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31.いつかどこかだれか

 負けたのだと察した。

 きらきらひかる勇者の武器。それに貫かれて死んだのだと魔王ヴォイドは鋭敏に察知した。それと同時に負けたのだと思って感じて認めて諦めた。とにかく、負けた。

 はてさて、これは何度目だろう? ちまちま数を数えるのは性に合わないからやっていなかったけど、負けるたびにこれって何度目だっけなあと思うから、やっぱり数えておけばよかったなあと後悔している。後悔は先に立たないし転んだ瞬間に杖持ったって仕方ない。だからヴォイドは何回目だろうと思うだけに留めておく。考えてもしょうがねえことは考えないのがヴォイドのポリシーだ。今からやるのもそれはそれで腹立たしいしね。

 どさっと自分の体が倒れたのがなんとなくわかった。ここには自分の体を受け止めてくれる深紅の椅子はない。だから、立てなくなったヴォイドは後ろに倒れて雪に背を預けた。背中めっちゃ冷たい。服に付着した雪が溶けて滲んでいるのがわかる。端的に言えば超絶不快。ヴォイドは湿った服がピーマンぐらい嫌いであった。いつも通りにさっさと皮膚感覚がなくなってくれることを祈りつつ、ヴォイドは今際の際まで残っている聴覚に集中する。


「君の負けだ」


 とまあ、何遍も聞いたお決まりの文句が勇者の口から飛び出てきたのがわかった。

 いつも通りの凜とした、力強い声。クソッタレである。逐一ネチネチ確認しなくともそんぐらい知ってるっつうの。ヴォイドは力の扱い方を間違えた馬鹿ではあるし、死の予兆を何回も感じてしまうような阿保ではあるが、それとこれとは話が別だ。エンドロールが流れる時の雰囲気ぐらい学習し切っている。ちゃんと過去から学べる子だ。えっへん。


「今回はこれで終わり。最終リザルトでも発表しておくかい?」


 何を言うことがあるんだと思ったが、とっくに喉は機能を失ってしまったらしく、声は出なかった。勇者は淡々と続ける。仲間を殺されて怒り狂い、魔王を殺した後声を押し殺して泣く少年はとっくのとうにどっか行ってしまったらしく、彼はひどく冷静だった。


「僕が出力したのは合計で三十億人。君が殺したのは五十億とちょっとだから、まあ半分ってところかな。次からは殺しすぎないようにしてくれよ。世界が滅んじまうから」


 だからなんなんだろう。

 もうこの世界に用はないから、どうでもいいのに。

 勇者は何を気にかけているのだろう。

 幕を引いた後の世界を、誰が気にする? 誰も気にしない。分厚い布で隠された舞台を、誰も想像しない。この後勇者が志望校に合格してなりたい職業に就いて幸せに人生を終えたとしても、そんなのはまさに蛇足である。いらん情報。そりゃ小ネタとして楽しむのは良いかもしれないけど、それを本編に持ち出してくるのはちょっと違うよねって感じだった。この物語は勇者が魔王を殺す話。それだけで十分なんだから。

 クライマックスが終わった今。

 さっさと次の舞台に移行するべきである。


「君のナイフ、めっちゃ切れ味悪かったよ」


 うるせー、もらいもんに文句言うな。


「もう死んだ? 死んでないならトドメ刺すよ」


 そりゃありがたい申し出で。

 勇者がザクザクと雪を踏み締め、こちらに歩いてくるのがわかる。倒れたヴォイドの横に跪いて、喉元にナイフを突きつける。

 これじゃ夕月とおんなじじゃん。

 切実にやめてほしい。

 文句は物理的に言えないが。


「言い残すことは?」


 ない、というか言えない。

 ただ、掠れた視界の中で勇者が慈悲深く微笑んだのがわかった。


「じゃあねヴォイド。もう二度と他人の地獄に土足で踏み入って荒らし回るなよ」


 と言うわけで、魔王ヴォイドは死んだ。

 とりあえず、閉幕。



 ……



 これは醜い即興劇(エチュード)である。

 皆様は承知していることだろう。最初に申し上げた通り、これはあくまで魔王が作り上げた舞台なのであり、それは魔王の気が済むまで繰り返される。どの台詞もどの大立ち回りも、全てはアドリブで、その場その場で気ままに決められた演出に過ぎない。

 なので、役者は変えず、もう一度。

 繰り返そう。



 ……



 うわいってえ!

 いや、ほんとに、痛い……! ヴォイドはおずおずと目を開ける。『前回』は全身がもう泣きそうになっちゃうぐらい痛かったから、ある程度感覚が分散されてまだマシだったけど、『今回』はそうもいかないらしかった。端的に言うと足だけが痛い。とても痛い。傷口にデスソース塗りたくられたみたい。少なくとも飛び降り死体を乗っ取ったわけではなさそうだ。これなら飛び降り死体の方がマシかもしれない。痛い……。

 ヴォイドが初めに見たのは、灰色の空だった。

 もうどんよりって副詞が何よりも似合う空色だった。辺りはぼんやり暗い。とりあえずヴォイドはよっこいせと体を起こして、自分がどんな状態なのかを見分することする。

 どうやらヴォイドは固い土の上で寝ていたようだった。

 花壇ではない、剥き出しの土がどこまでも続く荒れた土地。遠くからうっすら喧騒と硝煙が感じられる。はてさて、ここはどこだろう? 直感的には戦地、あるいは戦場である気がするのだが、まあ自分の姿を観察すれば自ずと解決されるだろう。さて、此度のお姿はどんなもんかね?


「……うわ」


 まず足がやばかった。

 うん、それは置いておこう。言い始めたらキリがないからね。とにかく、ヴォイドは迷彩服を身に纏っていた。コスプレとかじゃない、マジもんのやつ。兵隊さんが着るやつ。土埃と返り血であろう黒色のシミに彩られたそれはなんだか気持ち悪かった。ペタペタと胸を触ってみるとちゃんと固かったので、今回はちゃんと男みたいだ。一安心一安心。露出したまともな皮膚がないのでわからんが、まだ若いのかも。なんせ兵士だし。

 ここで問題の足に話題を移行する。

 さて、ヴォイドは銃を握りしめていた。兵士(多分)だから当たり前だ。ここまでは想像がつくだろう。自分はどっかの国の兵隊さんで、お役目を全うしていたのだと、そう思えるだろう。

 しかし『前』の自分が片足をぶっ飛ばしていた。

 自分で、足を。支給されたであろう銃で、わざと片足を撃ち抜いた。


「……戦線離脱目的か? それか遠回りな自殺」


 どちらにせよ傍迷惑だなあと思った。遠くからは叫び声や怒号やなんやらが聞こえてくる。あの狙撃手や仕事馬鹿がいたのはこんな場所だったのかなあと少し夢想して、それから思考を切り替えた。


「勇者はどこにいるのだろうな」


 もしかして敵兵だったり? ワンチャン戦友って可能性もなくはないけど、敵兵が一番やりやすいかなあ。勇者的に。彼の体質を効率よく使いたいから、敵兵であることを祈る。

 まあ、どちらにせよやるべきことは変わらない。

 プロットは変化しない。あらすじはそのままだ。魔王は勇者に殺される。それを飽きるまで繰り返す。遊び相手が壊れないというのは、なんとも喜ばしいことだ。


 さあ、幕が上がるぞ。


 醜い醜い即興劇(エチュード)の幕が、残酷に残虐に無慈悲に上がる。何度でも、擦り切れるまで。


 それでは、開幕。

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