封印区域4-4
咆哮が森に響き渡った。
その震動が空気を揺らし、木々の葉をざわめかせる。その瞬間、拓真は全身の筋肉が本能的に硬直するのを感じた。心臓が強く鼓動し、思考が一瞬でシャープに研ぎ澄まされる。
「……来る。メイ、こっちだ!」
拓真は一切振り返らず、ただひたすらに前へ進んだ。その声は冷静そのもので、メイもそれを察し、無言でその後を追った。
二人がいるのは学院外縁部に広がる〈聖獣林〉という管理区域。通常であれば初等訓練生でも安全に訓練ができる範囲で、魔物の姿を見ることもほとんどないはずの場所だ。しかし今、この場所に、常識では考えられない異常が広がっていた。
──巨大な魔物が現れた。
その姿は、黒狼のようでありながら、異質な影を纏い、体表が不安定に揺らめいている。霧のようにぼやけ、実体を持たないように見え、どこか不自然な存在感を放っている。それを目の前にした瞬間、拓真の脳裏に警告が鳴り響いた。
《解析眼 Lv.1》発動──識別不能な構造を検知。未登録存在。分類:異界性因子反応種。
拓真の直感は即座に反応する。
規格外だ。間違いなく、人為的に呼び出された魔物だ。どこか異次元から紛れ込んだような存在。彼の頭の中で、いくつもの警告音が鳴り響く。
「拓真くん、こっち、崖の方……!」
メイが前方を指差す。その目には、冷静ながらも焦燥の色が浮かんでいる。前に進むしかない。地形的に、袋小路のような場所だが、木の根や斜面を利用すれば逃げられる可能性がある。
拓真はそれを即座に判断し、メイの指示通りに駆け出した。二人は勢いよく森の斜面を駆け下りる。足元が滑りやすく、落ち葉や小石が飛び散る。拓真は何度も足を取られそうになるが、立ち止まるわけにはいかない。
「……クソッ、なぜ“あんなの”がここに……!」
息を切らしながらも、拓真は脳内で瞬時に情報を整理する。
目の前の魔物は、霧のような体を持ち、物理的な攻撃を受け流す特性がある。直接的な攻撃が効かないということは、時間をかけてその特性を解析し、他の手段を模索するしかない。
《現在のスキル表示》
・《未明ノ書》:詳細不明。知識系干渉スキル。
・《解析眼》Lv.1:対象の構造・特性を解析。一定時間注視することで情報取得。
・《思考加速》Lv.1:危機時に思考速度を倍加。精神負荷あり。
・《影の加護》Lv.1:存在認識を一時的に曖昧化。効果範囲限定。
・《知識転写》Lv.0(未覚醒):使用不可。
拓真はこの限られたスキルを駆使しながら、必死に思考を回す。逃げながら、できるだけ相手の特性を理解し、突破口を見つけなければならない。
「メイ、次は左!」
拓真は再び、メイに呼びかける。
メイはその指示を受け、二人はさらに急ぎ足で森の中を進む。背後からは、魔物の不気味な咆哮と、それに続く足音が迫ってくる。拓真はふと足を止め、目の前に現れた木々の隙間から空を見上げる。ここで立ち止まっている時間はない。
「—くそ、どうしてこんなことに…」
拓真の胸中には、疑問と焦燥が入り混じる。自分たちは何も悪くはない。しかし、この状況は、あまりにも不自然だ。
次の瞬間、拓真の脳裏に浮かんだのは、以前見た記録の中での言葉だ。あの老人が言っていたことが頭をよぎる。『君たちは、計画の部品だった』。
そして、その言葉と共に浮かんだのは、あの異界から召喚された魔物の姿だった。




