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7.敵の敵は敵

 負けた。

 のに、生きている。

 レガリア・S・ファルサは疑問に思う。うつ伏せに寝転がりながら、意識を覚醒させながら、思う。はてさて、なぜワタクシは生き残っているのだろう? あの時、自分の体さえも燃やして、しかしヴォイドが簡単に止めて、ついでにビルが倒壊して、レガリアはそれに巻き込まれたはずなんだけど。

 死んでない?

 ンなわけあるか。冗談も休み休みに。あの時、レガリアは死ななきゃおかしいだろうが。ヴォイドが手加減したのか? それはない。レガリアは殺されたし、ヴォイドは殺した。だから、レガリアは死んで違う人間を乗っ取っていなければおかしいのである。辻褄が合わないのである。

 そこで、レガリアは下半身の感覚が消えていることに気づいた。

 なんとか振り返る。自分の足の状態を確認する。

 なかった。

 というか、瓦礫に押し潰されていた。

 だくだくと、瓦礫の隙間から赤色が漏れ出ている。


「……死にましたね、これ」


 げほりと血を吐いて、レガリアは自分が死にかけていることに気づく。気づきたくなかったけど、どうせいつかは気づいていた。ならばどうしようもない。

 負けた。

 失血死は苦しいのだろうか。


「ご機嫌いかがかな、レガリア」


 瓦礫の隙間。完全に崩壊したら死ぬ空間に、ヴォイドもやってきた。なぜか怪我一つない。やけども凍傷の痕もない。健康体である。

 やはり格が違うな。負けたのも納得。さよならバイバイまた今世。もう二度と、せめて支配できる目処が立つまで会わねえからな、ばーか。


「最悪ですけど?」


「そりゃ何よりだ。ウケる」


「ウケませんよ」


「聞きたいことがあってな」


「話聞けよ」


 淡々と、ヴォイドは自分の言いたいことだけ言って話を進めてくる。これこそまさにレガリアの上司である。


「というか、いつの間に習得したんです?」


「……何を?」


「この世界の星の魔法」


 世界が違えば星も違う。

 だから、ヴォイドは星の魔法は使えないはずなのだ。天体を移動させる魔法は、そもそも対象となる星がない。天体の名を名乗る魔法は、そもそも元になる星がないから使えない。これまで乱用してきた魔法は、ヴォイドは使えない。一番得意である星の魔法が使えないと判断したからこそ、レガリアは意気揚々と支配しにいったのに。侵略しにいったのに。


「ああ、それか。ほら、科学館行っただろ、あん時作った」


「……作った?」


「思ってたよりイージーだったな。はじめてのおつかいぐらいイージーだ。基礎になる魔力変換の術式ができているから、当たり前っちゃあ当たり前だが」


 おう……。

 天才の考えることはわからない。ちなみに新しく魔法を作るとなると、最低でも三年かかる。それを数十分で作り上げた。実用段階まで押し上げた。なんなら、他の魔法と重ねがけまでしている。

 イカレてんのか?

 唖然とするレガリアを他所目に、ヴォイドはそうそう、と世間話の延長線であるかのように飄々とした態度で聞いてきた。


「『協力者』とは何者だ?」


「……それは」


 レガリアは口籠る。

 知られたらそこそこマズイ。何がマズイって、ヴォイドが絶対に興味を示すから。興味の対象にさせるのは、マズイ。どちらも不干渉でいてほしい。両者が関わってもいいことがない。


「言わないと首の骨を折る」


「……」


「言えよ、レガリア。庇おうなんて殊勝な心がけ、貴様にはないだろう?」


「それは、そうですが」


 どうしよう。言った方がいいだろうか。言わなければならないだろうか。言っても言わなくても、失血死するのだけど、どうだろう。両者を合わせるのはリスキーだ。レガリアにも気遣いの心がある。いや、あのレガリアでも気遣わなければいけないほど危険だと言い換えてもいいな。いくらレガリアでもヤケクソで核弾頭のスイッチを押すのは嫌。

 しょうがない。よく知らないふりをしよう。どんな組織なのか、微塵も知らんと言い切ろう。怪しまれるかもしれないが、それは必要経費だ。仕方ない。数分寿命を伸ばすのは諦める。


「えー、正直に言いますと」


「なんだ?」


「よく知らな──」


 どこかから狙撃されて、会話はストップした。

 倒壊しかけのビルの中。的確に銃弾はこの場を支えていた柱をぶっ壊す。穴を開ける。ガン! と音がしてぐらりと建物が崩れ始めた。

 あ、これ死んだ。

 今度こそ死んだ。死ななきゃおかしいもん。死んだ。あー……圧死って痛いのかなあ……。



 ……



 ヴォイドはイラついていた。

 何せ、レガリアを殺すぞー! って時に邪魔されたから。魔法で木っ端微塵にした後、情報を吐き出させるだけ吐き出させ、痛めつけるように殺すのがマナーってもんだろう? マナーじゃない? あっそ。どうやら住む世界が違うようだな。今後のご健闘をお祈り申し上げます。ヴォイド先生の次回作にご期待ください。

 そんなことはどうでもいい。

 ヴォイドは、レガリアの処刑を中断させた野暮ったいクソ野郎をぶち殺さねばならないから。

 なので、ヴォイドは建物が崩れ始めた瞬間、転移魔法を発動させた。逃げた。レガリア? 知るか。勝手に死んでくれ。


「『転移(ワープ)』」


 座標を設定し、敵の真横に移動。ふわりと降り立ったヴォイドは、ここが高層ビルの屋上だと気づく。ペタペタと裸足で近づいた。

 屋上のぎりぎり。縁に狙撃銃を置いて、スコープを覗いている、十五歳程度の少年がいる。


「……んー」


 惚けた声を出して、少年は立ち上がった。ひどく気だるげな、北国生まれであろうティーンエイジャーである。濁り切った黒目は半分閉じられていた。服装は黒一色の軍服。帽子を被り直して癖っ毛をさらに乱し、少年はジロジロとヴォイドを観察する。


「だれでしょ」


 どこか舌足らずな口調で、少年は問うた。


「余は──」


「ああ、思い出したような。してないような。ああ、あれですね。あれ。えーっと。うん。あれです。どーでもよかったような。よくないような。おれちゃんにとってはどーでもいいけど、『ジャッジメント』や『ワーカーホリック』なんかは気にする? しない? どーでもいいですね。うん。まさしくどーでもいい。おれちゃんにはふひつよーきわまりねー話……だった気がしますが、どー思います?」


「……」


 なんだ、こいつ。

 適当なようでいて、適当ではない。惚けているようで、惚けていない。ぼんやりしているようで、していない。違う。コイツは、なんだ?! 気持ち悪い! 少年のそれではない! 怪物のようでいて、まだ人間である。境界線をメチャクチャに掻き回して汚して踏んづけて唾を吐いている。存在そのものが、世界を冒涜しているような。

 目の前の彼は、ヴォイドを殺せるように身構えている。

 殺意はまっすぐ、ヴォイドに向けている。

 異常だ。異常極まりない。年端もいかぬ少年が向けていい殺意じゃない。まるで、戦争帰りのような。死線を幾度となくぐぐり抜け生還した、サバイバーのような。どろりと濁った、遊びが含まれない、苔むした殺意。じとりと湿っている、呼吸が苦しくなるような殺意。

 かつての、部下のような。

 そんな存在。


「……? どー思いますかって、きーてんですけど。あたま、わりーんですか?」


「うるせえな」


 思わず突っ込んでしまった。反射で。つい。


「……んー」


 とうの少年は首を傾げるだけであった。反応が薄い。思考が読めない。弛緩しているようで、緊迫している。

 ……正体がわからない。

 ヴォイドが最も警戒するのは、謀反ばかり起こす部下ではなく、何をするかわからない、初対面のイカレである。


「けっきょく、だれなんです?」


「さっき言おうとしたが遮られたからやる気無くした。貴様が先に名乗れ」


「んー。それもそーですね。マナーつうか、なに? れーぎ? あんま教わってこなかったですけど」


 少年はぐでりと、やる気がなさそうに敬礼しながら、ヴォイドに名乗る。



「少年十字軍狙撃手、コードネーム『スナイパーライフル』」



 淡々と、聞いていないことまで。


「今回は、裏切り者であるレガリア・S・ファルサの始末をしにきました。……だっけ?」



 ……



 死んでねえ……。

 どういうこと? レガリアは燃えて凍って下半身が瓦礫によって潰されて、今度は全身が潰れたはずなんだけど? 建物が倒壊して、圧死が苦しいのかどうか考えて、そのまま死んだはずだ。

 生きている。

 レガリアは瓦礫に下半身を巻き込まれたまま、生きている。荒く呼吸をしている。意識もあるし、腕はほんのちょっとだけ動かせる。目を開けていられない。このまま死ぬのは変わらないけど、それでも生きている。

 なんで?

 意味わからん……。ほんと、全くもって、意味がわからない。


「なんで生き残ってんでしょ、ワタクシ」


 人生とは数奇だ。服屋証拠はレガリアに乗っ取られ、最終的に瓦礫に押し潰されて失血死。なんて可哀想な話なんだろう! レガリアさえいなければ、その人生は薔薇色に輝く素敵な人生になっただろうに! まあ、乗っ取った本人が言えることではないが……。それはともかく、レガリア(服屋証拠)はここで死ぬのである。

 あ、そういや、建物を撃って崩壊させたの、誰だったんだろう?


「教えてあげよー! 本当のしあーせを知らない哀れな怪物ちゃんに、あたしが、『ハッピーハート』が教えてしんぜよー!」


 騒がしい、少女の声がした。

 目を開ける。なんとか目の前を見る。確認しなければ。死にかけでも、何がなんでも。確認しないと。

 十三歳程度の少女である。

 ショッキングピンクの薄汚れたジャージに身を包んだ、見窄らしい日本人であろう少女だった。色が抜けてきてプリンとなった長い金髪はボサボサ。瞳孔が通常ではあり得ないほど開いていて少し不気味である。

 ぺちゃんこになったビーチサンダルで幸せそうに踊り狂う彼女をレガリアは認識して、認識しなければよかったと思った。

 最悪である。

 これ以上ないくらい最低で最下で最悪である。端的に言って仕舞えば、クソである。神様とやらはきっとレガリアが嫌いなんだろうなあと思ってしまう。ビバ! クソッタレな世界! 一番会いたくねえやつに合わせてくれてどうもありがとう! 早々にくたばれ!

 レガリアは役に立たなくなった口を必死に動かして、何か喋ろうとする。声が出ない。ヒューヒューと、隙間風のような音がするだけだ。


「うんうん! うんうんうんうん! かわいそーで仕方ないねえ! これじゃあ浮かばれないよ! ふこーなまま死んじゃうよ! われわれ、少年十字軍を裏切った、服屋証拠改めレガリア・S・ファルサは、あたしに殺される前に死んじゃう! ハッピーになる前に死んじゃう! 苦しんで苦しんで苦しんで死んじゃう! 悔やんで死んじゃう! 怖がりながら死んじゃう! 死という抗えない終わりに怯えたまま死んじゃう!」


 金切り声を上げながら、少女は──コードネーム『ハッピーハート』は、ヴォイドを侵略するために『薬』を提供してきた『協力者』はひたすらレガリアを憐れむ。どうしよう。コイツには会いたくなかった。しかもハイになっている彼女とは、絶対に。

 レガリアが恐るのは、よくよく考え抜いてから行動する百戦錬磨の軍師や、慎重に行動する経験豊富な殺し屋ではなく、初めて銃を持った時すぐさま引き金を引けるような、何も恐れず後先を考えない狂人である。

 唐突に、ピタリと少女が止まった。レガリアに背を向けた状態で。


「ゆるせないよね」


「……」


「しあーせなまま死なないといけないよね」


 知ったこっちゃねえよ、ばーかと言いたいところだが、あいにくもう喋れないらしいので黙っていた。

『ハッピーハート』はゴソゴソとジャージのポケットを漁る。透明な液体が湛えられた、一本の注射器を取り出した。

 ……やばい。


「しあーせにしの、レガリア」


 ゆらりと、『ハッピーハート』はこちらに近づいてくる。動けないレガリアと目線を合わせるためにしゃがんで、ひたりと注射針を首に当てる。

 ──死ななければ。

 打たれる前に、死なないと。取り返しがつかなくなる。死なないと。舌を噛み切るか? 間に合うか? ちゃんと死ねるだろうか? いや、考えるな。やれ。さっさと噛み切って死ね。できるだろうか。もう、声も出せないのに。噛み切るほどの力は残っているのか? でもやらなきゃ。早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く。

 死なないと!


「それじゃ、おしあーせにね、レガリア」


 プスリと、注射針が突き刺さった。



 ……



『スナイパーライフル』と少年は名乗った。

 ふわあとあくびをしながら、いかにもやる気がなさそうに名乗った。深夜というのもあるだろうが、それでも眠そうに。先ほど狙撃してきた人物とは思えないほどに弛緩していた。

 見た目だけならば。

 少しでも命の取り合いをした者なら嫌でもわかる。じとりとした、梅雨の空気のような殺意。まとわりつくような視線。

 気味が悪い。


「何者だ」


「だーかーらー、言ってんじゃないすか。あたまわりーんですか。少年十字軍狙撃手、コードネーム『スナイパーライフル』。身分とやらのせつめーはいじょーですよ」


「その少年十字軍とやらの説明をしろ」


「はあ? んー……。さあ?」


「知らんのか?」


「知ったこっちゃないです、とゆーのがただしいです」


 少年は興味なさげに。


「『ワーカーホリック』や『ジャッジメント』は、それなりにかよったもくてきを持っては……いない? 『ハッピーハート』は? きょーつーしている? 知らねー。どーでもいーし、キョーミもない。おれちゃんにとって、どーでもいい」


「……」


「撃てる場所」


「……は?」


「おれちゃんがおれちゃんでいれるとこ。撃てる場所。『スナイパーライフル』でいれる場所」


 なるほど、わからない。無法者の集まりか? ヴォイドの『序列』のように、ただの強者の集まりというわけでもなさそうだし、リーダーらしき人物がいるのかもわからない。ごちゃついているし、そもそも、コードネームの由来もわからない。どういうことだ? 『スナイパーライフル』は狙撃手だからだろうが、『ワーカーホリック』は? 『ハッピーハート』は? どんな人物だ?

 不透明だ。

 敵対すべきなのか、どうなのか。レガリアが言っていた『協力者』はコイツらなのだろうか。先ほどレガリアを始末するために来たと言っていたし……。じゃあ、レガリアは? もう殺されている?

 いや、まず。

 なぜレガリアとコイツらは協力していた?


「貴様らの目的は?」


「なんで答えなきゃならねえんです?」


 質問を質問で返してきた。『スナイパーライフル』はただ声色も変えずに、平坦なまま接してくる。


「なのったのだから、そっちもなのるべきでしょー」


「……ヴォイド」


「ヴォイデ?」


「ヴォイドだ」


「ボード?」


「だから、ヴォイドだ。ヴォ、イ、ド!」


「ヴォイド、ヴォイド、ヴォイド……んー、おっけーです。りょーかいりょーかい」


 こくこくと頷いた『スナイパーライフル』は唐突にヴォイドから視線を外し、ほっとかれていたライフルを片付けに入った。いきなりすぎて反応できなかった。敵(かどうかはまだ確定していないけれど……)に背中を見せて、作業している。意味がわからない。意図がわからない。


「……なんなんだ、貴様」


「少年十字軍狙撃手、コードネーム『スナイパーライフル』」


「知っている」


「それがおれちゃんのすべてっすよ」


「……」


「それ以外はじゃまですから」


「質素なやつだな」


「みんながごーよくすぎるんです」


 ライフルを分解しながらなぜかテニスラケットのケースに仕舞う。ぱっと見はテニス好きなコスプレイヤーだ。その割には軍服が本格的すぎるかもしれないけど。

『スナイパーライフル』は立ち上がる。一仕事終わったとでも言いたげに、ほうっと息を吐いて頭を下げた。


「なくしものがみつかりました」


「……は?」


「少なくとも、いっこ。でももういっこもすぐ見つかる」


『スナイパーライフル』はカツカツとブーツを鳴らしながら、階段へとつながっている扉に近づいていく。

 どうすべきか。

 殺すべきか。静観すべきか。どうすればいい。ここで取り逃がしたら。少年十字軍の目的は。無くしものは。なんだ。レガリアに協力していたなんて、碌でもないのはわかる。だから、殺すべきかもしれない。ああでも結局どちらも裏切って決裂したのだっけ? じゃあ味方か? 敵の敵だし。いや、敵の敵は敵であるかもしれない。利害が一致したからって味方になってくれるわけじゃない。殺しておくべきか?


「殺さない方がいーですよ」


『スナイパーライフル』は振り向きながら。


「ヴォイド。んー……。あんたにとって殺さないほーがりえきになる。すくなくとも、ここで少年十字軍とけつべつするのはオススメしません。しったこっちゃありませんが、しません」


「……」


「あんたのもくてきと、少年十字軍のもくてきはそれなりにいっちしてます」


「……目的?」


「そのために転生したんでしょ」


 心底怠そうに、何もわかっていないヴォイドに、『スナイパーライフル』は説明する。


「勇者との再戦。それをねがってあんたは生き返った」



 ……



 主人公になれない人間がいる。

 人生の主人公はいつだってお前だが、世界にとっての主人公はお前じゃない。世界を回すのはお前じゃない。世界を変えるのはお前じゃない。お前はただ、社会の歯車の一部として、クレジットにも記載されないようなモブとして、エキストラとして、背景として、クリスマスの夜を彩るイルミネーションを作る側の人間として、夜景を眺める人間ではなく、夜景を作る人間として、生きて死ぬ。大半の人間はそうなる。主人公は初めから決まっているから、運命とやらに決定付けられた世界中の人間は、大して大成できずに死ぬ。その背景にしかなれぬ人生に幕を閉じる。人知れず、ひっそりと。廃墟となった舞台で、お前は運命が作った脚本片手に、客のいない観客席を見つめながら、一人で照明も演出も音楽も役も何もかもやって、自分で幕を開けて閉じる。そうして終わる。誰も知ることのない人生讃歌が終わる。

 お前は主人公になれない。

 世界がそう決めたから。世界がお前を主人公にしなかったから。世界はお前のことを気にかけていないから。だからお前は主人公になれない。せいぜいなれるのは人生の主人公ぐらいだ。誰だってそうだ。お前はホームランを量産する天才バッターじゃない。お前はこれまでの歴史を覆すような発見をした科学者じゃない。お前は生活を一変させるような発明をした発明家じゃない。お前は世界中の人間を感動させるような素晴らしい映画を作る映画監督じゃない。お前は国民の批判に耐えながら国をいい方に動かす政治家じゃない。お前はファンに希望をもたらすアイドルじゃない。お前は戦争で敵兵を薙ぎ倒し祖国を守った兵士じゃない。お前は残虐な殺人犯を捕まえたベテランの刑事じゃない。お前は墜落しつつある飛行機をなんとか取りなして着陸させたパイロットじゃない。お前は死にたい誰かを救えるような曲を作った作曲家じゃない。

 お前はお前だ。

 残酷なまでに、お前だ。

 変わらないし変われない。

 お前という一個人は、背景でいて、しかし明確に一個体としての意識を持っている。人生はどこまでも自由だ。自由な監獄だ。やりたいことをなんでも選べて、なりたい人間になれる、自由に生きられる監獄。お前は自由に、その生き様を選べる。運命に与えられた脚本はアドリブが多いから、その分だけお前は自由に行動できる。

 お前は世界の主人公にはなれないが、人生の主人公になれる。

 家族を養う頼もしい父親にはなれよう。立派な人間を育てる優しい母親にはなれよう。窮屈な校則を緩める勇気のある生徒会長にはなれよう。部活を引っ張っていく責任感のある部長にはなれよう。弟妹の面倒を見るいいお姉ちゃん、お兄ちゃんにはなれよう。いざという時に仕事を手伝ってくれる気のいい先輩にはなれよう。仕事を一生懸命にやる健気な後輩にはなれよう。お前が頑張って作ってインターネットにアップした歌や小説や漫画や絵は、たとえ閲覧数が一桁でも、誰かを救ったかもしれない。死にたい誰かをもう少しだけ生きてみようと考え直させたかもしれない。世間には認められなくとも、お前が作った作品はお前にしか作れないし、お前がやってきたことはお前にしかやれなかったことである。縁の下の力持ちというわけではないけど、世界の主人公が活躍するには、背景の活躍が必要不可欠である。

 じゃあさ。

 主人公にも背景にもなれなかった人間はどうすればいい?

 例えば玉砕しなくてはならなかった兵士。例えば撃つことしか知らない狙撃手。例えば麻薬しか頼るものがなくなった売人。例えば残虐行為が魂まで根付いて取れなくなってしまった人工生命。例えばどんなに信頼されていても裏切りたくなってしまう詐欺師。例えばどうしても味方を殺してしまうサバイバー。例えば誰とでも仲良くなれて誰とでも決別できるお茶会の主。例えば怪しげな新興宗教で神として崇められたただの人間。例えば身を売るか人を殺すかしか選択肢がなかった学生。例え夢しか見れず夢しか見たくない占い師。例えば人を殴り殺すしか生き残る術がなかったボクサー。例えば罪人を裁くことを命題だと思い込んでしまった子供。

 どうすればいいんだよ。

 教えてくれよ、なあ。



 ……



「もしもーし。こちら『スナイパーライフル』」


 澱んだ殺意を持つ軍服の少年、『スナイパーライフル』は階段を降りながら電話をかける。ほとんど電話しか使わないスマートフォンの充電は満タンだった。新品か? ってぐらい指紋がついていなかった。歩きスマホの危険性はよく知らん。

『スナイパーライフル』は今回の仕事の相方に声をかける。


「『ハッピーハート』。そちらは?」


「んー?! なあんだ! 『スナイパーライフル』か! あはははははははっ! こっちは終わったよん! しあーせにレガリアは死んだ! 嬉しそーに死んでいったよお!」


「……うるさ」


「元気ないなア! しあーせ? ねえ、しあーせ? しあーせじゃないならしあーせにしてあげる! あたしがしあーせにしてあげるよ!」


「まにあってます。それより、ろーほーです。さっさと帰りましょー」


「ろーほー? なあに、それ?!」


「いい知らせってイミです」


「いいのはいいこと!」


「なにいってんです?」


 カツカツと音を立てながら、『スナイパーライフル』は階段を降りる。四階建てのこのビルの階段は古臭い。点滅する蛍光灯を他所目に、『スナイパーライフル』は『ハッピーハート』の狂笑にうんざりした。殺すついでに自分もキメるのはいかがなものか。『スナイパーライフル』が言えたことじゃないが、もっと仕事は真摯にやってほしい。


「とにかく、帰りますよ」


「うん! かえる! そーだ! しあーせに死んでいったレガリアはどーする?」


「ほーち」


「おーけー! 『スナッフフィルム』が欲しがりそーだけど、いーの?」


「いーです。おれちゃんたち二人じゃもちはこべないでしょ」


「それもそおかあ! あははははは!」


「うるせー……」


 キンキンとした甲高い笑い声。思わず耳を塞ぎながら、『スナイパーライフル』は階段を降りていく。今は二階の階段あたりだ。もう少しで一階。


「それでさ」


 急に冷静になった『ハッピーハート』が、ひどく平坦な声で聞いてくる。


「ろーほーって?」


「ああ、それですか。んー……」


 どうせなら軍長に報告してからにしたかったが、まあ『ハッピーハート』だし。ここでフライングしても大した影響はないだろう。

 じゃ、いっちゃお。


「魔王が見つかりました」


「……」


「魔王ヴォイドが見つかりました。この分じゃ、勇者の方も時間の問題でしょ」


「……あはは」


 少しだけ『ハッピーハート』の笑い声が聞こえて、電話がぶつんと切れた。


「なんなんでしょ、あいつ」


『スナイパーライフル』は携帯をポケットに仕舞い、カツカツと階段を降りる。一階に着いた。警備室の前で彼は足を止める。パイプ椅子にだらしなく座る、制服を血で染めた青年──先ほど『スナイパーライフル』が撃ち殺した警備員さんにぺこりと頭を下げて、退散する。


「すみませんね。とーしてくれなかったから」


 仕事を全うしたモブである警備員は、残念ながらここで理不尽に幕を引くこととなった。

 主人公になれなかった人間、『スナイパーライフル』によって。



 ……



 主人公になれなかった人間がいる。

 主人公になる資格はあった。少なくともその存在は、主人公になり得る器だった。背景にするには勿体無い、きらきら輝くダイヤの原石。なれたかもしれない。少しだけ話が違えば、彼ら彼女らは世界の主人公になれたかも。

 ンなのは幻である。

 この物語の主役は魔王で、または勇者である。

 だから、彼ら彼女らは主人公にはなれない。じゃあ背景に降格? いや、違う。背景にするにはなんとも派手過ぎる。背景にはなれない。世間とやらの一部分にはなれない。その輝きは主人公に近く、また悪役にもなれる薄暗さを持つ。

 主人公にはなれない。

 背景にもなれない。

 彼ら彼女らは、世界にとってお払い箱である。

 だから、彼ら彼女ら──少年十字軍は誓う。

 主人公である魔王と勇者をぶっ殺して、私たちこそが主人公になるのだと。

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