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9.好奇心と機械人形

 本来なら、メイドやらの使用人は自分の意見を言わない。

 言えないと言い換えてもいい。あくまで主人を重きにおく彼ら彼女らは、決して主人に要求することがない。そりゃ休みの申請はするかもだけど、それは主人と使用人という関係ではなく、雇用主と働き手という関係だ。また違うだろう。そも、有給を消化しなければ、捕まるのは主人である。この世界には労働基準法があるからね。

 だから、本来ならば、その言葉はアンティークからは一生聞けないだろう言葉であった。


「連れてってくださいっ!」


 メンテナンス中。

 機械人形である彼女はソファに腰掛けながら機械音声のトーンを一段階ほど上げてそう言った。ミセルはびびった。驚いた。おいおい、作った本人であるミセルが知らん部分があるぞ。ミセルはひどく臆病なので、相手のことを知り尽くさないと信頼できない挙句、予想外の行動を取ったら殺してしまう癖があるのだ。だからミセルは思わず手に持っていたドライバーをアンティークの目ん玉にブッ刺そうとした。カメラがあるその部品は一等脆いから、狙った。おお怖い怖いと怯えながら殺そうとした。しかし、『前』の自分である混同解答が壊すな殺すぞと止めてきたのでやめた。やめざるおえなかった。チクショウ! 今なら白塗り女装の癖つよ芸人のモノマネができるぞ。


「……どこに?」


 ミセルは聞いた。足のパーツを調整しながら、聞かざるおえなかったので、聞いた。しょうがないだろ。殺せないし。じゃあ聞くしかないじゃないか。


「はいっ! メイド喫茶なるものに行ってみたいのです!」


 元気いいね。

 うん、元気だけはいい。

 ふーん……。


「なんて?」


「メイド喫茶に行ってみたいです!」


 メイド喫茶。

 メイド喫茶?

 えーと、あれか? ミニスカメイドさんが萌え萌えきゅんしてオムライスにケチャップで愛の言葉書いてくれるとこ? 一緒にチェキ撮って写真にメッセージ書いてくれるとこ? おかえりなさいませご主人様とか言われちゃうとこ?

 なぜに?

 ミセルは考える。混同解答も考える。考え考え、一人(二人)が下したのは『?』だった。おいおい、一応一からロボが作れるタイプの大学生だろう? いやまあ、文学系ではないけど、それでも、ミセルは人が嫌いすぎるあまり人の心持ちに関しては機敏だし、だから、そう、アンティークが何を言いたかったのか、どうしてそれを望んだのかなんて手に取るように分からねばならないし、実際今までもこれからも分かっていたのだけど。

 この度はまことにわからなかった。

 わからないことはわからない。


「だめ」


 だから、ミセルは簡単に否定した。わかんねえことを了承することの恐ろしさったら! 法外な借金の契約書の連帯責任者の欄に何も考えずお名前を書いてしまうようなものであろう? ミセルはわからないことが嫌いで恐ろしくて怖い。だから拒絶する。単純明快な思考回路は、なんとも簡潔簡単な答えをアンティークに突きつけた。


「そうですか……」


「そもそも、ロボットが飲食店に行けるわけないよね」


 そう、いくらミセルが許可したところで、アンティークは物を食えない。機械だからである。アラレちゃんのようにガソリンを経口接種するような機械人形ではない。充電式なのだ。おかげで電気代がかかってしょうがない。バイトざんまいである。明日は新聞配達で、その次は居酒屋。そのまた次は科学館の売店だ。そろそろ発注ミスしたことがバレてもおかしくない。ああ、恐ろしや。

 混同解答としての自分は随分と社交的である。

 対して、ミセル・パーセキュトリーとしての自分はひどく臆病である。

 その二つ名の通りに。

 いやはや、ミセルがアルバイトなんて。レガリアやその他の同僚に知られたらまさに爆笑されていただろう。M1グランプリよりも面白い事実だ。あの人間不信が他人と談笑しながら労働なんて! おかしくてたまらない。ヴォイドが大笑いしなかったのは単純に魂の仕組みを知っていたからであろう。残念だ。残念じゃないかもしれないが。

 閑話休題。

 とりあえず、アンティークは飲食店どころか外にも出歩けない。出かけさせたくない。ひどく素直なこいつはおまわりさんに『お前は誰だ』と問われれば『はいっ! 機械人形のアンティークですっ!』と答えるだろう。どう考えてもそう答える。未来が見える。自称ロボットのメイド少女が交番に連れて行かれてしまうことも、これまた簡単に予想できるのだ。

 だから、ミセルは否定する。

 プログラムを調整した方がいいかもしれない。これはミセルが作ったアンティークじゃない。混同解答の遊び心か? 自由意志を与えるために、わざとブラックボックスな部分を作ったのか? 傍迷惑な話だ。わからないが一番怖いミセルにとっては、まさしく余計なことである。

 一回電源を落とそうか。

 プログラム調整のために。意識が覚醒しているとやりづらいから。


「メイド喫茶?!」


 と、そこで突撃してきたのは、一週間前においでなさった我らが王様ヴォイドさまである。ミセルの主人。そして、先代アンティークの製作者。ミセルが唯一信頼できる怪物。

 そんなヴォイド(女子高生の姿)はミセルの部屋着であるダボっとした紺色のジャージを上だけ着て、この作業部屋にいきなり入ってきた。隣の部屋で昼ドラ見てたんじゃないの? 殺人事件の動機があまりにもお粗末すぎて憤慨していたじゃないか。


「どーしました? ヴォイドさま」


「いや、面白そうな話が聞こえてな。ドラマ中断してきてみた」


「……ズボンはどうしたんです?」


「脱げるから置いてきた。じゃまだった」


 そろそろちゃんとした服を買った方がいいかもしれない。男子大学生であるミセルのお下がりはどれもこれも小柄な女子高生に合わず、大体オーバーサイズだった。現に、今着ているジャージだって下は脱げ上は袖が余りまくっている。


「で? メイド喫茶だって?」


 話は逸らせなかった。


「……そうですよ、ヴォイドさま。アンティークが行きたいと」


「行ってみたい!」


 ヴォイドはキラキラ笑顔でそう言った。

 ……あー、いやだ。


「ちなみに聞きますが、なぜ?」


「面白そうだから。社会科見学だ」


「こんな俗っぽい社会科見学がありますか。素直にゴミ処理場とか行きましょうよ」


「小学生じゃないんだぞ」


「高校生だとしても社会科見学でメイド喫茶には行きませんよ」


 アンティークを味方につけながら、ヴォイドはミセルに行きたいと駄々をこねる。ミセルの弱点をよお分かってらっしゃる……。唯一のヒトであるヴォイドに頼まれちゃ、ミセルとしては二つ返事で了承したいのだが、状況が状況だ。まだ作りかけのアンティークとこの世界に来てから一ヶ月も経ってねえヴォイド。その二人を街中に放り出せと? 冗談はよしてくれ。ミセルが五人いても足りない。保護者たりえない。

 なのでミセルは何とか折衷案を出そうと躍起になる。どうにかして上司にはメイド喫茶を諦めてもらわねば。


「いいですか? ヴォイドさま、アンティーク、おれを含めた三人で行くとしましょう。そうすると、食えるのはヴォイドさましかいないんすよ。アンティークは機械だから言わずもがな。おれは人間不信なんで、人が作った食いもんなんて口に入れたくない。そうすると必然、ヴォイドさまが全部食う羽目になるんですが」


「食える」


「食えないですよ」


「食ったことある。レガリアが焼いてくれたパンケーキを十五枚ほど」


 パンケーキ十五枚。

 一般的なホットケーキミックス一回分で三枚焼ける。だから一人前は三枚程度だ。十五枚。さんかけるごはじゅうご。

 ざっと五人前のホットケーキをヴォイドは食べたのか。


「えーっと……でもですよ。おれ、行ったことないですし」


「そうなのか。経験不足なんだな」


「経験しなくても生きていけますからねえ」


「はいっ! このアンティークは行ったことありません!」


「聞いてないぞ」


 じゃあなんだ?

 ミセルは保護者として、行ったこともねえメイド喫茶に二人を連れて行かなきゃならんのか?

 無茶な話だ!


「……ほんとに行きたいんですか?」


「行きたい」


「行きたいですっ!」


 おう……。一対二。多数決だったら負けである。お二人さんの意思は固そうだ。

 ミセルはため息を吐いて、預金通帳に刻まれた数字を思い出し、それから今月の電気代水道代ガス代を計算し、畳の上に突っ伏した。バイトざんまい大学生の生活の苦しさを舐めないでほしい。ただえさえ一人増えて金が倍増したのに! あ、そうだ。この二人の服も買わなきゃじゃん。ダボダボジャージとメイド服で街中を歩かせるわけにはいかないから。

 つまり、あれだ。

 ミセルはもっともっと働かねばならぬのか。


「……うわー!」


「おお、どうした」


「どうされましたか?! 創造主様(マスター)! お体の具合が悪いのですか?!」


 のんびりとしたヴォイドの声と、慌てふためいたようなアンティークの声を聞いて、ミセルはさっさとプログラムを書き換えちまえばよかったと強く後悔した。



 ……



 ミセルは苦学生である。

 いや、苦学生なのは研究バカであるもう一人の自分──混同解答が原因で、それ故に自業自得なのである。仕送りはちょこっとバイトすれば十分なぐらいにもらっているし、定期的に食品やらもくれるから、その分だけミセルは遊べる。しかしながら、混同解答という男は随分な困ったちゃんだった。自作のロボットを作るためなら生活費を切り詰めて材料を買い電気代を払うようなやつであった。大学に言えば研究室ぐらい貸してくれるんじゃねえのとは思うが、混同は人にちょっかいを出されるのが嫌いらしい。心ゆくままに一人でマイペースにやりたいそうだ。何じゃそりゃ。

 だから、ミセルは泣く泣くバイトに明け暮れるのだった。一人増えて苦しくなる生活費を稼ぐため、我らが王様に苦労をかけないため、なんてことないですよとでも言いたげに奔走するのだ。

 だから、留守中。

 ミセルが大学かバイト先に行ったかのどちらか。とりあえずミセルが出かけた数分後、ヴォイドは目を覚ました。


「……ねむい」


 ぺちゃんこの布団の上。吊り下げられた電球の紐を見つめながら、ヴォイドはねむいと考える。夢の延長線にいる。寝起きがすごぶる悪いヴォイドは数分間そうした後、ノロノロと体を起こした。


「おきた」


 誰がどう見たってそう判断するこの状況を口に出し、ようやく意識が覚醒する。紺色のジャージはやっぱりサイズが合わなくて、ズボンがどっかいっていた。気にせずちゃぶ台の上に置かれた朝食を確認。食パンと苺ジャム。それから簡単なサラダが置いてあったのでありがたくいただくことにした。

 どうやらアンティークは動いていないらしい。

 いつもならヴォイドが目覚めた時点で『御主人様(マスター)っ!』と騒がしい合成音声を響かせながらこちらの部屋に突撃してくるはずなので。こないということはシャットダウンされているのだろう。食パンに苺ジャム塗りながらヴォイドはリモコンを操作しテレビをつけた。レガリアの家にあったやつよりも一回り、いや二回りほど小さいテレビである。画面の中ではお天気キャスターのお姉さんがニコニコで今日の天気を伝えていた。今日は晴れるらしい。

 うーん、どうしようか。

 ヴォイドは現在ヒモである。働いてないし学校にも行ってないからヒモ。養われている分際だ。それはどうしようもない問題である。ヴォイドはこの世界に来てからまだ半年も経っていないのだ。働けと言われても、学校に行けと言われても、どちらも叶わない。身寄りも身分証もない。もちろん『前』の自分になりきって生活することもない。面倒だから。

 だから、すごぶる暇である。

 暇でしょうがない。ミセルがいない真昼は特に。アンティークが動いてなきゃなおさら。テレビ見るか寝るか、それか──


「ゲームでもするか」


 朝食を食べ終わってひと段落したとき。ヴォイドは古い型のタブレットに刺さった充電器をはずし、ゲームアプリのアイコンをタップする。敷いたままの布団に寝っ転がって、ヴォイドはローディング画面を見つめる。

 ニートであるヴォイドはやることがない。

 なので、ミセルがタブレットをくれた。どうぞ暇潰してください、だってさ。いや、暇だけど。そんなあけすけに言う必要はないじゃないか。

 まあとりあえず、ヴォイドはゲームかテレビか睡眠かの三択しかやることがないのであった。こいつほんとに大魔法使い? と聞かれてしまえばおしまいだが、隠居生活なんてそんなものだろう。おじいちゃんおばあちゃんの暮らしである。

 さて、ヴォイドがプレイしているのは協力型RPGである。

 プレイヤーは魔法使いや戦士になって、ファンタジーな世界を冒険し、そこで自由にギルドを作り、所属しているメンバーと一緒に魔物を倒す。簡単にいっちゃえばそんな感じだ。もちろん一人プレイも可能だけど、やはり大人数でやった方が効率はいい。中には初心者お断りの看板をぶら下げていたり、この職業のプレイヤーしか所属できませんなんて制限を掲げていたりするギルドもある。世間は厳しい。サービス開始から五年経ったこのゲームは結構修羅の道だった。みんなみんなプレイヤーランクが百を超えているわけじゃないんだぞ。なんだ最低レベル五十って。初心者を舐めるな。

 そう言うわけで、ヴォイドはソロプレイをしていた。ぼっちで魔物を倒して捌いて買取屋に売っぱらっていた。寂しい? なんとでもいえ。

 ヴォイドの職業は魔法使いである。

 その名の通り、魔法を軸として戦う職業だ。まだちっちゃい炎しか使えないけど、それでも魔法使い。現実のヴォイドだったら一息で殺せるであろう矮小な存在である。

 だから、ソロプレイは仕方ないのだ。装備はボロいし魔力は(MPというのだっけ)はスズメの涙。体力はスペランカーであらゆるの能力値がチワワである。いくらアバターを昔のヴォイドっぽくカッコよく仕上げても、見た目の貧相さは拭えなかった。

 しかし、楽しい。

 ゲームという未知のシステムを調べ尽くし遊び尽くすのは、ひどく楽しい。ヴォイドにとっては最高の暇潰しである。自分がどんなに矮小な存在だろうと気にならない。成り上がるのは慣れてるし。


「ギルドの承認は……ないか。流石にな。余だったらぜってえ入れないし」


 布団に寝そべりながらゲーム内の通知を確認し、所属許可が承認されたかどうか確認した。ソロプレイにも限度がある。そもそも協力して倒そうがモットーのゲームだから当たり前だ。どこでもいいから入れてくれと手当たり次第に送った所属許可願はすげなく却下されたらしく、承認の文字は見つからない。ヴォイドはひたすら通知をスライドしていく。


「……ん?」


 おや?

 ヴォイドは指を止めた。じいっと、画面を見つめる。通知欄。そこの、同じ文字列ばかりが並ぶそこに、見慣れぬ文字が一つだけ。


『承認のお知らせ

 ギルド名:パーティの所属願が受理されました。それではよきギルドライフを!』


 承認。

 それはつまり、ヴォイドはもう一匹狼ではなくなったということ。インターネットのお仲間と共に、ヴォイドは悠々自適に魔物狩りができるということ。協力プレイができる。それが売りのゲームだから。

 つまり。


「は?」


 ヴォイドはあれだけ入れっこないと思っていたギルドに、意外とあっけなく入れてしまったのだ。


「まてまてまて……」


 マジで言ってる? どういう気持ちで入れたんだこいつら。ヴォイドは自分でいうのもなんだが雑魚である。初めて一週間の初心者である。それを、どういう気持ちでギルドに入れたんだ? ギルドにだって所属制限はある。最低二人で最高五十人だ。その貴重な枠をヴォイドで埋めていいのか?

 いや、まあ……いいから入れてくれたんだろうけど……。

 とりあえずヴォイドは混乱していた。入れるわけねえよな! ガッハッハ! といっそ潔く諦めようと高笑いをいていた時に突然いいでとあっさり許可されてしまったのだから、当然といえば当然である。

 オーケイ。一回落ち着こう。

 とりあえず、ヴォイドを入れたお馬鹿さん(初心者に優しいお方?)を確認しなければ。あと、ギルド:パーティなんてとこ、申請してたっけ? わからん。手当たり次第だったから。

 それは置いといて。

 ギルド主とメンバーの確認をしよう。


「……なんだ」


 ヴォイドは肩の力を抜いた。ああ、なんだと納得し安心した。混乱はどっかにいった。

 単純に、まだ発足したての弱小ギルドだったのか。

 ギルド主合わせて三人の、ちっさいギルド。そこにヴォイドを加えて四人。なんともちっぽけ。

 それならなんの疑問もない。ギルド自体はプレイヤーレベルが……十ぐらいだっけ? そんぐらいにならないと作れないが、それならヴォイドと同レベルだ。納得納得。ヴォイドは枕に顔を埋めてため息を吐く。


「そりゃそうだな。考えてみれば当たり前だ。ギルドにだって弱い強いはあろうに……」


 とりあえずプレイヤー名を確認して挨拶しよう。えーっと、メンバーの確認は……ここか。

 ヴォイドは気兼ねなく、メンバー一覧を確認する。招待してくれたお礼だ。人として(怪物だけど)礼儀は尽くさねば。個人チャットを送れるので、そこで感謝の言葉を贈ればいいだろう。とにかく確認。画面をタップ。


「……」


 メンバーは順番に。

 トリスタン。マギー。モニカ。

 上から男性名、女性名、女性名の順番である。

 そして、ヴォイドは聞き覚えがあった。見覚えではなく、聞き覚えが。


「死の間際は聴覚しか機能しない……はは、役に立ったな、余の耳」


 刻まれた名前は、ヴォイドを殺した者の仲間の名前──即ち、勇者を慕う仲間たち(パーティ)だった。



 ……



「あ、通知きた」


「……勉強会の途中でしょ、喪音(もね)。スマホ見ないでよ。せっかく教えてあげてるんだから」


「そう言われても。確認は大事でしょ? 真実(まみ)。ウチらがなんのためにこのゲーム始めたと思ってんのさ」


「好奇心と暇潰し」


「それはそうだけど……違うじゃん。アイツを見つけ出すためでしょ。そもそも、真実がやろーって言い出したんだから、責任とってよね」


「……勉強中なのを諌めたつもりなんだけどなあ」


「確認ならパッとすむから。えーっと……? ああ、ギルドに入りたい人がいるみたい」


「あの名前以外は通さないでよ」


「わかってるてえ。なになに? おわ、ばり弱いよこの人! 初めて一週間って感じ?」


「それはいいから。名前は? ニックネーム。ハンドルネーム。プレイヤー名」


「まあまあ、落ち着いて。えーっと……」


「……」


「……」


「……? 何? どうしたの」


「見つけた」


「ああ、見つけたんだ。どっち?」


「敵」


「そ。じゃあとりあえずトリスタンに連絡して、モニカ」


「オッケー、マギー。勉強の続きは?」


「する意味ある?」


「ない」


「だよね」



 ……



 ミセル・パーセキュトリーはアルバイターである。

 いや、混同解答と言った方が適切かも知れぬが……そこは置いといて。とりあえず、ミセルは居酒屋のバイトが終わってフラフラだった。酔っ払いとはろくなもんじゃない。将来お酒が飲めるようになっても絶対飲まない。いや、混同解答はもう成年だっけ? ミセルが飲酒を好まないから忘れていたが、そういえばもう立派な大人だったかもしれない。自分の年齢すら記憶していないのはちょっとやばいかも。

 ミセルは夜の繁華街をフラフラ歩いていく。

 ヴォイドはおとなしくしてくれただろうか。アンティークは勝手に動いたりしていないだろうか。今月の電気代は見たくない。お母さん仕送りまだですか。なるだけ早くお願いしたい。益体もないことをうだうだ考え考え、ミセルはちょっとだけ立ち止まった。ふらつく足を唐突に止めた。


「……メイド喫茶」


 煌々とした灯りの前。やけに布面積が狭いメイド服に身を包んだお姉さんがたが呼び込みをしている。以外と深夜までやっているもんなんだなあと感心しつつ、ミセルはちょっとだけ迷った。

 何に迷ったかって、そりゃここでメイド喫茶なるものに入るかどうかである。

 近々ミセルはアンティークとヴォイドというお子様二名を抱えてこの場所に突入せねばならない。給料日のあとだったらいけるよと約束してしまったから。だから、ミセルは迷う。メイド喫茶という何も知らん空間にあの二人と行ったら目も当てられない状況になるんじゃないかと戦々恐々している。

 予習は大事だ。

 前もって知っておくというのは重要である。ぶっつけ本番よりは練習を重ねた方が上手くいく。そうとは限らないかもしれないけど、まあ、大抵はそうだ。そうだと思っている。少なくともミセルはそう思う。だから、ここでミセル一人で体験しておくのは、結構合理的じゃないか?

 問題があるとすれば、ミセルは人間不信が祟って飯が食えないことだけ。お残しは許しまへんで。食べ物を粗末にするのはミセルが信頼できない人間を殺すよりも罪悪感がすごいのだ。

 混同解答として入れば、まあ、いけるかもだけど……。

 そこまで無理していくことかなあ。


「おーい、そこのおにーさん」


 そうこうしているうちに、外で呼び込みをしていたメイドさん一人にロックオンされた。バイト終わりの大学生なんてカモでしかないんだろうなあ。いやに馴れ馴れしいそいつの顔を拝もうと、ミセルは顔を正しい位置に戻す。


「どうです? ちょっと寄ってきません?」


 ピンク色の丸文字が踊る看板をもって、メイドはズカズカ近づいてくる。高校生くらいの少女だった。染めているのかボブカットの髪は白銀で、強気な瞳は人間離れした真紅。日サロでも行ってんのか、肌は褐色である。健康的で何より。

 んで、問題。

 ミセルはこいつに見覚えがある。

 もちろん、相手だってミセルのことは覚えているだろう。何度も何度も何度も何度も何度も何度も、数えきれないくらいに殺し傷つけ騙し貶め妨害し足を引っ張ってきた。お互いに殺し合った。殺せるところがないくらいに殺して殺して、結局二人とも殺し切ることはできなかった。愛しの主人が止めるから、できなかったし、またはしなかった。


「……ん?」


 彼女が気づく。ミセルも確信する。どう考えてもあいつしかいない色味の女を凝視して、やはりと思い殺してやろうかと考えた。

 それはあちらさんも同じである。彼女はミセルを凝視して、この場で殺してやろうか考えているはずだ。


「……こんばんわ。いい夜ですね」


「……ええ、こんばんわ。この姿でもお会いできて光栄だわ」


 ニコニコ笑う。お互いがお互いを敵視している。お互いがお互いを殺したがっている。

 彼女は、レガリア・S・ファルサ。

『序列』一位にして『侵略種』。そして、ミセル・パーセキュトリーの敵である。

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