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2.リスタート地点

 全身が痛い……。

 大量出血に打撲と骨折が合わさったような──いや、実際合わさっているんだろうなあと、察してしまうほど全身が痛え。いくら魔王と言われようが、恐れられ怖がられ畏怖されようが、骨を折れば痛いし普通に泣ける。なんなら幼児のように泣ける。なまじ痛みに慣れていないせいで、逆剥けができただけで泣けるのがヴォイドである。昔部下に逆剥けができたと赤子のごとく泣きながら相談したら「ハ?」みたいな顔で無理やり逆剥けを切られた。めっちゃ痛かった。許さねえからな。ほんとに。これでも執着心だけは一丁前、かの魔王ヴォイドであるのだ。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 どうだっていい。

 今大事なのは、なぜヴォイドがこんなことになっているかの原因探求であるから。さてさて、なぜヴォイドは全身の痛みにみっともなく芋虫のようにうめいているのだろうか?

 とりあえず、ヴォイドは目を開けた。まずは見なきゃ始まらないから、己の現状を理解しようと、体の様子を確認しようと、目を開いた。

 青空が見えた。

 夕暮れの橙色と混ざり合った、マーブル模様の綺麗な空が見えた。視界が開けると他の情報も入ってくる。痛み一色だった感覚が、だんだん多種多様になっていく。口内は鉄錆の味がしたし、バカみてえに早い心拍から過剰に心臓が動いているのもわかる。柔らかい土の匂いと感触から、自分がなぜか花壇か何かの上に寝っ転がっていることもわかった。そよそよと風が吹いている。


「……は」


 とりあえずヴォイドは一文字だけ発してみた。声帯は生きているらしい。折れて抜けた歯を飲み込まぬように注意しながら、ヴォイドは続けて声を発する。問題ない。でも、おかしい。どうも違和感。自分の声はもうちょい低かったような気がする。結構かっこいいよりの声だったような。ちんたら長ったらしく生きてきたから、実年齢はきっと千を超えているんだけど、見た目としては二十代後半の美男子だったヴォイドである。だから声はこう……ハスキーな感じじゃないといけない気がする。しかしながら、今の自分は甲高い声である。

 まるで、女子のような。

 そんな声。


「……嫌な予感がするなア」


 ぼそりと呟いて、ヴォイドは空を見るのも飽きたので、ヨッコラセと体を起こした。だらりと頭から垂れてきた血によって視界が赤くなる。不愉快だったので痛む腕を使って拭い取った。

 自分を見る。

 まず目に入ったのは、白く細い足である。可愛らしい、なよなよした足である。なぜか靴は履いていない。白い靴下が血と土によってまだらに汚れていた。捻っているのか足首が腫れているようだった。なんとなくの痛みの種類でそう判別した。まあ、そこまでは許容範囲内。現実として受けいれてみようじゃないか。

 そう、問題点があるとするなら。

 自分がスカートを履いていた事。

 膝下三センチの、ひだがたくさんついた紺色のスカート。やけに丈夫な生地でできた重ためなスカート。視線をもうちょっとだけ動かして、胸元を見る。ちょっと膨らんでる上にスカーフが付いている。赤色の、ウサギの耳のようなスカーフである。あ、やわらけえ。なくてもやわらけえもんなんだな……。なぜか感心しつつ、ベタベタと無遠慮に不躾に胸を触った後、とりあえずこっそりスカートの中を覗いてみる。


 うわあ、と思った。


 ちょっと待ってほしい。信じたくない。とりあえず一回寝てみようかしらん。ほら、夢かもだし。寝たら解決するのなら寝た方がいい。お花を枕に寝てみよう。耕された土を踏み潰し押し潰し寝てみよう。いやほんとさ、夢であってくれよ。マジで。いやさ。ああでも。しかし。だって。でも。それは。どうせ──

 ……ここが現実であることは、ヴォイドが一番よくわかってる。

 知り切っている。わかり切っている。見たことのない青空も夕暮れも。名も知らない花がどっかの魔法使いの気まぐれで、魔法で作られたわけじゃないことも。この服の名称も。怪我の正しい治療方法も。『前』の自分が何をしたのかも。この世界のことを、ヴォイドは嫌になるぐらい理解してしまっている。

 成功したのだ。

 してしまったのだ。

 幸か不幸か。成功か失敗か。想定の範囲内範囲外。標準偏差内外。平均値。外れ値。

 少なくとも期待はしていなかった事象なのは、間違いなかろう。

 ……事実を認めるという行為は、こんなにも困難なものであっただろうか。

 それでも、認めるしかない。飲み込むしかない。どう足掻いたって頬をつねったって寝ようが寝まいが何をしようが、事実は揺れ動かず変化することもない。

 だから、認めよう。


 魔王ヴォイドは転生魔法に成功したのち──現代日本に、女子高生として転生してしまったのだと。



 ……



 事実は小説より奇なりということわざが、この国にはあるらしい。

 誰かさんの妄想妄言を、現実は容易く超えてくる。予想だにしなかった、それこそ狂人の戯言であると切り捨てられてしまうような事柄が、この世界には満ち満ちている。まあ人間の脳みそでいっこで世界を超えられるような妄想はできないというわけだ。いくら達者に多言語を操ろうと、人体の仕組みを隅から隅まで理解しようと、世の中の複雑な手続きをささっと行えても、新たな数式を発見しても、原因不明治療困難な病のワクチンを開発しようとも、一寸先は闇なうえに人生万事塞翁が馬。起きるわけねえと高を括っていた事象は、意外なほどあっさり簡単に起きる。

 その最たる例が、今起きた。

 たった今、現在進行形で起きている。


「また、奇妙な……」


 ヴォイドは言葉を失っていた。

 いっかい死んだ! 魔法でなんとか生き返った! でもいたいけな女の子として転生させといたから!

 この現象をさっと受け入れてしまえるほど、ヴォイドは大人ではない。いや、千年以上生きてはいたけれども、その千年の中でかっちょいい大人になれなかったから、最後の最後まで舐めプして青臭いガキにコテンパンにされたのであって、とりあえずヴォイドの精神性はそこらのクソガキとなんら変わりないのである。だから、現状をうまく飲み込めない。変わりきった姿を受け入れられない。じゃ、一旦現実逃避しよう。なので。

 ……ご説明のターンに入ろうか。

 なぜヴォイドは転生したのか、それの説明、解説である。端的に言って仕舞えば、ヴォイドがそう仕込んでたからとしか言いようがない。

 上位魔法『魂魄循環(ソウルループ)』。簡単に言っちゃえば、転生する魔法。無論、ヴォイドだから実用段階まで組み上げられた最高峰の、それこそ机上の空論のような魔法である。理論だけ完成していたのを、暇つぶしとして試行錯誤しながら作ってみた。結果はご覧の通り大成功(笑)である。笑うな打首にするぞ。

 さて、仕組みだが、これがまた難解である。何回説明を聞いても理解できないぐらい複雑で高度で崇高なお話になってしまう。だから、簡潔に。噛み砕いて粉にして説明しようじゃないか。

 まず、魂の仕組みについて。

 本来、死んだら魂はどっかに集められて、ごしごしと記憶という汚れを落とされ、バラバラに分解されて、他の魂と共にミキサーにかけられたフルーツのように混ぜられて新たな魂として形を整えられ、新品の肉体に詰められて旅立って行く。イメージとしてはペットボトルのリサイクルだね。リデュース、リユース、リサイクル。使い回して使い潰す。魂って枯渇性資源なのかしらん。

 ……だから、記憶をコーヒーのシミのごとく定着させ、解体されぬように細工をし、自身の魂が他の魂と混ざらぬように作り変えるのだ。

 しかしながら、このままでは魂が収まるべき器がない。彷徨ったままではそこらの死霊となんら変わらん。魔法は未完成のままだ。

 だから、乗っ取る。

 端的に言って仕舞えば、死にたいと願った生き物の魂を追い出して、乗っ取る。肉体を自分のものにする。

 以上説明終わり。転生の魔法とは、世の理を踏み躙り唾を吐きかけ嗤いながら蹂躙するような、本来であれば魔法使いの道から外れる行いであり、それこそ邪悪なる魔物として人間であっても処刑されてしまうような異端者の魔法であるのだが、そこはまあ、魔王だから。モーマンタイである。てかこれぐらいしなきゃ魔王じゃねえとも言えるしね。他人の用事など知ったこっちゃない。てか元々死にたがってたんなら死ねてよかったじゃんとも思う。魔王としての、魔物としての考え方だ。

 だから、ヴォイドは理解している。

『前』の自分──この女子高生は、飛び降り自殺の真っ最中であったのだと。運悪く、運良く、花壇がクッションとなって助かってしまったのだと。幸か不幸かなんてご本人にしかわかんねえうえにそのご本人は肉体を乗っ取られて彷徨える魂となってしまっている。じゃあ、もう瑣末事。終わった話。


「成功した……ぶっつけ本番でもなんとかなるものなのだな」


 流血のせいでクラクラする思考を回しながら、なんとかそれだけ呟いた。鈴を震わせるような可愛らしい声である。しかし、ヴォイドは男である。れっきとした成人男性である。うわあと思うだけで嬉しくはない。決して。

 ……気分が悪い。

 肉体的な怪我もそうだが、主な原因は精神面である。


「相変わらず、情報量が多い……。くそ、余でなかったらオーバーヒートで死んでいたぞ」


 魂は入れ替わったが、肉体は変わらない。いくら満腹で死んだって、新たな器が空腹であったら腹が減ったと思う。喉が渇いて死んでも、水死しかけである肉体を乗っ取ったら普通に苦しいし喜ぶ暇もない。

 しかも、今回は異世界である。

 常識が通用しない。知識が通じない。良識が伝わらない。言語、法律、宗教、政治、風習、行動原理、考え方、倫理観、正義感、発達した分野、貨幣制度の有無、戦争の有無。

 何もかも、違う。

 ヴォイドの生まれ故郷は魔法が主流だった。魔法で水を汲み、魔法で調理をし、魔法で掃除をし、魔法で他人と連絡をとり、魔法で空を飛び、魔法で人を殺した。この世界では、科学で水を広範囲に行き渡らせ、科学で食材の安全を確保し、科学でゴミをまとめ、科学で待ち合わせをスムーズに行い、科学で海を超え空を渡り、科学で人を殺している。

 変わらない肉体は、その常識を押し付けてくる。

 脳髄に刻まれた記憶がこうであれと訴えてくる。お前は日本に住む女子高生で、知っていることはこうでこう。エピソード記憶までは受け継がれなかったけど、それでもありとあらゆる現代知識、いわゆる一般常識が、ヴォイドの魂に流れ込んできている。

 どんな薬も量が過ぎれば体に毒である。


「うあー……気持ち悪い。紫式部、フランクリン・ローズベルト、五カ年計画、標準偏差、完了形の受動態、歴史的かなづかい……」


 とりあえずピックアップされた単語をひたすら吐き出し処理していく。もう一度花壇に寝っ転がった。目の前がチカチカする。


「……『自動修復(オートヒール)』」


 時間が勿体無いと思い、体の怪我を治すついでに魔力の存在を確認してみた。うん、ある。ヴォイドの魂が乗り移った肉体なのだから、それなりにある。じわじわと傷口が塞がっていく感覚は何度やっても慣れない。

 ここは。

 この世界は、ずいぶん平和だ。

 いや、この国は、と言うべきかもしれない。科学が発達し、一定期間の勉学が保証され、保険などの制度も整っており、戦争もしていない。良からぬ輩が何か企んでいるわけでもない。いたって平和で平穏である。


「つまんねえの」


 呟きつつ、起き上がる。気分の悪さはだいぶ治った。怪我もそうだ。さすが自分と自画自賛してみる。えっへん。

 体は治った。知識のインストールも完了した。

 次は、何をするべきだろう?


「やりたいこと……」


 とりあえず、『前』の自分のことでも調べてみようかなあ……。この状況では、やれることも限られてくる。とりあえず自殺志願者である『前』がどんな生活をしていたのか、それなりの興味があるのだから、やるべきだ。この機会を逃してしまったら一生やらない気がするし。

 なら、やろう。ちょっとした暇つぶしだ。知って何になると聞かれたら、何にもならないとしか言いようがないのだけどね。

 起き上がり周囲を確認。顔に付着した汚れをゴシゴシと擦って腕に擦りつけ、辺りを見回す。

 どうやらここは学校らしい。

 薄く汚れた白い校舎。オーソドックスな、どこまでも単調な校舎である。『前』の自分は屋上から飛び降りたらしかった。靴は脱いでから飛び降りたのか、辺りにはない。仕方ないので靴下で歩き回ることにしよう。

 とりあえず花壇を占領するのもアレなので、早々にコンクリートの道へ避難した。人はいない。放課後であるのならもうちょい人がいるもんじゃないのかなあとは思ったが、誰もいない。飛び降りた時にそれなりの音がしなかったのかしらん?

 まあいいや。

 いくら傷口を塞ごうとも流れた血は帰ってこない。貧血でクラクラするが、なんとか足を前に出して、とりあえず靴を回収しようと昇降口を目指す。人となりが知りたい。教室に戻れば何か個人情報を漁れるようなものがあったりしないだろうか。それか職員室。なんなら教師なんぞ皆殺しにしたって──


「ご無沙汰しております」


 後ろから声がした。

 もつれそうになる足をなんとか動かして、振り向く。コンクリートの道に、誰か立っている。およそこの場には相応しくない、そんな誰か。

 ……美しい女である。

 年齢は二十代後半ぐらいか。人間とは思えない白銀の髪に、強い意志の灯った真紅の瞳。きめ細やかな褐色の肌。しわ一つないパンツルックのスーツを着こなして、堂々と場違いなこの場所に立っている。

 ほんの少し首を傾げて、それからああと声を出す。


「レガリアか」


 女は──レガリア・S・ファルサは、恭しく膝をついて。


「此度の転生も成功したようで何よりでございます、ヴォイド様。──このレガリア、心よりお喜び申し上げます」


 凍えるような声で、慇懃にそう言った。



 ……



 魔王ヴォイドには部下がいる。

 どんな悪役だって、ラスボスである限りはそれなりに部下がいるものだろう。ほら、四天王とかさ。お主も悪よのう……。魔王様ほどじゃありませんで……。とか言い合うわけじゃないけど、やっぱりヴォイドにも部下はいた。

 十三人いた。

 特にチーム名というか、四天王とか、そういった通り名はない。単に『序列』と呼んでいた。色々考えはしたのだけど、会議中にみんながみんな『だせえ』だの『カッコ悪い』だの『それよりこんなのどうすか』だのぎゃあぎゃあぴいぴい騒ぎ、そのせいで全然意見が通らなかった挙句、それぞれ『ぼくのかんがえたさいきょうのとおりな』を発表し、じゃあ誰のを採用するかで殺し合いが起きそうになったので、最後まで決められなかったのだ。血気盛んである。てか魔王のお考えを『だせえ』と言ってしまう部下ってどうなんだろう?

 んで、本題。

 レガリア・S・ファルサは『序列』一位の化け物である。

 選びに選んだ十三人。まさに選りすぐりを集めた、化け物中の化け物の中でも頂点に立てる実力者。もちろん魔王には及ばぬが、それでもなる可能性のあった、怪物。

『侵略種』レガリア・S・ファルサ。

 その美しいかんばせには似合わぬ二つ名をひっさげて、ヴォイドに喧嘩を売ってきたのが彼女である。もちろんコテンパンにしてやったけどさ。

 それでも。

 魔王に戦いを挑んで生きている。

 挙句、部下にまでなっている。

 それが彼女の恐ろしいところだ。


「久しいな、レガリア」


 ヴォイドはガラガラに乾いた喉で彼女の名前を呼ぶ。会うのは何年ぶりだろう? 転生中の時間の流れはどうも曖昧模糊としていて感覚がない。それでも、懐かしいと思えるほど時間が経っているのは確か。だからお久しぶりなのだ。白銀も真紅も褐色も、姿形は変わっていない。まるで元の世界からそのまま飛び出してきましたよとでも言いたげな雰囲気である。

 ところで。


「余は貴様に転生魔法をかけた覚えはないのだが?」


 なんでこんなとこにいる?

 というか、なんで『前』の姿のままなんだ?


「……ワタクシは『侵略種』でございますので、魂が分解されようと記憶を削ぎ落とされようと、性根は変わらなかったのです」


「ほう……なかなか興味深いが、どうでもいいな」


「左様ですか」


「ああ、どうでもいい。それこそ推しピの不倫報道ぐらいどーでもいい」


「かなりどうでもよくはないのでは? というか、なんですかその喋り方」


「ン? ああ、どうもこの世界の記憶に意識が引っ張られているようだな。許してちょ」


「うわ……」


「うわとはなんだうわとは」


 どこまでも不敬な部下に近づく。靴を履いていないので、小石が足裏に突き刺さって痛い。靴が欲しいが、そんなことを言っている場合ではない。

 いつまで経っても恭しく下げられている頭を掴んで上げて、顔を見た。


「そっくりだな」


「ええ、そっくりです。どうやらワタクシはこの顔面で固定だそうで」


「美人でよかったじゃないか」


「そうですかね」


 すべすべした頬を両手で包みながら、確認していく。どこからどう見てもレガリアである。魂は不純物が多いが、それでもレガリアと言えてしまう。魂の構成的に、レガリアは一厘にも満たないだろう。見た目はレガリアなのに、魂は違う。逆ならいいのだ。魂はレガリアで肉体は別人なら、問題はない。ヴォイドと同じような転生魔法を使ったのだと理解できるから。しかし肉体はレガリアで魂は別人である。ああ、悍ましい。とりあえず頬を引っ張る。スキンケアとかどうしてんだろうか。どうしたらそんな赤ちゃんみたいな肌になる。羨ましいぜこんちくしょー。


「ヴォイド様は」


 レガリアはヴォイドの奇行を無視して問う。


「これからどうなさるおつもりですか」


 どうするつもりか。

 答えはさあなである。心底どうでもよく、しかしどうでもいいで片付けられる問題ではない。いつだって未来を考えるのは面倒だ。かったるい。レガリアのすべすべほっぺをいじりつつ、ヴォイドは思考を巡らせる。

 ……そもそも、魔王を名乗っていても、(まつりごと)のまの字も知らんヴォイドである。テキトーに部下にやらせていた記憶が蘇ってきて、結構無茶苦茶してたなあと思った。思っただけで反省はしない。過去のことであるからして。


「レガリアが考えろ。便乗する」


「はあ……」


 少し考えこむ素振りを見せて、しかしあらかじめ決めていたかのようなスピードで、レガリアは言う。


「では、ワタクシの家を拠点としては?」


「いいな、採用」


「ノリがお軽いですね」


「どうせ行く当てなどない。貴様の家にも興味がある。突撃! 隣の『侵略種』をするぞ」


「やめてください。ヴォイド様の場合、魔法で隕石を突撃させる場合がございますので」


「だめか?」


「だめに決まっているでしょう」


 呆れたようにため息を吐くレガリアにン、と両腕を広げる。


「……なんですか?」


「だっこ」


「赤ちゃんなんですかアナタ」


「この世界では一歳にも満たぬばぶちゃんだ」


「方便もいいとこでしょう。プライドないんですか」


「メルカリで三百円で売れた」


「やったこともないくせに……」


 レガリアは立ち上がり、改めていたいけな少女となった主を観察してくる。

 どこまでも弱々しく、貧弱で、脆弱で、無力で──殺しやすくなってしまった、ヴォイドを。

 ヴォイドの弱さは、ヴォイドがよくよく知っているから。

 冷徹な、捕食者として観察してくる部下に問う。


「殺せそうだ、とでも考えたか?」


「……まさか! ワタクシがそんなことを少しでも考えると? ワタクシは『序列』一位にして『侵略種』。そしてアナタ様の忠実なる下僕で──」


「口を閉じろ」


「……」


「虚言はたくさんだ。本音を言えよ、レガリア。『侵略種』。何度寝首を掻かれそうになったかわからん、余の忠実なる下僕」


 随分背が高くなったなと思った。

 いや、この場合はヴォイドが縮んでいるのだけど、それでも。ああ、こんなに此奴はデカかっただろうか? 見下ろされるのは悪くない。部下に見下ろされるという屈辱でハラワタが煮えくりかえり、臓腑が燃えるから。その燃え盛る炎こそが、空っぽなヴォイドの原動力になるから。

 震える唇を動かしてやろうと、ヴォイドはさらに言葉を吐きかける。尋問にも等しい問いを、投げかける。


「本音は?」


「……本音、は──」


 その美しい顔を、時には鉄仮面とも評されるクールな表情をみっともなく赤らめて。



「──と、とても、可愛らしいお姿だな、と……」



「……は?」


「き、着せ替えとかしたら、楽しそうだなーと……」


 言わせないでくださいよおと、レガリアは真っ赤になった顔を手のひらで覆う。え、待って? んなくだらんこと考えてたの? マジ? あんなにシリアスに問いかけたのに! よーし肩慣らしにいっちょぶっ殺すか! ぐらいの気合いでいたのに!

 混乱するヴォイドに、レガリアは言う。


「こうなったら仕方ありません。ヴォイド様が女の子として転生した場合に備えて、ありとあらゆるお洋服をご用意させていただきました。本当は舌先三寸でもなんでも使って言いくるめて着替えさせるつもりだったのですが……やはり効率が悪いですし、それなら」


「ま、待て、レガリア」


「ヴォイド様の身の回りは保証いたしますので、対価として──」


 ぎゅっとヴォイドの手を握って、見せたこともないような真剣な表情で。


「ファッションショーをやらせてはいただけないでしょうか?!」

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