13.四人よっても意味はなし
戦争とはなんとも心躍る話である。
ヴォイドは戦うことが好きだ。いや、相手を負かす行為が好きなのだ。別に戦いの内容がポーカーでも麻雀でもじゃんけんでも指スマでも、勝てればいいわけで。しかし一等勝ちやすいのが単なる戦い、つまり殺し合いだから、ヴォイドは戦うことが好きなのであった。
「これからどうしましょーかねえ」
夕飯中、ちゃぶ台で野菜炒めを突きながら、ツナギにエプロンのミセルが呑気に呟いた。バライティ番組を見ていたヴォイドは、麦茶でにんじんを喉の奥へと流し込んでから返事をする。
「どうするもこうするもないだろ。戦争をふっかけられたのだから受けてやるのがマナーというものだ。全員殺すさ」
「それが問題なんだよなあ」
苦笑しながらミセルはキャベツを噛む。
「いいですか、ヴォイドさま。レガリアのクソ野郎が忠告してくるほどその組織は危険オブデンジャラスなんです。メーデーでエマージェンシーです。ヴォイドさまは地雷原で裸足でタップダンスをしたいのですか?」
「地雷原なぞ余にとっては手持ち花火よ。気にするこたぁないな」
「手持ち花火だって取り扱い間違えたら火傷しますよ……。てかヴォイドさまが無事でもおれやアンティークが無事じゃないんですよねえ。そこんとこどうお思いで?」
「頑張れ」
「精神論じゃないですか」
だって、どうしようもないじゃん。一朝一夕で強くなれるのならいいが、そんな暇はない。ミセルはバイトで大忙しだし、アンティークはミセルがいないと強くなれない。プログラムを弄る必要があるからだ。
「今夜乗り込んで全員殺してしまう手も、なくはないのだがな」
「はあ」
「場所がわからん」
「日本列島全域をぶち壊すのも、まあ、現実的じゃあないですよねえ」
「不明瞭とは厄介だな」
「同感です」
ヴォイドがミセルの皿に移動させたにんじんを、ミセルは無慈悲にも戻してきた。好き嫌いすると大きくなれないらしい。ばーかばーか、成長期なんてとっくに終わったっつーの、多分。
「アンティークに探してもらうのは? なんか、ほら、インターネットとか駆使して。そういう機能ないのか?」
「それも難しいんじゃないですかねえ。表立って行動しているわけじゃないと思いますし、きっと情報自体がネット上にないんじゃないでしょうか」
「そうか……」
まあ、秘密組織なんだし、情報がある方がおかしいか。そもそも『ない』ことになっているのなら、表向きの活動も何もあったもんじゃないだろうし。
「じゃあ、どうする? 待機か?」
「それが一番現実的かと。てかおれはバイトと大学で忙しいですからねえ。そんなんに構っている暇はないんですよ」
「大変だな」
他人事のように──実際他人事なんだけど、とりあえずヴォイドは呟いた。空になったピンク色のお茶碗をミセルに突き出す。
「おかわり」
「はいはい」
さて、どうしよう?
勇者御一行は少年十字軍のことを知っているのだろうか。知らないなら知らないでいいのだけど、知っていた場合はどういう関係だろう。敵? もしくは協力関係? 軍の目的──魔王と勇者の殺害──を鑑みるに、魔王であるヴォイドを殺すまでは協力しているような気がするが。うーむ、わからん。あの短すぎるコンタクトでは何もわからなかった。まだ勇者を探す最中で、ヴォイドに強い恨みがあるってことぐらい。多分近いうちに殺しに来てくれるだろう。きっと。わからんが。
わからないことは多いが、まあ許容範囲内だろ。
「余が殺す」
お茶碗を受け取りながら、ヴォイドは言った。お礼の言葉も言った。礼儀は大事にするタイプである。
「わかってますよ」
「心配しなくともよい。全員、殺してやる。ふっかけてきたのはそちらだからな」
「へいへい。……おれも顔見られてると思うんで、おれのとこにも来る気がするんですよねえ」
「その時はその時だ。殺せ」
「御意に。アンティークは家の警備ですね。住所は割れているわけですから」
「そうだな。電気代がかかるな」
「胃が痛い……」
おお、可哀想に。ヴォイドは一気に暗くなってしまったミセルの背をさすってやった。必要経費だ。仕方ない。
「なるだけ早く全滅させてやるからさ」
「一週間ぐらいでなんとかなりません?」
「ならない。そりゃ、組織の拠点がわかるのなら話は別だが」
「場所ですか……」
どうしたもんですかねえとミセルは考え込む。一網打尽ができれば苦労しない。それと同時に面白みもない。レガリアいわく『知らない魔法』とやらを使う少年十字軍の皆々様には興味があるのだ。一人一人実態をお見せしてもらいたい。
ヴォイドの理想形は各個撃破で、一網打尽ではない。
しかし、勝った後のこと、主にミセルの懐事情を鑑みると、そうは言ってられないのも事実である。贅沢が言える状況ではないのだった。
「場所、場所。うーん……」
「ま、どうせお相手さんが勝手に迎えにきてくれる。それまで待機だ。回転寿司みたいなもんだろ」
「その例えはなんか違う気がするんですが。ああ、えーっと、場所ですよねえ」
ミセルは考え考え、それからああと声を出した。
「レガリアがなんか知ってませんかね」
「……レガリア?」
レガリア・S・ファルサ。
かつて少年十字軍と手を組み、裏切り、裏切られ、そして殺された怪物。
「なんか知ってるでしょ、あいつ。連れてきますね」
「よろしく頼む」
「えーっと、呼び出しなら魔法陣型がいいですかね。それとも境界利用?」
「どっちでも。……アンティークにも情報を共有したいな。起こしてくれ」
「オッケーです。マッキーってどこしまってありましたっけ?」
「こっちの棚」
「紫しかない……」
「それでもできるだろ。多分」
……
火災強固改め、レガリア・S・ファルサは『侵略種』である。
支配することに長けた怪物だ。バイト先であるメイド喫茶も例外なく支配してある。ぶっちゃけレガリアは休憩場所で壁を眺めていれば店長並みのお給料がもらえるのだ。異文化を体験したいということでやってないけど、飽きたらそんな感じで行こうと思っている。
だから、今はまだ真面目に働いていた。
本日何人目かわからないご主人様を支配してオプションを大量につけてもらい荒稼ぎしていた。まさに稼ぎ頭である。ウハウハである。おうおう貧乏人金を捨ておけ。このレガリア様のお通りじゃ。
そんなこんなで、レガリアはこの世界をエンジョイしていた。気持ち良く気分良く支配さしてくれる人間様には感謝しかない。生活空間にストレスがないと気分はもちろん上がる。そうだ、今日はお給料も入ったことだしミスドでも行こうかなあ。うん、それがいい。バイト終わり、更衣室で可愛らしいメイド服を脱ぎながら、レガリアは夢想する。一般的な、まさに流行りの服を身につけて(ブランドは服屋証拠の会社だった)レガリアは退勤した。
「うわ、暗い……」
無茶なシフトを入れてしまったせいか、外はもう真っ暗になってしまっていた。今何時だろ? 確か七時半ぐらいか? 支配している両親は何も言わないだろうし、警官が何か話しかけてきたとしても支配するだけだけど。
「早く帰ろ」
店から出て、レガリアはネオンライト煌めく夜の繁華街を歩いていく。大きな交差点に差し掛かって、赤信号だったので普通に止まった。交通ルールは守る。
そこで、足元が光った。
なぜか紫色に。
お分かりのように、これは足元灯ではない。花火やライターのような火でもない。雑に描かれた──強いていうならマッキーで描かれた魔法陣のような形の光が、レガリアを下から照らしている。
他の人間がなんだなんだとレガリアを見る。一睨みして全員支配した。記憶を消す。醜態を観測されたくない。
とりあえず。
この乱暴乱雑極まりない魔法陣を描いた、そしてレガリアをターゲットにした不届者。
「ミセル!」
あの沼色のツナギ男の名前を叫んで、レガリアは魔法陣に吸い込まれた。
……
「お、成功した」
ミセルが無感動に呟いて、ヴォイドはそちらを見ようともせずにテレビのチャンネルを変えた。今見ているのは金曜日の映画番組である。今週は何をやっているのだろう? ジブリ?
「殺すわよ、ミセル」
「こわーい。何イライラしてるんです?」
レガリアの地を這うようなひっくい声が聞こえて、ヴォイドは緩慢な動きでそちらを見やる。ちょっと若くなったレガリアが逆さになって壁にもたれていた。逆立ちをしようとして失敗した人みたいなポージングである。
ヴォイドは片手をあげて挨拶をした。
「久しいな、レガリア」
「うわ、息災でしたら何よりですよ、ヴォイド様」
「うわって言ったか?」
「いえ、何も」
逆さまのままレガリアは答える。ひどく不機嫌だ。一体何があったのだろう? バイト先でいじめられたのか? 可哀想に。
レガリアはようやっとゴロンと転がり、姿勢を正す。上下を直す。ボサボサになった髪を整えながら、ミセルを睨んだ。
「何の用」
「少年十字軍が喧嘩売ってきたからなんか知恵出して」
「もっと丁寧に言えよ十三位」
「うるせー。戦争しますよってことを教えてあげるだけ感謝してほしいもんですね、一位」
「は?」
「あ?」
「喧嘩すんな。ミセル、アンティーク起こしてこい」
犬猿もびっくりな二人を離れさせるため、適当に命じて退出させた。ミセルは仰せのままにと隣の部屋に入っていく。よし、とりあえず内乱は回避。ナイスプレイだ。
「アンティーク……いるんですか?」
「ミセルが作った」
「あの人間不信が? びっくりですね」
「それな」
へーと感心するレガリアに麦茶を注いだ。ピンクのうさちゃんが描かれた、百均で買ったガラスのコップである。可愛い。
「単刀直入に聞こう」
「何をです。てかこのコップなんなんですか。可愛すぎませんか。ヴォイド様の趣味じゃないですよね?」
「うるせ! そんなん問題じゃないだろ。今考えるべきは少年十字軍のことだ。あとこれはアンティークの趣味」
「アンティークって女児趣味だったんですね。意外でもないですが」
「話聞いてるか?」
「耳穴かっぽじってよおく聞いてますよ」
「じゃあ鼓膜の方が機能してないのか……」
「ひどーい」
レガリアは単調に答えてテレビ画面を見る。今週はコナンだった。知識は漫画一巻で止まっている。『前』の自分は嗜んでいなかったらしい。知識ゼロだ。
「コナン読んだことあるのか?」
「服屋証拠はファンで、火災強固はミリしらって感じです」
「両極端……」
この分だと三週連続だろうなあと思いつつ、ヴォイドは麦茶を飲んだ。ミセルはまだ来ない。アンティークの起動には時間がかかるらしい。
「レガリア」
「なんですヴォイド様。今のワタクシは火災強固なので詳しい説明は──」
「知っていることを全て、話せ」
「対価は」
レガリアは間髪入れずに聞いてきた。対価。対価。何を強請っているのだろう。いっかい殺された分際で、何をほざいているのだろう。
「……別に貴様を痛めつけて吐かせてもいいんだぞ?」
「どうぞご勝手に。ワタクシは口先だけは達者ですから、二枚舌で紡がれた情報を馬鹿正直に信じられるのならいいですよ。拷問尋問なんでもどうぞ」
「めんどくさいなあ。いいじゃないか何も払わなくても。余と貴様の仲だろう?」
「反逆者と主人の関係性を『仲がいい』の一言でまとめるのって無理ありません?」
「細かい」
「ヴォイド様はおおらかすぎます」
なるほど、レガリアという怪物だけあって一筋縄じゃあいかない。いくら自分の身に危機が迫っていようとも、主人に助けて欲しくとも、どうしても諸人が苦しむ方を選んでしまうのがレガリアで『侵略種』である。性格が悪いのだ。ヴォイドのことが心底鬱陶しいのだ。気持ちはわからんでもないがね。
さて、どうしたものか。
「じゃー、こうしよう。余は最近オフ会をしてきた勇者パーティのみんなのことを話す。その代わり貴様は少年十字軍の知っていること全てを話せ。いいだろ?」
「勇者パーティ? ああ、いましたねそんなやつ。この世界にいるんですか?」
思ったよりも冷静にレガリアは聞いてきた。つまらん反応だ。どうせなら『えーっ!? レガリアちゃんびっくり仰天大絶叫! さっすがヴォイド様!』とか言って欲しかった。言うわけないけど。
「いる。んで、パーティはきっと少年十字軍のことを知らない。余が魔王かどうか確信を持っていなかった。宣戦布告までしてきた少年十字軍のメンバーならば、あの場で戦争を仕掛けてきてもおかしくないのに、だ」
「ちょっと待ってください。宣戦布告されたって言いました?」
「言った」
「わー、レガリアちゃんビックリ! 何やらかしたんですか!」
「ビックリポイントそこかあ……」
さっきミセルが言ってなかったっけ? いや、ミセルの話なんてレガリアにとっては虫の羽音みたいなものなんだろうけど。
「向こうが勝手に喧嘩売ってきたんだ。余のせいじゃない」
「……」
おや、信用されていないのか、レガリアはヴォイドのことをジーッと睨んでくる。悲しい。悲し過ぎる。シクシク泣いてやろうかな。
「……それで」
レガリアは渋々といった様子で。
「何が知りたいんですか」
……
アンティークが無事起きたので四人(三人と一体?)はちゃぶ台を囲んで作戦会議をすることになった。ミセルがあったかい緑茶を注いでくれる。
ピンク色の湯呑みを持ちながら、ヴォイドが口火を切った。
「レガリア、知ってること洗いざらい話せ」
「改めて言われると無茶ですよね。というか、ワタクシヴォイド様がどのぐらい知ってるのか見当ついてないんですけど」
「少年十字軍は勇者と魔王を殺すための組織。レガリアを殺した」
「情報量少な」
呆れるレガリアを無視してミセルが欠伸をした。アンティークは変わらずニコニコしている。そういやレガリアとアンティークって仲良かったっけ? あまり関わりがなかった気もするが。
レガリアは淹れてもらったお茶には口をつけずに説明し始めた。
「……少年十字軍は、ヴォイド様が仰った通り、勇者および魔王の殺害を目的としています。しかし、組織としてのスタンスはそうであっても、個々人の思惑は違う。魔王なんて眼中に入っちゃいない連中ばかりです」
「はあ、じゃあなぜそんな目標を? みんなみんな殺したいわけじゃないのなら、なぜ皆さんは躍起になってるんです?」
ミセルが口を挟んで、レガリアは渋々答えた。
「彼らの長が望んでいるから」
「……長、というのは」
「『ジャッジメント』」
少しだけ、聞いたことがあるような気がした。
いつだっけ……聞いた気がする。『ワーカーホリック』が尋ねてきたときじゃない。じゃあ、『スナイパーライフル』と会ったときか? レガリアが死んだとき。初めて少年十字軍という存在を知ったとき。
「『ジャッジメント』には、ワタクシもお目見えしたことはありません。シークレットです。ワタクシが接触できたのは『ハッピーハート』、『スナイパーライフル』、『ワーカホリック』、それから『フレンドリーファイア』『フレンドリーマッチ』ですね。最初の三人は尖兵、一歩兵で、フレンドリーな方々は内部官でしょうか」
「かなり大きな組織なんですねっ!」
「そうですね。まだまだいます。これだけは断言できる。少なくとも、六百人ぐらいは」
ん?
そりゃ大所帯だけど、なぜそんな細かいところまで断言できるのだろう? とヴォイドは思ったけど口には出さなかった。ミセルが代わりに口を開いたから。
「なぜそこまで数がわかるんです? 数人しか接触できてないじゃないですか。本人たちから聞いたんですか?」
「いや、ただの推測」
ああ、言ってなかったわねと、レガリアはミセルを嘲笑うように。
「ヴォイド様の『前』──その体の元持ち主が、通っていた学校」
それが。
「少年十字軍の本部です」
……『前』の自分は屋上から飛び降りて死んだ。
学校の、おそらくは通っているだろう、使っているだろう校舎から飛び降りた。通っていない見知らぬ学校で飛び降り自殺なんて聞いたことがないから、合っているはずだ。彼女は何かから逃げたくて鳥のモノマネをして失敗して死んだ。
ぐちゃぐちゃのトマトになるところ、下に花壇が合ってクッションになってしまって。でも本人は死ねたとばかり思ったから、だから、その体にヴォイドが入った。
乗っ取った。
「じゃあ、貴様がいたのは、少年十字軍と協力していて。だから、転生したての余を発見できたと」
「その通りです。言ったでしょう? あの学校の関係者は全員怪物だって。学校内にいくつか候補があって、その内の一つが当たったって」
「言ってはいたが……」
それでも。
『前』の自分が自殺場所に選んだ組織が、自分を殺そうとするなんて、考えもしないだろう。
そもそも乗っ取られるなんて思いもしないだろうし。
あー、あっぶっなかった……。危うく転生してからすぐバトルするとこだった。会っていたのが裏切ったレガリアじゃなきゃ、ヴォイドは貧血でフラフラな中、六百人を相手取らなければならなかったのだから。
それはそれで面白かっただろうけど、目的が達成されないから却下。お断りだ。死んでもごめん被る。
「『ジャッジメント』をはじめとした少年十字軍のメンバーはそこに潜伏しています。世間体は単なる高等学校ですが、蓋を開けてみればビックリの殺戮集団です。ま、他所の学校の中身なんて、オープンキャンパスでもやらなきゃ知られないのがフツーですからねえ」
「はいっ! このアンティークは質問したいですっ!」
「どうぞ」
おざなりにレガリアが許可して、ミセルは我関せずとばかりにお茶菓子を用意し始める。昨日お給料日だったから散財したのだ。脱、もやし生活。万歳、もやし以外の野菜。野菜は嫌いだけど。
アンティークが元気いっぱいに質問した。
「御主人様の『前』って誰なんですか?」
「それは……」
レガリアが言葉に詰まった。先ほどまでの饒舌が嘘のように、詰まった。ジャムった。
しかしながら、これは誰にもわからない。レガリアじゃなくても、ミセルも当事者であるヴォイドも知らない。
『前』の自分。
少年十字軍が運営する高校に通っていた少女。
「単純明快に考えちゃえば、少年十字軍の誰かさんでしょうねえ。コードネームは『リストカット』とか?」
「まあ、順当に考えればそうだな。しかし自殺した理由がわからん」
「『ジャッジメント』に言われたから、というのが一番有効ですね」
なんてったって長なんですから、とレガリアはお茶を啜りながら答えた。ヴォイドは薄焼き煎餅に手を伸ばす。
命令されたから、死ぬ。自主性がない。主体的でない。しかし、あり得そうだと思ってしまう。魔王殺しなんて荒唐無稽極まりない、まさに愚かしいことこの上ないことをしようとしているのだ。
『ジャッジメント』が望んだから。
しようとしている。
自分が望んでいなくても、しようとする。『ジャッジメント』の一言でしている。実行している。勇者と魔王を見つけ出し、必ずやその首を献上するのだと息巻いている。
そりゃ、自殺命令ぐらい受け入れて当然だ。
「悍ましいな」
「絶対ヴォイドさまだけには言われたくないと思いますよ。悍ましいという意見自体は賛同しますが」
「以下同文です」
「はいっ! このアンティークもですっ! 御主人様と創造主様と第一位様の意見に同意しますっ!」
アンティークが『マスター』という単語をゲシュタルト崩壊するほど繰り返しながら同意してくれた。健気だ。
コナンを眺めながら、ヴォイドは煎餅を噛み砕く。やっぱり薄塩が一番美味しい。もちろん甘いのも好き。みんなみんな(アンティーク以外)煎餅とお茶を楽しみながら、しばらくコナンを楽しんだ。知識ゼロでも結構楽しめた。お、爆発してる。
「ところで」
「なんだ、レガリア。今いいとこなんだ」
「その戦争とやらはいつからですか?」
ヴォイドは堂々と。
「さあ?」
と答えた。
……
レガリアが帰って、ミセルは風呂に入り、アンティークが自分で自分をシャットダウンしようと頑張っている最中。ヴォイドはアンティークに話しかけた。ちなみにヴォイドはもう入った。濡れた髪を櫛で梳かしながら、気楽な調子で、口を開く。
「アンティーク、ちょっといいか」
「はいっ! なんでしょう御主人様っ! このアンティーク、御主人様のご要望は全て! 全て聞かせていただきますっ!」
「うん、いいな。じゃあ早速──」
『前』の自分が通っていた学校を、少年十字軍本部の場所を、教えてくれ。
ヴォイドは明日の天気でも聞くかのように言った。晴れるといいなあとでも続きそうな口調だった。ガシガシとタオルで髪を拭きながら、なんならテレビに映ったニュース番組に釘付けになりながら。
アンティークもアンティークで。
「はいっ! わかりましたっ! お調べいたします!」
いい返事をしていた。
危機感がないらしい。
無知はいいことだ。詮索されても面倒だから。これがミセルだったら絶対行くな何を考えてるんだ怪我をしたらどうするもう足を切るしかないと末期思考に陥っていただろうし、レガリアならガハハ! ウケる! 教えるわけねえじゃん! だ。どっちも扱いづらいしレガリアに至ってはムカつく。本当に部下なのか?
とりあえず、アンティークはいい子だった。
深く考えず主人の命令だからと素直に聞いてしまうところとか、特に。
「今グーグルマップで調べますねっ!」
調べ方は庶民的だった。
そりゃそうか……。
「うーん、うーん。見つけましたっ! 御主人様っ! タブレットをお貸しくださいっ! 画像を共有しますっ!」
「わかった。コードはいるか? それともワイヤレス?」
「いえ、直に挿しますっ!」
直に。
直に=直接? どうやって? とヴォイドがはてなマークを頭の上に浮かべた瞬間。
「よっと」
アンティークが左人差し指の先をペンのキャップのように外した。
キュポンって、軽く。
現れたのはUSBケーブルの先端だった。ちょうど、ヴォイドのタブレットの充電口にハマる形。引っ張ればたらんとなんともだらしなくケーブルが出てくる。
「なるほど、直に挿せるな」
「はいっ! できますっ!」
タブレットにケーブルをぶっさす。勝手に検索アプリが開いて地図が表示された。おお、便利便利。アンティークがえっとですねーとスイスイ画面を移動させて、詳しい住所と外観、それからルートを表示した。徒歩三十分。自転車で十五分。バスも出てるし電車もある。
行きやすい。
「なあ、アンティーク」
「はいっ! なんでしょう御主人様っ!」
「盗聴器を作りたい。手伝ってくれ」
「……?」
アンティークはこてんと首を傾げながらケーブルを元に戻す。シュルシュル吸い込まれていった。あれだ、掃除機のコードだ。変な所で庶民的。
「創造主様にお聞きになった方が良いかと思いますっ!」
「それでは意味がない。貴様でいい。貴様がいい。ミセルには決してバレんようにしてくれ」
「はいっ! わかりましたっ!」
やはり素直に軽佻浮薄にアンティークは答えた。るんるんと歌い出しそうな雰囲気で隣の部屋に部品を取りに行く。頼られたのが嬉しいらしい。
さて。
そろそろこちらも動いておくべきだろう。
戦争を仕掛けてくれたんだから。いつまで経っても受け身じゃつまらないじゃないか。相手方に失礼じゃないか。ミセルもレガリアもみんなみんな日和見主義の風見鶏。つまんない。つまんない。
せっかくやり直せるのだから、楽しもう。
つっまんねえ死に方をまた選び直せるのだから、愉快に死のう。
生命に等しく価値はない。他人の命にも自分の命にも価値を見出していないのが怪物で、ヴォイド。死に方を選んで楽しんで地獄に行こうじゃないか。
少年十字軍も勇者パーティも、例外はなく全員殺す。仲間外れはしないとも。差別も区別もしてやらん。
それでは。
始まり始まり。




