選ばれなかった者たち6
茂みを蹴って走る。
泥が跳ね、枯葉が舞い、息が荒くなる。
拓真の肺は焼けつくように痛み、心臓は耳の奥で太鼓のように打ち鳴らしていた。
後ろで、「ガルルル…ッ!」と低くうなる声。
振り返る余裕はない。
もし足を止めれば、すぐにでもあの魔物に喰い殺される。
(…最悪の判断だった…!)
今にして思えば、素人の自分たちが噂を確かめに森へ入ること自体が、狂気の沙汰だった。
けれど、情報が曖昧だったからこそ確かめる価値があった。それが"人の命"に関わるものならなおさら。
◆
──数時間前。
「拓真くん、この地図…このへんに“浄化の泉”って書かれてる。見に行ってみる…?」
噂の真偽を確かめるため、拓真とメイは授業後に森の外縁へ足を運んでいた。
そこに現れたのが、《斥候種シェイド・ウルフ》――警戒領域外とされていた区域に、明らかに“おかしな”存在だった。
「待って…! あの動き、ただの魔物じゃない……索敵型……!」
メイが息を呑み、拓真の腕を引いて駆け出す。
このとき既に、彼らの生存率は著しく下がっていた。
◆
「はっ、はっ……クソッ、体が重い……!」
逃げながら、拓真は脳内で現状を冷静に整理しようとする。
◆表示スキル:
・《未明ノ書》(未覚醒):情報不明
・《解析眼》Lv.1:構造を解析・視認
・《思考加速》Lv.1:危機時に思考速度向上
・《影の加護》Lv.1:認識阻害・気配遮断
使えるのは《影の加護》――相手の認識から逃れる力。
だが、それは完全な透明化ではない。位置や音、痕跡まで消せるわけじゃない。
それでも、数秒でも敵の注意を逸らせれば──。
「メイ、左に逸れて! 俺は右へ!」
「でも、拓真く──!」
「大丈夫、見つからない!」
拓真は即座に《影の加護》を発動し、茂みの中へ飛び込んだ。
メイは唇を噛みしめながらも、指示通りに別方向へ走る。
数秒後、魔物の咆哮と共に、別方向へ向かう足音が聞こえた。
(──今だ!)
拓真は息を殺し、《解析眼》を発動。
周囲の地形、斜面、足場、魔物の通路のパターン。
すべてを一瞬で読み取り、最も生存確率が高いルートを頭の中で導き出す。
「……よし、メイと合流して抜ける!」
◆
一方メイは、全速力で倒木の下をくぐり、泥濘に足を取られながらも前進を続けていた。
(《共感》……まだ拓真くんが、"冷静"でいる……)
彼女のスキル《共鳴共感》が、拓真の心理と共振する。
鼓動、恐怖、焦り、けれど揺るがない意志。
(大丈夫……私は信じる)
そんな彼女の目に、魔物の影が映る。
「……ッ来た!」
メイはすかさず記録ポーチから石粉入りの袋を取り出し、地面へ放り投げた。
バァンッ!
白煙が立ち上り、一瞬視界が遮られる。
魔物がうなり声をあげ、動きを止める。
その隙に──拓真が飛び出した。
「メイ、こっち!」
「拓真くん!」
合流した二人は、事前に解析していた斜面へ滑り込むように突っ込む。
足元の岩を蹴り、傾斜を使って一気に下る。
「ここを抜ければ……村側の見張り台が見えるはず……!」
斜面を滑り、倒木の影に身を潜める二人。
魔物の気配が近づいては遠ざかる。
息を殺し、互いの手を強く握る。
「……ごめん、巻き込んじゃって」
「……ううん。私、ちゃんと選んでここに来たんだよ。拓真くんと一緒にいたくて」
足音が止む。
森の中に静寂が戻ったように感じたそのとき──
――ゴギィッ……!
頭上の枝をへし折って、魔物が再び現れる。
「……もう、逃げられない……?」
それでも、拓真はまだ思考を止めない。
解析、地形、隙、情報、すべてを繋ぐ。
「──《影の加護》を重ねる。メイ、俺に手を重ねて!」
「うん!」
彼のスキルと、メイの《共感》がリンクする。
――そして、気配が一瞬、空に溶けた。
魔物が首をかしげるように歩を止めた──。
(いける。これで、あと数秒稼げれば……!)
しかし、その時だった。
空気が震える。
風が前方から吹きつける。
「ッ!」
二人の目の前で、まばゆい光が森の奥を照らす。
――黄金の閃光と、青白き魔力の奔流。
その中に立つ、二つの影。
剣を掲げた“光の勇者”と、聖なる結界をまとった“蒼き聖女”。
「……ヒロト……ユイ……」
拓真が息を呑んだ。
その瞬間、魔物は目を細め、警戒するように後退した。
絶望的な死の淵で、二人はようやく“表の選ばれし者たち”と再会する――。