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19.茶飲み話と不敬な話

 それでは、はじまりはじまり。

 観客は『ドクターストップ』と『フレンドリーマッチ』。本来来るはずだった『ナイトメア』はおねむである。これは自分、『ドクターストップ』が確認してきたから間違いない。あいつは寝た。起きている時間があるのかと言われればないのだが、どんなことでも、確定していることでも、確認は大事である。サザエさんだって毎週放送されないかもだし、いっつもアンパンマンがバイキンマンに勝つとは限らないじゃん、ねえ。

 なので、『ドクターストップ』はとりあえず紅茶を啜る。何が『なので』なのかは知らぬ。確認が大事だってことを思っただけ。それだけ。ついでにケーキスタンドのサンドイッチを食べるかどうか悩んでいる。お腹は空いているが、一応は深夜である。『魔法』で固定された空間だから時間感覚がバグるけど、立派な真夜中。丑三つ時ぐらい。どうしようかなあ。

 といった、『ドクターストップ』の心情は心底どうでもいい。

 重要なのはこれから語られる、魔王ぶっ殺し計画である。


「……それで」


『フレンドリーマッチ』が口火を切った。紅茶のおかわりを注ぎながら、片手間に。


「何をお話しするつもりで?」


「『ジャッジメント』の頑張り記録」


「早くしろ」


「せかさないでよ『ドクターストップ』。順繰りに、最初から最後まで丁寧に言うからさ」


『ジャッジメント』はケーキを手で掴んで食べている。お行儀が悪いが、注意する気にもなれない。『フレンドリーマッチ』が何も言わないのならどうでもいい。こちらだって気にするこたあないだろう。きっと。無視してしまおうぜ。


「それじゃ、何から言おうかなあ。うん、何から聞きたい? 答えてあげるよ」


「なぜ『ハッピーハート』と『スナッフフィルム』を死地に送った」


「殺したかったから」


『ドクターストップ』が投げかけた問いはものすごい速さで返答がきた。殺したかったから。なるほど簡潔。明瞭でいい感じだが、聞きたいのはそういうことではない。わざと死地に送るなんて、殺したい以外の理由があるか? ない。『ドクターストップ』はなぜあの二人を殺したかったのか、それを聞きたかったのに。


「というか、『ジャッジメント』はみんなみんな殺すつもりだよ」


 閉じられたと思っていた『ジャッジメント』の口から、とんでもねえ言葉が飛び出てきた。いくら興味がない『ドクターストップ』でもびっくり仰天。口先まで出かかった罵詈雑言と詰問の言葉をなんとか飲み込んで、穏便に聞き出せるであろう『フレンドリーマッチ』に視線を向ける。驚きのあまり固まっていた。カップを浮かせまま、『ジャッジメント』を凝視していた。


「うん、驚いてるみたいだからちゃんと説明するね。まずはね、『ジャッジメント』たちは主人公の撃破を目的として掲げ、そのために魔王と勇者を殺そうとしている。この世から消そうとしている。主人公を、物語から蹴落とそうとしている」


「……それは、そう、ですが」


『フレンドリーマッチ』がやっとの思いで肯定した。そこまでは皆も知るところ。少年十字軍の存在意義。主人公の落ちこぼれどもの、存在理由。


「では、なぜ、殺すなんて」


「絶対に魔王に勝てないから」


 淡々と、続ける。


「『ジャッジメント』以外の子は、勝てない。『ジャッジメント』でも勝てるか怪しい。魔王は可能性があるけど、勇者はだめだね。殺せない。だから魔王だけでも殺したいところだけど、それだって百パーセント殺せるわけじゃないんだ。闇雲に突撃したって無様に負けるだけ。だからレガリアとの協力とか、そういった搦手が必要になってくるんだよ。出せる手札はもちろん全部出すけど、足りないからね。どっかから手札を調達して、出す順番を考えて、ようやっと一割ぐらいの確率で、殺せる」


「……で? それが全員殺すのとどう関係すんだよ。手札は多い方がいい。ますます仲間殺しをする理由がなくなるだろうが。耄碌したか? バーさん」


「バーさんはやめてね。傷ついちゃうから。……数を揃えたって意味がないんだよ。肉壁にもなれないの。なんの役にも立てずに死ぬの。『ジャッジメント』たちは勇者じゃないから、魔王を真っ向面から討つことはできないんだ」


「……」


「じゃあどうすればいいと思う? 正解はね、『ジャッジメント』の糧になることだよ」


 ……ああ、ナルホド。

 趣味が悪い。


「『ジャッジメント』の目の届く範囲で死んで貰えば、糧になれるからね。手札を増やすの。手札にするの。わかってるよね、『ドクターストップ』」


「わかるが、反吐は出るぜ。いくら最善だとしてもな」


「さすがお医者さんだね。でも命の無駄遣いじゃないから安心してね」


 ケラケラ笑って『ジャッジメント』は椅子を後ろに浮かせる。倒れるからやめろといっているのにやめない。背中から落ちても知らねえからな。


「怪物が変化しない生き物ならば、変化させないようにした人間は怪物なんだよねえ。人工的に作れるの。みんなを絶望した瞬間から停滞させちゃえばいいの。さすがの魔王も思いつかないであろう怪物量産方だよ。『ハッピーハート』とか『プレイルーム』とかは時間が経てば癒えちゃうかもしれない傷だったからね。それこそ、マトモな大人が作ったマトモな施設でマトモな教育を受ければの話だったけどさ」


 少年十字軍に居続けるには怪物にならなければならない。

 この現代で『魔法』を永続的に使うのならば、永遠に絶望し続けなければならないのだ。一般人に戻らないように、ちっちゃな、しかし重くて苦しい不幸を嘆いていなければならないのだ。それのなんと難しいことか! 時間とは万病に効く特効薬である。どんな深い心の傷だってひたすらに耐えればいつかは薄れて消えていく。その前に自殺さえしなきゃの話だが、持続的に傷つけられなきゃの話だが。それでも傷はいつか塞がるものだろう。人間は一つのことにいつまでも拘っていられない。飽き性だから。どれだけうめえカレーでも三日続けばどんなメシより不味く感じる。いろんなもんに心移りしちまうのが、人間。変わるのが、人間。

 だから、変わってはいけない。

 いつまでも絶望しているのが、怪物だから。

 それでも、『ドクターストップ』はどうも腑に落ちない。


「……『フィクション』を殺した理由は。アイツ、一番主人公に近かっただろう。貴重なサンプルだったはずだが? それを『フレンドリーファイア』を殺すためとはいえ、みすみす死なせた意味は? なかったらテメエはおおば──」


「『ドクターストップ』」


「……ちょっと考えなし」


「変わってないわあ……」


『フレンドリーマッチ』の横槍でなんとか方向転換した『ジャッジメント』への悪口はあんまりオブラートに包めなかった。まあ、ほとんど言いかかってたから意味はない。そもそも『ドクターストップ』が持ち前の口の悪さを生かしてどれだけのヘイトを浴びせかけようとも、『ジャッジメント』はどこ吹く風だろう。したっぱの話は聞かないタイプ。


「大丈夫だよ、『フレンドリーマッチ』。えとね? 『フィクション』を殺した理由は、まあ、彼女に争う術がなかったからだよ。諦めちゃってたの。主従は似るものだから、もう腐ってだめになってた。魔王に抵抗するにはちょっと弱いね。せめて『プレイルーム』に出会う前に回収してたらもうちょっと使えてたとは思うんだけどさ」


『ジャッジメント』が心底勿体なさそうに愚痴る。


「『魔法』も回収できないからねえ。彼女の『魔法』は体質に依るものだもの。レガリアの『支配』を誰も真似できないのとおんなじだね。完全に徒労だ。『プレイルーム』という『魔法』を回収するためとはいえ、せっかくの純度の高い主人公を腐らせちゃったのは悪手だったかもね」


「でも、やるしかなかったわけでしょう? 仕方のないことですわ」


「そうだけど、どうしても悔いは残るよ。ああ、勿体ない勿体ない。大事にとっといたバースデイケーキを丸ごと腐らせちゃった気分だね」


「勿体な、食えや」


「例えだって」


『ドクターストップ』は紅茶に砂糖を入れティースプーンでガチャガチャかき混ぜた。どうもイラつく。イラついていない時なんてあった試しがないが、それでも今己がムカついているという事実は変わりない。こんな短気だったっけ?


「ま、みんなみんな上手く死んでくれて『ジャッジメント』は嬉しいよ。『ハッピーハート』はレガリアに殺されてくれたし、『スナッフフィルム』、『プレイルーム』、『フィクション』は『フレンドリーファイア』に殺されて、その『フレンドリーファイア』も死んでくれて。あとは『シルバーコイン』と『トリックスター』だけだね!」


「待てよ。まだ仕事バカと狙撃野郎とボクサーがいるだろうが。いつの間に数を数えられなくなったんだ?」


「『ワーカーホリック』と『スナイパーライフル』と『サンドバッグ』ね。名前ぐらいしっかり覚えたらいいのにい」


「うるせえ。伝わりゃ十分だ。少なくとも、似たり寄ったりなカタカナよりはな」


「えー、『ジャッジメント』が頑張って考えたのに、気に入らない?」


「本名よりマシ」


 投げやりに答えた。『ドクターストップ』は自分のコードネームを気に入っていない。正直あまり呼ばれたくない。端的に言って仕舞えば嫌いだ。反吐が出る。わかりづれえ横文字で軍隊ごっこ。何が楽しいというのだろうか。『ジャッジメント』が本名を捨てたからって、こちらまで捨てさせる意味はないはずだ。

 いや、そうか。それが狙いか。

 本名を捨てさせ、新しく名を与える。元の生活に戻りたいと思わせないように。過去の遺物をきれいさっぱり消し去って、怪物として飼いやすいように。なあるほど、趣味のいいこって。いいかげん頭にくる。その素敵な考えを吐き出す脳みそを解体してホルマリン漬けにしてやろうか。水槽に浮かべてコードを繋げてやろうか。クソッタレ。


「それでね、その三人についてはもう対処してあるから、ダイジョーブだよ」


「……つまり?」


「もうとっくに死んでる。もしくは死にに行ってる。……『トリックスター』は狂言回しだからほっといてもいい。『魔法』もないし物語への干渉力もないからね。『シルバーコイン』は本領発揮したらすぐ死ぬから、どうでもいい。回収は容易だから実質その三人が死んだら、あとは魔王を殺すために色々準備してお出迎えって感じかな」


「そうですか。案外早いものですねえ。苦節何年? 何ヶ月? 準備期間ほど遅く感じるものだと思っていたのですが、杞憂でしたわね」


「いいことだね!」


「どこが」


『ドクターストップ』はやはり苛々していた。落ち着かず、視界は不明瞭。なんだ? 『ジャッジメント』はまだ自分のことを見放していないはずだ。絶望している。変わらず絶望し続けている。自分のカウンセリングぐらいお茶のこさいさい。しかしながら、『ドクターストップ』は自分が何に怒っているのか理解できない。


「そんな怒らないでよお」


『ジャッジメント』が猫撫で声で言ってくる。ケーキを素手で掴んで、口に運ぶ。唇についたクリームをなめとる。どこをどうとってもガキくさい仕草だ。

 子供だ。

 年端もいかぬ、子供だ。


「命は無駄にしてないんだからさ」


 ……そうか。

 自分はただ、みんなが殺されることに怒っていただけか。

 ストレスの根源がわかればクールダウンは簡単である。その程度のことで、『ドクターストップ』はウジウジ惨めったらしくハラワタをクツクツ煮ていた。なんと馬鹿馬鹿しい! 医者にもなれなかった分際が、誰も救えなかった人間が、今もなお人様の命に執着しているとは! 滑稽で無様。どこまでも憐憫を感じる。自分の命すらうまく使えないくせに、他人が死ぬのは嫌なのか。何言っちゃってんだろう。今更だ。もう後戻りはできない。『フィクション』たちが出て行ったあと、『フレンドリーファイア』に連絡したのは自分だし、その後火災報知器が鳴らないようにしたのも自分だ。見殺しにしたくせに。あの三人だけは死なせたくないのか? 笑える。とんだコメディだ。はは。笑えよ。イラつくよりは笑ってる方がいいだろ。他人を不快にさせるよりは、ゲラゲラバカっぽく笑ってた方がいくらかマシだ。

 もう医者なんて名乗れないくせに。

 何を、足掻いている?


「『ドクターストップ』は『ドクターストップ』だよ」


『ジャッジメント』がこちらの思考を読んだかのようなタイミングで口を開いた。嫌いだ。『ドクターストップ』という、あまりにも不釣り合いなコードネームが嫌いだ。釣り合わない自分が嫌いだ。似合わない。好きな色が必ずしも似合うわけではない。医者と呼ばれたかったのに、実際呼ばれるように努力したのに、自分で踏み躙った。もうだめだ。人殺しに、医者を名乗る資格はないから。もう、その名で、呼ばないで。


「最初から医者じゃないから、ダイジョーブ。何にも変わってないよ。最初から、『ドクターストップ』は勘違いしてただけなんだよ」


「……」


「『ジャッジメント』。お言葉ですが」


「お言葉なら言わないで。『フレンドリーマッチ』は『ドクターストップ』を庇う理由なんてないはずだよね? 全員敵だと思ってるよね? 『フレンドリーマッチ』は全員敵だと信じているから、心の底から表面まで信用していないから、全員と仲良くなれる。『ドクターストップ』のことも敵だと思ってるはずだよね。なら、言わない言わない。言うだけ損だよ。不遜だよ」


『ジャッジメント』はカツカツ木槌を鳴らして笑った。年相応の笑みだった。美味しそうにケーキを食べて紅茶に砂糖を追加するその姿は、姿通りに子供っぽかった。


「──ああ、そう。でも自分は言うからね。お言葉ですがそれは『ドクターストップ』の精神にトドメを刺す行為であるため自重した方がいいかと、軍長殿」


 誰か、入ってきた。

 錆びついた観音開きの扉を開けて、この不思議空間に足を踏み入れた少年が一人。薄い桃色に染められた髪と、夜明け前の空色の瞳、それからしわくちゃになった学生服。怠惰という言葉が世界一似合うであろう少年だ。ほとんど全滅仕掛けの少年十字軍。この学校にいるのは『ドクターストップ』、『フレンドリーマッチ』、『ジャッジメント』に、帰ってきているのなら『シルバーコイン』や『トリックスター』。それから──


「少年十字軍未来視、コードネーム『ナイトメア』。本名、境迷路(さかいめいろ)。あるいは」


 一つ区切って、地面に広がる草花を踏み潰し、このお茶会に傲岸に侵入してきた少年は名乗る。


「『序列』五位、『夢解き』メロイド・トロイメライ。遅ればせながら軍長殿の命に従い、お茶会に馳せ参じた次第だ。うん、次第だよ」



 ……



『ジャッジメント』は魔王の部下を奪うことで相手側の戦力を少しでも削ろうとしていた。

 将棋じゃないけど、『ジャッジメント』はそう考えた。相手の戦力を削りつつ自分の戦力を増大できるなんて一石二鳥だ。お得お得。もう午後七時スーパーのお惣菜割引タイムぐらいお得。なので、斧姉妹をアレクシア・フランキスカにしたりした。あれは失敗だった。やはり思い出させるのはコストが重い割にリターンが少ない。現代風に言えばコスパが悪い。タイパコスパ。みんな好きでしょ。『ジャッジメント』ももれなく好きだった。好きっつうか、重視する方だった。どうせならお得に戦力を増やしたい。相手を困らせたい。困らせるためならこの少女の脳みそはそこらの東大生を凌駕する。いたずらっ子。なので、考えた。魔王を困らせ泣かせるために頑張った。

 思いついたのが、レガリアが思い出させた『序列』の皆様方をこちらに引き込んでしまおうってやつ。

『序列』五位、『夢解き』メロイド・トロイメライ。レガリアは結構真面目さんなのかアレクシアを除いた数名を見つけ出し前世の記憶を引っ張り出していた。頼まれてもいないのに、きたる魔王侵略作戦に使うため、自分勝手に前世の記憶を叩きつけたのである。迷惑千万。手前勝手。傲慢の申し子。彼女も彼女である。ま、そんなわけで平和で牧歌的な現世を謳歌する一介の男子学生、境迷路は中学三年生の夏にレガリア・S・ファルサに出会ってしまったってワケ。おお、なんて不幸。ロミオとジュリエットも咽び泣く不幸だ。境迷路は混同解答のように人間の皮被った怪物じゃあないし、火災強固のようにとばっちりをくらったわけでもないし、服屋証拠のように運命づけられていたわけでもない。単純に可哀想。おいたわしい。境くんはそこそこ幸せで真っ当な人生を歩めたはずなのに、『侵略種』のせいでこんなことになってしまった。メロイド・トロイメライが生き返ってしまった時点で、彼はほとんど死んでいた。彼の人格はもう表には出てこれないだろう。なんて悲劇。ゲラゲラ笑いながらジュースを啜りたいぐらいの悲劇である。


「それで? 意地悪い軍長は軍医と懐柔者をいじめてたわけだけど、どういうつもりなの? なんの話してたらそんなことになんの? あの軍医が押し黙るって結構だよ。うん、結構だよね。口の悪さまで停滞させてるわけじゃないだろうけどさ」


「……ものすごい言うじゃん」


「言うに決まってる。それとも言わないとでも思ってたの? 自分の睡眠時間勝手に削っといて、自分が不機嫌にならないと思ってたんだ。うん、思ってたんだよね。きもい! おえって感じ」


『ジャッジメント』は黙って紅茶を啜る。ついでに指についたクリームを舐めとる。『ナイトメア』、あるいはメロイドの自己中心的一方通行会話に返事をするだけ無駄だと、少年十字軍の誰もが知っていた。一生寝ていてほしい。そちらの方がウィンウィンだと思う。

 いやまあ、庇ってくれたのは事実なんだけども……。

 それでも、庇い方ってものがあるだろうに。


「『ナイトメア』、いつから起きてた」


「今さっき。そういや招待されてたなあって思ったから来てみたんだ。うん、来てみたんだよ」


「最初から来いよ、頭沸いてんのか」


「おいおい、そんなボロクソに言う資格があると思ってるの? 庇ったのは紛れもない純度百パーの自分だ。崇め奉られるのが自然な流れであって、頭沸いてるとか暴言を吐き付けられる理由はないと思うんだけど? そんな相手こそ頭が沸いている。それとも恩を仇で返す悪趣味でも持っていたっけ? 元医者志望が笑えるね。そりゃ医者になれないわけで──」


「目ん玉引っこ抜くぞクソガキ」


「クソガキ? どっかのバカが思い出させてくれたおかげで自分には数百はくだらない年数の記憶があるのにクソガキよばわりか。いや、肉体は境迷路のものだからせいぜい十代後半なんだけど、それでももうガキじゃないよね。ちゃんとものを考えてから発言した方がいいと思うよ、『ドクターストップ』。精神治療も得意分野のはずだろう? 心理科学のエキスパートが人の気持ちを慮れないってのはなっかなか笑えるけど、自分は笑い話が聞きたいわけじゃあない」


「うるせえ。医者らしくその腐った二枚舌引っこ抜いてやろうか」


 舌戦を交わす保健室駐在の二人を無視して、『フレンドリーマッチ』は指をパチンと鳴らす。もう一脚椅子が出現した。おお、便利。どこに保存してあったのかだけ知りたいけど、まあ聞いても答えてくれないだろう。そもそも物理学を鼻で笑い泥のついた靴で踏み躙るのが『魔法』であるから、明瞭な答えが、納得できる答えが返ってくるとは思えない。

 差し出された椅子に我が物顔で座り、『ナイトメア』は突っ伏した。用意された紅茶にも手をつけないその姿勢は不敬というか、マナーがなってないと思うけど、言ったところで悪口が増えるだけである。誹謗中傷のプロに何か言っても無駄になるだけ。メンタルは枯渇性資源だからなるだけ消費しないようにしよう。エコだよエコ。環境に良くないからね。


「なんの話してたの」


「『ジャッジメント』が作った計画がもうちょいで達成しそうだよって話。うれしーねえ」


「あっそ」


「『ナイトメア』の元ご主人さまが死んじゃうのに、悲しくないの?」


「悲しくなるようだったら元から協力してないさ。それに、ヴォイド様に対する忠誠心なんて持ってないからね。誰に対しての忠誠心も持ってない自分が言っても今更だけど」


 息を吐き出すように『ナイトメア』は笑った。彼が忠義を誓うとしたらそれは睡眠か昏睡だろう。一に眠りで二に就寝。眠ることこそが彼の命題であり、最大の娯楽である。勉学も恋愛もダイエットも、彼の前では粗大ゴミ以上の何かになることはない。現世のしがらみなぞ取っ払い投げ捨てて眠っちまうのが彼の理想の世界。なぜ皆様はそんなくだらないことでうだうだうじうじ悩めるのだろう? 寝ろ、現代人。寝りゃ大抵のストレスは消える。夢を見ている間だけは、幸せになれる。夢はいいぞ。わけわからん世界でただ湧き上がる感情のままに勝手に視界が動いて一夜物語が進んで、ぱんっと弾けて消えるんだ。愉快愉快。ああ、これに勝る快楽があるだろうか? 『ナイトメア』にはわからない。メロイドにももちろんわからない。どうでもいいと言い換えてもいい。とにかく、『ナイトメア』は誰であろうが信仰しないのである。


「『ジャッジメント』が殺そうが、殺されようが、どっちでもいいよ」


「……不敬よ、メロイド」


「だから何? アレクシアだってレガリアまではいかないけど離反してたじゃん。自分は五位、相手は三位。『序列』は離反するやつから順番に数えてってるだけなんだぜ」


 ああそう、『ドクターストップ』にはなんの関係もない話どうも。黙って紅茶を啜る。レガリアはともかく、アレクシアまで離反していたのは意外ではあるが、ここでは役に立たない情報だ。荒っぽい部分を引き継いだ『フレンドリーファイア』が死んだ今、温厚を擬人化したような『フレンドリーマッチ』だけでは足を引っ張るだけだろうし。てか『序列』のメンバーをこちらに引き込もうと思ったのはただ魔王戦力削ぎと人となりが知りたかっただけであるから、もとより戦力としては期待されていないし……。

 アレクシアと呼ばれた『フレンドリーマッチ』は心底嫌そうな顔をした。口を開くだけで誰かを不愉快にさせるのは一種の才能だろう。いらねえ才能だ。即刻捨てた方がいい。


「なあ、『ジャッジメント』」


『ドクターストップ』は変わらずふわふわ笑っている『ジャッジメント』に声をかけた。


「『ワーカーホリック』と『スナイパーライフル』、それから『サンドバッグ』は今どうなっている?」


「んとね、『サンドバッグ』が死んで、これから二人も死ぬとこかな」



 ……



 ビリビリと空気が冷えている。

 いつもの方法で不法侵入した雑居ビルの屋上。隅っこで腹ばいになってライフルのスコープを覗くのは、やはり『スナイパーライフル』だった。コードネーム通りに銃撃した後である。背信者『シルバーコイン』を庇った愚か者、『サンドバッグ』をぶち殺した後である。硝煙が昇っている。戦場の空気だ。今回ばかりは流石に殺しにくるだろうなあという、先見の明にも似た確信を抱えつつ、それでも『ジャッジメント』の命令に従って撃った。今宵が命日かもしれない。辞世の句でも詠んどくか? もうとっくの昔に死んだ誰かの『魔法』でこの国の言葉はわかるが、それでもかっちょいい俳句を作れるほど知識があるわけでもない。やはり無理かな。そもそも辞世の句ってなんの意味があるんだろう。検索エンジンの欄にそのまま疑問を突っ込めば一秒足らずで答えが返ってくるだろうけど、だるいからやめた。そんなことをしている暇はない。戦場に豆知識を増やす暇はない。いや、あるにはある。けどやったら死ぬ。それだけ。『スナイパーライフル』は死にたくないので真面目に仕事をしてさっさと帰るのだ。


「これは流石に怒られちゃうよねえ」


 隣に立つ軍服少年、『ワーカーホリック』が呑気に呟いた。錆びついた手すりに寄りかかって、腰に刺してある短刀を引き抜いたり戻したり。カチカチ、音が鳴る。うるせえ。こんな音で『スナイパーライフル』集中力が切れることはないけれど、うざったいものはうざったい。


「おこられるって、だれにです?」


「魔王様さ。流石に二度もガラス壊しちゃ怒るでしょ」


「はー、器がせまいですね」


 嘆息して、『スナイパーライフル』はも一度構え直す。敵の気配はまだない。これでもサバイバーだ。年端もいかぬサバイバー。軍人。少年十字軍に入る前からの、軍人。戦を業とし殺を糧とし命を貪って、生きてきた。敵意から殺意まで、手に取るようにわかる。ビリビリしている。空気が澱んでいる。夏の旅行から帰ってきたあと、半日放置された、家族の刺殺死体と居座っている強盗殺人犯を見つけた瞬間のような、そんな空気。決して幸せではない死に様が充満し押し詰められた、戦場の空気。そこに硝煙と血溜まり、あと大人たちの怒号が組み合わさったら完成だ。郷愁の念さえ覚える故郷の雰囲気。それは『ワーカーホリック』も同じである。いや、経験という意味では同じではないのだが、とりあえず一緒。おそろっち。はは、ウケる。


「怒ってますよっ!」


 明るい声が背後から聞こえた。

 慌てることなく、しかし迅速に『スナイパーライフル』も『ワーカーホリック』も唯一の出入り口である扉の方を向く。誰か、いる。小さなシルエット。小学生ぐらいだろうか。栗色の髪と瞳。クラシカルなメイド服。ギギギ、と鉄同士が軋む音がするのは、なぜだろうか。

 いや、そもそも。

 こいつ、人間か?


御主人様(マスター)はとってもお怒りですっ! せっかくの敵を、サンドバッグとなる少女を、横槍でぶち殺されちゃいましたからっ! ですので、御主人様(マスター)の代わりにこうはるばると殺しにきた次第ですっ!」


 甲高い少女特有の声で、心底嬉しそうに告げる。久方ぶりの仕事に張り切っている。与えられた仕事に狂喜している。マスターとやらに頼られることが生きる喜びであると、そう信じて疑っていないとでも言いたげに。


「……『ワーカーホリック』」


「わかってるとも、わかってるともさ、『スナイパーライフル』」


 手慰みとなっていた短刀を、『ワーカーホリック』が引き抜いて少女に切先を向けた。戦闘意思があることの証明だ。敵対行動だ。交渉は無意味だと、暗に示した。

 しかし、少女はやはり、笑ったままだ。嬉しそうなままだ。

 口を開いた。


「『序列』九位、『機械仕掛け』アンティーク。御主人様(マスター)のご命令により、お二人をぶち殺しますっ!」

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