22.なんて仲間思い
『トリックスター』は『トリックスター』である。
同じ名前を繰り返した確認にもならぬこの駄文。この文だけ読めばそりゃそうだとしか言えないのだが、そこにトリスタンという男性名を追加すればまた違った文が浮かび上がる。炙り出しみたいに。じわっと。んで、内容はこうだ。
『トリックスター』は『トリックスター』でありトリスタンではない。
そう、トリスタンではない。勇者を勇者にした戦士、トリスタンではない。魔王に殺された可哀想な青年ではない。『トリックスター』はモニカの復讐心もマギーの憤りも少年十字軍の悲願も何も知らないただの現代人である。どこかで絶望したわけでもない、単なる狂言回し。物語を掻き乱し掻き回すためだけの脇役で、彼は『魔法』が使えるわけでも、前世で培われた度胸があるわけでもない。一般人だ。ただの野球少年だ。
じゃあ、トリスタンは?
本当のトリスタンは、どこにいるの?
……
「『トリックスター』はお二人のことをすぐにでも『ジャッジメント』に報告しなければならぬ立場でございました」
『シルバーコイン』は届いたコーヒーを啜りながら、事実を確認していく。
「だからしました。『トリックスター』は『トリックスター』である故に舞台を引っ掻き回すことを最優先といたします。だから、最後の最後までトリスタンとしてお二人に接していた。いや、それもございますが、それよりもお二人を一般人、ゲーム仲間として捉えていたからというのが大きいのでございましょう。少年十字軍の狂言回しではなく、ゲームプレイヤーのトリスタンとして、お二人に接していた。そして、『ジャッジメント』はお二人のことを最後の最後まで無視したまま魔王を殺そうとしていらっしゃいます。まずは目先の魔王を始末し、ゆっくりと勇者を探して殺す。ま、『魔法』も何もかも使えぬ前世の記憶だけ持った子供なんてどうでもいいの極致でございますからなあ。しばらくほっといても問題ないと判断されたのでございましょう。いや、彼の方の本心なぞこの矮小な頭では知ることのできない事象でございますがね」
「ま、って」
マギーは冷静になれずにいた。
いつもいつも、魔王を埋めた時だって一定の冷静さを保ってきたと自負していたマギーは混乱したのである。犯罪行為真っ只中よりも感情がしっちゃかめっちゃかでボロボロだ。だって、考えてみてくれよ。信じてきた仲間は仲間じゃなくてほんとの仲間はこっちですよって言ってきて、しかもサラッと重要そうなワードを会話(一方通行な解説を会話とは呼びたくないが……)に紛れ込ませてくる。は? わからんわからん。待って? 人間の脳みそには容量があって、それをオーバーすると理解できなくなっちゃうから。そちらさんはわかってても、マギーは全くわからない。わかりたくもない。これからの身の振り方を考えねばならぬときに、何を、言っている?
「と、トリスタンは? いや、『トリックスター』は? どこにいるの?」
「さあ? 知りません。そろそろいらっしゃるかもしれませんが、持病の仮病でお休みになられるかもしれませんねえ」
飄々と彼は答える。トリスタン。戦士。こいつが、本物の。
「さ、さっきさ」
マギーは少しづつでもいいから確かめていく。『トリックスター』と彼──『シルバーコイン』の、入れ替わり計画を。
「『トリックスター』はただの一般人で、私たちは単なるゲーム仲間だと思ってたって、言った?」
「ええ」
「じゃあなんで、魔王のこととか、前世のことに詳しいのよ」
話が合わないことがなかった。
そもそもかなり念入りに本物のトリスタンかどうか確かめたのだ。手を変え品を変え。徹底的に。三人しか知らないことを何度も何度も言わせて時系列順に並べてもらい、細かい会話まで再現してもらった。結果、全て正解した。合っていた。だから、トリスタンであると確信し、コンタクトをとって、共に勇者を探そうとした。魔王の死体まで埋めた。仲間だと思っていたから。あの戦いの中で死んだ、戦士だとばかり思っていたから。
「ああ、それ。トリックは単純でございますよ」
ただ単に。
「わたくしが教えただけでございますから」
あ、なるほど。拍子抜けしてしまうほど単純明快な理由。てかそれしかないか。誰かに教えてもらって暗記すれば、トリスタンになれる。そこまでしてトリスタンになりきるメリットがないだけで、やろうと思えばできるのだ。それをやった。トリスタンになりきった。そこに明確な悪意があるかどうかはわからない。しかしトリックだと言い退けたこいつに、少量のいたずら心を感じたのは事実だった。
「『トリックスター』は、少年十字軍に、どこまで話してる?」
「全部」
「……は?」
「ですから、全部。全てです。お二人の存在から何から何まで。少年十字軍に報告していたのでございます。もちろんわたくしも受けとった情報は『ジャッジメント』にお話させていただきました。ああでも、『トリックスター』はごく稀に偽の情報を流してきて、なぜかわたくしの首が落とされそうになったこともありましたねえ。実際落とされたのは『ルサンチマン』と『ライフゲーム』でしたっけ?」
全部。
何から何まで。
頭が真っ白になりそうになる。実際なった。ブラックアウトならぬホワイトアウトだ。脳みそがガンガン揺れている感覚がある。だって、『トリックスター』は内密にマギーたちと関わっていると言っていた。だから裏工作をお願いしたり、偽の情報を意図的に流してもらったり、とにかく少年十字軍内部の撹乱をお願いしていたのだ。魔王を横取りされないように。先んじて魔王を殺せるように。勇者が殺されないように、した。
実際は、どうだ。
『トリックスター』は全て詳らかに『ジャッジメント』に報告していた。目の前の少年、『シルバーコイン』あるいはトリスタンなどの手を借りて、全てを漏らして開示していた。マギーたちの情報は筒抜けだ。じゃあ、これからどうなる? 少年十字軍は勇者パーティの存在を知っていて、だから、どう動く? この世界で平凡な存在になったマギーとモニカを、どうする? いや、言っていた。『ジャッジメント』はマギーとモニカに興味がなくて、魔王を殺してから考えるって。それだって『シルバーコイン』の憶測だけど、とりあえずはそれを基盤に考えるしかない。
「……でも、魔王は死んだ。埋めた」
モニカがようやっと口を開いた。ぐるぐる濁る瞳のまま、『シルバーコイン』と目を合わせようともせず、ただ息を吐くように呟く。
「ウチらがやった。トリスタンが殺してウチがバラしてマギーが埋めた。もう、いない。死んだ、から」
それはそうだ。
『ジャッジメント』でも死人は殺せないだろう。あの少女は今、人の手で掘り返されてニュースを構成する文章になっている。魔王は死んだ。勇者の手を借りずに勇者のパーティが殺した。それは紛れもない事実であり覆ることはない。時計の針は戻らないから、死人は生き返らない。
しかし、『シルバーコイン』はなんとでもないように。
いささか残酷すぎるであろう事実を告げる。
「死んだ? なぜ? なぜ、そう思ったのですか?」
「それは、トリスタン……『トリックスター』が殺して、遺体も見てて、だから」
「死んでなんかいませんよ」
魔王は、しんじゃあいませんよ。
「考えてもごらんなさい。勇者でなきゃ倒せないから魔王なんでございましょう? なぜ、現世でモブもいいとこの『トリックスター』が殺せるのでしょうか。いやいや! 殺せるわけがございません。『トリックスター』本人も見抜けていなかった事実ではございますが、ここで答え合わせをしておきますと」
マギーはそれ以上聞きたくなかった。前提がひっくり返る。これまで信じてきたものが全てガラガラ音を立てて崩れ去って瓦礫の山しか残らなくて、にっちもさっちも行かなくなるのが目に見えてしまって、しかしマギーにできることは何もない。ただ眺めることしかできない。ここで『シルバーコイン』の口を塞いだって何になろうか。何にもならない。ない。マギーが頑張って進めてきた勇者探しの物語はここで無様に幕を引く羽目になる。だから、マギーは口を挟めない。止めることもできない。モニカはどう思っているのだろう? この状況を、足元から常識が崩れていくようなこの時間を、どう受け止めているのだろうか。
『シルバーコイン』は、トリスタンは。
勇者のことを結局はどう思っていたのだろう。
「『トリックスター』が殺した魔王は偽物です」
偽物。
贋作。本物じゃあ、ない。魔法を使えば肉体の複製ぐらい、魔王ならできるだろう。そこらの魔法使いにはできなくとも、魔王なら。あのメチャクチャに常識を踏み荒らしていく魔王なら、できる。
つまり、マギーたちはただ、偽物の魔王を殺して右往左往していただけ?
「魔王もいい趣味をしていらっしゃる……。単純に勇者が見つかってしまうことを恐れて、でしょうか? とにかくパーティの足止めをしたかったのではないかと邪推してみたりもしておりますが、真相は目下不明でございます。単純に愉快犯という可能性もなきにしもあらずですからなあ。そもそも、魔王の考えることなど分かりたくもございませんが」
「……推測ばっかじゃん」
「そりゃあそうでございましょ。誰が『ジャッジメント』や魔王のお考えが心の底から理解できるのです?」
「はは」
モニカはうっすら笑って沈黙した。しないでほしい。マギーはおいてけぼりだ。魔王を殺して、埋めて、でもそれは偽物。じゃあこれからどうすればいい? 殺した張本人である『トリックスター』もこねえし。じゃあ『シルバーコイン』、もといトリスタンに泣きつけばいいのだろうか。どうか少年十字軍のお力で私たちをお救いくださいって? 死んでもごめん。いや、死にたくないけど。それでも、少年十字軍を頼るなんて、協力するなんて、よほどの馬鹿か阿保しかしないだろう。赤ん坊でも頼るぐらいなら自死を選ぶ。そんな化け物の集まりだ。じゃあ、これから、マギーたちはどうする? どうしたらいい?
「そう言えば」
モニカは一見すると落ち着いた調子で、しかしマギーにはただ単に絶望しているだけだとわかる顔で、聞いた。
「死体を掘り起こしたのは誰だったの?」
「ああ、わたくしでございます。裏切りたくなったもので」
……
ちなんどくが、『ジャッジメント』は全員殺すつもりである。
少年十字軍の長であり、主人公の落ちこぼれ。彼女は魔王と勇者、どちらも殺すことを諦めちゃあいない。『ドクターストップ』の前では勇者は殺せないとか言ったが、ありゃ『ジャッジメント』には殺せないってだけで、他の者なら殺せるかもしれなかった。可能性があった。勇者が無様に負けて死ぬ可能性を孕んでいる未来があった。それは『ナイトメア』、あるいはメロイドの『魔法』で確認済みだ。勇者が死ぬビジョン。それをあの万年寝不足毒舌野郎は見た。何度も何度も確認させたから間違いない。とりあえず、小数点以下の可能性に一応賭けて、『ジャッジメント』は『トリックスター』と『シルバーコイン』の茶番を見逃してやった。ついでに僧侶や魔法使いも殺せれば万々歳。勇者を殺す前に仲間を殺すのはちいとリスクが高いかもしれんが、まあ、許容範囲だろう。どうせ『ジャッジメント』単体では勝てないし、ならばちょっとしたギャンブルをするのも悪かない。これが外れても本筋は変わらず、まあ、大丈夫だろう。殺せりゃいい。『ジャッジメント』はそのためなら死ねる。
だから、彼女は自分の部下にもそれを強要する。
「『ドクターストップ』」
午後三時。人が少なくなった校舎の保健室。染み付いて取れなくなった血の匂いがするこの場所に、彼はいた。相変わらずボールペンをカチカチ鳴らしている、やさぐれた青年。真っ白いカルテを前にしてイラつくことしかできない医者モドキ。
「……なんだよ」
酒焼けした声で返事をされる。また飲んだのだろうか。いや、停滞しているからガラガラなだけか。ありとあらゆるものが変化しない『ジャッジメント』の箱庭で、彼はもう何十年も過ごしている。死人を見送り助けられなかった死体を前に後悔し、死んでいるかのように生きる生徒をずっと、観察してきた。
「『ワーカーホリック』が死んだよ」
「……」
「昨日の夜ね。『トリックスター』は行方不明だね。とりあえずある程度引っ掻き回せたから満足しちゃったのかな。退場しちゃったみたい。どこにいるかもわかんないや」
「『シルバーコイン』は。『スナイパーライフル』は」
「まだわかんないけど、どっちもこれから死ぬ」
そうか、とだけ呟いて、『ドクターストップ』はまたボールペンを鳴らした。彼の癖だ。ちょっとでもストレスを感じると手当たり次第に子供っぽい愚行を繰り返す。それは消しゴムをちぎったりストローを噛んだりファイルに爪の跡をつけたり紙をぐしゃぐしゃにしまったりといった、消極的な破壊である。悪癖。しかし本人に治す気はないらしい。まあ、他人が不快にならなければいいから『ジャッジメント』は気にしていない。少なくともフラストレーションで人を殺すよりはいいと思う。うんうん、人が嫌がることはしちゃいけないよね。
「これから」
『ドクターストップ』はカルテに何かを書くこともせずに、もちろん『ジャッジメント』を見ようともせずに聞いてくる。
「これから、どうするつもりだ」
「みんな殺すよ」
「『ナイトメア』や『フレンドリーマッチ』も?」
「うん」
「……オレもか」
「そうだね。殺すよ」
というか、『ジャッジメント』は『ドクターストップ』を殺しにきたのだけど。
気づいていなかったのか?
ダントツで付き合いの長い彼。古株だ。ほとんど以心伝心だと思っていたから、ほんの少しだけ意外だった。まあ、苦楽を共にした仲間に殺されるとは彼も思っていなかっただろうから、気づかないのも無理はない。あのお茶会で皆殺しと告げたはずだが、自分だけは特別だとでも思っていたのだろうか。それか『ジャッジメント』の糧になってもなんの意味もないと思っていたのか。彼の『魔法』は実戦向きではないから、殺されてもなんの意味もないから、殺されないと思っていた。そう信じ込んで楽観していた。うん、これがしっくりくるな。『ジャッジメント』の胸の内が読めるのはただ単純に彼が『ジャッジメント』のことを嫌っているからで、別に相思相愛ってわけじゃあない。嫌いだからこそ知っている。知り尽くしている。だからこその勘違い。自分が『ジャッジメント』の糧にすらなれない、医者の落ちこぼれだと知っていたから。
殺される価値もないと、そう思っていたから。
「『フレンドリーマッチ』は殺したよ。あ、そうだ。『ナイトメア』は起きてる? 寝てる? どちらにせよ殺すけど、最後に予知夢の内容だけ教えてほしいな。『ドクターストップ』は何かある? 言ってなかったこと。言わなきゃいけないこと」
「アー……そうだな」
何かあるかなと彼は呟いて、そのまま考え込む。ボールペンを鳴らす。とりあえず『ジャッジメント』は待ってあげた。死人にする前にその口を有効活用してほしかった。あるうちに使ったほうがお得だろう。
「オレを殺す意味は」
「あるよ。どんなものだってないよりはあるほうがいいでしょ」
「理由が消極的だな。オレはそんなちっぽけな理由で殺されんのか」
「そうだね。『ドクターストップ』は誰かの役には立たずに死ぬよ。『ジャッジメント』の糧になったって使われないと思うし」
でもほしいから殺すが。
「笑えねえ」
「笑うとか、そういう話じゃないからねえ。お仕事のお話だもの」
「死ぬのも仕事の内ってか。どこぞの仕事中毒者と変わんねえ思考だな。いや、もうそうなのか。あいつ死んだから」
「うん、肯定するよ。見せてあげようか?」
「いや、いい。死ぬ間際まで趣味の悪い情景はごめんだ。クソ野郎」
「ひどいなあ」
『ドクターストップ』は天を仰ぐ。ぎしっと椅子の背もたれが軋んだ。『ナイトメア』は起きてこない。
「じゃあ、遺言だ」
「うん、何?」
「ついさっき──テメエが来る前、『ナイトメア』が起きて夢の内容を語った」
「なんだった?」
「テメエは失敗する」
失敗。
つまり、魔王も勇者も殺せないってこと。
「完膚なきまでにボッコボコだ。パーフェクトKO。テメエは何も果たせず何も達せず何も成せずに死ぬ。無様にな。誰にも同情されずに土に還るんだ。はは。まあ、つまりは」
『ドクターストップ』は。
今まで、見せてくれなかった、最高の笑顔を浮かべて言った。
「テメエのやったことは全部無駄になるってことだな」
無駄になる。
全部、やってきたことが、ダメになる。腐っていく。『ジャッジメント』は主人公になれなかった失敗作だから何もできなくて。世界を変えるなんて救うなんて壊すなんて、やはり到底成し得なくて、だから、そう、『ジャッジメント』は。
「言いたいことはそれだけ?」
「ン、それだけ」
「じゃあ死んで、『ドクターストップ』」
『ジャッジメント』は木槌を振り上げて。
「だから、そのコードネーム嫌いだって言ってんだろ、クソガキ」
『ドクターストップ』は舌を出した。
……
時は巻き戻り昨夜。つまりお茶会で『ジャッジメント』が皆殺し宣言をしたり、『シルバーコイン』が『サンドバッグ』にぶっ飛ばされつつヴォイドを囮にして逃げ出して、『トリックスター』に教えてもらった山に向かっていた時ぐらいのこと。
うーん、どうしようか。
勢いと怒りに任せて同居人二人に『ワーカーホリック』と『スナイパーライフル』を殺せと命じたは良いものの、それから先を全く、ちっとも、かけらも考えていなかったことが最大の問題であるとヴォイドは感じていた。割られた窓を修復し死体をどうにかこうにかして、それから、飲み会から帰ってきたミセルにギャアギャア喚いて泣きついて駄々っ子のように暴れたヴォイドは、アンティークと共に出ていったミセルを見送りつつこれからどうするべきか考える。直したちゃぶ台の横にどっかりと腰を下ろし、うなる。
想定外だ。
『ジャッジメント』とかいうやつは短気なのだろうか。仕掛けてくるのが早い。というか、やり方がよくわからない。いちいち細々仕掛けてくるのはなんなんだろう。意味がわからん意図がわからん。ヴォイドだったら持っている戦力で一気に叩く。数は大事だ。ネズミ千匹バーサス人間一人(丸腰)だったらネズミが勝ちそうじゃん? そんな感じ。とにかく増やして囲んで叩くのはどんな状況でもそれなりに有効なのである。レガリアとかいう例外は放り捨てておいてくれ。考えるな。あいつは例外だ。
うん、まあ、だから。ヴォイドには『ジャッジメント』の意図がまーったくわかってねえのであった。目的はわかる。自分と勇者を殺すこと。じゃあなんで仲間を無駄死にさせているんだろう? そこがわかんねえのである。現に『サンドバッグ』は『シルバーコイン』を殺そうとしたし、その『サンドバッグ』は『スナイパーライフル』に殺された。仲間割れである。わざと殺しているような気がする。意図的に死地に送り数を減らしているような、そんな気色悪い感覚が抜けてくれない。仲間殺しなんてヴォイドでもしねえ。せっかく捕まえた伝説ポケモンを野に返すみたいな愚行である。端的に言って仕舞えば勿体無い。とても勿体無い。フードロスぐらい勿体無い。とにかく、無駄にしているような気がしてならない。せっかくの資源を使い潰してぐちゃぐちゃにして、早々に捨てている。なんでだろうか。『ジャッジメント』は何を考えているのだろうか。
「わっかんねー……」
わかんねえのである。
どれだけ知恵を絞ったって会ったこともないイカレの考えは、ヴォイドにはわからない。どれだけ唸ったってわかんねえモンはわかんねえままだ。だから、諦める。それが一番正しい。それより『スナイパーライフル』と『ワーカーホリック』がちゃんと死んでくれたか、そこを気にするべきだと思う。あ、そういやあ『シルバーコイン』はどこいった? 逃げた? あっそう。どうでもいいね。逃げちゃったものは仕方ないのでヴォイドはさっぱり諦める。『サンドバッグ』とあの軍人二人に気を取られている間に消えた『シルバーコイン』のことを、ヴォイドは記憶から抹消した。持っていても仕方ないと思ったからである。脳みそのストレージを開けておくのはいざという時に役立つ。重いソシャゲをダウンロードする時とか、めっちゃ役立つ。使わないアプリは早々に消しておくが吉だ。うん? なんの話? そうそう、考えるのをやめた話。だから、ヴォイドは畳の上に寝っ転がった。
これからどうするべきだろう。
お相手の戦力はそれなりに削れたと見て良いのだろうか。ミセルは一人、少年十字軍の誰かさんに会ってついでに返り討ちにしたみたいだけど、レガリアはどうなんだろう。狙われたかな。一回話しておきたいが、やれるかな。時間があるかどうかわからんが、とりあえず聞いておきたいことはある。あとで鬼電してやろう。それから……勇者パーティのことも考えなきゃか。そっちはミセルとアンティークに潰して貰えば良いだろう。不確定要素と勇者に関係するあいつらは消しておいたほうがいいと古事記にも書いてある。少なくともヴォイドの脳みそにはそう刻まれていた。だから殺す。短い付き合いだったけど今生の別れだ。また来世だ。ご冥福を祈っとく。勇者パーティはそれでいい。余計な縁はいらねえ。だから、あと、考えるべきは。
「いつ殺してやろうか」
『ジャッジメント』に喧嘩をふっかける日付について。
「ぶっちゃけもうそろそろだよなあ……ドラマ見終わったし。やりたいことはそれなりにやれたような気がするし……」
この世界でやりたいことなんて湯水のように思いつくが、一旦そこは脳内から放り出した。気にしちゃ負けだ。そもそも、『ジャッジメント』なんていうイレギュラーが出てきた時点でこの世界を満喫することなんて出来やしないとわかっていたはずである。ここぞというタイミングで邪魔してきた彼ら彼女ら。だから、まあ、諦める。人生諦めが肝心。三十六計逃げるに如かず。ちょいと違うがそんな感じ。引き際と往生際は大事にしましょうねってこと。だから、ヴォイドはやりたいことなんてかなぐり捨てて『ジャッジメント』とかいうやつを派手に殺してやるのである。暇つぶしぐらいにはなってくれよう。なってくれなかったら殴るだけだ。そちらからちょっかい出しておいて暇つぶしにもならなかったらそいつに価値はない。ヴォイドに喧嘩をふっかけておいて、そんな、すぐ終わっちゃうなんて許されないだろう。
「そのあとは」
『ジャッジメント』を殺した後。
当然ヴォイドは生き残るので、未来がある。勝者にはいつだって未来しかない。それしかないから困るのだ。よーし、最後にド派手な花火打ち上げようじゃないか! と決意して挑んで勝って、じゃあそれからは? 物語は勇者が魔王に勝ったところで終わるかもしれないけど、現実はそうはいかない。いつもヴォイドは困っていた。主に死体処理とか人間どもへの説明とかに困っていた。こちらとしては挑まれたから応じただけであり、そんな、敵討とか言われても困るのだ。ヴォイドが一度でも自分から挑んだことがあったか? あるか……。最後の方は無様に負けにきた勇者モドキを殺すのに忙しかったからしてなかったけど、欲しいと感じたら即行動していたヴォイドはたくさんの人間を傲慢に殺してきた。おお、納得。自分も日々成長しているらしい。前の自分だったらなんでこいつらは家族の仇とか言ってわざわざ死ににくるのだろうとか考えていたが、そういうことか。気づいてえらい! ヴォイドは褒めて伸びるタイプだし、褒めて伸ばすタイプである。
んで、その後であるが。
これが全く思いつかないのだ。やりたいこと。『ジャッジメント』がいなくなったなら自由に生きてやればいいのだけど、ヴォイドにはなんとなく、悪役としての勘でその後の流れがわかっていた。うーん、問題はエンディングまでの時間の潰し方だな。束の間の自由をどう謳歌してやろうか。思いつかん。やりたいことって何かあったっけ? 最初の方、何か思ったような気がするが、思いついていた気がするが、思い出せない。何をやろうとしていたのだっけ。レガリアに出会う前。ボロボロな自分がやろうとしていたこと。全国スイーツ巡り? 絶対違うな。違うが、それもいいなと思う自分がいるので、とりあえず『ジャッジメント』を殺したらスイーツ巡りの旅に出ることが決定した。馬鹿でかい綿菓子とか食べてみたいからちょうどいいだろう。
「これで決定……明日の夜やればちょうどいいか」
なんとも軽い、そりゃもう一円玉ぐらい軽いヴォイドの考えにより、『ジャッジメント』の命日が決まった。




