選ばれなかった者たち5
朝の陽光が差し込む石造りの教室で、拓真は机にノートを広げていた。王立学院での生活が始まって数日。教養授業と称される内容は、この世界の地理、歴史、魔力論、そして異種族との関係史など、幅広い分野にわたっていた。
それはつまり、彼にとって格好の知識収集の場だった。
「……ふぅん。『霊喰いの森』。通常の魔物が棲む領域とは区別されているのね」
隣で小声を漏らすのは佐々原メイ。琥珀色の瞳を教科書に落としながらも、視線の端で拓真のノートを盗み見ている。
「拓真くんのまとめ、やっぱり分かりやすいなあ……。この記号って、分類の略?」
「ああ、うん。出現頻度と危険度、それから魔力反応の傾向を簡略化して記録してる。いつかフィールドで確認できるかもしれないし」
「そっか……さすが、だね」
彼女は小さく笑い、手元のノートにそのまま模写し始めた。静かな努力家で、かつ他者の価値を素直に認めるところが、拓真には居心地よく感じられた。
そのときだった。教室の後方で、小さなざわめきが起こる。
「なあ、聞いたか? 西の森で魔物が出たって」
「え、それホント? あそこってもう管理下じゃなかった?」
教師は注意しようとしたが、生徒たちは好奇心に火がついたように噂を交わし始めた。
「昨日、探索組が一人戻ってこなかったって……」
その一言に、拓真の手が止まる。明確に、胸の奥で何かが鳴った。
授業後、彼はメイを連れて学院の中庭へ向かった。
「……メイ。さっきの話、気にならないか?」
「うん、すごく。もし本当に魔物が……放置されたままなら、また誰かが被害に遭うかもしれない」
互いに目を見て、うなずき合う。それだけで、決意は固まった。
「スキル確認」
拓真は手のひらに意識を集中させ、半透明のステータスウィンドウを呼び出す。
【神崎 拓真】
職業:なし(未分類)
スキル:
・《未明ノ書》:詳細不明
・《解析眼》:魔法・道具・生物などの構造を解析する
・《思考加速》:思考速度が上昇し、瞬間的な状況判断力が高まる
・《影の加護》:他者からの“認識”を曖昧にし、存在感を消す
ここ数日で使えるスキルは増えたものの表示は相変わらず冴えない。だが、最近は《解析眼》の反応範囲が僅かに広がっていることに気づいていた。
「俺……もしかしたら、ちょっとずつ“使い方”を掴んできたのかも」
「拓真くん……私も、スキル出してみるね」
【佐々原 メイ】
職業:記録士
スキル:
・《記憶の織手》:視覚・聴覚・感情の記録と再生
・《観察眼》:対象の状態・感情の微細な変化を察知
・《共鳴共感》:共感した相手の感情や意図を共有、同調支援
「すごいな……感情や意図まで読み取れるなんて」
「でも、戦闘スキルはないし、私じゃ何もできないよ」
「いや、違う。たぶん俺たちのスキルって……組み合わせたら、すごく使える気がする」
拓真は言葉を選びながら続けた。
「《解析眼》で得た情報を、《記憶の織手》で記録して、分析精度を上げる。危機時には《思考加速》と《観察眼》で判断を補助して、《共鳴共感》で意思疎通もスムーズにできる。つまり……」
「連携の速度と精度が、戦闘職に匹敵するくらいになるってこと?」
「理論上は、だけど……たぶん正面から戦うより、“気づくこと”に特化した方がいい」
彼らは“選ばれなかった者たち”だった。
だがその力は、役割を見つけたとき、別の価値を生み出す可能性を秘めていた。
「明日、西の森に行ってみよう。無謀かもしれないけど、異変があるなら知っておくべきだ」
「うん。私……拓真くんとなら、行ける気がする」
その言葉に、心が温かくなる。
戦えなくても、無力でも。
彼女がいてくれるなら、自分は間違わずに歩いていける。
こうして、選ばれなかった者たちの小さな探求が始まった。