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10.どちらも真っ黒な腹の内

 やなやつに会っちゃったなと、お互いに思ったことだろう。

 それもそのはず、お互いがお互いを嫌いすぎるあまり、思考なぞ手に取るようにわかってしまうから。以心伝心で犬猿の仲である。目と目があったら殺し合い。会わなくても殺し合い。ごきげんようぶち殺すぞでこんにちは受けて立つわ。とりあえず、不仲である。こんな二文字の単語で言い表せないほどには、不仲。

 だから、本来ならばあり得ない話である。話し合いという単語を辞書から削除したような二人だから。肉体言語しか持ち合わせず、意見が食い違ったやつは殺せばいいと思っている野蛮人だからこそ、あり得ない。あり得るはずがない。

 しかし、世の中に絶対はない。


「何してるんです? レガリア」


「こっちのセリフよ、ミセル」


 お客さんと店員さんとして、ミセルとレガリアは店内にいた。

 かたやバイト終わりの大学生、かたやメイド喫茶の店員をする高校生。過去の立場を垣間見るとこれまたあり得ないシチュエーションだが、実際あり得てしまっているのだから仕方ない。ミセルは落ち着かない店内で仇敵のメイド姿を見ながら他人の作った飯を食うことになってしまった。


「で、ご注文は?」


 机の横に立つレガリアがぶっきらぼうに聞いてくる。仕事なんだからちゃんとしろ。渡されたメニューをパラパラめくり、あまり食べたくないなあとミセルが思いつつ、しかし混同の方は腹が減ったと思ったから、素直にオムライスを注文した。


「じゃあ、『らぶらぶ! ねこちゃんオムライス』で」


「わざわざフルネームで注文する客初めて見たわ。てかお絵描きするのワタクシなんだけど?」


「せいぜい励んでください」


「バカにしてる?」


「してませんよ、レガリア画伯」


「してるわね」


 同僚の絵心のなさを思い出しつつミセルはニヤリと笑った。人が嫌がることを進んでやるのがミセルで混同解答である。通知表にそう書いてあったので。もちろん、ゴミ出しも掃除も嫌がらせも悪戯もやる。そこに区別はつけない。やられて嫌なこともやりたくないことも一緒くた。

 レガリアは心底嫌そうな顔──忠実に表現するのなら苦虫を百匹噛み殺したあとシュールストレミングを丸呑みしたような顔で渋々注文をとった。おお、愉快愉快。できることなら撮影してそれを肴に酒でも飲みたい気分だ。あとヴォイドに見せびらかす。


「あれしてくださいよ、あれ。萌え萌えきゅん」


「されたいの?」


「いや、まったく」


「じゃあ言うなボケ」


「客にそんな態度とんなよカス」


 どっちもどっちな悪口の応酬。ひどく不機嫌そうにレガリアは注文を承り、それからミセルの正面に座る。


「いいんです? 仕事中でしょう」


「いいのよ。そういうサービス。あとで払ってもらうから」


「勝手に何やってんですか。殺しますよ」


「殺せるもんならやってみなさいよ、十三位」


「ええ、殺してあげましょうか、一位」


「……」


「……」


「くだらねーわ」


「まったくです。それよりレガリア。早く本題に入ってくださいよ」


 ミセルはさっさと終わらせたかった。だからレガリアの核心をつくような言葉を発した。レガリアの顔がますます渋くなっていく。おもろい。


「……本題って?」


「ここまできてしらばっくれます? ……おれを見つけたとしても無視すりゃいいだけで、店内まで招き入れる必要はない。気づかれたとしても、です。外で終わらせときゃよかったんです。あんだけコテンパンにやられたんですからヴォイドさまにはしばらく手出ししないでしょう? だから、何か話したいことがあるんじゃないかと邪推してみた次第で」


「ふうん。……勘の良さだけは一丁前ね」


「いちいち貶さないと死ぬんですか」


「ええ、そうよ。アナタみたいなクズ、まともに相対したくないもの」


「同感です。ですんで、さっさと終わらせてくださいな」


 はあとレガリアがため息を吐く。舌打ちもして眉間に皺も寄せる。どんだけ嫌なんだろう。

 まあ、その気持ちはわからなくもないけど。


「……どこまで知ってる?」


「どこまでとは」


「ワタクシがヴォイド様にどんなことをして、それをするためにどんな人間を使ったのか」


「さあ? ほとんど。ヴォイドさまはほとんど話してくれませんから」


「あっそ。じゃあ一から順に説明するわよ。まず……」


 ほうほうとミセルは頷きつつ話を聞く。どうやら我らが王様に不敬極まりないことをしていたらしい。打首にしてやろうかと思ったけどやめた。ミセルは我慢ができる。目の前の女と違って。


「……つまり、少年十字軍とかいうよくわからない組織を頼って裏切ったら殺されたと? バカなんですか?」


「アナタに言われたくないわね。まあ、事実よ。『ハッピーハート』に、ワタクシは殺された。ビルをぶっ壊したのは多分『スナイパーライフル』ね。ヴォイド様が『スナイパーライフル』と出会ってしまったかはわからないけど、というか確証がないけど、それでも少年十字軍という名前は知っているはずだわ。勘のいいお方だもの」


「話してくれませんでしたが……」


「信用されてないんでしょ。もしくは、言っても無駄だって思われたか」


「それもそうですね」


 ミセルが知っているヴォイドならそうするだろう。どうせ知らないと決めつけて話さない。たとえ脅威となる敵らしき者どもが現れても、言ったところでどうしようもないと判断すれば言わない。それでこそヴォイドだ。ミセルのヴォイドだ。


「それで?」


「……」


「結局何が言いたいんです」


「少年十字軍を敵に回したことの危険性について」


「はあ」


「そもそも、どんな組織かわかってる?」


「いえ、まったく」


「これまでの話からわかるように──ヴォイド様を再起不能にしようとして、それに協力したように、少年十字軍の目的は魔王及び勇者の殺害よ」


 ミセルはちょっと置いてから口を開く。丁寧に情報を処理してから、適当な質問を投げかける。


「……勇者もですか」


「ええ、勇者も。主人公となる存在を殺す組織よ」


「勇者ってこの世界にいるんですか?」


「それは知らない。けど、魔王がいるのなら勇者もいるでしょう」


「適当ですね」


「そうとしか言えないから」


「それもそうです。……んで、結局注意喚起ですか? それだけのために?」


「そうだけど?」


 それだけかよ。

 ミセルはこの場でレガリアをぶっ殺したくなったが、やめておいた。店内を汚すのは忍びないもの。


「勘違いしないで」


 レガリアは不機嫌そうに。


「こういった場を用意して、しっかり忠告したかったの。……ワタクシが、アナタに。ヴォイド様に。どうしても」


「……」


「どういう意味かわかる? わかってるわよね。説明するまでもないわよね」


 忌々しそうに、続ける。


「少年十字軍は、それほどまでに危険で悍ましい組織だってこと」



 ……



 しばらくしてオムライスが届いた。

 レガリア画伯にお絵描きしてもらい、ミセルはいやだったけど混同は腹が減っていたら食べることにした。


「てか、前は服屋証拠でしたよね。今の名前は?」


「……火災強固(かさいきょうこ)


「へえ。大企業の社長のあとは青春真っ盛りの女子高生ですか。落差が激しいですね。親御さんは?」


「支配しといた」


「ですよね」


 そりゃそうだとミセルは思いつつ、ケチャップで描かれた猫のような化け物を潰していく。レガリアがちょっとだけ悲しそうな顔をした。そんなに思い入れがあったのだろうか?


「少年十字軍は置いといて。肝心の勇者はどうなんです?」


「知らない」


「そんなはっきりと」


「知らないものは知らないとしか言いようがないわ」


「でも、軍の目的は勇者と魔王の殺害なんでしょう? 一時的とはいえ協力したのですから、それなりに情報も共有してくれたんじゃないですか?」


「まさか! いっつも話の通じないやつばっかり送られてきたのよ? 情報どころか、世間話すらできなかったわ」


「それは……あれですか。情報が漏れないようにとか、そういう策で?」


「いや、そんなやつしか出て来れないから送られてきたって感じね。組織全体で話が通じないんじゃない?」


「やな組織……」


「こればかりは同感ね」


 お互いため息を吐いた。オムライスはうまい。しかし空気は最悪で未来も暗い。

 ミセルは唇についたケチャップを舐めとって、考える。少年十字軍。ミセルの大切なヒトを殺そうとする、外道の組織。


「おれなら殺せますかね」


「ああ……どうだかね。いくらアナタの魔法でも厳しいと思うけど? あちらだって生身の人間じゃない。あの世界にはなかった魔法をバンバン使ってくるもの」


 ……おっと?

 ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がしたが、気のせいか?


「もっかい言ってください」


「だから、アナタじゃ厳しいって」


「そこじゃないです」


「こればかりは同感」


「遡りすぎです。もっとあと」


「生身の人間」


「もうちょいあと!」


「あの世界になかった魔法を、使ってくる」


 それだ。

 なかった魔法。こちらの世界は科学が主流で、魔法なんて御伽の世界に追いやられている。まさしく夢である。幻想である。そもそも魔法を作ろうなんて考えないし、考えたとしても基礎理論が発展してないのだから何もできずに終わるはずだ。この世界に住む住民はみんなみんな、魔法を使えない。服屋証拠が乗っ取られたように。混同解答が使えないように。

 だから新しく魔法を作るのなら、ヴォイドのように転生するか、レガリアのように支配するか、ミセルのように思い出すか、アンティークのように作られるかしか、ないのに。

 なかった魔法?

 新しい、魔法?


「……魔法とは、呼びたくないけどね」


 レガリアはボソリと呟いた。


「そもそも、魔法の定義ってなんだと思う?」


「……世の理を解き介入する技術」


「正解よ。水の流れ。風の動き。火の強さ。雪の冷たさ。星の輝き。それを人為的に弄るのが、魔法。世界の法則に介入し意のままに操るための技術。……魔法使いが外道とされ、処刑されてたのって、こういうとこからきてるんじゃない?」


「何千年前の話ですか、それ。迫害期は確かに長かったですけど、それでもヴォイドさまの時代はそれなりに優遇されていたはずです」


「便利だと気づいたからね。使えると思えたからね。逆に言えば、魔法使いが便利だって気づかれなきゃ、ずーっと迫害されたことになるんだけど」


「ま、それはそうですね。魔法使いが異端だって考え方は後世に残ったわけですし。差別が区別に変わっただけ」


「そうそう。ヴォイド様やワタクシたちが怪物として恐れられていたのもそれの名残よ」


「……フツーに人殺して回ったからでは?」


「そうかしら?」


「そうですよ……」


 ミセルはオムライスを頬張りながら、どこか察しの悪い仇敵を見やる。本気でわかっていなかったらしい。なんなんだこいつ。


「魔法の話はいいんですよ。問題は、新しい魔法です。少年十字軍の話です。どういうことですか?」


「そのまんまの意味」


「説明しろって言ってんだよ」


「うるさ……。わかったわよ。ワタクシたちの命運に関わる話だから、ちゃんとしてあげる」


 渋々といった感じで、レガリアは説明し始める。お行儀悪く肘をつきながら。


「魔法歴史学はアルス学園で習ったわよね?」


「誰も彼も貴族だと思ってます? 学校なんて通えてませんよ」


「あら、そう? でも魔法使いの端くれとして歴史書は読んだことあるでしょ」


「ありますけど、そんな重要でしたっけ? いかついおっさんの肖像画ばっかじゃないですか」


「うわ」


「うわってなんですかうわって。殺しますよ」


「殺してみなさいよ。……とにかく! 魔法の起源! 歴史書の最初の最初に書いてあったやつよ。知らない? 覚えてない?」


「ぼんやりとですが。えーっと、あれですよね」


 ミセルは過去に一度だけ読んだ歴史書の内容を、なんとか思い出す。半分も読まないうちに枕にしてしまったその本。今思うとひどい扱いだ。


「……『魔法とは絶望の表れであり、また欲望の具現化である』」


「正解よ。どの魔法書にも刻まれている文句だから、忘れようがないけど」


「誰の言葉でしたっけ?」


「ヴォイド様がちょっかいかけに行って一瞬で死んだおじいちゃんの文言」


「覚えてねえってことですね」


「そりゃそうでしょ」


 今まで食べてきたパンの枚数と同義ではあるのだが、それでも、ふんぞり返って言うことではない。


「とにかく、よ。初めの初め。ワタクシたちがまだ生まれてすらいない時代の魔法使い。文字通りの、最初の魔法使いは己の欲を満たすために魔法を作った。いや、魔法を使えるようになってしまった、といった方が正しいかしら? 彼は……彼女かもしれないけど、とにかく、彼はままならない生活を変えたいと思った。だから魔法が使えるようになった。始まりの魔法使いだけじゃないわ。ワタクシは書類を燃やしたいと思ったから火の魔法が得意になったし、アナタはアナタで……鬱屈とした欲望を発散させるために、その魔法を作った。作ったんじゃないんだっけ? 使えるようになってしまったんだっけ? どっちでもいいけど。まあ、ワタクシたちだけじゃなく、この現状は歴史書を紐解けば大量に出てくる事案なのよね。これは地域ごと、生活レベルごとのの魔法習得率の話なんだけど、やはり貧民街生まれの方が──」


「……あー、つまり、こういうことで?」


 レガリアの長話が始まりそうだったので、ミセルはお皿に残った米粒を端に集めながら遮った。結論を言う。


「その少年十字軍とやらは、並々ならぬ欲望によって魔法が使えるようになってしまった人間だと?」


「その通りよ」


 レガリアはあっさり肯定した。


「欲望のために、ワタクシたちは魔法を使う。この世界では科学でそれを補ってきたようだけど、じゃあ科学で補えないほどの欲望を抱えた人間が現れたらどうかしらね」


「はあ……。じゃあ、少年十字軍はおれたちが見たことも聞いたこともない魔法を使うと。その、個人個人が願った求めた切望した魔法を、現実を変えるための魔法を、使う」


「そーよ。まったく、傍迷惑な話よねえ。魔法が学問として確立されていた時代の魔法使いからすると、厄介極まりないわ」


「おれたちの魔法って良くも悪くも教科書通りですもんね。誰でも使えるように技術として改造された魔法。欲がなくとも使える魔法。便利道具」


「その教科書通りの魔法を使わないアナタに言われたくないわ」


「おれだって使いますよ。普段はやらないってだけで。レガリアだって生まれ持った性質を武器にしてるじゃないですか」


「よくよく考えてみたら、『序列』の怪物はみんなそうかもね」


「そういやそうですねえ。ま、ヴォイドさまが教科書通りを嫌う方でしたから。あ、でも一人いませんでした?」


「あー、いたかも。名前忘れたけど」


「薄情者ですね」


「アナタに言われたくないパートツー」


 ミセルはごちそうさまをして、席を立った。そろそろヴォイドとアンティークが心配だ。伝票を見る。


「……まけてくれませんか」


「するわけないでしょ」


「でも、勝手にサービスを追加したのはレガリアですよね?」


「払え。払えねえなら皿洗いだ」


「……ぶっ殺しときゃよかった」


「今ここでワタクシをぶっ殺したら特殊清掃代も追加するわよ」


「だからそうすればよかったって言ってんじゃないですか。バカなんですか」


「アホに言われたくないわね」


「あ?」


「あ?」


「もう二度と来ねえからな」


「いってらっしゃいませご主人様。のたれ死んどけ」



 ……



 ヴォイドはニートである。

 ミセルが夜中までバイトに奔走していようが、その間ごゆるりお布団の上で惰眠を貪る。それがヴォイドだ。他人の苦労なぞ知ったこっちゃない。もちろん皿ぐらいは洗った方がいいかなあとは思うし、実際ちょっとチャレンジしてミセルに見せたら泣いて喜ばれたし、まあ、小学校一年生のお手伝いみたいなことはしてるんで、許してちょ。

 そんなヴォイドの暇つぶしはテレビかゲームだ。自分の分の洗濯物を畳んで、お皿洗いが終わったら、ゲームの時間だ。ここ最近のちょっとした楽しみ。

 んで、そのゲームが問題である。


「やばいやばいやばい……!」


 ニマニマしながら、ヴォイドはさっきから熱をもったタブレットをフル活用してチーム戦を楽しんでいた。チャット欄はものすごく盛り上がっている。先ほど、招待されたばかりの弱小ギルドの皆さまでなんだかいかついドラゴンを倒したばかりだった。


『モニカ:倒せた?!』


『マギー:倒せたかも!』


『トリスタン:やべー!』


『ヴォイド:おつかれさまです』


『トリスタン:ヴォイドさんのおかげっす! ありがとう!』


『モニカ:ヴォイドさんほんとに初心者?』


『マギー:強いですよね〜』


『ヴォイド:うまれていっかげつもたってません』


『モニカ:草www 赤ちゃんじゃん』


『マギー:笑わないの』


『トリスタン:でも実際ウケねえ? 生まれたてのベイビーだぜ』


『ヴォイド:そうです』


『モニカ:wwwwwww』


『トリスタン:待ってモニカが呼吸困難になってる』


『マギー:ウケすぎでしょ』


『ヴォイド:だいじょうぶですか』


 辿々しいキー操作でヴォイドはなんとかチャットを続ける。真実を語っているだけなのに、メンバーであるモニカのツボに入ってしまったらしい。頼りになる僧侶(回復職)で、戦闘中はいつもいつもお世話になっているし、アバターだってのほほんとした茶髪ロングのお姉さんなのだが、口調はギャルである。

 そんなモニカを諌めるのは魔法使いであるマギーだ。ヴォイドにとっては先輩だ。そばかすと丸眼鏡が特徴的な女の子のアバター。彼女は結構真面目さんだった。細かいとこまでよく見ていて、チーム全体の動きを指導してくれる。

 そして男性アバターのトリスタン。彼はどちらかというと自由奔放で、ムードメイカー。アバターは細マッチョの美少年で、職業だって戦士だが、これでいて繊細だ。さっきヴォイドがトリスタンを庇ったら死んだんか? ってぐらい平謝りされた。後方支援職の魔法使いを前線に出してしまった負目らしい。細かい。


「愉快だなあ……」


 ヴォイドは笑う。画面の向こう側で盛り上がるメンバーを見ながら、ニコニコする。タブレットがオーバーヒートで悲鳴をあげていようと、それはヴォイドの知ったことではない。


「気づいているのか、いないのか。まさか偶然というわけではあるまいに」


 ヴォイドはチャットを打ち込む。ひたすら、確認する。

 勇者を慕う一行なのかどうか、確認する。


『ヴォイド:みなさんなかがよいのですね』


『モニカ:そだよー! 同級生なの、ウチら』


『マギー:ちょっとモニカ。あんまり個人情報漏らすもんじゃないよ』


『トリスタン:いーじゃん。生まれて一ヶ月のBabyなんだし』


『モニカ:wwwwwwww』


『マギー:また笑ってる……』


『ヴォイド:くさ』


『トリスタン:スラングが使える赤ちゃん……』


『マギー:モニカが笑い死んじゃうからやめて』


『ヴォイド:ばぶう』


『トリスタン:あ、モニカが呼吸困難』


『マギー:ちょっと宥めてくる』


『ヴォイド:みなさんつうわしてるんですか』


『トリスタン:急に話題変えるじゃん。でもま、そうだよ』


『ヴォイド:なかいいんですね』


『トリスタン:ああ! まじ親友だぜ! 竹馬の友って感じ?』


『ヴォイド:いいですね』


 適当に相槌を打つ。竹馬の友。幼馴染。


『ヴォイド:いつごろからのおしりあいですか』


『トリスタン:んー。あんま覚えちゃいないな。ま、前世とかじゃね? 知らんけど』


『ヴォイド:ながいおつきあいなんですね』


『トリスタン:そうだぜ。ヴォイドさんだって初めて会った気がしねえよ。まじで、前世で会った?』


『ヴォイド:あかちゃんなのでわかりません』


『トリスタン:そういう時だけ赤ちゃんになるのずるいぞ……』


 チャットをひたすら推し進める。勘繰られてもいい。むしろ好都合だ。

 腹の内が黒いのは、お互い様。


『モニカ:モニカちゃん復帰』


『マギー:マギー生還』


『トリスタン:おつ』


『ヴォイド:おつかれさまです』


『モニカ:まじで笑い死ぬかと思った。ヴォイドさんはこう……暗殺者とかだったりする?』


『マギー:こんな愉快な暗殺者はいないでしょ』


『トリスタン:でも魔物狩りめちゃうまいよな。プロ』


『ヴォイド:そうです』


『モニカ:魔物狩りが得意な赤ちゃん?!』


『トリスタン:属性がやばい』


『ヴォイド:それほどでも』


 気づいているのか、いないのか。

 どうせどちらも化け狸だ。関係ない。


『トリスタン:でも実際さ、ヴォイドさんのアバターめっちゃ雰囲気あるくね?』


『モニカ:それな。なんかボスっぽい。装飾品とか買わんの?』


『ヴォイド:かえません』


『マギー:貧乏なんだ。そりゃそっか。始めたばっかだもんね』


 気味が悪い探り合い。


『ヴォイド:みなさんてなれてますよね。このげーむははじめてどれくらいですか』


『モニカ:うーん……どれくらいだっけ? 一ヶ月ちょっと?』


『トリスタン:そんぐらいじゃね?』


『ヴォイド:すごいですね。ほんしょくのかたみたいです』


『マギー:本職て。私魔法使いじゃないし。学生だし』


『トリスタン:個人情報……』


 気持ちが悪い愛想笑い。


『モニカ:てかヴォイドさんって性別どっち?』


『ヴォイド:おんなです』


『トリスタン:まじで?! なんか勝手にアバターみたいな大男だと思ってたわ』


『ヴォイド:しりあいににせました』


『マギー:明らか日本人じゃなくない? デカすぎない? 身長二メートル以上あるよね?』


『ヴォイド:あります』


 気分が悪くなる騙し合い。


『モニカ:てか実際に会ってみたくなったわ。赤ちゃんに』


『マギー:赤ちゃんを確定させるな。会ってみたいけど』


『トリスタン:てかどこ住み? ラインやってる?』


『モニカ:ナンバすな』


『ヴォイド:あいたいです』


『モニカ:話はやーい! いいじゃん。会おうよ』


『マギー:どうする? いつ会う?』


『トリスタン:一週間後?』


『マギー:はや』


『ヴォイド:いいですよ』


『マギー:いいんかい』


 どちらもニコニコ笑いながら、敵意がないですよと、あなたのことなんて微塵も知りませんよと呟きながら、握手をする。共に共通の敵を倒し、喜び、なんならハイタッチまでして。四人しか入れぬパーティに、滑り込んで。それを是として。

 ああ、これじゃあ。


『モニカ:じゃ、一週間後。集合場所送っとくね〜』


『ヴォイド:ありがとうございます。では、また』


 勇者が浮かばれない!



 ……



「……もしもし? 俺だよ俺、『プレイルーム』。そ、仕事終わり。迎えきてくんね?」


 ラブホテルの一室。

 情事の跡が残るベッドに、全裸で腰掛けているのはただの少年だった。


「やだよ。一晩なんて。そこまでサービス精神旺盛じゃねえんだ。勘弁だね。帰って寝てえんだよ、俺」


 スマホ片手に逆剥けをいじる。体液でベタつく体を気持ち悪いと思いながら、電話口の相手に仕事終了の報告をしていた。

 ぎいぎいとベッドが軋む。


「うん? 人殺しの有無?」


 当たり前じゃん、と彼は前置いて。


「殺したけど?」


 平然と、続ける。


「なんも知らねえんだもん。殺すさ。ああでも、こいつがいたら上層部のやつと会えたかな……。後の祭りだしタラレバだけど、だから、どうでもいいけど。殺した人間は生き返らねえんだから。てか警察如きが魔王の居場所を知ってるとは思えねーし……」


 体液で汚れた体──より正確に言えば返り血で赤く染まった少年は、ベッドの上に横たわる死体を見ようともせず、会話を続ける。ナイフがブッ刺さった半裸の男を無視する。情事の最中に殺された男をいないものとして扱う。


「これから風呂入りたいから、説教は勘弁な。ベタついてきもちわりーの。うん? ああ、そう。落ち着けてんのは『ハッピーハート』が作って、『ドクターストップ』が押し付けてきた薬のおかげ。いや、せいかも。落ち着けてしまっている。冷静になってしまっている。まずいな。罪悪感がない殺人なんて。地獄に行けないじゃないか。呆れられてしまう。それだけは避けたい。そうじゃないと意味がない。意味がないんだよ」


 言いたいことだけ言って、少年は電話を切った。乱暴に切った。

 立ち上がる。


「気持ちわる……」


 吐き気を抑えて。

 死体を直視せずに。

 血の匂いを嗅がぬよう、口元と鼻を覆って。

 死体の視線を、必死に振り払って。


「だいじょうぶだいじょうぶだいじょうぶ……俺はちゃんと地獄に行くから。かみさまが地獄に連れてってくれるから。だからだいじょうぶなんだ。心配いらないんだ。地獄の底で、俺はちゃんと苦しめる。俺たちはちゃんと苦しんで後悔できる」


 フラフラと、バスルームに向かう。


「どうか恨まないでくれ……」


 少年はただ、地獄に堕ちるために、こんなことを繰り返し繰り返し繰り返しているのだから。

 少年の──『ブレイルーム』の過去も現在も未来も何も知らない、かみさま足りえないあんたが悪いとは言えないけど、それでも、思う。


「ごしゅーしょーさま。地獄で会おう」

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