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16.煌めけ絆! 埋めとけ死体!

 死体埋め。

 古今東西どんなシチュエーションであろうと殺人者について回る問題である。殺しの理由が怨恨だろうが金銭だろうが愛憎だろうがはたまたノリと勢いであったとしても、事件っぽい事故だったとしても、隠蔽しようと決めた瞬間、その問題がひょっこり顔を出す。んで影の如くついてくる。ベッタリ、病める時も健やかなる時も。夢を見てようが現実をしっかり受け入れていようが、で、どーすんの? って顔でじいっとこちらを見てくるのである。死体は消えない。そりゃゲームみたいに塵となって消えてくれりゃあ楽だけど、こっちは現実世界なので。しばらく放置すれば蛆が湧き蝿が集って緑色に変色していく。触りたくなくなるから、早め早めに処理しなければならなくて、しかしそう簡単に解決できるもんじゃない。ジレンマだ。死体なんてこの世で触りたくないものランキングトップテン入りしている物体だもの。しかし触らなきゃ始まらぬ。光を失ってのっぺりしてきた瞳とか、軽く引っ張るだけでぶちぶち抜けていく髪の毛とか、垂れ流しになった糞尿とか、重力に従って動く手足とか、ベロンと飛び出た舌ベロとか、そういう、汚濁に塗れた人の最終形態を。え、触りたくない。無理無理無理! きもいもん! 誰が処理したいんだこんなん! 素人が殺したらそりゃもう後先考えてない無様な死体になっているはずで、だから、葬式とかでよく見る綺麗に整えられた死体じゃなくて、より一層酷く酷い死に様で。誰がやりたいんだこんなこと。考えられねえ。頭おかしいんじゃねえの。頭はおかしい。そうだな。殺しちゃってる時点で頭のネジはそれなりに外れちまっているわけである。他害衝動。理性とか道徳とか論理とかで押さえつけられていた動物的な行動原理を、理由はなんであれ解放しちゃった人たち。

 そう、理由はなんであれ、だ。

 人殺しという事実は変わらない。同族を殺したという実態は変化しない。現実。まごうことなき現世で起きた、お前が起こした事件。

 だからお前がどうにかしろ。


「とりあえずスコップはいるよね」


「何円すんの」


「一本千五百円」


「高いわ」


「のところ」


「ところ?」


「半額引きで七百五十円」


「安いか?」


「どうだっていいでしょ。後でトリスタンに請求すんだから」


 と言って、学校帰りにホムセンに寄っている喪音ことモニカはケラケラ笑ってスコップを三本手にとった。おお、軽いと感嘆の声をあげながらブンブン振り回す。すぐさまやめてほしいところだ。今の名前は真実、しかし魂に刻まれた名前はマギーな自分は軽いため息を吐いて、他に入り用の物がないか思考を巡らした。

 昨日の夜、『トリックスター』ことトリスタンから電話がかかってきた。

 どうやら魔王ヴォイドをやっちまったらしい。愛用の金属バットで。ガツンゴツンと。哀れにもお亡くなりになった魔王を見て、トリスタンは動揺しちまった。だって、魔王が全身を金属バットで殴られたぐらいで死ぬわけがないんだもの。死なないはずだった。だからこそトリスタンはその場での最善を尽くした。遠慮は頭から放り捨て、良心は母の腹の中に捨て置き、道徳はドブの中にストライクした。その結果、今世でか弱い少女と成り果てた魔王が死んだ。え、死んだ? 冗談がお好きね。ふーん、死んだのかあ。死んだ。魔王は死んだ。殺された。トリスタンが、殺した。

 じゃあ、死体を捨てようか。

 現代では殺しは違法なので、隠さねばならない。キラッキラの未来に向かって爆速で生き急いでいる高校生一行としては死体なんてマイナスにしかならないので、隠そう。なかったことにしよう。どうせ魔王が入っていた肉体なんて碌なもんじゃないだろうし、うん、捨てよう。海でも山でも、どっちでも。とりあえず切り刻んで串刺しにして燃やしてから、捨てる。過去の恨みつらみを晴らして、粗大ごみとして捨ててやるのだ。市中引き回しの刑にしないだけ優しいと思ってほしい。マギーにとってあの戦は屈辱以外の何物でもなかった故に、他の二人より恨み嫉みに妬みがあって、だからこそ残虐に死体を辱めようとする。魔法攻撃を物理結界で弾くなボケ。理論ガン無視すんな。イカれてんのか。失敗したら丸焦げなのに何考えてんだ阿保。

 なので、マギーは冷静に考える。ええ、冷静ですとも。これで冷静じゃねえなら何が冷静なんだ? ガリガリくん? 今のマギーはパピコぐらい冷静である。もしくはサクレ。冷え切って、凍えている。いっそ現実味がないぐらいに。スコップ買ったあとはノコギリも人数分買ってトリスタンの家の風呂場でバラして旅行ケースに猫砂と一緒に詰めて新幹線に乗って山に行くのだ。もしくは海でもいいが、それだとスコップを買った意味がなくなるので山だ。山ったら山。モニカが虫取りコーナーに行ったと思ったらカブトムシゼリーと虫取り網、あと虫籠を持って目をキラキラさせていた。でかいカブトムシを取りたいらしい。どうせ最後まで面倒見ないんだからやめなさいと言ってもちゃんとするもんの一点張り。ちゃんとするやつは宿題の提出を三回に一回は忘れない。先生にどうせ喪音さんは今日も提出しないですよねって言われない。こいつはトップクラスの責任感皆無女なのである。現代の妖怪かな?

 とりあえず虫取りキッズとなったモニカを引き回しノコギリを三本、スコップも三本買って、領収書をもらった。虫取りセットはモニカの自腹。当たり前だろ。

 次の目的地はトリスタンの家だ。



 ……




「ヨ、お二人さん」


 トリスタンは風呂場で待っていた。

 両親が飛行機の事故で同時にお亡くなりになったトリスタンはデカめの一軒家で一人暮らしである。悠々自適。死体の処理に困らないタイプ。煮ても焼いても文句を言う同居人はいない。おお、便利。一人暮らしっていいなあと憧れてみたりもするが、電気料金の支払いの仕方もわからぬマギーにはできない暮らしぶりだ。憧れに留めておこう。どうせ社会人になったらいくらでもできるんだから、今のうちに実家暮らしを満喫しておくのも悪かない。

 と言うわけで、トリスタンちの風呂場には死体が一体あった。

 浴槽に入れられた撲殺死体。黒髪の少女の無惨な最後。もう蝿が集っていてちょっとキモかった。なんか臭いし。死体にこんなこと言いたかないけど、夏場に放置して腐った生ゴミより触りたくない物体と成り果てている。実際そうだろう。誰が触りたい? マギーは別に潔癖症ってわけじゃない。しかし、一般的な衛生観念は持っている。ばっちいからやだ。ばいばいきん。てか本来はトリスタンの阿保がやらかしたんだから、マギーとモニカが手を貸してやる義理ってそんなにないんじゃねえか? 件の魔王だからノリでお、いいじゃん! 死体捨てるついでに遊ぼうぜ! って言っちゃっただけだし……。まあ、今から撤回するのも人の心がないので黙っておくが。最初からない? 魔王に向ける慈悲があると? 己を殺したクソガキに、どんな優しさをかけてやればいいと思ってるんだ? あの最悪に。あの邪悪に。あの露悪に。この世のありとあらゆる害を煮込んで瓶詰めにしたようなやつ。好きなやついる? いねえよなあ! というわけで、マギーは当たり前に、モニカは常識だろって感じに、トリスタンは蛇蝎の如く、嫌っているわけである。勇者もそうだ。ギルバード。わたしたちの勇者。光。まさに頂点で、英雄。救い主。魔王を滅ぼした救世主。ギルバードによって打ち倒されたのだから、復活するなんて不敬であろう。喜んでその滅びを受け入れるべきである。は? なんで受け入れねえの? もういっぺん死ぬか? 殺すか。ギルバードによってもたらされた救いを拒むなんて傲岸不遜の三乗だろ。死んだ方がいい。まじで。

 んで、魔王はもう一回殺された。

 なので死体をバラす。


「ノコギリは?」


「買ってきた」


「あんがと、後で領収書ちょうだいね」


「臭いから換気扇まわそーよ。ないの? この家」


「あるけどこの臭い漏れたらバレそうじゃん」


「それもそか……」


 腕を捲ったトリスタン。髪をまとめるモニカ。それから、靴下を脱ぐマギー。

 新品のノコギリを構えて、浴槽に視線を向ける。

 魔王の死体。


「血抜きとかしたほうがいいのかな」


「調べる?」


「食うわけじゃねえからいらんだろ……あ、ビニール。黒いやつ。ある?」


「ないから後で買う。コンビニかドンキいきゃああるでしょ」


「くそ雑じゃん」


「どっから切るのこれ」


「腕とか? まあとりあえずパーツにしちゃえばいいよ。スーツケースに入るぐらいに」


「おけ。てか風呂場に三人もいると暑苦しいな」


「我慢しな。これでも広い方なんだぜ、ウチ」


 肉の感触は思ったよりも気持ち悪くなかった。



 ……



 旅行である。

 とりあえず腕二本、足二本、首、胴体(上)、胴体(下)に分けた少女の死体を二人分のスーツケースに詰めて出発した。旅行客スタイルで、家を出た。一晩パーティ(宴会の方ね)をしてから、どんちゃん騒ぎをしてから寝て、早朝に家を出たのである。昨日のうちに荷物まとめといてよかったね。猫砂を入れる関係で二人分に分けたが、どうも重い。端的に言って仕舞えばだるい。


「トリスタン、重い! 持って!」


「無茶言うな。オマエらの荷物オレが持ってんだぜ。今肩死んでる」


「長男だからできるって」


「オレ次男」


「……兄弟いた?」


「いねえけど?」


「こわ……」


 トリスタンの虚言を適当に受け流しつつ、マギーもモニカも死体半分と猫砂が詰まったスーツケースをえっちらおっちら引きずっていく。向かうは新幹線。予約は昨日のうちにしといた。世の中超便利。インターネットを開発した人はきっと天国行きだ。ビバ、通信技術。指定された座席に座ってスーツケースを横に置いた。これで一息つける。とりあえず駅で買ったお弁当をつつきながら、この長い旅をどうするか考える。


「ホテルは?」


「とっといた。朝食バイキングがあるとこ」


「いいね。トリスタンにしてはやるじゃん。マギー、イカリングいらないの?」


「いらない。あげる」


「もらった」


「ちょっとまて、トリスタンにしてはってなんだよ」


「そのままの意味でしょ。知らんけど」


 イカリングと卵焼きを交換して、トリスタンがお茶をくれたので素直に受け取った。なんだかんだ気遣いができるいいやつなんだけど、いかんせんモテない。なんでだろうね? 顔はいいしスポーツできるしそれなりに地頭もいい。文武両道の美少年。野球少年。目立った短所はないはずだもの。魔王とはいえか弱い女の子を金属バットでボコボコにしちゃうとこは一応長所のはずだから、他に短所があるとするのなら……少年十字軍に所属するイカレってとこかな。多分。わからんが、きっとそう。

 トリスタン。

 パーティの戦士。ギルバードの親友で、腐れ縁。実はトリスタンの方が年上だったような気がする。ことあるごとに兄貴ヅラをしたがって、うざがられてたはず。責任感が強く、義理人情に厚く、友情努力勝利を信じて疑っていないような熱血バカ。端的に説明するならいいやつ。実力もあった。パーティのメンバーとしては遜色なかった。そもそも勇者に戦う術を教えたのがトリスタンだ。遊びの一環として、剣を持たせた。手合わせをした。だから、ギルバードのルーツはトリスタンと言ってもいいのだ。そうだ。マギーなんかじゃ比べものにならないぐらい、トリスタンとギルバードは強い絆で結ばれていた。見つけ出すならきっとトリスタンだ。それかモニカ。いい雰囲気だったあの二人なら、運命もニッコリ花丸笑顔で引き合わせるはず。マギーはどこまでも裏方に徹したから。それでよかった。あの勇者に近づけるなら、運命を共にできるのなら、その後のことなんてクソほどどうでもよかった。まさに些末事。勇者のお役に立つために生まれてきたのがマギーである。勇者の糧になるために死んだのがマギーである。

 だから、この平和な今世でマギーは魔王の存在をなかったことにする。

 それが使命だ。

 モニカが口を開く。


「なんだっけ。出だしが箱詰めになった娘のやつ。列車の中で会うやつ」


「……魍魎の匣?」


「それだ」


「モニカ京極夏彦読むっけ」


「マギーが勧めてきたんじゃん……」


「オレの家にイキナリ全巻送ってきたの誰だよ」


「……?」


「若年性認知症か? マギー」


「うるさい野球バカ。結局読んだの?」


「塗仏の支度の方まで」


「いいとこじゃん……早く読んで」


「長えんだよあれ」


 トリスタンはそう言ってガハハと笑った。おおらかなのだ。気にしないのだ。スポンと頭の中から違和感が抜けちまう男。そうだっけ? そうかもなあ。んで、なんか問題ある? そんな感じ。だから、弟のように思っていた勇者が勇者になった時も、おめっとさん! の一言で済ませた。あと頑張れよという激励の言葉だけ言った。それからは皆様ご存知の通り、兄貴ヅラしたいトリスタンはひょこひょこついてって、魔王に殺された。まあ、なんだ。面倒見がいいんだな。世話焼きたくて仕方ねえやつなんだ。マギーがおすすめした本は大抵読んでくれるし、モニカがメンズメイクをしてみたいといえば実験台になる。勇者のことだってそうだ。ギルバードをギルバードとして見ていたのは最後まで彼だけだった。

 マギーはそうはできない。

 ギルバードは勇者としてでしか見れない。

 マギーには一つだけ恐れていることがある。現世のギルバードが勇者でない可能性を恐れている。マギーにとってギルバードという名は勇者の代名詞に他ならぬのだ。勇者じゃ無くなっていたら。ただの人間になっていたら。どうしよう。マギーが好きなのは勇者としてのギルバードだから、勇者じゃなくなったギルバードを受け入れられるかと言われたら答えはノーだ。絶対ノー。きっと受け入れられない。どう考えても無理。鳥肌が立って胃が痙攣する。目ん玉はグルンと一回転して口から心臓を吐きながら失神してそのまま死ぬだろう。アナフィラキシーショックではないけど、とりあえず拒絶反応が出る。勇者でなくなったギルバードなんてギルバードじゃねえから。いっそ殺してしまうかもしれない。来世はちゃんと勇者になれますようにと神様にお祈りしながら、うめくギルバードの全身を燃やして殺してしまうかも。お祈りはモニカの得意分野だった気もするが、あんなん誰がやっても一緒だろう。神様が本当に全人類を分け隔てなく愛しているならの話だがね。

 ああ、恐ろしや。

 マギーは誰よりもギルバードに合うことを夢見ているのに、会うのを恐れているなんて、滑稽な話だ。『トリックスター』だったらゲラゲラ大爆笑だろう。むかつく。マギーだって再会を喜びたい気持ちはある。しかし、マギーが会いたいのは勇者であってただのギルバードではない。わがままか? そうかもな。しかし、そんなもんだろう。ファンが会いたいのはアイドルであるあなたであって、オフの日のあなたではない。偶像に会いたくてたけえ金を払っているのである。マギーも勇者に会いたいから高校生が出せる手を全部尽くして魔王を発見し死体埋めなんてやってるわけで。つまり、偶像に会うためならばどんな犠牲だって払うからどうか偶像のままでいてくれって話だ。おお、傲慢。自己中。救えねえ女。

 いつの間にか二人はお弁当を食べ終わっていてウノをしていた。混ぜろ。



 ……



 真夜中。

 山に来ていた。

 ホテルに泊まって夕食のバイキングを楽しみ、風呂にも入ってちょっと休憩した後、こっそり抜け出した。そして、スーツケースにしたことを強く後悔していた。買ったばかりの可愛いデザインがもう汚泥に塗れて見るに耐えなくなっている。トリスタンの金だからまあいいが、それでもよくない。悲しくなってきた。


「まだ!?」


「まだまだ。もうちょい奥深くに埋めなきゃバレるだろ」


 山を登る。ひたすら登る。マギーは体力がないので会話に混ざることすらできない。見え張っておしゃれな靴にしなくてよかった。履き潰したスニーカーの安心感。汚してもまあええかで済ませられるのは精神衛生上とてもいいことである。少なくともスーツケースのように悲しくなったりはしない。そろそろ買い替えようと思っていたからちょうどよかったかもしれない。どんなの買おっかなあ。暗い暗い山道は精神をガリガリ削ってくる。鉛筆削りで削られる鉛筆ってきっとこんな気持ち。虫の鳴き声と先導するトリスタン、モニカの声。暗い。見えない。見えなければ想像は嫌な方向にしか進まない。そういやクマとか出んのかな、とか。変な虫に刺されてなきゃいいな、とか。見つかったら、捕まったら、バレたら、どうなるだろうか、なんて。勇者探しなんて言ってる場合じゃなくなるのは確実で、すなわちマギーはマギーの生きる意味がなくなるってことだ。怖い。怖い。怖い。バレたらどうしよう。見つかったらどうしよう。素人の考えでここまできた。トリスタンとモニカが異常に異様に落ち着いているから、なんとなしにだべって、死体が件の魔王であったのも幸いして、マギーは落ち着いていられたのだ。魔王だから死んで当然。じゃあ、魔王の前は? 魔王は肉体を乗っ取ることで現世に復活する。じゃあ、魔王に乗っ取られる前の彼女はどんな人間だった? 魔王と同じように悪逆非道を絵に描いたようなやつだったのだろうか。ちげえに決まってる。絶対、違う。解体する時に見えた、変な方向に癒着してしまった骨。ガラスで切られたような傷。理不尽と残酷に塗れた少女の肉体。死体。彼女はどんな人間だったんだ。わからない。魔王が乗っ取った。だから殺した。これから埋める。ホムセンの割り引かれていたスコップで、三人がかりで穴掘って埋める。誰にも気づかれず土に還って、骨になって。彼女の家族はどう思うだろう? きっと何も思わないんだろうな。誰か、彼女を気にかける人がいたんだろうか。いないからこうなったんだろうか。そうだな。そうに決まってる。誰も彼女を見なかったからこうなった。魔王に乗っ取られてお陀仏。お亡くなり。ご臨終。さよならバイバイまた来世。地獄の底で待ち合わせ。

 マギーは死んだら地獄に行くの?


「ここらでいいだろ」


「あー、重かった。絶対スーツケースに入れるべきじゃなかったでしょ」


「うるせえ。ほら、埋めんぞ」


「うへー」


 モニカとトリスタンは平然と行動している。こんなことを考えるマギーがおかしいんだ。だって魔王だし。殺されて当然。死んで適当。辺鄙な山奥で肥やしになったって、誰も悲しまない。

 マギーは黙ってスコップを受け取った。



 ……



 言っておくが、モニカだって別に平気だったわけじゃあない。

 前世と今世の距離感が曖昧でほとんど同化している彼女の精神。モニカは喪音で喪音はモニカだ。前世僧侶なモニカは死体遺棄という行為に胃がひっくり返っちまうんじゃねえのってぐらい吐き気がしたし、平々凡々女子高生の喪音だって仲間が殺人行為に手を染めたと聞いて心臓が口からまろび出そうになったような気がしたのである。風呂場に寝転がされた少女の死体はいつかはゲームで協力プレイをしオフ会まで開いた間柄。可憐な少女。いたいけな女の子。その、撲殺死体。死体が腐っていく臭いに、モニカはえずいた。当たり前のように気分が悪かった。ホームセンターで空元気を演出しても根本的な気分の悪さはちっとも改善してくれやしない。クソッタレ。ぐるぐる回る視界の中、震える手で彼女の腕を切り取った。血が溢れて白い浴槽が染まった。トリスタンはこの風呂に今後入るのだろうか。入るのだとしたら頭おかしい。心底軽蔑する。なぜマギーは平然としているのだろう。なぜトリスタンはヘラヘラ笑っていられるのだろう。意味わかんない。本当にこいつらは一緒に魔王を倒したパーティなんだろうか? マギーとかトリスタンとか呼んでるけど、実はモニカの妄言に話を合わせている狂人だったりしないか? 怖い。今更になって怖くなる。気取られぬようにはしゃいでおく。死体をバラした後の宴も新幹線の中でのウノもホテルのバイキングも温泉も何もかも! いつも通りのモニカちゃんでいようじゃないか。そうだ。それがいい。だってこいつ魔王だもん。殺されて当たり前だ。だからこれは正義なんだ。勇者だって、魔王を討ち取った後はこうするに決まっている。殺しが現世で許されていないのが悪いんだ。魔王を殺した後ヒソヒソ隠蔽しなきゃいけないなんて、こんなひどい話はない。正義だ。モニカたちは正しい。魔王なんてどうせ人殺ししか頭にないようなやつなんだから、早めに殺して正解だったんだ。そうだろ、ねえ。勇者も、かつての思い人もそう言ってくれるはずだ。いや、言ってくれないかな。彼はまっこと正しき人だった。優しい人だった。子供が泣いていたらその涙を拭う。老人が倒れていたら慌てて駆け寄り介抱する。怪我をしていたら包帯を巻き、病に苦しんでいるならその手をとり、心に深い傷を負っているなら話を聞いて寄り添う。優しい人だ。彼は怪物すら殺すのを躊躇うような人だった。殺した後は冥土の幸福を祈る。現世の価値観で例えるなら害虫を退治した後にわざわざアーメンって言うようなもんだ。いるか? そんなやつ。例え人間の言葉が通じる虫がいたってそいつが死んだら祈るやつは何人いるだろうか。答えはいない。だってきもいから。モニカにとって怪物とは神敵に他ならぬまさに邪道だった。それを、彼はどう見ていたんだろうか。モニカやモニカが信じていた神のことを、どう思っていたんだろう。優しくねえやつらだったのかな。わかんない。彼は本音を言ってくれなかった気がする。じゃあモニカも言わない。彼への気持ちは心の奥底にピンクの包装紙でラッピングしてリボンつけてきれいに仕舞っておくのだ。それでいい。大事にとっとけばいい。だから、モニカは本音を言わない。いつも通りの明るいモニカちゃん。死体を埋める時も、それは変わらない。


「……モニカ、早く」


 山の中。

 スコップを青白い顔で受け取ったマギーは、懐中電灯の光の加減か、平気そうには見えなかった。



 ……



 ちなみに言っとくと『トリックスター』は平気だった。

 あたりまえ体操第一だから端折ったけど、魔王をぶっ殺したトリスタンは『トリックスター』である。少年十字軍所属の狂言回し。物語をしっちゃかめっちゃかに掻き乱す愉快犯。彼の生きがいは予想外を引き起こし起こるはずだった展開をひっくり返してメチャクチャにすることだ。んで、これもあたりまえ体操なんだけど、少年十字軍とは魔王と勇者の殺害を目的にした組織である。だから、目的達成できて万々歳。今夜は宴だ! という気持ちだった。一仕事終えた時の爽快さ。『ジャッジメント』に褒めてもらえるだろう。いや、あんなやつに褒められても怖気パレードなんだけど。おえって感じ。死体をバラす時の方がまだマシだ。

 魔王が死んでハッピー。

 それは『トリックスター』がどんなに少年十字軍に忠誠を誓ってなかろうが変わらない。魔王が死ねばチョー嬉しい。ガハハって海賊みてえな笑い声が出る。楽しうてしゃあない。魔王が死んだ。『トリックスター』が殺した。そん時は動揺したけど、事実を受け入れられたらその後はもうアドレナリンドバドバタイムに突入だ。物語を掻き回せている。掻き乱せている。

 あ、そうだ。

『トリックスター』はもういっこ、やろうとしてることがあるんだっけ。

 狂言回しとして、やりたいことが。やったら楽しいことが。

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