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8.お引越しも楽じゃないし通話記録は削除しといて

 ヴォイドには身寄りがない。

 レガリア・S・ファルサという保護者(あいつを保護者とは呼びたくないけど)を失った今、ヴォイドは孤児(みなしご)だった。家もなければ金もねえ。世間の常識も持ってねえ。さてさてどうする? 適当に銀行強盗でもやって資金を得るか? 

 でもなあ……。

 ヴォイドのせいで氷漬けアンドぶっ壊れてしまった街中を見て、ちょっとそれはどうなんだろうと思い直した。だって人様に結構な迷惑がかかっているし。レガリア一匹殺すのに多大なるご迷惑をおかけしてしまったのだし。これ以上暴れ回るのはいかがなものだろう? ヴォイドにだって良心はある。ちっぽけだけど。ミジンコどころかゾウリムシ程度だけど。それでも、あるったらあるのだ。


「どうしたものか……」


『スナイパーライフル』を見送った後、ヴォイドは途方に暮れていた。血塗れ制服(靴なし)女子高生をどこの誰が保護してくれるだろう? 警察に突き出されておしまいだ。それは避けたい。ヴォイドは腐っても魔物だから警察とか、そういった国家権力を持つ正義の味方が大の苦手である。じゃ、どうする? やっぱ強盗および窃盗?

 ヴォイドは手すりに寄りかかる。ぎしりと音がして少しだけ不安になった。

 星を見る。

 あいにくの曇り空で、全く見えない。

 レガリアを軽率に殺したのは間違いだったかも。他に誰かヴォイドを知っている人間がいるだろうか? 例えば、他の『序列』のメンバーとか──


「あ」


 ヴォイドは思い出した。レガリアがひた隠してきた、ヴォイドを知る怪物たちのこと。きっとレガリアはヴォイドを囲い込むために教えなかったのだろうなあ。実際、身寄りがなくて途方に暮れているのだし。

 しかし、ヴォイドは知っていた。

 一人だけ、会った。身寄りがレガリアしかいないのだと思い込ませ追い詰める作戦は、はなからうまくいってない。


「『探し物の羅針盤(サーチコンパス)』」


 ヴォイドは魔法を発動させる。そうと決まれば早速行動開始。いい感じにお腹も減ってきたし、さっさと見つけよう。新しい保護者を、家を、身寄りを。

 探すのは、ミセル・パーキュトリー。

『序列』十三位にして、『臆病な探究者』の異名を持つヴォイドの怪物である。



 ……



 ピンポンピンポンピンポン!

 1LDK。最寄駅から徒歩十分。築十年。お家賃月々五万円。

 そんなアパート二階の廊下。ヴォイドはお行儀悪く呼び鈴を連打した。ガサついたチャイム音が辺りに響き渡る。

 ドタドタと足音が聞こえた。壁が薄いらしい。ガチャン! と勢いよく扉が開く。


「な、なんですかこんな真夜中に!」


「泊めろ」


 慌てふためいて出てきた深緑色の青年に、ヴォイドは傲岸不遜にそう答えた。

 ミセル・パーセキュトリー。

 かつてのヴォイドの部下。最も忠実な部下。今は髪と同じ深緑のツナギを着ている。パジャマか? だとしたら随分寝にくそうだ。

 住んでいるところを調べるのは、魔法を駆使すれば簡単だった。レガリアのと比べたらえらい違いだが、まあこの幸薄そうな青年の暮らしぶりを、服飾会社代表取締役の生活と比べるのは酷というものだろう。あれだ。住む世界が違うってやつだ。それでも前世は同僚だったのだから、運命とはかように数奇。


「は、はあ!? ヴォイドさま!? なんでここに?!」


「レガリア殺してきた」


「そりゃまた物騒な……朝刊えらいことになってそうですね」


「まあな。色々ぶっ壊しちゃったし」


 頭を抱えるミセルを他所に、ヴォイドはクスクス笑う。そこで、隣の部屋の扉が内側から叩かれた。どんどんどん! と騒がしく。どうやらうるさくしてしまったらしい。隣人はご立腹だ。


「……とりあえず、どうぞ」


「お邪魔します」


「それを言える礼儀があるならピンポン連打しないでくださいよお」


 とりあえずヴォイドはお邪魔する。ここまで靴下で歩いてきたので足裏が痛い。靴下を脱ぎ捨て、ようやく砂利以外のものを踏めた。あー、痛かった。

 ミセルの家はごちゃついていた。

 そこらじゅうに雑誌や工具が散らばり、廊下が半分埋まっていた。壁には設計図やらなんやらが画鋲で止めてある。賃貸なのに。色々と大丈夫なのだろうか。

 ヴォイドは構わず進む。先行するミセルが散らばった物を隅に蹴って退けているから、足の踏み場がないというわけではない。いや、人工的に足の踏み場を作っている時点でないのかもしれないが。


「とりあえずおかけください、ヴォイドさま」


 リビングであろう和室。そこのぺちゃんこになった座布団を勧められて、ヴォイドは素直に座った。目の前にあるちゃぶ台に突っ伏す。疲れた。ここまでありえないほどの努力を重ねてきたのだ。現金を持っていないヴォイドはつど魔法を自分にかけながらひたすら歩いてきた。肉体的な疲労はないが、それでも精神的な疲労は誤魔化せない。へろへろだった。もう何も考えたくないぐらいには。


「お疲れですね」


「疲れた……」


「お布団はお譲りしますよ、ヴォイドさま。おれはどーせ夜なべして作業するんで」


「何をしているんだ」


「卒業制作およびヴォイドさまの護衛作りです」


 ミセルはそういって、ヒビの入った急須でお茶を入れてくれた。家庭的なんだろうか? 淡いピンク色の湯呑みに口をつけながら、ぼんやりと思う。男の一人暮らしだから、家庭的にならざるおえないだけか?


「結構形はできてきたんですよ。後はAIの調整と各パーツの動作確認。そんぐらいです。苦節一ヶ月ってとこですね」


「短いな」


「ま、魔法で骨組み作っちゃいましたからねえ。そりゃ早いですよ。ここ最近授業にも出ていない」


「ふーん……」


 ヴォイドは聞いているのかいないのかわからない返事を繰り返す。ちょっとしたラジオを聞いている感覚だった。おざなりな返事をしても、この部下は気にしないからちょうどいい。


「『前』の貴様は学生か」


「そーですよ。大学生っす。『前』の自分……混同解答はまだ意識として残ってますよ」


「そりゃ……ケッタイな」


「そうですかね? レガリアのような侵略バカじゃないですし、ヴォイドさまのように追い出したわけでもない。そうなると必然的に共生と言いますか、間借りしているみたいな状態になっちまうわけです。混同解答としての自分と、ミセル・パーセキュトリーとしての自分。ちょっとした多重人格でしょうか」


「……名前が二つあるからか? 精神学はどうも専門外だ。そもそも、前世の記憶があるのがおかしいのだから、イレギュラーぐらい起こるだろうが」


「そーですねえ。多重人格というのは言い得て妙です。ミセルとしての自分はヴォイドさま一直線ですけど、解答としての自分はそうでもないですから。どうでもいいと言い換えてもいいですね。両極端な気持ちは相反せず、特に影響を及ぼしません。変な感覚です。おれはヴォイドさましか信じられないのに、それでも大学では仲のいい友人がいる。解答としての自分は随分とフレンドリーみたいです」


「興味はあるが……どうも頭に入ってこん」


「おや、おねむで?」


「おねむという言い方はやめろ。単純に疲れただけだ。ちょっとじっとしてれば回復するさ」


 たわいもない雑談を続ける。いつの間にかミセルがお茶菓子を持ってきたのでちょっとだけもらった。夜中に食べる甘味ほど美味いものはない。

 餅入りもなかを齧りつつ、ヴォイドはミセルを見る。


「うまいな、これ」


「母さんからの仕送りです。混同解答の母親は随分お優しいようで」


「……今のはどっちの意識だ?」


「前半が解答で後半がミセルです。ややこしいですよね。多重人格のように意識が切り替わるのではなく、いつだって二人の意識が浮かんでいるんですから」


 ミセルは躊躇いなくもなかを口に入れる。警戒していない。これは解答としての行動だろうか。ミセルならば、他人からもらった菓子など死んでも口に入れなかっただろうから。

 面白い。


「お茶のおかわりどうですか」


「くれ」


 久々にゆったりとした時間が流れる。お茶とお菓子でのんびりするのも悪くない。


「あ」


「どうしました?」


「みたいドラマがあった。テレビつけていいか?」


「もう終わってるんじゃないですか? 今、午前二時ですよ」


「録画してないか? 主人公が復讐鬼で、恋人を殺した容疑者を殺して回ってるやつ」


「録画はしてませんが、ティーバーで観れるかもしれないです」


「みたい」


「ちょっと待ってくださいね……」


 ミセルが年代物のタブレットを操作し、目的のドラマを表示してくれた。相変わらず過激表現が多分に含まれた物騒なドラマが始まる。


「うわ、グロ。今のご時世珍しいですね」


「毎週炎上してるぞ」


「やっぱり? 打ち切りになってないのがすごいですね」


「なー」


 画面の中では主人公が恋人の親友であった女を木にふんじばってバットで殴りつけていた。結構作り物だ。実際にやったことのある身としては、一言物申したくなる。


「おれちゃんと観てないんでよくわかんないんですが、この人って犯人なんです?」


「いや? 知らん。知らんが、主人公は犯人かもと思ったんだろ」


「うわ……冤罪じゃないですか」


「貴様が言うか?」


「混同解答はそう言える権利がありますよ」


「そりゃそうだ」


 ヴォイドは黒糖饅頭を頬張りながら、真っ赤な画面を注視する。主人公の狂気具合が増していて結構結構。このまま怪物となってもらいたい。その方が面白いから。


「こういうのって、どうやって撮影してんでしょうねえ」


「……CG?」


「それとも作り物でしょうか。あれです。無惨極まりない死体はハムで作られてるってやつ」


「食えるのか?」


「ハムだから、多分。スタッフがおいしくいただいてるかもですね」


 ハム……お腹空いてきた。ヴォイドは二個目のもなかに手を伸ばす。ミセルがお茶を入れてくれる。画面の中では無惨極まりない死体になった、今流行りの女優が息絶えていた。あれもハムなのだろうか。


「レガリアの野郎は何したんです?」


「人形にしてきた。だから殺した。お亡くなりだ」


「へえ。早かったですね」


「もとより反逆率ナンバーワンだからな。獲物がグースカ寝てるとこに弓矢を放たん方がおかしい」


「それもそうですか。おれのことはどう思ってます?」


「寝首を掻かない」


「ありがたいです」


 もなかを噛み砕きつつ、ヴォイドは考える。ミセルは少年十字軍のことを知っているのだろうか? レガリアと繋がりのあったあの組織のことを、ミセルは聞いたことがあるのだろうか。まさに犬猿もかくやといったレガリアとミセルが、同じ組織と繋がっているとは思えない。じゃ、知らないか?

 まあ、言うのは遅くていいか。

 知らないかもしれないし。あんな気味の悪い組織、一介の大学生である混同解答が知っているとは思えない。ミセルも関わるとは思えない。


「そういえば」


「なんです?」


「卒業制作の話は」


「ああ、あれですか。……見ます?」


「見たい」


「こちらです」


 あんまり見せたくなかったんですがねと前置きして、ミセルは隣へ続く襖を開けた。

 中はやはりごちゃついていた。工具やらコードやらネジやらが散乱していて、ひどく空気が濁っていた。パソコンのモーター音が聞こえる。

 そんな和室の中心に、似合わぬソファが一つ。

 一人用の、赤茶色の革張りのソファだった。いかにも高級そうなブツである。混同解答の趣味というより、これはミセルの趣味だろう。細部まで細かく、それこそ装飾品にまで細かく設定するのが『臆病な探究者』ミセル・パーセキュトリーである。

 だから。

 そのソファにクラシカルなメイド服を着た女の子を模したロボットが座っていても、何も驚かなかった。


「……懐かしい顔だ」


「うへー。やっぱ覚えてますよね。当たり前ですよね。だから見せたくなかったんですけど。だってヴォイドさまにはおれしかいらないから。おれだけでいいから。レガリアのクソ野郎みたいなのにヴォイドさまが殺されちゃったら、傷つけられちゃったらどうしようかと心配で不安で怖くなるから、だから、壊してやろうかと思ったけど混同解答は壊すなとうるさくて──」


「黙れ」


「御意に」


 ヴォイドは彼女を観察する。

 可愛らしい少女である。年齢は十二歳程度。国籍はわからぬ。カラスのような黒髪はボブカットで、淡い栗色の瞳をしていた。電源が入っていないからうつろではある。しかし、綺麗だ。人間味がある。作り物とは思えないほどに。不気味の谷を感じる暇もないほどに。


「電源を入れてみてくれ。会話はできるだろう?」


「そりゃできますが……まだ調整中ですよ」


「動いているとこがみたい。見せてくれ」


「……はあ」


 ミセルは渋々といった様子でパソコンを立ち上げ、いじり始める。ヴォイドは部屋の隅っこに座ってまった。ミセルはコードを繋げたり彼女を動かしたりと忙しそうだ。くわりとあくびをしながら、あくせく働く彼を観察する。


「んじゃ、動かしますよ」


「頼む」


 ミセルがキーボードのエンターキーを押した瞬間。

 彼女の目に光が灯った。

 正確に言えば、眼球パーツに内蔵されたLEDライトが光った。

 パチクリと瞬きをして、ゆっくり辺りを見回す。その作り物の眼球で周囲を見る。ヴォイドは立ち上がった。

 彼女は、ヴォイドを発見する。


「……御主人様(マスター)?」


 きょとんとした顔で、ヴォイドを見る。パソコン前に座るミセルとヴォイドを交互に見て、何度も目配せする。夢かどうか確認するように。


御主人様(マスター)っ!」


 信じられないとでも言いたげに顔を歪ませて、機械の腕を使ってそのソファから立ちあがろうとして──

 足のパーツが不具合を起こしていたのか、ずっこけた。

 顔から。

 そりゃもういい転げ具合だった。顔からずしゃー! といった。いたそう。メイド服が捲れ上がってはしたないことになっているし、格好がえげつない。ロボットじゃなきゃ骨折しているだろう角度に手足が曲がっている。例えるなら、一生懸命頑張っているがどうもミスばかりなドジっ子新人メイド(死体)である。

 いや、例えるならというか。

 そのものというか。

 彼女は転がったままヴォイドを満面の笑みで見つめる。


「久しいな」


「はいっ! お久しぶりです!」


 無様に転がったまま、続ける。


「『序列』九位、『機械仕掛け』アンティーク。創造主様(マスター)御主人様(マスター)のためにお造りになられた、機械人形ですっ! さあさあ! ご命令を!」



 ……



 アンティーク。

 かつてヴォイドが手慰みに作った機械人形(オートマタ)である。テキトーに、何かの役に立ったらいいなあぐらいのノリで作った暇潰しの産物。可愛らしい少女の皮を被った鉄屑。以前は魔法技術の結晶だった彼女は、魔法と科学技術の結晶に変わったが、それでも立派な『序列』九位のアンティークだった。

 なぜわかるかって?


御主人様(マスター)、ご命令を! 創造主様(マスター)でもいいですよっ! このアンティークはマスターたちのお役に立つためだけに存在していますから! さあさあ! さあさあさあ! どんなことでもご命令ください!」


 こんな調子だからだ。

 歯車が軋むような音を喉元から響かせながら、彼女はヴォイドにベタベタしつつ捲し立てる。少女となってしまったヴォイドの姿をいたく気に入ったらしい。テディベアのように抱きしめられつつ、ヴォイドは辟易していた。


「アンティーク」


「なんでしょうっ! 創造主様(マスター)っ!」


「とりあえずヴォイドさまから離れて」


「わかりましたっ!」


 すぐさま離れる。部屋の端っこに移動する。置かれたスチール製の棚にぶつかって、ガラガラガラ! と中身が崩れ落ちた。アンティークがガラクタに埋もれて見えなくなる。


「気にしないでいいっすよ」


「大丈夫なのか?」


「そんぐらいじゃ壊れません」


「頑丈だな」


「護衛ですからね。渋々ですけど。嫌々ですけど」


「うへー……」


 ガラクタの山からアンティークが出てくる。ちょっと埃っぽかった。


「離れすぎました……。他にご命令はありますか?」


「片付けて」


「仰せのままにっ!」


 ミセルが適当に放った命令によって、アンティークは生き生きと働き始める。ガラクタが元に戻っていく。

 レガリアが『支配』、ミセルが『調査』という変わらぬ性質を抱えているように、機械人形(オートマタ)であるこいつにも厄介で変わらぬ性質があった。

 アンティークは奉仕することを望んでいる。

 それがやりたくて生きている。そのロボット生を謳歌している。全ての生き物に対して奉仕し尽くして助ける。それが彼女のレゾンデートルだ。ただ周囲の人間が快適に生きられるようにお手伝いをするのが彼女だ。アンティークだ。

 ロボットとしては百点満点である。


「……ま、こんな感じですね。どうです? ヴォイドさま」


「なかなか再現できているな。褒めて遣わす」


「ありがてえです。魔法と科学の融合体である今世のアンティークですが、なんとなんとなんと! びっくり機能があるんですよ」


 大袈裟なミセルのプレゼンに、ヴォイドは少しだけ興味がそそられた。科学と魔法とは対極にいる概念であり、交わることは絶対にないから。イレギュラーとも言えるアンティークのびっくり機能と言われれば、そりゃもちろんワクテカになるに決まっている。

 ヴォイドは身を乗り出しながら聞いた。


「なんだ? 魔法が使えるとかか? それか科学的に魔法を解析できるとか……」


 ニヤリといたずらっ子のように笑ってミセルは堂々と発表する。


「ロケットパンチが打てます」


「……」


「ロケットキックもできます」


「時間返せ」


 心底ヴォイドはガッカリした。ロケットパンチって、お前。科学と魔法の利点をフルに活かしたかっちょいい技が使えるとか、ちょっとワクワクしてたのに。一端の魔法使いとして好奇心でいっぱいだったのに。

 ミセルは呆れたような様子のヴォイドに叫ぶ。


「なんですかその反応! 男のロマンしか詰まってないでしょう! 美少女ロボがロケットパンチうつんですよ!」


「逆に聞くが、なぜそこまで興奮できる?」


「どっちかといえば混同解答の意識が興奮してるんです! ミセルとしてのおれはちょっとしかしてません。それはそれとして、単純にワクワクするじゃないですか。アニメが現実になるんですよ!」


「はあ……」


「あっ! 創造主様(マスター)っ! ロケットパンチしますか?! このアンティークが創造主様(マスター)のお望みの通りに行いますよ!」


「せんでいい!」


 アンティークの腕からキュイイ……と腕から怪しげな起動音がして、ヴォイドは止める。生命体の指示に素直な機械はすぐに止まった。心底嬉しそうに止まった。ミセルが片付けの続きを促して、また部屋が綺麗になっていく。


「迂闊なことを言うな、ミセル」


「りょーかいです、ヴォイドさま。あー、危なかったですねえ」


「他人事みたいに……」


 にししとミセルが笑って、アンティークは相変わらずニコニコしていて。

 もしかして、この同居人の中でストッパーになれるのはヴォイドだけなのかもと、ちょっとだけ不安になった。



 ……



「はろはろー! こちら『ハッピーハート』! こんばんわんわんだね! 今はよるだからね!」


「……こんばんわだろ、『ハッピーハート』」


「うん! だからこんばんわっていったよ? 聞こえなかったかにゃー?」


「はあ。その調子でお前のお守り……いや、相方は疲れねえのかねえ。『スナイパーライフル』や『スナッフフィルム』には心底同情……しねえな。できねえな」


「? なんのおはなし? おしごとにかんけーある話? それともしあーせな話? ふしあーせな話?」


「どっちでもねえ話だ。……それで? 『ハッピーハート』。なんの用だよ。お前が電話かけてくるなんて珍しいじゃねえか。こっちも仕事中なんだから、さっさと済ませてくれ」


「よう? 様、要、葉……用! よーけんは追加のおしごとだよお! 『ジャッジメント』直々の、大事なおしごとなの!」


「おえ、嫌な予感しかしねえな」


「気持ち悪いの? だいじょーぶ? しあーせになる?」


「ならん」


「じゃあ今しあーせ?」


「いや、不幸せ」


「……だめだよ。しあーせじゃなきゃ、だめなの。いつだってしねる人間は、いつだってしあーせでいなきゃ」


「はは」


「しあーせにしてあげるから、今どこいるか教えて」


「いらねえよ、『ハッピーハート』」


「なんで? ふしあーせなのに、なんでしあーせになろうとしないの? 人間のくせに、なんでしあーせにしのうとしないの? あたまおかしいよ。なに考えてるの」


「お前に頭おかしい扱いされると結構イラつくな。はは。殺すぞ」


「仲間殺しはごはっとだって『ジャッジメント』が言ってたよ」


「軽率に『ジャッジメント』の名前を出すな。誰に聞かれてんのかわかんねえんだから」


「でも『ジャッジメント』が言ってたのはほんとよ? んでさ、しあーせにしたげるから、今どこいるの?」


「お前みたいなお子ちゃまが入れないとこだ」


「おないどしだよね?」


「ああ、同い年だ」


「どーいうこと?」


「ガキっぽいって言ってる。もっと言うのなら、子供のまんま。精神年齢五歳児のアホ」


「……?」


「まあ、気にすんな。で? 仕事って?」


「あ、そうそう。そーだったね。んでね、おしごとのせつめーする前にごほーこくだよ」


「なんだよ。早く済ませてくれ。顧客との待ち合わせ時間が迫ってんだ」


「うん! はやくするね! じゃーまず、レガリアが裏切ったよ!」


「……」


「んでね! あたしがしあーせなままころした! レガリアはしあーせなまましねたよ!」


「そりゃおめっとさん。続き」


「それでね、『スナイパーライフル』が魔王とあったよ!」


「……は?」


「魔王ヴォイドがいたの! レガリアを始末したあと、『スナイパーライフル』が見つけたの!」


「……それ、俺の他に誰が知ってる?」


「だいたいみんな!」


「オッケー、お前に聞いた俺がバカだった。その情報は『ジャッジメント』経由か?」


「ううん! 『スナイパーライフル』が最初にあたしに言ってきて、それから『ジャッジメント』も知ったの! まだ『スナイパーライフル』は処刑されてないから、きっとほんとだよ!」


「そいつぁ重畳だが……魔王が見つかった。ついにか。ふうん……」


「うれしーねえ。しあーせだねえ」


「……まあ、そうかもな」


「うれしくないの?」


「俺の目的は魔王及び勇者を殺すことじゃないからな。あの方がそうしたいと願ったから従っているだけだ」


「へえ! じゃあさ、どーやったらきみはしあーせになるの?」


「クソな大人をぶっ殺して地獄に行けたら、サイコーに幸せだ」


「変わってるね!」


「お前に言われたくない」


「そうなの?」


「で、仕事は。さっさと言えって何度も言ってるはずだ」


「そうそう! きみにしか頼めないことなんだよ」


「……」


「──レガリアの転生先を調べてほしいの」


「……アア、そういうことか。レガリア・S・ファルサ。厄介なやつを味方に引き込んだな、『ハッピーハート』」


「レガリアは逃げちゃった。しあーせにしんで逃げたの。裏切り者には罰を与えないといけないってほーしんは、きみも理解してるでしょー?」


「理解してるが、賛成はしない」


「ひどいね!」


「ひどくねえよ。ンなの個人の感覚だろ。お前が幸せにこだわるのと同じだ」


「そうなのかな?」


「そうだよ。……それにしても、話がややこしくなってきたな。んで? 俺は魔王及び勇者探しをやめてレガリアに専念すりゃいいのか?」


「ううん、ちがうよ。魔王も逃げちゃったから、『スナイパーライフル』がいっかい見逃したから、そっちもさがすよ。勇者もそうだよ。勇者のおなかまもそうだよ」


「……面倒事増やしやがって!」


「『ジャッジメント』のめーれーだからねえ」


「クソッ! めんどくせえ! ……あの方はなんて?」


「んー? べつになんとも。がんばってねだってさ」


「……そうか」


「もーいい? 『ハッピーハート』はとっても眠いんだよ」


「ああ、いいぜ。これ以上お前の声を聞いていたら頭がおかしくなる」


「ひどいなあ。……まあ『ジャッジメント』にさばかれないよーに気をつけてよ。裏切り者の処分はめんどーだからさ。いじょー、『ハッピーハート』からの伝言。おわり」


「伝言は承った。俺──『プレイルーム』は『ジャッジメント』の命に従い、レガリア、魔王、勇者を見つけ出すための手がかりを集める。それこそ、死ぬ気で、死んでも見つけ出す」



 ……



「や、おにーさん」


 夜の繁華街。

 仕事終わりの酔っ払い刑事に話しかけて来たのは中学生ぐらいの少年だった。これといった特徴はない。昼間の繁華街を適当に見回せばすぐ見つかりそうな、どこまでも平均的な少年である。片手にスマホを持ちながら、軽い笑顔を浮かべて、図々しく近づいてくる。

 刑事は思う。酔っ払った頭で考える。上司にしこたま注がれた酒のせいで働かない頭で考え、思ったのは、なぜこんなところに子供がいて、自分に話しかけてきたのだろうという、至極真っ当で単純な疑問だった。


「お仕事大変そうだなあ。酔っ払ってらあ」


「……きみは」


「あー、いい。いい。そう言う野暮な詮索はよしてよ、おにーさん。俺はおにーさんとちょっといいことしたいなーって思ってるだけだから。ここで深く知っちゃあ遺恨が残る」


 ふむ、言っていることが一つもわからないが、とりあえずよからぬことを企んでいるのだということはわかった。大人として、刑事として、ここはガツンと言ってやらねばなるまい。


「こんな時間にこんなとこをほっつき回って……危ないだろう。男だからと慢心しちゃあいけない。誘拐でもされたらどうする気だね」


「説教? いいね、まともな大人だ」


「親御さんは? あまり心配をかけるなよ。ほら、早く帰んなさい。ああそうだ、学校名を教えてくれ。連絡する」


「……ふふ」


「笑ってないで、答えてくれよ。住所は? 名前は? もしかして、帰りたくない理由でも──」


「ふふふっ!」


 会話が通じない少年に、どうしたものかと刑事は頭を抱える。ただえさえ参ってるのだ。街一つが氷漬けになって、その後始末もとい犯人探しに追われているのだ。は? 街一つ凍らせるなんてできっこないだろ。人間が何人集まったって、急激に全てを凍らせるなんて無理だ。ただの刑事に何を求めているのだろうか。未確認生物探しは警察の仕事じゃない。

 あー、思い出すだけでムカつく。

 そりゃ、数百はくだらない犠牲者が出たのだろう。建物が壊れ、下敷きになり、まだ救助されていない人間だっているだろう。やった犯人を捕まえなければならないのはわかる。自然現象ではないそれは、どう見たって人様の仕業だ。いろんな学者に話を聞いても、わからないの一点張りなんだから、きっとバカな天才が氷漬けにしたんだろう。だからって人間技と決めつけるんじゃねえ。上司のアホたれ! 街一つ氷漬けにするようなやつは、警察なんて木っ端微塵にできるっつーの! そうされてねえってことは犯人は警察に興味がないのだ。警察なんて屁でもねえから、ほっといてるだけなのだ。そいつを捕まえる? 屏風の中の虎を捕まえる方がまだ優しいね。

 こんな。

 こんな、バケモノのような──まさしく怪物のようなやつの相手なんて、できっこない。

 そんなわけで、刑事は参っていた。疲弊していた。ただえさえ訳のわからぬ事件に巻き込まれて、その超常現象の一端を見てしまった彼は、ひどく酔っていた。

 酔っていたのだ。


「ね、おにーさん。いいことしよーぜ」


 子供っぽい、年相応な口調で、少年は言う。いやに距離が近い。ほとんど恋人同士かと思うような距離である。密着してくる。

 甘ったるい匂いがする。

 少年はじいっと、こちらを見てくる。瞳孔を覗くように、見つめてくる。その真っ黒い目が、ずっとじいっとこちらを伺うように、楽しげに。

 刑事は酔っていた。

 酒に、仕事に、ありえない現象に。

 そして、いつの間にか少年にも。


「……いいこと、って」


「気持ちいいこと。有り体に言って欲しいのか? ……すけべ」


 ふわりと少年が笑う。グラグラする。頭が? おかしい。どうにも変だ。なぜこの少年を突き放さない。最寄りの交番の場所ぐらい知っている。さっさと引き渡してしまえばいい。業務時間外だ。自分が面倒を見る必要はない。

 なのに。


「いいだろ? おにーさん。ここで会ったのもなんかの縁だ。一夜限り……になるかはおにーさん次第だけどさア。ははっ! な、いこ?」


「きみ、は」


「考えなくていい。余計なことは気にすんなよ、おにーさん。俺といっしょに気持ちよくなってくれりゃあいいんだから。何もしなくていい。そりゃ、ホテル代ぐらいはワリカンにして欲しいけどサ」


 理性が金切り声を上げている。この少年は異様だと。突き放して逃げろと言っている。大人として、道を踏み外してはいけないと何度も何度も喉が枯れ果てるほどに忠告し警告していた。刑事としての自負やらプライドやらが、必死に自分を食い止めていた。

 酔っている。

 酔っ払っている。

 それは酒のせいで、事件のせいで、少年のせいだった。

 ただ、刑事は心の奥底で、誰にも、それこそ本人にも知られぬ本心中の本心で、こう思う。

 ああ。

 このムカつくガキを心ゆくまでぐっちゃぐちゃに犯したら、さぞかしい気持ちいいんだろうなあ!


「な、おにーさん。とって食おうって訳じゃないんだから、警戒しないでよ」


 思ってはいけない。

 大人としてあるまじき性根だ。腐ってんじゃねえの。ああ、腐って死んだ方がマシだな。刑事として、大人として、手本として、守るべきものにどす黒く煮凝った征服欲をぶつけるなんて、ほんと、終わっている。終わりきっている。自分はそんなにクソ野郎だっただろうか? 検挙してきた性犯罪者と同じ人種だったのだろうか。裁く側ではなく裁かれる側がお似合いだとでも? こんなバカな話があるかよ。

 しかし。

 少年の瞳孔が、その真っ黒い瞳孔が、刑事を見ていた。酔う。ぐるぐるに思考が回る。ぐるぐるする。クラクラする。クラクラして考えられなくなる。どうでもよくなる。タガが外れてネジが外れて気が緩み思考がバカになる。


「……名前は?」


「……! ふふっ! やあっとやる気になってくれたね、おにーさん。いーよ。特別に教えてあげる。……どーせ、おにーさんみたいな下っ端刑事なんぞ、何も知らんだろうからな」


 刑事は酔っている。全身の筋肉が弛緩して、ただ心地よい酩酊感に沈んでいる。だから、都合の悪い言葉は全てシャットアウトだ。はなから聞こえちゃいない。少年の言葉なぞ、聞いていない。

 だってさあ。

 獲物の命乞いを聞く捕食者がいるか?


「俺は……そうだな。(ゆう)


「遊? ふうん……」


「そ、遊だぜ。少なくとも、ここでは」


 少年は笑う。わらう。嗤う。

 彼は、少年十字軍所属の諜報員、コードネーム『プレイルーム』。

 遊ばれたから遊びが好きなうえ嫌いで仕方なく、だから遊んで遊び殺すことを選んだ、主人公の落ちこぼれである。

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