ったよね。私、これからどうなっちゃうのーって、考えてるうちに体調がどんどん悪くなってさ。つわりが始まって、とにかく吐き気がヤバくて……え? だからその時は12歳だって。

 ああ、若過ぎるってこと? まぁ、そうだよね……はは、そのことはホントなんも言えない。熾天使もロリコン? いや、誘ったのは私だからなぁ。言い訳出来ないっていうか。

 ……それでさ、保険証も持たずに病院に行って、そこでやっとまともな大人に相談出来たの。産婦人科医の若いお兄さんだったんだけど、生むか堕ろすか私の気持ちをちゃんと尊重してくれた。ああ、私は生むって決めてたよ。あのクソみたいな両親以外に家族って呼べる人が欲しかったし、堕ろすなんて可哀想だとも思った。

 お兄さんはさ、生むに当たって条件を出したの。

 もう一度、お父さんとお母さんと真剣に話し合い、私ひとりじゃなくて家族で育てること。それが無理なら、施設にあずけること。

 お兄さんは良い人だったよ。でもお父さんとお母さんに期待し過ぎてると思った。あの2人が人を愛せない星の下に生まれたことを、お兄さんは理解してないって。けれど私も、僅かな可能性に賭けてみたくなった。家出してから初めて帰るし、お腹には赤ちゃんもいる。もしかしたら温かく迎えてくれるかも……なんて楽観的になってたんだね。

 雪の降る寒い日だったな。雪を見ながら、あー、田舎嫌いって思いながら家に帰ったら、お母さんがひとりでいた。

 片方の目に包帯巻いてて、ああ、やばいかもなって思ったら、私を見るなり、お母さんは私に平手打ちした。

 お母さん、失明したんだって。お父さんの暴力の標的が、私がいなくなってお母さんに移ったせいで。

「償え。償え。お前が自分勝手なことしなければ、私は失明せずに済んだ。お父さんも仕事を辞めず、他に女を作ることもなかった。全部お前が悪い。償え。償え……」

 お母さんに責められた私が、何を思ったか分かる?

 ……ハズレ。私はこう思ったんだ。

「ああ、私はお父さんとお母さんに愛されたい」

 って。

 ん? 引いてる? いやいや、マジだって。本当に思ったの。愛されたいって、この期に及んでまだだよ。

 でもさ。その願いは絶対に叶わないじゃん。我ながら、苦しい人生だなって痛感したよ。

 1%でも可能性があれば、その愛を求めてしまう。だったら、苦しみから逃れるために、私に出来ることは1つしかなかった。

 ……そう。VIPERを思い出すね。あれみたいにさ、私、お父さんとお母さんが寝ている時を狙って、家に火をつけたんだ。何も証拠が残らず、2人が確実に死ぬように計算して。

雪は、まだ降ってたよ。結晶に反射した光がオレンジで、すごく綺麗だった。だから私、火を見るのが好きになったの。

 それから赤ちゃんは無事生まれたよ。

 名前は琉叶。姫宮琉叶だよ。

 あれ? 驚かない? あぁ、琉叶が私の子だって気づいてたんだ。

 それで約束通り、琉叶はすぐに施設にあずけられることになった。

 琉叶との別れは辛かったよ。分娩してすぐ引き離されて、抱き締めることすら許されなかったもん。

 パパ活をするようになったのは、その後かな。

 つまるところ私は、愛に飢えてたんだよ。

 食べたものが胃に落ちる前に消えてしまうように。潤わない喉に、水を流し込むように。

 永遠に満たされることはない。けれど私を慰めてくれるのは、愛とお金だけなの。

 お父さんとお母さん、そして琉叶……家族の愛を手に入れられなかった、私には……


―――――


 私が語り終えると、おばさんはしばらく唖然としていた。

「それであなたは、お父さんの顔に似ている紘人と」

「まぁね。病んでるでしょ」

「それから琉叶とは?」

「まともに会ったことはないよ。近況報告は施設の職員さんから受けてるけど。だからVIPERで顔見た時はびっくりしたなぁ」

「会って話したいとは思わないの?」

「そりゃ、思うよ。琉叶と離れてから、どんなことして、何考えて生きてんのかなって、いつも妄想してるもん。私と同じAB型だから、きっと私みたいに変人で、生きるのに苦労してんじゃないかって、心配だよ」

「自分から会いに行けばいいじゃない? あなたは母親で、今は大人だし、経済力もあるんだから」

「そんな簡単な話じゃないよ。矛盾してるかもしれないけど、私はあの子のことが世界で一番怖い。これ以上、私が私を嫌いになりたくないし……」

 言ってから気づく。

 つい、本音が漏れてしまった。

 まぁ、問題ないか。

 次の質問で答えを引き出したら、殺せばいいんだから。

「おっと、等価交換のルールなのに、私が話し過ぎちゃったね。っていうか、何回か質問のルール破らなかった? さっきは自分で指摘した癖に、おばさんちゃっかりしてるね。じゃあ、次は私の番……」

「ごめんなさいね。私はそろそろ、退場させてもらうわ」

「は? トイレ? じゃないならここでの退場は……死ぬって意味だけど?」

 私が言ったのと同時に、おばさんはテーブルの上の瓶を手に取った。

 殺意を感じない。感情を殺してる?

 私に毒を被せる気?

 咄嗟に顔を手で覆う。

 しかし、指の隙間から見えた光景は、信じ難いものだった。

 ……おばさんは、自ら毒を飲んだ。

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