4.意見は言えるうちに言っとこう
お出かけしませんか。
どこまでも圧縮され縮められ簡潔にまとめられたそのお誘いを断る理由を探し回ったがどこにもなかった。ないものはない。そこになければないですね。いやあるはずだろう探せやと思ったのも束の間、本当にないんだから笑えない。マジで笑えない。レガリアとお出かけなんて嫌な予感しかしない。あの少女趣味の強欲野郎である。絶対ろくなこと考えてないだろ。おい、支度をするな。そのフリフリはなんだ。やめろ。着ないからな。絶対着てやんないからな。押し付けるな。やめろ。ちょ、本当に。勘弁して。待って。お願いだから──
「どこか行きたい場所はございますか?」
車内である。
かの有名なベンツの、その中でも一等お高い高級車である。車好きでもないレガリアはなんてことないように乗り回している上になんなら擦ったこともあるしその傷跡を修理すらしていないが、周りの車は必要以上に距離をとっていた。怖いもんね。
それはそれとて。
ヴォイドは不機嫌だった。黒を基調としたガーリーなファッション──即ちゴシックロリータを無理やり着せられ、その上化粧までさせられた。お人形がごとく。可愛い可愛いと持て囃しながら、レガリアは心底楽しそうにヴォイドを弄った。見た目だけならまさにお人形もかくやといった美少女が誕生したが、中身は血生臭い、千年以上生きてきた魔王である。もっと端的に説明するのなら成人男性である。
「……ない」
「では、適当に」
上機嫌にハンドルを操作するレガリアにため息を吐いた。シワも気にせずだだっ広い後部座席で寝っ転がる。
この世界に興味がないと言えば、それは嘘になる。
ある。めっちゃある。科学とやらを体験してみたいし、暮らし方も見てみたい。知識として積もったこの世界の現状は知識以上の何かにはなってくれないのである。だから、体験してみたい。食べたことのないものを食べて、触れたことのない技術に触れ、この世界の歴史を知る。それが現在のヴォイドのしたいこと。だから、経済力だけで言えば満点なレガリアを連れて出かけることは理にかなっている。むしろ出かけたかったぐらいだ。うん、したい。
しかし、それはフリフリふわふわなファッションで街を散策したいという意味ではない。
イカれてんのか。
なんかの罰ゲームなのか? 何が悲しくてこんな格好をせねばならぬのだろうか。レガリアの趣味? そりゃそうだ。わかってんだから黙ってろ。スポンサーのご意向には従わねばならぬのが今のヴォイドである。
まあ、いいや。
似合ってるし。
諦めにも似た心情で、ヴォイドは天井を見ながら考える。どこへ行きたいか。先ほどはおざなりに答えたが、行きたい場所はなくはないのだ。言わなかっただけで。
「レガリア」
「なんでしょう」
「行きたい場所がある」
……
ふむ、危なかった。
あのままでは地獄のショッピング巡りに連行されるところだったと聞かされ、ヴォイドは背筋が寒くなった。レガリアはめちゃくちゃ残念そうにしていたけど、んなこたあどうでもよろしい。着せ替え人形になる未来をなんとか回避し、ヴォイドはほっと胸を撫で下ろした。ついでに行きたい場所にも行けて一石二鳥。二兎を追って二兎とも得た形である。
「つきましたよ、ヴォイド様」
「……ん」
閉じていた瞼を開けて、ヴォイドはよっこらせと体を起こした。レガリアが後部座席のドアを開けてくれたので、ひょいと降りる。
レガリアが渋い顔をしていた。
「……御髪を整えさせていただきたく」
「またか?」
「逆に問いますが、なぜこの短時間で髪型を崩せるのですか? ワタクシだって一回で済ませたいです」
「めんど……」
あくびを噛み殺しながら、必死に元の形に整えるレガリアに任せる。
まだ引っ付きそうになる瞼を擦って、ふにゃりと頬を緩めた。
「圧巻だな」
「そうですね。ここらへんで一番大きい科学館ですから」
ヴォイドのリクエストは天文学が学べる科学館である。どこまでも白い楕円形の建物は、平日だからかガラガラだった。駐車場にはレガリアの車と、遠くに置かれた職員のものであろう軽自動車しかない。うーんと伸びをして、ヴォイドはレガリアの先を行く。
「ほら、行くぞ!」
「ああ、待ってください。チケット買うのワタクシなんですから」
初めてトイザらスに来た幼児のごとくヴォイドはワクワクを隠さずに走り出す。靴がそこそこ高いヒールだったからこけた。ベシャ! と地面に激突する。
「……いたい」
「言わんこっちゃない……」
「めちゃいたい……」
「ああもう、泣かないでくださいよう。絆創膏貼ってあげますから」
地面に突っ伏したままぐずぐずするヴォイドは、レガリアに手を引かれて起き上がる。ついでに膝小僧の傷口を拭かれ絆創膏も貼られる。この履きづらく歩きづらい靴はなんなんだろうか。レガリアの手を掴んだまま、ヴォイドは一歩一歩確実に歩いていく。失敗から学ぶのがヴォイドである。
ふと、レガリアがこちらをじいっと見ていることに気づいた。
「なんだ?」
「いや……姿形だけなら可愛らしいなあと。女の子になってみませんか? ヴォイド様」
「次言ったら首を刎ねる」
「こわ」
一ミリも反省していないような声色でレガリアは返事をした。そういやこいつは部下の中でも反逆率ナンバーワンの暴れん坊だった。レガリアは少女趣味の誘拐犯、または反抗期の魔物である。やだ、こんなん部下にしてたの?
「変わらんな」
「それが怪物ですから」
レガリアは。
ヴォイドの怪物はケラケラ笑った。
……
怪物は変わらない。
それは根っこの芯、存在意義や思考回路だけではなく、趣味嗜好にも適用される。レガリアが女の子になった上司にさえ興奮してしまうような筋金入りのロリコンであるように、ヴォイドだって好きなものは変わっていない。
お分かりだとは思うが、ヴォイドは星が好きだった。
だからわざわざレガリアに天文学を主とした科学館をリクエストしたし、上司の好みを理解していたレガリアも、ヴォイドの部屋を星で飾った。星空を見るのが好きで、たまらなかった。
カウンターでチケットを買い、いよいよ中に入る。もう二度と転ばないようにレガリアにくっついたままだ。店員に少しだけ訝しげな目で見られたが、それがなんだと言える。もとより他人の視線なぞ気にするような器ではない。
中は誰もいなかった。
代わりに、たくさんの展示物が見えた。
ヴォイドは駆け出したくなる衝動を必死に堪えて、レガリアの手を引っ張る。ついでに足も踏んづける。
「いったあ!」
「早く行くぞ!」
「ねえ今ワタクシの足を踏む必要ありました?!」
ヴォイドはガラスケースに張り付いて展示物を観察する。銀河系の模型だとか隕石だとか。はたまた太陽系の説明パネル。多種多様な星に関する情報がよりどりみどり。
「早く早く! こっちだ!」
「テンション高いですねえ……」
ヴォイドが張り付いているのは星座の説明パネルである。北斗七星やらの見え方。また地球からの距離。それからちょっとした雑学が細々とした文字で書かれていた。ひたすら文字を目で追う。
「地球からはこうやって見えるのだな。『故郷』とはえらい違いだ」
「そりゃあ世界ごと違いますからねえ。星々の名称もかなり違っていると思いますよ」
「ふうん……ああ、本当だ。へえ、固有名とバイエル名……」
「なんです? それ」
「固有名はアラビア語を起源とした名前。バイエル名は星座名にギリシャ語のアルファベットを足した名前。例えば……ベガならこと座αになるわけだ。興味深いな。星一つで幾多もの名前があるとは」
「はあはあなるほど」
「バイエル名の他にも多種多様な呼び方があるようだ。網羅したくなるな」
展示パネルに張り付いて動かなくなったヴォイドから目を離し、レガリアは辺りを見回す。くわりとあくびをした。レガリアは別に星マニアというわけでもないし、そもそもヴォイド関係の後始末をしていて寝不足なので結構眠たい。
「あっち行こう」
ヴォイドは唐突に顔を上げて、あくびを噛み殺すレガリアの腕を引っ張る。まだ一人で歩くのは怖い。本当はこんな靴脱ぎ捨ててやりたいが、裸足で歩くわけにもいかないから我慢だ。
ヴォイドは古臭いパソコンの目の前に座った。展示の一種である。やけに可愛らしく装飾された画面を操作し、マスコットキャラであろう星形の生命体がするうだうだ解説を斜め読みする。
「今度はなんです?」
「相性占いだ。星と生年月日を結びつけ、そこから相性を占うとは、なかなか面白いことを考える」
「……一応聞きますが、誰と誰の相性を?」
「余と貴様」
「予想します。絶対最悪」
「右に同じ。……しかし物事はこの目で見るまで確定しない」
黄ばんだマウスで指定された数字やボタンをクリックし、ひたすら診断結果を待つ。画面の中心でぐるぐると星が回っていた。なうろーでぃんぐだ。
パッと画面が切り替わった。
……結果は、まあ、なんだ。ご想像通りだ。紫色の丸文字の下、申し訳なさそうに星形の生命体が項垂れている。音声がなくてよかった。今更だが、結構むかつく顔をしているなこいつ。
一応書いておくと、文字の内容はこうだ。
『相性:星ゼロ なかよくなれなさそう……。おともだちもやめておいたほうがいいかもね?』
「こんな結果本当にあるんですかね? バグでは? ヴォイド様なんかしました?」
「ンなくだらんこと誰がするか。レガリアこそどうなんだ?」
「するわけないでしょう」
試しにもう一度、同じデータを入力し結果を待つ。こういうのってランダムに良さげでどうとでも解釈できる文章を表示してるだけだろうし、一度と言わず二度や三度繰り返せばちゃんちゃらおかしい結果が出てくるかもしれないじゃないか。好奇心となんかむかつくという理不尽に塗れた些細なストレスで、二人は画面に齧り付く。平日の昼間だからよかったが、これが日曜昼の大盛況混雑真っ只中だったら大迷惑である。
やたらローディングが長いパソコンに、ようやっと診断結果が表示される。
内容は、こうだ。
『相性:星マイナス一 なかよくするとかしないとか、そういうじげんじゃない』
「待てや」
おっと、つい口が悪くなってしまった。
「どういうことだ? 絶対プログラムされてないだろ。おかしい。訴えてやる!」
「いや、同意はしますが、訴えるってどこにですか……」
「このくだらねえ診断を作ったプログラマー」
「かなりの年代物ですよ。引退されているのでは?」
「知るかそんなん。引っ張り出して火炙りにする」
「魔女狩りじゃないんですから」
物騒なことを口走りつつ、ヴォイドは三度目の正直と言わんばかりにもう一度同じ情報を打ち込んだ。丁寧に、ワンクリックごとに殺意を込めて。いい結果出さなかったら殺すと言わんばかりに。
いや、レガリアと相性がいいと言われても気色悪いとしか思えないけど、そういう問題じゃない。負けた気がするから、やめない。『いうて二回三回やったらいい結果でるやろ』と、楽観に楽観を重ねた仮説を立ててしまったのだから、これで『ちゃんと相手は見てる』と判明してしまったら、なんか……ヤじゃないか!
待ちに待った結果は、こうだ。
『相性:星??? わかんない。でもきけんなきがする。なかよくすんな』
「……レガリア」
「なんです、ヴォイド様」
「壊していいか?」
「だめですよ。怒られるのはワタクシです」
「むかつく!」
もう一度と、四度目にトライしようとするヴォイドの腕を引っ掴んで、レガリアは強制退場させた。そのままヴォイドの精神を落ち着かせるため隕石やらが置かれた展示コーナーに移動する。
「ほら、本物の隕石ですよー」
「バカにしてるか?」
「してませんしてません」
離せと言われ、レガリアは素直に手放した。足をつき立ち上がったヴォイドは飾られた隕石をじっと見る。怪物は好きなこと以外への興味が失せるのが早い。即席麺ぐらい早い。怒りは長続きしない。あんなに執着していたのがバカらしく思えるほど落ち着いてしまった。ふうん……隕石にも種類があるのか。鉄隕石、石鉄隕石……元素やらはよくわからないが(『前』の自分が化学の授業をサボっていたらしい。記憶にない)それでもワクワクする。
「買いたい」
「買えませんよ。……あとでオークションなんかは調べてみますが、多分手に入りません」
「曲がりなりにも社長だろう」
「代表取締役です」
何が違うんだとは思ったが、長ったらしい講釈が始まりそうだったので口を噤んだ。ダラダラとした説明解説はヴォイドの好みではない。それよりも本物の隕石をこの目に焼き付けることの方が大事である。
次は銀河系儀である。銀河系の仕組みや位置を確認できる優れ物。見ているだけで楽しいなんて、この模型を作った人間はギネスだ。ギネスの詳しい意味は知らん。なんかすごいんでしょ、きっと。わからんけど。
「ブラックホール……」
銀河系の中心の中心。光すら飲み込む、穴のようなナニカ。ゴミ箱いらずじゃんと、ヴォイドはスケールの低い感想を抱いた。向こう側には何があるんだろう。飲み込まれたら、どうなるんだろう。飲み込まれにいく勇気はないが、それでも少しばかり興味は湧く。
「レガリア、ちょっと行ってこい」
「ブラックホールにとか言ったら殴りますからね」
おや、フラれてしまった。相性:星ゼロの評価は伊達じゃない。それはそうとて後で殴っとこう。
ひたすら銀河系儀や太陽系の解説を読んで見て観察する。ヴォイドは繰り返す。学習し、知識を吸収し、がむしゃらに己のものとしていく。
歩いて歩いて、奥の方へ。いつの間にか天体に関する展示は終わり、宇宙開発が主となってくる。宇宙船やら宇宙服やら。人工衛星なんかもある。
ヴォイドは少しだけ足を止めた。
「アポロ11号……」
かの有名な、宇宙船。
月面着陸に成功した、人類の進歩とも呼べる偉業。その宇宙船のレプリカから当時の状況、歴史が淡々と書かれている。
「魔法なしに、ここまで行けるのだな……。科学だけで、これほどのことができるのだな」
「……ええ、そうですね。科学と魔法。どちらも負けず劣らずですが、魔法では成し得ない領域まで、科学は到達している」
「すごいな」
「ええ、素晴らしいです」
もしも。
ヴォイドが初めからこの世界にいたのなら。
「……ばからし」
「……?」
「なんでもない」
月に行けたら。
星を手に入れられたら。
月に家を建てられたのなら。太陽の光を思うがままに操れたら。星の動きを完璧に制御できるようになれたなら。宇宙空間を悠々と泳ぐことができたら。星の光をずっと見れたら。隕石を降らせることができたら。星空が自分のものになったら。
いいのに。
ガキの癇癪となんら変わりのない、夢物語のような理想論で将来の夢。くっだらねえと自分でも蹴り捨てることができる、馬鹿馬鹿しい欲望。
「なー、レガリア」
「なんです?」
「宇宙服って作ったらいくらぐらいするんだろうな」
「……」
「あと宇宙船。開発から始めなければならないか? いや、宇宙飛行士とやらになった方が早いか?」
「……無茶言わないでください」
「無茶じゃないさ。こっちは科学とは少し違うが魔法があるんだ」
「無茶苦茶です。予算が足りません。ただえさえ『前』のヴォイド様のてんやわんやで忙しいんですから、宇宙事業まで手は回せませんよ。てか一介の服飾会社が、なんら関係のない宇宙って……」
「しかし、服飾会社なのだろう? 服を作っているのだろう?」
「ですけど?」
「ロケットは作れずとも宇宙服は作れる」
「おバカなんですか?」
互いに互いのほっぺをつねりつつ、展示を見て回る。いつの間にかぐるりと一周していたようで、入り口に着いてしまった。
「おしまいか」
ほっぺから手を離し、ヴォイドは呟く。ああ、なんだ。これっぽっちか。もう少しだけ見ていたかった。もっと様々なことを知りたかった。星が見たかった。
まあ、ヴォイドの欲が満たされることなんてないんだけど。
「おしまいじゃありませんよ」
レガリアはヴォイドの手を引いて、ズンズン歩いていく。展示コーナーを素通りし、ひたすら奥に。関係ないと思ってしまうほど奥に。
「どこに行く気だ?」
「星空が見える場所です」
レガリアは一等重たい扉の前で立ち止まる。ヴォイドは問いただそうと口を開いて、それから吊り下げられた予定表が目に入った。
『プラネタリウム 本日の投影開始時刻』
……
プラネタリウムなる装置があることを、ヴォイドは今初めて知った。
そもそもの話。いくら現代世界の知識があるからって、それは本のページを捲るように角から角まで網羅したという訳ではなく、ぼんやりしている間に内容の確認もせず辞書アプリがインストールされたといった方が正しいのだ。その単語を調べたいと思い立たなければ思い出せない。プラネタリウムのぷの字も知らないヴォイドは調べるとかそういう次元にあらず、ここを訪れるまで知りもしなかった。
「そんなものがあるのだな!」
この科学館のパンフレットを握りしめ、ヴォイドは歓声を上げる。擬似的な星空。それも解説付き。なんて贅沢なんだろう! 科学バンザイ! もうこの世界に住む!
ヴォイドとレガリアは開始時間の五分前に座席に着く。椅子はもふもふだった。ヴォイドはただ、まだ何も映されていない真っ白い天井を見上げる。ちなみに、他に観客はいなかった。
「あの真ん中の機械で写すのか! すごいな! レガリア、買って」
「買えません。簡易的でよければアマゾンで注文するので、それで我慢してください」
一球式の投影機を指差してはしゃぐヴォイドをレガリアは嗜める。ああ、楽しみで仕方ない! どうもこの世界はネオンライトが眩しすぎて星が見えない。停電させてやろうかとは思ったがやめといた。レガリアの家はIHなので、電気が使えないとお湯も沸かせないのだ。
星が見える。
恋焦がれた星が見える。夢にまで見た、この世界の星が見える。
「……ヴォイド様は」
唐突に。
隣に座るレガリアが聞いてきた。まだ白い天井を見つめながら。あくまで目を合わさず。世間話の延長線上として。
「なぜ星がお好きなのですか」
簡潔な質問である。当たり前といえば当たり前な質問である。ヴォイドの根幹に関わる、重大な質問とも言えなくもない。
ヴォイドはパンフレットを握りしめながら、これまた簡潔に。興が削がれたので無表情で答えた。
「きれいだから」
「……」
「一番きれいだから、好きだ」
「……そうですか」
どちらも興味なさげに終わらせた。ヴォイドはなるだけ本音で話したし、そもそもレガリアだって本気でヴォイドの過去を漁りたかったわけではなかろう。適当に乱雑に終わらせるが吉。ヴォイドとレガリアはどこまでも上司と部下であり、捕食者と食い物であり、好敵手同士であり、寝首を掻かれたり掻いたりする仲である。友人ではないしましてや恋人でもない。家族でもなければ愛人でもない。好き合うことはない。
なかなかどうして、占いというものはバカにできぬ。
レガリアが踏み込んできた瞬間、ヴォイドは楽しみでしょうがないプラネタリウムを破壊してまでレガリアを殺そうかと一瞬だけ考えた。結局めんどいからやめたけど、それでも、だ。この場が科学館でなかったらレガリアの首は胴体と泣き別れだっただろう。
「レガリア」
「なんです」
「必要以上に踏み込んでくるなよ。関係性を間違えるなよ。怪物は変わらないのだろう?」
「御意に。……不可侵条約でも結びます?」
「ンな約束事に何の意味が?」
「ないですけど」
辺りが暗くなっていく。
始まるようだ。ヴォイドはレガリアを頭から追い出し、ただ虚構で構成された星空を見れることに心を躍らせた。
……
「……すごかった」
上映後。
上映というのかどうかは知らんが、とりあえず、およそ一時間後。薄暗い空間から出てきたヴォイドはひどく惚けていた。まだクラクラする。この世界の初めての星空に酔っている。
「お楽しみいただけたようで何よりです」
「もっかい見たい……。な、レガリア。まだいようぜ」
「ダメです。帰りましょう」
「なんで」
「次の投影時間がおよそ二時間後なんですよ。流石に待てません。また連れてきてあげますから、今日は我慢してください」
「けち!」
「はいはい。ケチでもなんでいいですから、ほら、お土産とか見ましょ」
レガリアに引き摺られながらヴォイドは泣く泣くその場を後にした。カウンター前のちっぽけな売店コーナーに連れていかれる。二つぐらいなら買ってあげると言われたので、この中で一番高いのを買ってやろうと、さほど大きくもない陳列棚を睨んだ。組み立て式の望遠鏡と星座早見。星を見る道具のバリエーションが豊富でなかなか楽しい。組み立てはレガリアに任せようそうしよう。完全に他人任せな思考を練りつつ、ヴォイドは箱を抱えレガリアに渡した。
「ピンポイントで高いのねだりますね」
「買っていいって言ったのは貴様だろう。男に二言はないはずだ」
「女です」
「今の時代、男女で分けるのは良くないらしいから……」
「ンなくだらないとこでジェンダーレスを発揮しないでください」
会計に行ったレガリアを見送り、ヴォイドはもう一度売店を見る。買うものは特にないが暇潰しにはなろう。あ、龍の剣。こんなとこにもお土産として売ってるのか……。何の関係もないのに……。意味もなく鞘から抜き差ししてガシャガシャ言わせる。ちょっと欲しい。
「ヴォイドさま」
一瞬。
ヴォイドはレガリアが会計を終えたのかと思った。しかし、違った。レガリアではなかった。反射で振り向いてしまったが、振り向くべきではなかったのかもしれない。それでも時間は戻らぬし、やったことはなかったことにはならん。だから、残るのは苦ったらしい後悔と面倒臭さだけだ。
ヴォイドの横に立っていたのは、一人の従業員であろう男である。
深緑に染められた髪に沼色の瞳。どこまでも陰鬱な雰囲気を隠さず堂々とあくびをかます。制服であろうロゴが入った紺色のボロシャツはよれよれだった。首にかけられた名札には『混同解答』とある。
あくびにより生理的な涙が滲んだ目を擦って、仕事そっちのけで彼はヴォイドに話しかける。
一介のアルバイトではなく、最も従順な従者として。
「お久しぶりっすね」
「……」
「何買ったんですか? 龍の剣のやつとかどうです? おれ的にはけっこーオススメです。てか発注ミスって必要数の五倍ぐらい在庫があるんで、できれば十個以上買ってください。後生ですから」
「……買わんわ。阿保」
「手厳しい」
彼はくすくす笑う。飄々とした態度は崩さず、それでもなお、彼の態度には絶対的な忠誠心が滲んでいた。
そもそも、そう振る舞えと言ったのはヴォイドである。ずっと昔にそんな丁寧に扱われても困ると、なんとなしに言ったらこうなった。何十年というレベルではない、昔の話だ。
覚えている。
今なお、従っている。どうでもいい一言をいちいち覚えて仰せのままにと、実行している。
「随分と可愛らしいお姿になられましたね」
「……」
「その服、似合ってますよ」
「嬉しくねー……」
「おや、お気に召さなかったようで。レガリアのチョイスだったりします?」
「そうだよ。あのド変態の趣味だ」
「おいたわしいです」
男は商品の並びをいじりながら、ヴォイドの隣に居続ける。
「お会いできて嬉しいっすよ、ヴォイドさま」
「……」
「おれはヴォイドさまの下僕ですから。ヴォイドさましか信用できてないから。他の生物なんて恐ろしくて信用に値せず、それ故にヴォイドさまだけが、おれの理解者だから」
ふわりと、男は笑った。陰鬱な雰囲気をほんの少しだけ吹き飛ばす。
「だから」
商品を弄るのをやめてヴォイドに膝をつく。制服が汚れるのも厭わず、深々と頭を下げる。わざわざわかりやすく、忠誠を誓い従順な態度をとる。
「『序列』十三位、『臆病な探究者』こと、このおれ──ミセル・パーセキュトリーは、ヴォイドさまをレガリアの野郎から取り戻しにきたんですよ」




