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選ばれなかった者たち3

それは、あまりにも静かな朝だった。


召喚の儀から二日後、拓真は王城の一室に与えられた簡素な寝台から起き上がる。高級感はあるものの、どこか仮住まいのような空気を纏った部屋。備え付けの机と本棚には、分厚い本や羊皮紙の資料が整然と並べられていた。


窓の外では、石畳を踏みしめる兵士の行進音と、朝の鐘の音が交差する。黄金に輝く陽光が斜めに差し込み、空は晴れていた。


だが、その澄んだ空の下で、拓真の心は晴れていなかった。


朝食を終えると、彼は与えられた時間割に従って“教養訓練棟”と呼ばれる建物へ向かう。同行する者は、ほんの数名。いずれも「選ばれなかった」側の生徒たちだ。クラスメイトの多くはすでに、王都の外れにある訓練場へと送られていた。武器の扱い、戦術、魔法適性の確認。選ばれた彼らには、英雄としての訓練が待っている。


それに対して、拓真たちに与えられたのは――


「歴史、地理、文字、通貨、礼儀作法……?」


講師として現れた老齢の文官が淡々と説明する内容に、拓真は無意識に眉をひそめた。配布された分厚い教本を手にしながら、他の生徒たちもどこか複雑な顔をしている。


「君たちにはこの世界で一般人として生活できるよう、最低限の教養を身につけてもらう。貴族の家庭教師になる者もいるし、商人の助手になる者もいる。異世界の知識を活かしてね」


その言葉は、どこまでも現実的だった。選ばれなかった彼らが、英雄でもなければ戦士でもないという事実を、容赦なく突きつける。


「…俺たち、もう“特別”じゃないんだな」


誰かが呟いたその言葉に、空気が一瞬にして重くなる。


拓真は黙っていた。心の中では、とっくに理解していたことだ。だがこうして、制度として線引きされ、明確に“役割”を与えられると、やはり胸の奥に何か冷たいものが沈んでいく。


講義の合間、休憩時間になると、誰もが気まずそうに壁際で黙っていた。そんな中、一人の少女が拓真の方へと歩み寄ってくる。


「拓真くん。少し、いい?」


栗色の髪をなびかせて現れたのは、佐々原メイだった。


拓真は少し驚いたように彼女を見た。メイはもともと物静かで、あまり自分から人に話しかけるタイプではなかったからだ。


「…メイ?」


「ここの授業、どう思う?」


そう尋ねられて、拓真は少し考えてから答えた。


「正直、意味がないとは思わない。でも……あからさまだよな。“君たちは英雄にはなれない”って宣告されたみたいで」


メイは頷いた。


「私も、そう思った。でも……もしかしたら、こういう知識の中に、何か鍵があるかもしれない」


「鍵?」


「うん。この世界の仕組みとか、言葉とか、魔法じゃない力の構造とか。私たちが知らない“常識”を学ぶ中に、選ばれた人たちには見えないことがあるかもしれないって、なんとなく思って」


拓真は、目を細めてメイの言葉を噛みしめる。選ばれなかった者には、見えるものがある。そう言われて、彼の胸に微かに残っていた感覚がよみがえった。


(……確かに、戦う力はなくても、“知る”ことができるのかもしれない)


その時、講師が再び講義の再開を告げる鐘を鳴らした。拓真は軽く頷くと、メイとともに席へと戻る。


その歩みの中で、彼の瞳には、わずかながら迷いの霧が晴れていく兆しがあった。

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