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23.スケープゴートでジンギスカン

 誰が死んだんだっけ?

『ジャッジメント』は考える。目の前には『ドクターストップ』の死体がある。殺したのは真昼。夕日に照らされている、でろんと舌が飛び出たその死体を見るに、『ジャッジメント』は数時間ここで放心していたらしい。なるほど。とりあえず再起動した頭で『ジャッジメント』は殺せた仲間を文字通り指折り数えて確認していった。結果、殺せていないのは『ナイトメア』、『スナイパーライフル』、『シルバーコイン』、ということがわかった。『トリックスター』は行方不明だ。あれ、まだ死んでない。『スナイパーライフル』と『シルバーコイン』。どっちも死んでない。なんでだろう。魔王に、あるいは勇者に殺されているものだと思っていたから、ひどく意外でちょっとだけ驚いた。背信者ってすぐ死ぬのが定番じゃなかったっけ? それかこれから死ぬところなのかな? どうでもいい。最終的に死んでくれるのなら、『シルバーコイン』の命運なんて心底どうでもいいのだ。『ジャッジメント』にとって仲間とは使える道具にすぎない。自分の手足。主人公でない『ジャッジメント』は主人公を止めることができないから、どうしても手が届かないから、無理やり届かせるために伸ばした。そのための少年十字軍で仲間たちだった。

 だから、これらは計画の内。

 長年付き合ってきた『ドクターストップ』が死ぬのだって、計画の内。


「それじゃ、天国でお幸せにね。二度と会わないように気をつけようね」


 とりあえず死体に声をかけてから、『ジャッジメント』は二台あるベッドの一つに近づいていく。『ナイトメア』を殺すためだ。仕切り用のカーテンを乱雑に引いて、中を確認する。ついでに布団もひっぺがす。

 いなかった。

 万年寝不足毒舌野郎はいなかった。消えていた。彼の居場所は空っぽだった。


「どこ行ったんだろうねえ」


 なんとなく、いつもの癖で彼に話しかけて、死体に話しかけても意味ないんだったと思い直す。ベッドを触っても温もりは感じられず、つまりかなり前から『ナイトメア』は消えていたことになる。あれれ。いつから? 『ジャッジメント』が『ドクターストップ』を殺した以前からいないのなら文句はないけど、放心していた『ジャッジメント』を他所目に消えていたとするのならものすごい恥ずかしい。それだけのショックを受けていた? ああ、なんて愚かしい! 『ジャッジメント』に人の死を悼む資格なんてない。殺人犯が自分の親友が死んだら泣いた。世間的にそれはどうなんだと言いたくなってしまうだろう。人の死が悲しいものだとわかっていながら殺すなんて傲慢もいいところ。だから『ジャッジメント』は人の死を悲しまないし悼まない。断罪人としてあっちゃならないから。人を手ずから処刑しといて仲間を殺すのは嫌? 冗談はよしこさんだぜ。『ジャッジメント』は誰に対したって平等で均等で正当である。公明正大の体現者。『ジャッジメント』は誰だって愛している誰だって嫌っている。どこぞの斧姉妹じゃねえけど、まあ、そういうこと。

 だから、いつまでも『ドクターストップ』にかまけているのは志に反する。


「切り替えしよう。うん、ぱんっと入れ替える。区別する。時間は流れっぱなしの枯渇性資源だよ」


 とりあえず『ナイトメア』を探しにいかないと。あと『スナイパーライフル』もだな。『シルバーコイン』はほっといても死ぬだろうから放置。『トリックスター』に関しては殺そうがなんだろうが変わらないからこれも放置。彼はきっと舞台から姿を消した。降りた。もう登場しない。するとしたら……そうだな。エンドロールか? それもビミョーなとこだけど、きっとそうだ。だから、『ジャッジメント』が彼をお目にかけることはもうないってことだ。彼は狂言回しという特別な立ち位置だったから重宝したけど、特に思い入れはない。物語への影響力はあるが魔王や勇者を殺せるまでは至らないというなんだか中途半端な役割である。しかし魔王を制御できたのは事実。彼がいなかったら街一つ氷漬けでは済まなかっただろう。少なくともこの島国は魔王の癇癪や『序列』の皆様方によって地図から消えていたに違いない。おお、恐ろしや。魔王なんて碌なもんじゃない。だからこそ殺す。勇者も同様だ。力が強いというのは厄介だから殺す。裁く。断罪する。生まれ出ることこそが罪とまでは言わないが、その制御方法をちゃんと考えてなきゃ罪である。だから死罪。死刑。『ジャッジメント』が殺すのだ。

 というのは建前である。

 結局『ジャッジメント』は主人公になりたいだけだ。


「どこから探そうかなあ。『ナイトメア』がいきそうなところ……思いつかないなあ。『フレンドリーマッチ』は殺したからあの空間には行けないし、じゃあ他に行く当てがあるかと言われればないし」


『ナイトメア』は出不精に出不精を重ねたウルトラスーパーミラクル出不精なので自分から長距離を移動することがない。絶対ない。あいつは三歩歩けば運動になると思っている。だから、絶対にこの校舎からは出ていないはずだ。じゃあどこだ? まさか死ぬことを恐れるようなやつじゃあるまいし、腰抜かしながら逃げ出すなんてことはないと思うんだけどなあ。どうしたものか。とりあえず校舎を虱潰しに見ていけば見つかるか? わからんがやるしかない。

 なので、『ジャッジメント』は保健室から出て行こうと扉の方を向いた。

 後ろからばしゃ、と音がした。

 なんとなく、その場のノリで窓際に駆け寄って外を見る。橙色に染められた世界に、一つの飛び降り死体があった。

『ナイトメア』だった。

 例えるなら……そうだな。スイカ割り。それかもんじゃ焼き。ただし原材料名は脳みそと頭蓋骨と皮膚と髪の毛である。つまり人の頭。それが上記のようなぐちゃぐちゃな感じになっていると思えばいい。あと手足は球体関節人形も真っ青な方向に曲がっている。つまり、普通の自殺死体ってわけだ。

 頭が割れようが手足が曲がろうが、それが『ナイトメア』だとわかった。

 勘だろうか。嫌な勘だこと。こういう時ばっかり発揮される自分の察しの良さが癪に障る。でもまあ、わかってよかったかも。身元不明な死体をほっといて『ナイトメア』探しに出かけるのは締まりが悪い。落ち着かない。見つかってよかったし死んでくれてよかったのだ。なんで『ナイトメア』は死んでくれたんだろうか。『ジャッジメント』に殺されたくなかったのだろうか。どうせ結末は変わらないのに、なんでだろう。飛び降り。動くことを何よりも嫌う彼がわざわざ屋上まで登った理由。移動した理由。それを選んだ理由。自殺方法なんてリスカでもODでもなんなら舌を噛み切るとかでもよかったはずなのに。首を吊ったってよかった。その方が楽だったはずだ。なら、なんで? どうも噛み合わない。どうして『ナイトメア』は飛び降り自殺を選んだ?

 そこで、『ジャッジメント』は視線を移動させた先に遺書らしきメモがあることに気づいた。

 彼の居場所であるベッドの上である。先ほどは気づかなかった一枚のメモ用紙。それが、枕の上にちょこんとおいてあった。またもや視野狭窄に陥っていたとは笑えないが、見えていなかったのは事実で変わらないので、『ジャッジメント』はそのメモの内容を確認するしかないわけだ。飛び降り死体から目を離してベッドに駆け寄る。折り畳まれたそれをぺっと開いて中を確認する。

 筆跡は『ナイトメア』のものだった。

 乱雑で無駄にでかい文字。自分が読めりゃいいを極限まで突き詰めた文である。読みづらいったらありゃしない。本当にこれが高校生の文字か?

 気になる内容はこう。

『魔王の作り方』

 シンプルで飾り気のない文章。いや、文章とも呼びたくない、短い文字列。魔王の作り方。なるほど、『ジャッジメント』はわかる。わかってしまう。計画・実行したのは紛れもない少年十字軍長、『ジャッジメント』その人だから。だから、わかる。この文の意味が。『ナイトメア』がわざわざそれだけ書き残して死んだ理由が。彼は怒っていたのだろうか。悲しんでいたのだろうか。少なくとも惚れた女が実験材料になっているのを見て平気なタチではないだろうから、それだけ書いて死んだのだろう。そう、堺迷路はそうだ。元は気の弱い少年だった。外で遊ぶよりは教室でじっとしている方が好きなタイプだった。度胸がない故に言いたいことは言えず、臆病だからこそやりたいことがやれず、持ち前の消極的態度で自分を勝手に犠牲にして悩んでいるような、そんな、男の子。だからもちろん初恋の女の子が『ジャッジメント』の思いつきで実験材料にされても文句の一言も言えず、かといって実験をめちゃくちゃにする覚悟もなく、そのままここまで来た。

 なんだ、ちゃんと堺迷路は生きてたじゃない。

 メロイドに乗っ取られたとばかり思っていた彼は、死に方だけ自分で選んで死んだ。メロイドは了承していたのだろうか。どうも『前』の記憶持ちの神経はわからないが、まあ、死んだってことはメロイドもちょうどいいと思っていたんだろう。誰かの死に顔ばかり夢に見る彼はそろそろ生きることにうんざりしていただろうから。

 全部推測だ。

 彼がどんな気持ちで飛び降りたかなんて死んでもわからない。メロイドがただなんとなしに死にたくなったから最後の最後はいい景色を見て死のうと思って飛び降りたのかもしれないじゃないか。だからこれは『ジャッジメント』のくっだらねえ妄想なんだ。ああ、それでも一度回り出した思考は止めるに止められない。ぐるぐるぐるぐる回る。『ジャッジメント』の選択はいつだって完璧に正しくて合理的だけど、それでも後悔だけは禍根だけは遺恨だけは残る。言って仕舞えばそれだけしか残らない。だから『ジャッジメント』だけはそれで本当に良かったのか何度も何度も確認して、また自己嫌悪するのを繰り返すのだ。いつも通り。日常茶飯事。変わらない終着点。慣れて何も感じなくなってきた普通の自己否定が終わると、『ジャッジメント』は気持ちを切り替える。

 生き残っているのは『トリックスター』と『シルバーコイン』、『スナイパーライフル』。

 そのうち一人は行方不明。もう一人はすぐ死ぬ背信者。残った一人は。


「『ジャッジメント』が殺してあげなきゃかなあ。それが一番確実で確定だよね」



 ……



 別に家がなくても苦じゃない。

『スナイパーライフル』は現実を受け止め順応するのが得意な軍人である。だから家がなかろうが食うものが草しかなかろうが雨風に打たれようが頑張れ長男だからできると己を鼓舞しなんとか頑張るのだった。全てはエリーの、『ワーカーホリック』の仇討ちのため。あのクソッタレ断罪者とバカタレ魔王とアホタレ機械人形とそのマスターのドタマをぶち抜いてやるためだけに『スナイパーライフル』は存在している。今日も復讐のために呼吸をしなんとなしにぶらぶら生き残るのだ。

 エリーは死んだのに。


「なんでいきてるんでしょ」


 廃墟となった雑居ビルの中で、『スナイパーライフル』は目を覚ました。夕方だった。どれくらい寝ていたのだろう。エリーが死んでから半日が経過したのはわかる。つまり、あの後命からがら逃げ出してなんとかこのねぐらを見つけてから半日。十二時間が経ったのだ。エリーの死体はどうなったのだろう。あの魔王どもが丁寧に埋葬してくれたなんて楽観視はどんな阿保でもしないだろうから、まあ、雑に燃やされたか解体されたかそれかそのままか。とりあえずエリーの死体は雑に放り捨てられて腐っていく。

 別になんとも思わないはずだった。

 戦場ではヒトからモノとなった死体を気にかけるようなお人好しから死んでいく。細かい人道を気にして道徳を説いて愛を語るやつから、死ぬ。エリーと『スナイパーライフル』はそのことをよおく知っていた。だから敵兵を殺すことだけを目標に頑張った。死にたくはなかった。それは死が怖かったというよりは死体になりたくなかったからである。死は怖くない。ただ意識が途切れるだけだ。だから、二人は死体にだけはなりたくなかったのだ。濁った瞳とか弾力を失った肌とか蝿がたかる臓物とか、そういった鮮烈な死に様が目に焼き付いて離れなかった。同じものになりたくなかった。悍ましい。死んだらああなると目の前に突き出され、網膜に焼きついたそれはいまだに夢に出てくる。なんでお前が生き残ってんの逃げたくせにって後ろ指を刺してくる。は? うるせえ。じゃあお前らも逃げりゃ良かったじゃん。エリーは戦争しか知らなかったから半ば死体になることを受け入れつつあったけど、『スナイパーライフル』はどうしても嫌だったから彼の手を引いて逃げた。それを責められるのはイラつくしムカつく。死にたくないなら逃げればいいのだ。それすらわからん大馬鹿者から死んでいく。お人好しとメンツ気にしい野郎から地獄に足を引っ張られて落ちていく。ならば『スナイパーライフル』は足を動かし逃げ続けようじゃないか。それができねえならさっさと死ね。『スナイパーライフル』は死にたくねえから生きるのだ。

 しかし、現在。

 エリーが死んだ今。生きていることに疑問を持ち始めていた。

 なんで自分は生きているのだろう? 危なっかしいエリーを、戦友を生かすためだけに『スナイパーライフル』は生きていたはずじゃないか。じゃあ、エリーが死んだ今、なぜ自分は生きているんだろう。無意味に呼吸をし続けているんだろう。それに関してはとっくのとうに答えが出ている回答がある。エリーはエリーが死んだ後、仕留めきれなかった敵を『スナイパーライフル』が殺してくれると信じていたからだ。期待には応えねばならない。『スナイパーライフル』はエリーの仇を討つ。願われた通りに。期待された通りに。信じられた通りに。祈られた通りに。

 遂行する。

 それだけのために生きているけど、それすら疑問に思う。


「きもいですね」


 エリーがいたらなんて言ってくれたかな。

 とりあえずベッド代わりにしていた埃っぽいデスクから降りて、下に隠しておいた愛銃を持った。軍から支給されたものではない。正真正銘、『スナイパーライフル』だけの狙撃銃。用途は獣狩りだ。そして今回も間違ってはいない。獣のようなクソ野郎どもを殺すにはちょうどいい、亡き親から受け継いだ猟銃。そのまま窓際まで持って行く。設置する。古びた銃身が夕日を反射して光る。諸々確認して、的確に撃ち抜けるよう準備をする。念入りに。何度も何度も動作確認をし弾が詰まっていないか確かめる。

 でかい墓場だ。

 ここが『スナイパーライフル』の終着点。墓場。骨を埋めるにはちょいと派手だし趣味じゃないが、まあ、いいだろう。少なくとも祖国の戦場で無理やり前線に立たされて死ぬよりはよっぽどいい。平和なこの国で平和じゃない死に方をしよう。それがいい。エリーはきっと笑い飛ばしてくれる。適当に流して処理してくれる。

 彼は。

 もし『スナイパーライフル』が死んだら、泣いてくれるだろうか。

『スナイパーライフル』と違って表情豊かな彼は、自分が死んだらどんな顔をするのだろう。怒るのか泣くのか、それともそのまま流されるのか。わからない。彼は死んだ。死人が生き返ることはもちろんないし、この世に天国も地獄も死後の世界も何もないので会話の機会は二度とない。単なる憶測にしかならない一銭の価値もないゴミみてえな思考だ。戦場ではそういったオカルティックでファンシーなことを考え、死者に思いを馳せた奴から死ぬ。しかし『スナイパーライフル』は死んだエリーのことばかり考えている。おや、死ぬかなこれ。ぐらついてきたな。怪物だった自分がゆっくり人間に戻っていく感触は結構薄気味悪いけど、止められるものではないので諦めた。フリーズドライのカップスープにお湯かけて戻すみたいな感じ? それか冷凍食品がレンチンされる瞬間。止まっていたものが動き出して元の形に戻っていく。『ジャッジメント』が何かしたのだろうか。いや、元からされていて、それが解除されただけなのだろうか。これもくだらねえ憶測だ。とりあえず『スナイパーライフル』は何かが変わろうとしていて、それ故に生きる意味を見失っているってこと。なんだ、理由がわかればなんとなしに落ち着けるもんじゃん。『スナイパーライフル』はようやっと整備が終わったスコープを覗く。平和な街並みが見える。銃なんて握ったこともないだろう人々。人間が生きたまま焼かれる光景を見たことがないであろう人々。敵兵なんていない。起きて寝て学校とか行って遊んだりなんだりして、また寝りゃあ当たり前みたいに明日が来る。そんな、人々。


「ずるい」


 だから、できるなら全員死んじまえと思った。



 ……



「ミセルー」


「なんですー?」


 ヴォイドがテレビから目を離すことなくミセルを呼びつけた。ローカルなニュース番組をぼんやり眺めている。お茶を啜っている。珍しくバイトが休みなミセルは隣の部屋から顔だけ覗かせて我が愛しき王様を見た。どんな姿でも主は主。たとえ可憐な女子高生になったとしても残酷無慈悲の体現者であることには変わりないとはっきり言えるからこそ、ミセルはヴォイドに仕えている。変わらないのはいいことだ。とてもいいことだ。ミセルはコロコロ思考が変わるもんと腹の底を見せねえやつが大嫌いである。


「『スナイパーライフル』は結局死ななかったんだよな」


「そうですよ、取り逃しちゃいました。すんません」


「それはいい。楽しみを増やそうとしてわざと取り逃したのだろう」


「お見通しですか」


 いや、見通されているとは思っていたし想像していたから、とてもいいことなんだけどさ。


「じゃあなんでまた『スナイパーライフル』の話を? 今夜殺すんでしょう?」


「貴様が殺してこい」


 ヴォイドは。

 顔をこちらに向けることなく、命じる。


「『スナイパーライフル』は貴様が殺せ。狙撃しか脳がないやつとの戦いなんぞたかがしれている。貴様でもいいだろう」


「御意に。『サンドバッグ』の敵討ちはしなくていいんですね」


「なぜ敵兵の仇討ちをせねばならんのだ」


「それはそうです」


 ヘラヘラ笑っておいた。おや、もう興味が失せたか。『サンドバッグ』との戦いに横槍を入れられた時はあんなに怒り狂ってたのに。いやー、あれは怖かったね。久しぶりに内臓がヒュってなった。怖かった。あれは魔王なんだと再認識して、ミセルはかつての主人だと喜び混同解答はなんだあいつおえってなってた。それよりも、アンティークが二度強制シャットダウンしちゃって大変だった。もうちょいセンサーを鈍くした方がいいかなあ。

 とりあえず、ヴォイドは人の命に価値を見出していないお方である。

 殺す理由がないから殺さない。殺す理由が少しでも芽生えて、そちらの方がお得だと思ったなら躊躇いなく殺す。反逆したレガリアだけ傷つけずに止める方法は、レガリアに操られている人だけを殺すことだ。ヴォイドはレガリアが反逆するたびそうしてきた。レガリア本人にはデコピン一発だけやって、もうすんなよとだけ注意して終わった。毎度毎度そう。レガリアがいなければ魔王城に積み上がる死体はもうちょい少なかったに違いない。レガリアを生かした理由だって単に使えるからってだけだ。だから、ヴォイドは人の命に価値を見出していない。役に立つと思ったなら生かすし、邪魔だと思えば殺す。それだけの簡単な指針で生きている。

 今のヴォイドがこの国の住民を殺していないのは、殺す理由がないからだ。

 勇者が見つかっていないからだ。


「できるなら貴様も死んでこい」


「……はあ」


「その方が楽しくなるから」


 うーん……? あー、なるほど。できるなら最大限楽しもうって話ね。ヴォイドらしい。ミセルの命を最大限活用してくれようとしているその姿勢に惚れ惚れする。ありがたい話だ。まだ見つかっていないようなやつに期待して甲斐甲斐しく下準備。恋する乙女か? いや、乙女ではあるけど、中身に関しては立てば悪逆座れば極悪歩く姿は不人情なヴォイドである。だから、この姿勢はゲーム環境を整えるゲーマーのみたいなもんかな。できる限りいい環境で楽しみたいだけ。ミセルはヴォイドのことを知っているから、よくわかる。どうせならベストコンディションで挑みたい。ただそれだけだ。ストイックなんだ。享楽主義者なんだ。自己中な魔王様。ミセルだけの理解者。


「できる限り苦しんでもがいて足掻いて叫んで死を怖がり、助けを求めながら、死ね」


「仰せのままに。それでも死ねなかった場合はどうしましょう。ほら、『スナイパーライフル』が想定よりも弱かった場合」


「そうさなあ……」


 ヴォイドはちょっとだけ間を開けてから。


「派手に暴れろ。悪役としてな」


「わかりました」


 今日が命日。

 アンティークは最後まで未完成の試作品のままだが、まあ、いいや。今世でもヴォイドに会えたんだからそれだけでハッピーエンド確定だ。ミセルは這いずるように移動してヴォイドを後ろから抱きしめた。


「なんだ。怖気付いたか」


「……まさか」


「じゃあなんだよ」


 モゾモゾとヴォイドが居心地悪そうに身じろぎする。ミセルはその細い体を必要以上に強く抱きしめる。


「知ってますかヴォイドさま」


「何を」


「双子は前世で心中した恋人らしいですよ」


「俗説も俗説でビビった。言っとくが、余と貴様は恋人ではないからな」


「わかってますよお。でも恋人ぐらい深い関係でしょう。共犯者なんですから」


 だから。

 ここでヴォイドの背骨を折って殺して、自分も死ねば、来世でも会えるんじゃないかと思っただけだ。


「死んでもごめんだな」


「ひどいです」


 おえっとヴォイドが舌を出したので、ミセルは素直に離れた。まあ次の生でも探せば会えるだろう。なんてったって唯一のヒトだし。ミセルの執着を舐めないでもらいたいものだ。


「ヴォイドさま」


「なんだ」


「今日の夕飯、何食べたいです? 最後の晩餐ですから派手にいきましょうよ」


「んー……」


 ふらりとヴォイドがミセルを見て、伸びをしながら答えた。


「……鍋?」


「じゃあジンギスカンで」


「限定的だな」


「普通にすき焼きじゃあ芸がないでしょう」



 ……



『シルバーコイン』はどこかに行った。

 私が掘り起こしましたごめんちゃいって言って、それからコーヒーだけ頼んで飲んで、大金だけおいて去っていった。コーヒー三杯の会計をしてもかなり余ったので、お釣りはもらっておいた。いいだろうそんぐらい。バチは当たらないはずだ。

 マギーとモニカはそれからどうするかを決めあぐねていた。

 どう行動すれば正解なのかわからない。どう選択すればいい方向に動くのかわからない。マギーはもちろん真実にだってわからなかった。どうしたらいいんだろうか。死体はバレた。そしてそれは偽物だった。まさに骨折り損。マイナスにしかなっていないのである。『トリックスター』と『シルバーコイン』の茶番に大いに巻き込まれたわけだ。悪ふざけで人生壊される方の身にもなってほしいが、狂言回しと背信者に何言っても無駄なので黙っておく。これこそ徒労だもの。だから、マギーとモニカは今のところこれからの身の振り方を考えねばならず、しかしショックで止まった思考はなかなか再起動してくれなかった。どうしよう。どうしたらいい。勇者はまだ見つからない。いや、今見つかったところで手遅れだし、何ができるって話だし、そもそも勇者としての記憶が残っているかどうかも怪しくて、だから。

 絶望的。

 マギーもモニカも黙って席を立って会計をしてお釣りを二等分し喫茶店を出た。もう夕日が昇っていた。橙色に染められたコンクリートの道を二人で歩いて行く。


「どうする?」


 モニカが唐突に足を止めて口を開いた。

 マギーも止まる。ちょっとだけ反応が遅れたので半歩、モニカの前にいることになる。


「……どうするも何も」


「ウチは疲れちゃったよ」


 色々悩んで苦しい思いして、それで結果がこれなんだもん。


「やめにしたいよ」


 と、モニカは言った。今にも泣き出しそうな顔で、マギーを見つめていた。あの僧侶が諦めると言った。勇者を誰よりも大事に思っていた彼女がやめにしたいと、そう、マギーに言ったのだ。なんでという三文字で脳内が埋め尽くされてフリーズする。わけもわからぬまま復唱する。


「……やめ、るの」


「やめたい。もうやだ。マギーは捕まりたくないよね。じゃあウチが自首するから、大丈夫だから。マギーが全部やってよ」


「で、でも。あんなに」


「もうやなの。考えたくない。マギーが考えて。勇者はマギーが見つけて。もうウチは頑張りたくないの。わかるでしょ。マギーが頑張ってよ」


 マギーだって。

 頑張りたくなんてない。

 真実の人生をこれ以上マギーに渡したくない。真実は早く真実として生きたいのだ。マギーに明け渡している体を、さっさと返してほしいのだ。マギーもそれは同感だ。さっさと真実に体を返してあげたい。でも、マギーはどうしても勇者を諦められない。だから早く早くと自分を急かしながらここまで頑張ってきた。魔王の偽の死体を埋めてまで。マギーも真実も、長引かせたくない。それと同時に勇者を見つけるのならモニカかトリスタンだとも思っている。パーティとはいえマギーはただの勇者の信仰者だ。信仰対象と信者。見つけられるわけがないと諦めているからこそ、相思相愛だったモニカや兄であるトリスタンを頼りに頑張っていたのに。

 ここで、二人とも降りる。

 舞台から退場する。

 マギーだけで探せるとは到底思えない。


「み、見つかる、わけ」


「マギーはまだ頑張れんじゃん」


「な、なんで」


 決めつけないでくれ。

 モニカだっていっぱいいっぱいなのはわかっている。彼女は彼女なりに苦しんでいるのだ。ありがちな御涙頂戴な物語の主人公。だから、もうやめたいのだろう。諦めたいのだろう。投げ出したいのだろう。

 ああでも、お願いだから。


「わ、私のこと、見捨てないでよ……」


 という懇願の言葉はモニカの頭が爆発したことで霧散した。

 ふむ、あまりに突然であまりに不明瞭。閑静な街の端っこ。道の真ん中で言い合いらしきものをしていた絶望二人組の片っぽが突然爆ぜた。は? 意味わかんねえ。でも事実だった。実際に、マギーは至近距離でモニカの血飛沫を浴びたし、ゆっくり倒れるモニカの体をまじまじ眺めたりもしたのである。

 モニカは死んだ。

 諦めた瞬間死んだ。彼女は今世でも勇者と結ばれることなく、悲しいまま死んだ。


「……あ?」


 マギーの口からは母音一文字だけ飛び出て静止する。だって、わからなかったから。なんで急にモニカが死んだのか、意味がわからなかったから。べたりと頬に被った血の感触が気持ち悪く、それ以上に親友の死体に吐き気がし、思考回路はとっくにキャパオーバー。つまりまともじゃなかった。フラフラと座り込んで、ただ親友が死んだのを受け入れるしか、マギーはできなかった。それは真実も同様で、むしろ真実の方が混乱が大きかったかもしれない。なけなしのマギーの戦士としての矜持が、吐いたり悲鳴をあげたりといった一般人的な行動に制限をかけているだけ。けど結局はそれだけだから、この場でマギーができることは何もない。座り込んで絶望するしかない。だって、マギーは『スナイパーライフル』の存在を知らないから。『スナイパーライフル』がただ平和的に生きている世間一般の皆々様のことが憎くて仕方なくて、フラストレーションの発散に適当に発砲したなぞ、知りもしないから。モニカはストレス発散の生贄になった。マギーはたまたま生き残った。しかしマギーが真相を知ることはない。ずっと、ない。『シルバーコイン』や『トリックスター』との縁が切れた今、マギーに壊滅寸前の少年十字軍内部を知る機会は訪れない。

 しかし別の出会いは訪れる。


「大丈夫です、か?」


 血塗れマギーに話しかけてきた少年がいた。夕日に照らされて、その金髪がキラキラ輝く高校生であろう少年。逆光で顔は見えない。見えなくてもわかる。マギーにはわかる。信者としての勘だった。長年、それこそ来世まで信仰して崇拝して夢を見続けてきた、マギーの直感。

 そして、モニカは極端にタイミングと運が悪かったらしいと、マギーは知れた。

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