選ばれなかった者たち4
教養授業が続く中、拓真は無意識に周囲の様子に目を向けていた。教室は豪華な装飾が施されているものの、静寂が支配しており、周りの学生たちが真剣に教官の話に耳を傾けている中、拓真はあまり関心が持てなかった。隣に座るメイが何度か窓の外をちらりと見やり、微かにため息をつく。拓真はその姿に気づき、軽く肩をすくめた。
授業の内容は、異世界の歴史や魔法の基礎知識についてだった。しかし、拓真にとってはどこか馴染みがありすぎて、退屈に感じられるものだった。彼の心はどこか遠くにあり、授業が進むにつれて、教官の声が単なる雑音のように聞こえ始めた。
メイは隣で静かにノートを取っていた。彼女の字は丁寧で美しく、周囲に溶け込むように、決して目立つことなく努力をしている姿が伺えた。その手元をちらりと見ると、拓真は微かに興味を抱いた。彼女はその努力が周囲にはあまり理解されないことをよく知っているだろう。しかし、拓真はその努力が必ず何かに繋がると感じていた。
教官の言葉が続く。
「この世界で重要なのは、知識と経験です。魔法や技術を学ぶことはもちろん重要ですが、それ以上に『知る』ことが力となります。」
拓真はその言葉に少し反応したが、すぐに再びぼんやりと教室の隅を見た。ここで教わる知識がどれほど有益であろうと、それは彼にとって表面的なものに過ぎないように感じていた。
ヒロトやユイがこの教室での知識をどう活用するのかが少し気になる一方で、拓真は自分がこの場にいる意味を見いだせずにいた。クラスメートたちは異世界の英雄や王族に近づくため、必死に学んでいるように見えるが、拓真の目にはそれが一種の演技に過ぎないように映っていた。彼はその「演技」に引き込まれることはなく、むしろ距離を置くように心がけていた。
メイが静かに手を挙げ、教官に質問を投げかけた。
「勇者召喚の儀式について、過去に失敗した事例はありますか?」
その声は静かで落ち着いていたが、その質問が教室に響くと、周りの学生たちが興味深そうにその会話に耳を傾ける。
教官は少し考えた後、答えた。
「確かに、過去には召喚された勇者がその力を使いこなせず、世界を混乱させた事例もあります。召喚儀式が完全に成功するとは限らず、召喚された者がその力に適応できない場合、その影響は計り知れないものになります。」
メイは黙って頷き、再びノートを取りながら、拓真の方をちらりと見た。拓真はその視線に気づき、わずかに眉を上げると、彼女に向けて軽く頷いた。それが、二人の間で交わされる、言葉のない会話だった。
授業は進み、教官は勇者召喚の目的や、各国の王族がどのように召喚儀式を行っているかについて話し続けた。しかし、拓真の心はまたしても授業の内容に集中できなかった。彼にとって、これらの知識はすでに知っていることに過ぎず、むしろその先にある「真実」を求めている自分がいた。
周囲の学生たちは、教官の話に感心している様子を見せていたが、拓真の視線はその集団から外れ、ふと教室の隅に目を向ける。そのとき、ふいにメイが手を挙げ、教官に次の質問を投げかける。
「召喚された勇者がその力を失った場合、どうすればその力を取り戻せるのでしょうか?」
その質問に、教官は少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに答える。
「それは、勇者が自己を超越し、真の意味での『英雄』となることによって可能となる。しかし、それには膨大な努力と試練が必要です。」
メイはその答えを静かに受け入れると、再びノートに何かを書き留めた。その姿を見ながら、拓真は思う。メイは表面には見せないが、確かな目的を持っているのだと。彼女がどんなに努力を重ね、どんなに目立たなくとも、その根底には彼女なりの強い意志があることを、拓真は感じていた。
教室の時間が終わり、授業が終了すると、学生たちは一斉に立ち上がり、教室を後にしていった。拓真は立ち上がり、メイに声をかける。「帰ろうか?」と。
メイは静かに頷くと、二人は教室を後にした。周囲の生徒たちとは異なり、拓真とメイは特に急ぐことなく、ゆっくりと廊下を歩き始めた。