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30.一直線!

 私はある一つの決意を固めました。

 それはだんだん寒くなっていく道中で、粛々と固められていきました。増えていく会話に比例するように、着々と決められていきました。一度は血を吸った制服のまま、国すら渡って私たちはただ魔王を倒すために歩き続けて、それで、その中で。私だけはある一つの、重大といえば重大で、しかし他人からしたらどうでもいいような決意を、徐々に固めたのです。勇者は知らない。何も知らない。きっと想像すらしていない。私だって、最後まで明かすつもりはありません。ただ、私は誰にも知られないまま、ある一つの決心をしたのだと、そうお伝えしたかった。

 それだけです。

 読み飛ばしていただいて構いません。

 私は主人公ではないのですから。



 ……



 幸いと言いますか、私たちが入ったファストフード店の中にはテレビがありました。テレビ。テレビと言うか、お店の広告表示のためのディスプレイでしょうか。とにかく大きめの画面が店内にあることが伝われば十分。ソフトクリームを舐めながらアップルパイの包装を器用に開ける勇者を、氷しか残っていないアイスティーの容器をガチャガチャ言わせながら眺めていた頃でした。


『聞こえているか?』


 イロモノハンバーガーを美味しそうに映していたディスプレイがパッと切り替わって、ハスキーな聞き慣れた声が響き渡りました。交代で入ったやる気のない深夜バイトの学生くんが寝ぼけ眼を急に開けて、もし発覚したら店長に怒られるであろう事態を前に、意味もわからず右往左往し始めます。店内に私たち以外の客はいません。だから、この場には三人。バイトと勇者と私だけ。

 私はとりあえずアイスティーを弄るのをやめて、勇者もソフトクリームをちょっとだけ舐めてから止まって、バイトくんだけは何何なんなのと騒いでいました。ちょっとだけ黙ってて欲しいです。

 だって、ディスプレイには雪国の商店街らしき場所に佇むヴォイドが映っていたから。

 なぜか顔を血の色に染めた、物騒なヴォイドが映っていたから。

 勇者も私も、ディスプレイに釘付けになったのです。


『聞こえているなら何より! さて、日頃のご愛顧を感謝しつつ端的に今からやってもらいたいことを話すぞ……』


 さて、ヴォイドがお伝えしたいこと。それは世界撲滅宣言でした。

 明日の夜からゆっくり、世界を滅ぼしていく。

 だからみなさん勇者に祈りましょう。

 ひどく端的。そしてひどく傲慢で、自己中心的と言わざるを得ない内容の、まさに魔王しか許されない発言をやってのけました。流石魔王。怪物。寂しいヒト。勇者と遊びたい子供。総じてマイナス方面の評価であるヴォイドはとびきりの悪役スマイルを勇者に向けます。勇者だけに向けます。

 そして、私には聞き覚えのない言語で何かを呟きました。英語でもなければ中国語でもない。例えるなら逆再生のような発音でした。他人から見ればノイズにしか聞こえないでしょう。知らない国のニュースでも聞いているかのような心地で、私はなんとなく、勇者に向けられた言葉であると察します。


『んじゃ、ばっははーい。ご閲覧せんきゅー。命あればまた他日。お元気で。絶望しとけ。失敬失敬』


 なんとも軽い挨拶を最後に、画面が元に戻りました。ポケモンのおもちゃか図鑑がついてくるお子様セットの宣伝が緩やかに始まって終わってを繰り返し始めます。バイトくんはまだ混乱しているらしく、なんなのと言いながらレジ内を行ったり来たりしています。


「なんて言って、ましたか」


 私はアイスティーの氷を砕く作業に戻りました。ガチャガチャ音を立てながら此度のお騒がせ主犯、てか被害者? の勇者に問います。勇者は溶けかけたソフトクリームを舐めながら答えます。


「『今度こそ共に楽しもう』」


「はあ……」


「やっぱり子供だね」


 アップルパイをソフトクリームに沈めて食べているやつに言われたくはないと思いますが、まあヴォイドは子供なので異論はありません。電波ジャックもたくさんの人を殺すことも世界を滅ぼすことも何もかも、ヴォイドにとっては遊びを成立させるための手段なのでしょう。勇者を巻き込んだ壮大な遊びです。やはりスケールが違いますね。他人を生き返らせたり死なせたり、神様気取りかなんかなのでしょうか。むかつきます。


「お会計しよっか」


 いつの間にか食べ終わっていた勇者に倣って、私はお盆を返しに立ち上がりました。奢ってもらうのだから後片付けぐらいはしなければという、自責のような何かが私を突き動かしたことは間違いありません。金額も見たくありませんでしたしね。二枚のお盆を淡々と処理してから会計を終えた勇者と合流し、私たちは店を出ました。

 夜はさらに深くなっていました。

 当たり前ですが、街の明かりはかなり少なくて、道ばたには酔っ払いなどの大人しかいなくて、少しだけ空気が新鮮でした。異様に澄んでいると感じました。なぜでしょうか。ただ物珍しいからでしょうか。


「どうするんですか」


「どうするって?」


「……移動方法、とか」


「ああ、それなら大丈夫。とりあえず学校跡地まで戻ろうか」


 何やら大丈夫らしいので、素直に勇者の後ろについていくことにしました。夜の街では私たちはかなり浮いていて、もしかしたらこれが不良学生というものかとちょっとだけ客観的に自分を見つめ直したりしました。片方は魔王に気に入られてしまった勇者で、もう片方は自殺したところを魔王に戻された子供なので、不良どころの騒ぎではないのですが。どちらも歩いてきた道は血みどろの屍塗れ。足の踏み場もない墓場で墓石踏んづけて歩いてきた、とても物騒な二人組。

 街は思っていたよりも静かでした。

 あの電波ジャックは街中でも轟いていたはずです。まさか勇者に向けた愛のメッセージってことはないでしょう。これから殺される世界中の皆々様に命乞いも何もかも無駄だと釘を刺しておくのが目的。なら、あんなチェーンのファストフード店のディスプレイだけだと考えるのは不自然通り越してもはや馬鹿、愚かの極みです。世界中に知らしめるならそれこそ世界中の電波機器を乗っ取って宣言しないと効率が悪くてしょうがないですもの。だから、宣伝用に取り付けられた大きな液晶とかもヴォイドの姿を写したはずです。手元にスマホがあればSNSやニュースサイトをハシゴしたのですが、あいにく持っていませんでした。勇者は持っているでしょうか。でも、持っているならもう調べているはず。勇者は、あのメッセージが文字通り世界中で流れていてもどうでもいいと思っているのかもしれません。それかそこまで考えていないか。メッセージが流れていようがいまいが、やるべきことが変わらないのならいちいち調べるのは面倒だと思っているのか。そもそもスマホを持っていない、あるいはなんらかの理由で使えないのか。

 ギルバードはヴォイドのことをどう思っているのでしょう?


「あの」


「なんだい?」


「ヴォイドのこと、好きですか」


 聞き方間違えました。

 いやまあ……どう思っているかを聞きたかったので、問題はないのですが……。それにしてもです。もう少しどうにかならなかったのでしょうか。なりませんね。私の口はいつだってうまく動いてくれません。

 しかし勇者は特に気にしていないようでした。素直に、質問に答えてくれました。


「嫌いだけど」


「……はあ」


「何度も何度も仲間を殺されて、僕のためとかなんとか理由つけて世界を滅ぼしてるんだ。嫌いに決まってるだろ」


「……何度も?」


 そんなの。

 まるで、繰り返してるみたいな言い草じゃあないですか。

 失敗するたびにやり直しているとでも言いたげな雰囲気じゃないですか。


「言ってなかったっけ」


「聞いて、ないです」


「まじかー……。ヴォイドがとっくに言ってると思ってたんだけどなあ」


 勇者は頭をかいて、渋々といった態度で説明し始めます。


「まず、僕はヴォイドを殺した。ヴォイドは死ぬ直前にやり直したいと願って、転生した。そこまではいいよね」


「はい」


「それからが問題さ。ヴォイドはあろうことか『死にたくない』と願わず『この戦いをやり直したい。もう一回やりたい』って願ったんだ。魔法は絶望の表れであり、また欲望の具現化だ。死を拒絶しただけならヴォイドがその場で生き返るだけで済んだのに、やり直したいって願ってくれたおかげで近くにいた僕らにも魔法がかかっちゃったんだよ」


「……えっと、だから転生した?」


「そうだね。それを繰り返してるんだ。僕がヴォイドを殺すたびにリセットされてまたやり直し。いいかげん頭にくるよ。何回目かに手ェ抜いたらめちゃくちゃ怒られたし」


 つまり、巻き込まれたということでしょうか。

 まだ遊びたいと駄々をこねるヴォイドに手を引かれて、勇者は帰るに帰られなくなっている。五時のチャイムが鳴っていると言ってもわがままな子供は家に帰らずまだ遊ぶんだと言って聞かない。

 勇者もその仲間も、ヴォイドの遊びに付き合うしかない純然たる被害者ということでしょうか。

 死んでも生まれても、ヴォイドと一緒。


「地獄みたい」


 そうこうしているうちに学校につきました。あれだけ行くのが嫌だったところも、壊れて仕舞えば嫌悪感はかなり薄れるものなのだとぼんやり気づきました。あの少女の死体はまだ転がっているのでしょうか。こんな派手に壊れちゃったけど、誰か通報とかしたのでしょうか。そこらへんはヴォイドが細工をしているかもしれませんね。今から世界を滅ぼすって時に(ヴォイドにとっては)小さなことで騒がれたら面倒ですもの。

 だから、学校はそのまま壊れたまま。私にとっての不幸と嫌悪の象徴が瓦礫になって放置されていました。その中を勇者はえっちらおっちら登りながら何かを探しています。食後なのによく動けるなあと思いながら、私はなんとなくその姿を遠くから眺めていました。登る気力はありませんでした。


「ここら辺だと思うんだけどな……」


「何が、ですか」


「ヴォイドが使った転移装置。てか、魔法陣?」


 魔法陣。なんともファンタジーな! 五芒星とか書かれちゃったりしてるのでしょうか。今更だけど捜索に参加しましょうか。ちょっとした野次馬根性と知的好奇心で私がそう名乗り出ると、勇者が言いづらそうに魔法を使い慣れてないと多分見えないとやんわり断ってきました。残念無念。私は指を咥えて待つしかないようです。


「あ、あった! こっち来れる?」


「なんとか」


 瓦礫の上の方で勇者が呼んだので、私は息を切らしながら登る羽目になりました。何度か落ちそうになったし、実際何度も足を滑らせて膝を擦りむきました。いたい。私は大人なので泣きませんが、そんな私でも涙が滲むほど痛いのです。ヴォイドだったらギャン泣きだったでしょう。エベレストを登り切った登山家が如き表情をしながら、私は勇者に向き直ります。


「これ使えば多分近しい場所には行けると思う」


「はい」


「……えーっと」


「なんで、しょう」


「……くる?」


「今更、何を」


「そうだけどさあ」


 私の居場所なんてどこにもないことを知っていながら、何を言っているのでしょうか。

 勇者はまだ私がやり直せると思っているのでしょうか。崇高かどうかはわからないけど、とにかくなんとしてでも成し遂げたかったナニカを抱える少女に虐め殺され、そして殺し返した私がどこか安住できる場所がまだ残っているのだと、そう信じているのでしょうか。だとしたらちゃんちゃらおかしいことこの上ないです。頭の中お花畑なんでしょうか。いや、わかっています。わかっていますとも。勇者は、ギルバードはただ私の身を案じて、ここに残るという選択肢を示したことを。わざわざ来るかどうか聞いて、戦地に赴く覚悟を見極めようとした。他人思いの聖人君子くんは優しくて甘っちょろいのです。

 ますます嫌いになりました。

 そして、嫌いになってしまった私のことも、さらに嫌いになりました。


「じゃあ行こうか」


 勇者が諦めたように頭を振って、私に手を差し伸べます。王子様仕草がやけに癪に触りました。しかしその手を取る以外の選択肢は残念無念、誠に申し訳ないのですがなかったので、私は勇者の手を取ります。この人は少し基礎体温が低いようでした。私の手のひらを心地よく冷やしてくれます。

 勇者は魔法陣が描かれているらしい瓦礫の上に、一歩踏み出しました。



 ……



 そこは雪国でした。

 いや、トンネルを抜けたわけではありません。私たちはただ魔法陣があるらしい場所に飛び込んで目を開けただけです。次の瞬間には凍てつくような風が私たちを襲って、目を開けることも雪景色を堪能することもままならないまま、私たちはとにかく雪と風を凌げる場所に移動しなければ死ぬのだと直感的に理解させられました。脳髄まで寒さが滲んで取れなくなり、これなら防寒具か何かを調達してから移動すればよかったのにと勇者に責任転嫁しながら鼻水を啜ります。吹雪ってわけじゃないけど、明らかに防寒具が足りていないので寒いです。チラチラ降る雪が肩に止まって溶けていって、体温を容赦なく奪ってきます。そういや昼です。太陽は残念ながら一ミリも見えませんが、それでも周囲は明るいのが分かります。雪がはっきり見えています。


「寒いねえ」


 呑気にも程がある声が隣から聞こえました。勇者です。


「さ、寒いというか、凍え死ぬんじゃない、ですか!」


「確かに」


「確かにとか、言ってる場合じゃない、です!」


「ほら、あそこのお店開いてるよ」


 勇者が指差した先にはトラックでも突っ込んできたのでしょうか、大破したドアが不安定に右往左往していました。ついでに血塗れでした。誰かさんの足跡がべっとりとこびりついていて、白雪を汚していました。しかしその上からまた雪が積もっていくので、だいぶ赤色は薄れていて、なんとかまともに直視することができます。少なくとも自分で殺した死体を目の前に放心するよりはよっぽどマシ。


「ここ、撮影場所だったのかな」


「ああ、あれの……」


「そ、件のプロモーションビデオ。とにかく入ろっか」


 寒さを凌げるのならなんでもいい私は早足で、勇者は雪で滑らないように一歩一歩確実に、お店に入りました。店内はドアが大破しているとはいえ流石に外よりは暖かく、やっと私に周囲を見渡す余裕が生まれました。

 そして余裕なんて生まれなきゃよかったと何度目かの後悔がむくむく湧いて出てきました。

 食肉工場だってここまで血塗れじゃあないでしょう。妖怪大暴れスペシャルって感じの、まさに世紀末な光景が広がっています。あちこちに散らばっている服や装飾品でここが服飾店であることだけはかろうじて分かりましたが、それ以外は中世の処刑場もかくやって感じでした。ハラワタだけぽっかりなくなってしまった女性の遺体であるとか、ダーツボードの代わりにされた男性の遺体だとか、あと肉片とか……。指を組んだままの腕が切り離されて転がっていたり、大腸がうんこの形にとぐろを巻いていたり、誰かから抜かれた金髪がそうめんみたいにハンガーラックにかけられていたり、ホラー映画の子供部屋だってここまではしないだろうなと、そんな役体もない感想を抱いてしまうような空間。


「出ませんか」


「出ないよ。凍え死んじゃうよ。ちょうど防寒具欲しかったし、いいじゃん」


「よくはないのでは?」


 死体を気にも止めず勇者はズンズン先へ進んでいきます。精神死んじゃってんのかな。度重なるヴォイドとの遊びに疲れちゃって神経が摩耗してすり減っちゃってんのかな。じゃなきゃおかしいですものね。なるだけ目を瞑りながら、私は両手を前に突き出してゾンビスタイルで勇者の後を追います。指先が何か生温かいものに触れたと思ったら小腸がパーティの輪っか飾りみたいに壁に引っかかっていて、私は泣きそうになりました。スカートでゴシゴシ指を擦ります。ばっちい。それ以上に精神的ダメージがえげつない。今の私はザラキをくらったスライムでした。

 そんな私を気にすることはなく、勇者は奥に飾られていたコートやマフラーなんかを抱えて、私に差し出します。


「これとかどう?」


「なんでも、いいです……」


「そうだね。早く追わなきゃだから拘ってる暇はないね」


 そういうことを言いたいわけじゃないんだけどなあと私は思いつつ、ありがたく受け取っておきます。急がなくてはいけないことは確かでしたし、私は一刻も早くここから退散したかったから。さっさとヴォイドの後を追って、終わらせたかったから。

 ……何が終わるんでしょう?

 自分でそう思ったけど、考えたけど、何を終わらせようとしているのでしょう?

 マフラーを巻いている途中で止まった私を見て、勇者は何を思ったのでしょうか。巻き方がわからなくなっちゃった? と聞いてきたので、私はぼんやり頷いて、勇者がマフラーを巻いてくれることになりました。

 待ってください。

 マフラーを巻く。それはどうしてもパーソナルスペースを小さくしなければならない行為です。マフラーは長くて百八十センチぐらいですから、それを半分にして九十センチ? それで、それがえっと、とにかく。

 めっちゃ近い!

 勇者ってやっぱり顔がいいなあとマジでどうでもいいことを再認識して、私は赤面します。近い。めっちゃ近い。一歩後退すれば勇者も前進し、距離はちっとも変わらないどころかますます縮まっていくばかりで。


「はい、できた」


「あ、ありがと、ござい、ます」


 目線がお祭りの金魚ぐらい泳ぎまくった私は直角のお辞儀をしました。ピッタリ九十度。勇者が首を傾げながらトレンチコートを羽織ります。寒そうとか突っ込むべきところを見逃し、私はとりあえず頭を下げたままダウンジャケットを着ました。


「さ、いこ」


 このまま外に出たら頭が冷えるでしょうか。

 ただ私は勇者に導かれるままに、外に出ました。



 ……



 これは魔王を倒すための道中だってことをまさかお忘れではございませんよね。

 雪の上をローファーで歩きながら、危険なところは手を繋ぎながら、私たちはひた歩きました。だからたくさん会話をしました。たくさん、たくさん、ずっと。くだらない世間話の時もあれば哲学的なことを議論するターンもあったりして、とにかく多種多様。多面的でバライティーに富んだ内容をコロコロ変えながら、私たちは魔王を追いかけます。


「ギルバードさんって」


「なんだい?」


「恋人って、いたんですか」


「きゅ、急に?! ……い、いな、いなない」


「めっちゃ動揺、しますね」


「そういう君は?!」


「いませんよ。いると、思います?」


「……この話やめよっか」


「そうですね」



 であるとか。



「そういや今日ジャンプの発売日だ」


「……本誌派です、か?」


「そう。やっぱり週一の楽しみがあるのはいいよ。君は?」


「単行本派、です。まとめて読みたいし、興味ないのが、多い、ので」


「でも続き気になんない?」


「それは、そうですが……」



 であるとか。



「あ、英語のテスト……」


「どうした?」


「今日……というか、えっと……私が死ぬ前でいう今日、でしたが、なくなりまし、た」


「よかったじゃん」


「……よかったん、ですかね?」


「嫌なことがなくなったのならいいことさ」



 であるとか。



「大学どうしよ……」


「そんな場合ではない、のでは」


「魔王を倒したってその後の人生は続くだろ。あーあ。学校ぶっ壊れちゃったし、これじゃ指定校推薦は無理だよなあ」


「推薦狙い、だったんですね」


「君は普通受験?」


「あんまり考えてません、でした。まだ一年、でしたし」


「あー、そっか。受験終わったばっかりだね。そんぐらいに戻りたい! 切実に!」



 であるとか。



「何回も繰り返してるんです、よね?」


「……そうだよ」


「どんな世界があったんです、か?」


「えー……そうだなあ。やっぱりこっちだとファンタジー漫画になってるような世界が多いかな。それかSF。科学と魔法が混在している世界は珍しいかも」


「そうなん、ですか。……スライムに、転生したことは?」


「ないよ。ちなみに最強のガイコツになったこともないし幼女になって戦地を駆け巡ったこともないからね。あと死に戻りは使えない。駄女神と会ったこともない」


「……そうですか」


「がっかりしないでくれ……」



 であるとか。



「ギルバードさんは、死にたくはない、のですよね」


「そりゃね」


「なぜ、でしょう」


「……寂しいから?」


「疑問形……」


「でも死ぬのって寂しいよ。一人だから」


「……はあ」


「死ねば一人。そのまま腐って土に還るだけ。虚しいねえ」



 であるとか。

 様々。悲喜交々……はありませんか。どれをとったって一秒後には内容を忘れているようなくだらねえ話題ばかり。世間話と形容するのが一等正しい暇つぶし。

 だから、これもその延長線です。


「どうしたの」


 急に立ち止まった私を心配してか訝しんでか、勇者はこちらを向きました。ある住宅街の道の真ん中。白い白い景色の中心で、私はなんとなく、決意を固め終わったので、立ち止まりました。


「……いや、別に」


「そう? じゃ、行こうよ。あーそうだ、ここら辺で腹ごしらえでもしておく? この先飲食店なさそうだし……」


「その必要は、ないです」


「お腹空いてない?」


「そういうわけじゃ、ありませんが」


 意味がわからないとでも言いたげに眉を下げる勇者に向かって、私はようやっと微笑みかけることに成功しました。歪で不格好で、側から見たらとてもひどい作り笑いなのでしょうが、でも、私は笑えたのです。


「ふへ」


「もー、本当にどうしたのさ」


「私が死んだら寂しいですか」


 苦笑いを浮かべた勇者の顔が凍りつきました。


「……どういうこと?」


「そのまま、です。死んだら寂しいですか。悲しいですか。悲嘆に暮れてくれますか。何もできなくなってくれますか」


 もしそうだとしたら。

 私は固めた決意を放棄できるのに。

 勇者はやはり平然と。


「……悲しくはなるけど、何もできなくなるってことはないよ。ヴォイドは絶対に殺さなきゃいけないから」


「そうですか。それは、何より!」


 私はさらに顔を歪めて、おおよそ笑顔とは呼べない笑顔をつくりました。しかしながら、私はとても嬉しかったのです。真犯人であるあの子を自分の手で殺した時よりも、ヴォイドの声を顔を初めて見た時よりも、くだらない学生らしい会話ができた時よりも、何よりも嬉しくて、たまらなかった!


「私は主人公なんかになりたくなかったのですよ、勇者様」


「……だから。それが何に繋がるの」


「あら、私の登場シーンを、お忘れですか?」


 私は魔王を登場させるためだけに作られて勝手に主人公だなんだ言われていただけの存在ですもの。

 私にとってのハッピーエンドが何であるか、わかっているはずでしょう?


「私は、魔王も勇者も、大っ嫌いです」


 少しだけ勇者は悲しそうな顔をしました。

 きっと幻覚ですね。だってそんなことで悲しめるような精神はもう失われているでしょうから。ヴォイドにたくさん連れ回されて疲れ切った魂は、もう誰にも同情できないはずですから。

 これは私の都合のいい幻覚。最後の夢。ちょっとぐらい良い思いをしたいなんて、そんな幼稚な性根が見せた幻。

 だから私は早く終わらせようと思って、ヴォイドからもらったナイフを自分の喉元に向けました。


「……っ! だめだ! やめろ!」


「あっそ。勝手に殺し合ってろ」


 ぐしゃり。



 ……



 ついでに言っておくとギルバードは切り替えが早い。

 てか、そうしなければ生きていけなかったから、ほとんど惰性で切り替えていると言ってもいい。目の前で兄貴分が死のうが頼れる友人が死のうが片思い中の人が死のうがなんだろうが、ギルバードはなるほどオッケー! で一旦終わらせる。泣いて魔王が殺せるのならギルバードは海ができるぐらい泣くが、残念ながら泣いて喚いても魔王は死んでくれぬ。だからギルバードは混乱も後悔も悲嘆も憤怒もとりあえず置いといて、目の前の問題に対してどう立ち回るべきかを考え、最善の行動を取ることができるようになった。勇者だから。魔王を殺す主人公だから。


「あっちゃあ……」


 ギルバードはあちゃあって思った。口にも出した。自ら喉を突いた山羊夕月の死体を見ながら、とりあえずおでこを押さえてみたりもした。あーあ、死んじゃった。山羊夕月。主人公らしきモノ。魔王も勇者も信仰しないどっちつかずな自殺志願者はここで死んだのである。


「せめて僕に色々託してから死んで欲しかったなあ」


 ないものねだりでタラレバ極まりない希望的観測ではあるが、そう思わずにはいられなかった。勿体無い! しかしここでうじうじと取れなかった狸の皮算用していても仕方ないので思考を切り替えた。しょーがない。山羊夕月は今度こそ死んだんだって、そう思い直した。

 ギルバードはぐらっと倒れた主人公の喉元にへばりついたナイフを抜いておこうと思い立ったので実行する。

 指先を丁寧に解いて、自由になった腕を優しく横に置いた。刺さりっぱのナイフをずっ! と抜く。思ったよりも簡単に引き出せて、噴水みたいに血が噴き出た。わお。ギルバードはあっという間に血塗れになって不愉快になる。


「じゃあ、安らかに」


 どうせ放置死体なんて山ができるほどあるんだから、どうでもいい。

 ここで雪に埋めても魂がどうなるわけでもない。最初の方のギルバードなら泣いて喚いてなんで死んだんだとか叫んで、一生懸命死体を埋めただろう。あまちゃんだからである。魔王ヴォイドを殺すことが最優先なのに、目の前の問題にいちいち騒いで心を動かして騒ぎ出す。

 今更そんなことはできなくなってしまった。


「お、死んだか」


 後ろから渋い声がしたので惰性で振り向いた。


「惜しいことをしたな。レガリアあたりにやれば喜びそうな顔だった故に」


「……じゃあ君が管理すればよかっただろ」


 後ろにはやっぱりヴォイドがいた。

 血塗れで、なんなら右手に髪の長い誰かさんの頭部を掴んでぶら下げている魔王がそこにいた。

 ギルバードは立ち上がって真正面に向かう。


「夕月は死んだ」


「そうだな」


「これは、君が仕組んだことか?」


「仕組んだというか……まあ、遅かれ早かれ彼女は自ら死ぬだろうなとは。貴様に預ければ良い養分になるかと思ってやったが、失敗だったな」


「じゃあどうしようもないことだと」


「ああ、そうだとも。彼女は最初から死んでいたんだから、生き返ったままなんてあり得ないだろう?」


「生き返らせた本人が何を……」


 魔王はやはり魔王である。命の価値をそこらへんのアリンコ程度に見ているのがこいつ。変わらないのが怪物だから、怪物の頂点であるこいつが変わることなんてあるはずがない。あったら鼻でピーナッツ食ってやる。

 ギルバードは人間を維持する怪物だから変わるんだけどさ。


「けけ。歪んでいるな」


「君に言われたくないね」


「誰が見てもそう言うだろうよ。人間のままでいる怪物。すなわち変化し続ける怪物だ。人間らしい精神を維持し続けることのなんと難しいことか!」


「君がそうしたんだろう」


「いや、貴様の性根だよ。魂にこびりついた茶渋だ」


「例えが最悪すぎる」


 ギルバードは舌打ちをする。先ほど引き抜いたばかりのナイフを握り直す。


「今度こそ殺してやる」


「やれるものならやってみろよ、勇者」


 けけけとヴォイドが不気味に笑ってイラついたので。

 ギルバードはナイフを振り翳した。


「『出力:三百人』」


 次の瞬間、白色の光線がヴォイドの耳を切り落とした。

 例えるならライトセーバーである。急激に伸びた刀身がナイフとは思えない切れ味でもって、魔王の耳を切った。

 ギルバードはかの『侵略種』や『フィクション』と同じタイプの怪物だ。

 すなわち、魂に根付いた固有の魔法があるってこと。体質と言い換えてもいい。レガリアは『支配』、『フィクション』なら『治癒』。そしてギルバードの場合は『信頼』である。

 この人ならやれる。倒せる。救ってくれる。そんな願いをそのまま力に変える。元気玉? ちょっと違うか……。しかしみんなからの信頼をそのまま攻撃にするのだから、まあ、合ってるかも。ギルバードを勇者にしたこのクソみたいな体質を、ギルバードは惜しみなく魔王にだけ使う。


「……けちだな。たったの三百人ぽっちか」


「ぽっちって言うなよ。結構な数だ」


「それでも、俺に向けるなら役不足だな」


「小手調べだよ。どれくらい脆いか把握しとかなきゃだろ」


 けらけら、ヴォイドが笑う。笑って笑って、ようやっと波が収まったのか、冷酷な瞳でギルバードを見据えた。


「『蠍の毒針(サルガス)』」


「『出力:三万人』」


 目の前が白く光った。

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