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21.裏切り者?

 マギーはニュースを見た。

 学校に行く前のあの時間。寝ぼけ眼でソシャゲのログボ受け取りながら朝ごはんを胃に詰め込む時間である。BGM程度の役割しか果たせない朝のニュース番組をなんとなしに眺めていたマギーは目が覚めた。もうこれ以上ないぐらいパッチリ。おはよう世界。グットモーニング。

 いや、グットではないな。


「バレたか」


 食パンにいちごジャムを塗りながら、マギーは呟いた。近年の世の中はすごぶる物騒らしく、殺人とか詐欺とか強盗とかの話題がひっきりなしに流れて消えていって、その中の一つに見覚えしかないニュースがあったのだ。

 死体遺棄。

 山中に捨てられた、少女の撲殺死体。

 昨日の朝、見つかった。登山客が見つけた。あれ、そんなにうまく埋まってなかったっけ? 雨でも降って土が流されちゃったのかな。それか野生動物が掘り返したか。どっちでもいいが、見つかったのは事実だった。現代の警察って優秀。見つかった。見つかってしまった。たったの一週間で。足が付くのはいつ頃だ。遠く離れた場所に住むマギーたちの、一夜限りの冒険がバレるにはどれくらいかかる。平均とか、調べればわかるだろうか。いや、当てにしない方がいい。今は、何をすべきだろうか。どうしたらいいんだろうか。食パンを二つ折りにして簡易的サンドイッチにしたあと口に詰め込んでなんとか嚥下した。腹の底に溜まる。内臓が動いているのがわかる。舌に残った人工甘味料がいやに癪に触った。無理やり飲み込んだからか喉が焼けるように熱い。痛い。

 とりあえずマギーは全力で体調が悪いふりをして休みをもぎ取った。病院にいった方がいいという出社前の母に寝てれば治るからと嘘を言って自室に戻った。ベッドに潜る。布団を被る。スマホを手に取る。


『マギー:バレた』


 グループチャットで端的に報告した。


『モニカ:まじで』


 はてなマークもびっくりマークもないモニカの単調な返事に、意外と精神が参っているのかもなとマギーは浅い考察をする。いつもなら、ガハハ! ウケるんだけど! じゃんけんで負けたやつ出頭な! みたいなことを平気で言いそうな感じがしたから。それかウチが被るから勇者探しは頼んだとか、感動的な仲間の絆をこれでもかと発揮して泣かせてくる。そう、そんな感じ。あれ? もしかしてマギーはモニカのことをあまり知らない? ……まあ、そういうこともあるか。うん、ないとは言い切れない。どれだけ仲が良くても以心伝心ってことは少ないんじゃないかな。人は変わる。成長する。怪物じゃないから。一度死んで生まれ変わっているのなら尚更で、勇者に焦がれた僧侶様もギャルになったし、兄貴のような戦士だって狂言回しになっちまった。変わった。マギーも変わっていると思う。例外なく、人は変わる。


『モニカ:なんで』


『マギー:知らないよ。とりあえずどうしようね?』


『モニカ:意味わからん』


 混乱しているのだろうか。死体埋めてた時は平気そうだったのに、バレたとなると違うのだろうか。それか空元気だったのか。わからないが、今のモニカは役立ちそうにもない。じゃあ、殺した張本人は?


『マギー:トリスタンは?』


『モニカ:わかんないわかんないわかんない』


『マギー:三回も言わなくていいから』


 これ、電話した方が早いかなと思いつつ、マギーは一応病人であるため止めておいた。母が出社したらしてもいいけど、それまでは我慢。寝たふりだ。モゾモゾ指を動かして操作しておく。


『マギー:どうせこのチャット見てるでしょ。既読ついてるから』


『モニカ:そそうね』


『マギー:いっそ直接あったほうが早いかな。みんな休める?』


『モニカ:休んだ』


『マギー:グッジョブ。いつもの喫茶店で。あそこの店主耳悪いから大丈夫でしょ』


 トリスタンが会話に参加しない理由はわからない。あの狂言回しも多少の罪悪感と焦燥感に駆られているのだろうか。そんなはずはないが、『トリックスター』ではなくトリスタンならあり得ると思った。あの兄貴肌な戦士は誰かを巻き込むことをひどく嫌う。というか怖がる。だからきっと罪悪感からこのチャットに参加していないのだろう。ま、現地で会って色々話し合えばいい。こんな味気ないSNS上のやり取りよりもスムーズに進むはずだ。

 マギーは意外と落ち着いていた。

 冷静に俯瞰している。この状況を、下手すりゃ人生が終わってしまうほどの環境を、怖がることなくただ冷徹なまでに客観視していた。はてさてこれからどうしよう? 時間の指定と話し合いの内容は終わったから、あとは母親が出社するまでの待機時間なんだけど、何を考えるべきだろうか。苦しくない自殺方法または警察から単なる学生が逃げ切る方法? どっちもいやだな。一番いいのが適当な誰かさんが冤罪で捕まってくれることだけど、そんな殊勝な心がけをしたやつはこの世にいないだろう。だから、そう。誰が生贄になるか。それを考えた方がいいかもしれない。三人よりは一人。勇者探しという観点において人手は重要だが、それでも全員捕まって中断されるよりはマシだ。トリスタン、マギー、モニカ。この三人のうち、誰かが自首すれば丸く収まる。ああでも、自首しても協力者がいるとバレたら結局芋蔓式か? それはやだな。捕まりたくはないもの。今のうちに連絡先とか消去しといた方がいいのかな。でもなあ。まだ時期尚早かも。魔王の依代の身元なんて失踪していても誰も気づかないような可哀想な身の上であろうから、特定までには時間がかかるんじゃないだろうか。わからんけど。これでもし失踪届やらなんやらが出されていて、この子は失踪していたなんたらちゃんだ! なんてなったら目も当てられんが、うーん、そこまで考えるのは心配性か? そもそも、あいつは魔王として生活していたのか、その依代の少女として生活していたのかもかなり不明瞭である。会った時は魔王っぽかったけど、どうだろう? 学校には行っていたのだろうか。そこらへんはトリスタン、もとい『トリックスター』に話を聞けばわかるかな。少年十字軍。魔王のことは生活習慣に至るまで全て調べているはずだ。だから、結局聞けなかった同居人のこととか、そもそもどこに住んでいたのかとか、暮らしぶりとか。そういったこれまでに積もり積もったはてなを解決して、最終的な身の振り方を決めていこう。そうしよう。判断するには材料が足りない。死体遺棄がバレた。しかしまだマギーたちがやったとはバレていない。なら、大丈夫。時間はある。逃げる時間も、一人が全て被る時間も、どんな選択肢だって取れるはず、だ。

 そのはずだ。

 焦るな。まだ大丈夫だ。タイムリミットは十分なまでにある。母はまだ出かけていないらしい。早くしてほしい。この瞬間にも、警察がマギーたちを追っているかもしれない。ンなわけないだろ! 冗談はよしてくれ。大丈夫だって、お前が言ったんじゃないか! 呼吸を整えて、目を閉じる。どうなっているだろうか。終わりたくない。まだ勇者に出会えていない。過去の悲願だ。マギーの悲願だ。真実は願っていなくとも、マギーは願っている。だから叶えたくなる。幼い頃の自分のような、その存在が泣き喚き懇願し駄々をこねて真実に願うものだから、真実は叶えてあげたくなるのだ。最後のお願いだと言われた。だから叶えてあげようと決心した。これで前世とかいう過去の因縁を断ち切って、真実としての人生を歩んでいきたいから。マギー。あんたのことは嫌いじゃあない。勇者を思う気持ちは重たいけれど素敵なものだと思う。でも、これ以上真実の人生を消費しないでほしい。入ってこないでほしい。魔王とか少年十字軍とか、そういった血生臭い世界を知る羽目になったのはマギーのせいだ。真実はただの学生でいたかった。なんでこんなことになっているんだろう。わからない。意味がわからない。なんで真実は見知らぬ少女を殺したイカレに付き合って死体を埋めて、今日学校をサボって怯えているのだろう。どれもこれもマギーのせいだ。勇者に一途な魔法使い。戦いの中で死んだあの子。無念だったのは察するが、それを真実の人生にまで持ち込まないでほしいのだ。なんで、真実がやらなきゃなんだろう。いっそモニカのように、喪音のように、同化してしまえば良かったのかな。優しい僧侶様は現代を謳歌する可愛らしい女子高生になった。その子の人生も終わろうとしている。いや、終われないんだけど。人は簡単には死ねないから。生き残ってしまうから。たとえ全身を串刺しにされたって、勇者に思いの丈をぶつける程度のことはできるんだから。ああ、そう、何が言いたいかと言うと、人は簡単に死ねないから苦しいんだ。スペランカーみたいに段差で死ぬことができたら、この世の苦しみは半分以上減るだろう。だってそこで終わるから。何も知らずに終われるから。

 終わりたいのだろうか。

 真実はこの非日常に気が狂いそうだ。

 冷静で冷徹なマギーはこれからすべきこと、主に勇者探しの持続方法を、一生懸命考えている。真実の脳みそを使って、うんうん言いながら。やめてほしい。介入しないでほしい。まだ母はいるだろうか。いっそ、全部全部洗いざらいぶちまけてしまいたい! 破滅願望が鎌首をもたげる。マギーがやめろと叫んで、起きあがろうとした体は硬直する。証拠はこのスマホの中に。全部、写真を撮った。埋めたという証拠を残しておいた。どちらの意思だったんだろうか。わかんねえ。しかしあるのは事実。優しい母は、娘が死体を埋めたという事実をどう捉えるんだろう。怒られてしまうだろうか。嫌われてしまうだろうか。マギーがうるさい。真実はただ罪悪感に胸が圧迫されて吐きそうになっている。どちらも限界である。

 ただ。

 喫茶店にだけは行きたいと思う。

 友達に会いたいと思う。



 ……



 と言うわけで、モニカと喪音は混乱して困惑していた。

 当たり前だろう。誰がどう考えたって埋めてた死体が見つかったら大なり小なり焦る。めっちゃ焦る。悪いことしかない未来に怯えて刻一刻と過去になる現在を怖がるのだ。え、なんでバレた? なんでマギーはこんなに冷静なんだ? モニカは電車に乗り込んだところでマギーからの連絡を受け取り、ほとんど無意識に学校へ連絡を入れた。電車の中で気分が悪くなってしまったので休みますまる。手際の良さに自分でもびっくりだ。びっくり。死体が見つかったことにもびっくり。なんで? 普通に疑問だ。三人がかりで結構深くに埋めたし、あそこには掘り返せるような野生動物もいないはず。登山コースだし。そんな、地中に埋まった腐乱死体が掘り返されるなんて、ありえない。ここ最近あそこらへんでも雨は降っていないはずだ。だから洗い流されたって説もないと思う。じゃあなんで? そこが知りたい。なんでバレた? どうしようどうしよう! 途中下車して反対方向の電車に乗ったモニカは、一連の乗り換え作業が終わるとまた混乱し始める。どうしたらいい? わからない。殺したのは喪音じゃないし、埋めようと言ったのも喪音じゃない。ただ、友達が、そう言ったから。いや、そんな言い訳がしたいわけじゃない。だって、協力したのは喪音の意思だ。単純に友達を手伝いたいと思った。モニカが心の底から恨んでいる魔王の最期をめちゃくちゃにしたかった。そうだ。それだけだ。明確な恨み辛みと単なる同情心。それと興味本位もあったかも。とりあえず、一時の気の迷いで、モニカと喪音はここまで追い詰められている。

 トリスタンは。

 この状況を、どう思っているのだろう?

 魔王を殺した張本人は、どう思っているのだろう。

 会話に参加してこなかった彼の考えを、喪音は知らない。モニカも知らない。喪音にとって彼は野球少年で、モニカにとっては単なるパーティメンバーだ。それ以上の関係ではない。モニカはただ、勇者の役に立ちたくて、神がお与えになった自分の使命とやらを果たしたくて、魔王を殺そうとした。それだけだった。それだけだったのに、なんでこんなことになっているんだろう? モニカはただ気分が悪かった。胃の中身がぐるぐる回っていて、横隔膜が痙攣していて、吐きそうだった。わけもなく体が熱くなる。頭はパニック状態で何も考えることができない。ただ、勇者に出会いたい。彼なら、こののっぴきならぬ状況を変えてくれるはずだと愚直に信じ込んでいるモニカの思考。いっそ愚かしい思考停止。見知らぬ青年(今世は女の子かもしれんが)に勝手に期待して救ってくれと強要する。きもいなあ! 信仰心がお熱いのはいいことだが、全部全部丸投げってどうなのよ? あんただって一人の人間だろう。ちったあ考えろ。その成長途中であろう千二百グラムのタンパク質はお飾りか?

 と、モニカに文句を垂れていても仕方ない。

 どうであれ、死体が見つかってしまったことは事実だ。父はなんて言うだろう。ただえさえ母が亡くなってから不安定な父は、どうなるだろう。これで喪音が捕まりでもしたら父は死んでしまうんじゃないか。現実を受け入れられなくて、死ぬ。いやだ。家に帰ったら父の死体とご対面だなんて、そんな未来はモニカも喪音も望まない。亡くなった母だって天国で咽び泣くだろう。いやだ。これ以上不幸になりたくない。ようやく前を向けたのに。マギーと出会えてトリスタンと出会えて、目標ができた喪音はちゃんと前を向いて未来を考えようと思えた。魔王。全部あいつが悪い。悪いが、その肉体の元持ち主は悪くない。だから自殺しようとしたら乗っ取られて勝手に殺されて埋められたあの少女は、何にも悪くない。でも、モニカたちだって悪くないはずだ。魔王という脅威に立ち向かった英雄的行動と言える。だって、あいつはたくさん殺した。タワマン一つ破壊して街一つを氷漬けにした。少年十字軍だって魔王が現れなければ大人しく絶望し続けていただろう。いや、魔王自体がいないのならこの世界で主人公になっていたはずだ。なり損ない。本来ならばスポットライトを浴びて観客の視線を一身に集めていただろう存在。彼らはそれぞれの幸福であろう物語を演じ切って綺麗に死ねたはずだ。その、はずだ。魔王を殺せば彼らは主役になれたのだろうか。わからない。現状は何も変化していない。ニュース番組だってそうだ。よくある普遍的で重大な死体遺棄という事件を淡々と放送しただけ。そこに悪意なんてない。日常の動線に従ってただ仕事をしたに過ぎない。あの番組を見て死体遺棄に関心を寄せた人はどれくらいいるのだろう。自分ごととして考えた人はいるんだろうか。取るに足らないちっぽけなニュース。事件。ただ少女が死んだだけの、事件。

 モニカはどうすればいい?

 ここで終わりたくない。それはいやだ。魔王を殺しただけ。それだけなのに、なんでみんなに非難されなきゃいけないんだろう? 現代では魔王とか勇者とかの概念がないから。そりゃそうだが、納得がいかない。ああいやだいやだいやだ! 苦しい。こんなのは言い訳にすらなりはしない。どうであれモニカたちはある少女を殺し遺体を山に埋めた。それが事実だ。喪音だってそう思うもの。だから、これは、ああ!

 とりあえず電車が喫茶店の最寄り駅に着いたので降りた。まだ待ち合わせの時刻には程遠かったけど、何か先に注文して食べて、落ち着いておこうと思った。

 家に帰りたくなかった。



 ……



「早いね」


「そうかな」


 喫茶店のテーブル席にはモニカしかいなかった。とりあえず隣に座る。対面に座ろうと考えたりもしたが、それだと後からきたトリスタンがモニカあるいはマギーの隣に座ることになりなんとなく気まずくなりそうだったからである。いつもいつも対面に座り飯を奢ってくれる兄貴分はどちらかというと二人分の座席を悠々と使いたい人間だ。あといつもの位置じゃないと落ち着かないってのもあるかな。まとめて仕舞えばなんとなく、という薄らぼんやりとした不定形な理由である。

 ただえさえいつも通りじゃないから。

 せめて座る位置ぐらいはいいでしょう。


「なんか頼む?」


「いや、いい。食欲ない」


 心なしかやつれたモニカが投げやりなふうに答えた。とりあえずコーヒーを二杯頼む。飲食店で何も注文せず居座るのは決まりがわるいじゃあないか。


「どうするつもり」


 モニカが端的に聞いた。


「どうするも何もないよ。とりあえず、今の選択肢は二つかな。いち、一人が自首して全部被る。いち、みんなで逃げる」


「どっちも無理じゃね」


「無理だろうが勇者探しを継続したいならやるしかないね。一応少年法で守られる年齢ではあるけれど、数年間は自由に行動できないし、それに将来がめちゃくちゃになる。もうなってるけど」


「手遅れ?」


「そう」


「……」


 黙り込んだモニカに釣られて、マギーも口を閉じた。カチコチ、音が鳴っている。取り付けられた振り子時計の音だろうか。


「あのさ」


「何よ」


 モニカは虚空を見つめたまま。


「なんでバレたんだろうね」


「そりゃ、野犬か何かに掘り返されたか、雨で土が流されたか。どっちも掘る深さが足りなかったから起きたって感じかな。もっと頑張ればよかったね」


「違う」


 はっきりと否定される。こちらを見ようともせず、モニカはただひたすらに自身の考えを吐露する。


「掘る深さは十分すぎるぐらい十分だったんだよ。トリスタンとマギーとウチが頑張って、身長の倍ぐらい掘ったじゃん。だから掘り返されるとかはなし。てかそもそも動物がいない。雨もだめだね。ここ最近小糠雨すら降ってないよ。だから、誰かが意図的にかなりの深さまで掘り進めないと、発見されないはずだったの」


「……」


「誰がやったの」


「だれ、って」


「死体を埋めたことを知っているのはトリスタン、マギー、ウチだよ。ねえ、誰がやったの。誰が掘り返したの。誰が」


 誰が。

 裏切ったの。


「う、裏切るって」


 そうか。

 そういう説もあるのか。三人のうち誰かが掘り返して警察に通報した。または見やすい位置に移動させた。それがしっくりくる。動物に掘り返されたとか雨で流されたとか、いやにリアリティのない説ばかりだったけど、そう。納得してしまった。マギーは納得してしまったのだ。辻褄が合う。人の口に戸は建てられない。秘密は人数が増えれば増えるほど守られなくなっていく。三人。誰が。この中に、裏切り者が。


「そうだよ。おかしいんだよ。ねえ、マギー。裏切ってないよね。信用していいんだよね。だってマギーには輝かしい未来があるじゃない。目指してる大学があるんだって、言ってたじゃない。だから、そんな、自分を貶めるような、こと、しないよね?」


 モニカがギョロリとマギーを睨む。してない。そんなことはしない。マギーは破滅主義者じゃないし、社会的な死を切望する自殺志願者でもない。だから、しない。というか、モニカにだってわかっているはずだ。隠しているけれど、この三人の中でも誰よりも勇者に会いたがっているのがマギーなんだって。だから、そんなことしないって、そう言えばいいのに。

 口は動いてくれない。

 無意味に呼吸ばかり繰り返される。


「お願い、否定して。ウチだってマギーが犯人だって思ってるわけじゃないよ。ただ、怖いの。だって、ようやく希望が見えた。勇者に会えるかもって、そう思えたの。魔王が見つかったから、これからはいい方向にばかり進んでいくんだって。お父さんがああだから、ウチがしっかりしなきゃなの。だから、頑張らなきゃ。そういう時期なんだ。邪魔しないで。お願いだから、これ以上自体を悪化させないで」


「し、してな、い!」


 ようやっと、意味のある言葉が飛び出た。モニカはちょっとだけ止まって、変わらない口調で。


「そっか」


 と、単調にも程がある返事をしてきて、またぼんやりし始めた。うーん、だいぶ参ってるな。この状態でちょっと代わりに出頭してきてくれやとは言いづらい。というか、言えない。モニカの家庭環境はよく知らんが、まあ、結構やばいのだろう。知らんとこまで気遣えるような聖人君子ではないマギーは終わってんならとことんまで終わらせて仕舞えばいいんじゃね? とちょっぴり思ったが、すぐ消した。あぶねえ。少なくとも前世の戦友、今世の親友に投げかけていい言葉じゃないのは確か。とりあえず、そういった思考に陥ってマギーに詰め寄ってくるぐらいにモニカはこのピンチに疲弊しているということだ。だから、掘り返して通報した裏切り者はモニカではない。てかそうだったら適当にマギーに同意していただろうし。

 んで、皆様ご存知のようにマギーだってやってない。

 じゃあ、あと一人だな。


「お久しゅうございますなあ」


 ……?

 カランコロンと扉が開いて、奇妙珍妙な声がした。猫撫で声。少年の、声。しかし聞き慣れない声。平日の朝である。喫茶店内に客はマギーとモニカ以外いない。きっとこれから来ることもない。来るとしたらトリスタン、あるいは『トリックスター』だろう。

 だから、おかしい。

 マギーは入口を見る。たった今開いて客を招き入れた扉の前に立つ、学ラン姿の少年を見る。

 狐のような少年だった。


「今世でもお会いできて光栄でございます、マギー、モニカ」


 クツクツと、少年は笑って、そのままマギーとモニカの対面に座った。誰だ? こいつ。知らない。なぜマギーとモニカを知っている? なぜ真実と喪音と呼ばなかった? なぜ『トリックスター』の代わりに、こいつがここに座っている?

 誰だ、こいつ。


「……トリスタンは」


 カラカラに乾いた声でマギーは聞いた。モニカはもう役に立たないだろう。顔を白くさせて、予期せぬ事態に混乱している。だめだ。声を出すことすらできていない。だから、ここはマギーが頑張る場面だ。


「トリスタンは、どうしたの。あなたは誰なの」


「質問がちょいと多いです。そうですなあ……二つ同時に、お答えいたしましょう。その前に何か飲み物を頼んでもよろしいでしょうか?」


「だめ」


「おや、お厳しい。それでは、お答えさせていただきましょう」


 少年はにこっ! と笑いながら。

 胡散臭い笑みを貼り付けたまま、心底嬉しそうに、名乗る。


「少年十字軍背信者『シルバーコイン』」


 そして。


「勇者の親友でありパーティの兄貴分、最後は魔王に引き裂かれ殺された、戦士トリスタンでございますれば」



 ……



 ちなみに言っておくとトリスタンが裏切り者である。

 いや、ややこしいな……偽トリスタンである『トリックスター』が山に埋めたはずの死体を掘り返してわざわざ発見しやすいような場所に移動させた裏切り者だと言っておいた方がいいのか? そう、だから死体損壊・遺棄罪および殺人罪がバレた原因はこいつ。自分だ。マギーの体調が悪くなりモニカがぶっ壊れ寸前までやられちまったのは自分のせいだ。

 偽物である自覚は『トリックスター』にはない。

 だって一度も、自分は前世で共に戦ったトリスタン、だなんて言っていないもの。

 言ったか? 一度でも。自分はあくまでゲーム内でのトリスタンだ。単なるプレイヤー。あるいはニックネーム。探せばゴロゴロいるであろう、インターネット世界での名前。自分はどこまでも『トリックスター』でありトリスタンではない。それは考えればわかることだった。モニカとマギーはどこまでもゲーム仲間だった。でも魔王のことを知っていたから、少年十字軍の狂言回しとして、『トリックスター』は現世での繋がりを持った。魔王を殺した後連絡したのもそういう事情だ。トリスタンとしての行動じゃあない。過去の絆を持ち出して犯罪に巻き込んだのではなく、あいつらも恨みつらみがあるだろうから死体損壊に協力させてやろうかなって思っただけ。実際楽しかったのかどうかは聞けてないが、そこら辺はどうでもいいので省略。これは単なる『トリックスター』の素晴らしい気遣いであり、相手の都合も考えずに突き進んだ独断専行。

 人は変わる。

 敬虔なる僧侶様は宗教のしの字も知らん女子高生になったし、生真面目で口の悪い魔法使いは平和な国に住む優等生になった。じゃあ、トリスタンは? 相変わらず細かいことを気にしない兄貴分のままだと? バカ言えよ。変わるに決まっているだろう。『トリックスター』は細かいことを知らんが、変わった。そう言える。断言できる。

 だって、あいつは裏切り者になったから。

 仲間思いな戦士は、慕う人間全員を裏切ってしまう背信者になったから。

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