選ばれなかった者たち7
視界が、光で満たされた。
森の薄闇が一瞬で照らし出され、ただならぬ気配が辺りに広がる。黄金の閃光と青白い光の奔流。その中央に立つ二つの影。
――剣を掲げた少年と、光の衣をまとう少女。
「……ヒロト……ユイ……」
拓真がぽつりと名を呼ぶ。その声は驚きと、どこか安堵の響きを帯びていた。
次の瞬間、森に響く咆哮。
《シェイド・ウルフ》が敵意を向けて吠え、光に向かって跳びかかる。
だが――
「《光剣閃・第二式》ッ!!」
ヒロトの声と同時に、黄金の剣が円弧を描く。
その斬撃はまるで閃光のように魔物の胴を裂き、空気を震わせて森に閃きを刻んだ。
「きゃんっ……!」
魔物は地面に叩きつけられ、苦悶の唸りをあげながら後退する。
「《聖域結界──封護の陣》」
ユイの詠唱が完了すると、拓真とメイの周囲に淡く輝く防御結界が展開された。
柔らかく、だが絶対の守護。二人を包むその結界は、森の冷たい風と恐怖すら弾くようだった。
「怪我は!? 二人とも、大丈夫!?」
ヒロトが剣を構えたまま振り返る。
眩い光が過ぎ去ったあと、戦場に静寂が落ちた。
拓真はその場に膝をつきながら、まだ胸の奥で鳴り響く鼓動を抑えられずにいた。直前まで自身の喉元に迫っていた魔物の爪、それを断ち切った黄金の光。救いの剣。そして、蒼き聖女が広げた祈りの盾。
「……ヒロト、ユイ」
拓真が改めて名を呼ぶと、ヒロトはいつものように屈託のない笑みを見せた。
「間に合ってよかったぜ、拓真!」
ユイは静かに頷き、周囲の様子を確認するように眼を細める。すでに結界は張られており、魔物たちは行動不能となっていた。
「拓真くん、メイさん……怪我は?」
ユイの声にメイが首を振る。
「わ、私は……だいじょうぶ、です……でも、拓真くんが……」
「俺も平気だ。何とか逃げ切れたから」
その言葉に、ヒロトがふと眉をひそめた。
「逃げた、って……もしかして、戦闘能力なしでここに来たのか?」
拓真は言葉に詰まり、視線をそらす。メイがそれを庇うように立ちはだかる。
「でも、拓真くんがいなかったら……私は、もっと早くにやられてました。拓真くんが、スキルで地形を分析して、誘導して、隠れて……」
その言葉に、ユイが小さく目を見開いた。
「《解析眼》……なるほど。だから、迷わずここにたどり着けたのですね」
ヒロトも腕を組みながら考え込む。
「なるほどな。派手さはないけど……頭を使って戦えるってことか」
そのとき、魔物の一体がうめくように動き、剣が再び光を帯びた。
「……まだ終わっちゃいないな」
ヒロトが一歩前に出ると、拓真は思わず声を上げた。
「ヒロト、そいつの右脚に力が残ってる。跳躍して来るかもしれない」
その瞬間、魔物が飛び上がる。だが、ヒロトは一切動じず、剣を上段から振り下ろした。
「なるほど、助かった!」
黄金の閃光が一閃し、魔物は地に伏した。
やがて全てが終わり、ユイが結界を解く。辺りには、静寂が戻る。
「……助かったのは、僕たちの方だよ」
拓真が呟くように言った。
「メイと、協力して逃げながら……僕は、初めて気づいた。戦えなくても、やれることがあるって」
メイが小さく笑った。
「私もです。拓真くんがいたから、私は最後まで希望を捨てずにいられました」
ヒロトは照れ臭そうに頭をかきながら言う。
「ふたりとも、ずいぶん変わったな。頼もしくなってる。……ま、ここから先は、もっと危険になるかもしれないけど」
ユイが静かに言葉を継いだ。
「拓真くん、メイさん。あなたたちも、これから先のことを考えた方がいい。異世界に来てしまった以上、もう安全な場所などないのです」
その言葉に、拓真は頷いた。
「わかってる。だから、僕は……もう少し、この世界と向き合う。僕にできるやり方で」
その瞳には、確かな意志が宿っていた。
◆ ◆ ◆
戦いのあと、4人は森の近くにある避難所に身を寄せた。食事を摂り、身体を温めながら、今日の戦いを振り返る。
ユイが、メイに尋ねる。
「メイさんのスキル、《記憶の織手》と《共鳴共感》……非常に精密な分析系スキルですね。拓真くんとの相性は、思った以上に良い」
「はい……私、ひとりでは判断しきれないことも多いけれど、拓真くんとなら……必要な情報を引き出して、共有して、最適な行動がとれるって、今回のことで実感しました」
拓真は、自身のステータス画面を静かに開く。
――【ステータス表示】――
名前:神崎 拓真 職業:無し(分類不能)
《未明ノ書》Lv.?
《解析眼》Lv.2(NEW)
《思考加速》Lv.1
《影の加護》Lv.1
―――――――――――――
解析眼のレベルが上がっている。拓真は気づかぬうちに、戦いの中で己の能力を引き出していた。
「《解析眼》の精度が上がってる……少しずつだけど、僕にも“できること”が増えてきてる」
メイが隣で嬉しそうに笑った。
「……次は、私たちのスキルを組み合わせて、本格的に“作戦”を立てて戦いましょう。拓真くんの分析と、私の感覚共有があれば、勝機はきっとあります」
ヒロトがニッと笑って親指を立てる。
「おーし、それなら俺たちは前線で派手に暴れるだけだな!」
ユイはくすりと笑って、それに続いた。
「後衛と前衛、それぞれが役割を果たす……本来あるべき“戦い”の形ですね」
夜は静かに更けていく。
しかし、その奥底では、新たな災厄が静かに胎動を始めていた。