封印区域4-3
南区。夜。
拓真とメイは、フードで顔を隠し、足音を忍ばせながら人目を避けて小道を進んでいた。王都の中心から少し外れたこの区域は、昼間でも閑散としているが、夜の帳が下りると、さらに物寂しさが増す。街灯もまばらで、空気は湿気を帯びてひんやりと冷たい。通り過ぎる家々の隙間から漏れる微かな灯りが、どこか不気味に感じられた。
そして、建物と建物の間に隠れるように、それはあった。古びた三階建ての屋敷。時間と共に色褪せ、崩れかけた外壁は、この場所が長らく放置されていたことを物語っていた。窓のほとんどは厚い板で塞がれており、鉄錆びた門には、半ば消えかけた文字で《供物の館》と刻まれている。その文字が、かつての威厳を感じさせるものの、今ではどこか不吉に響いていた。
「……本当に入るの?」
メイの声が低く、かすかに震えていた。
拓真はその問いに答えるように、静かに頷いた。
「引き返したって、もう俺たちは“目をつけられている”。今さら止まることはできない。進むしかないんだ」
そう言って、拓真は鉄錆びた門を押し開けた。重い扉の音が静寂を破り、館の中へと足を踏み入れる。暗闇に包まれた館の中は、まるで時間が止まっているかのようだった。蝋燭の灯りすらなく、冷たく湿った空気だけが漂っている。
「……おかしい」
と、拓真は一歩踏み出しながら呟いた。
だが、二人が奥に進むにつれて、次第にその空気が変わり始めるのを感じた。深い闇の中で何かが蠢き、静けさを壊そうとするかのような重圧を感じる。やがて、二人は広間にたどり着いた。その広間の中央には、歪んだ魔方陣が描かれており、その中心から低く響く声が飛び出してきた。
「……よく来たな、“記録の継承者”よ」
その声は、まるで空間そのものが発するかのような、深く響く音だった。拓真は思わずその声の方に視線を向ける。広間の奥から姿を現したのは、一本の杖を携えた老人だった。彼の片眼には、封印されたような装具が嵌められており、口元には幾重にも布が巻かれていた。その姿は、まるで過去の遺物のように感じられた。
「……誰だ?」
拓真は警戒を込めて問いかけた。
老人は微笑を浮かべ、静かに答えた。
「私は“記録者”だ。かつてこの国の裏側を知り、今は語る者。君に見せねばならぬ“名”がある」
その言葉が終わると、老人は杖を軽くかざした。すると、空間に浮かび上がるように、映像が現れる。拓真とメイは目を見開いて、その映像に見入った。映し出されたのは、王国議会の一室の光景だった。
その中央に立つ男――銀の仮面をつけた男が冷ややかな声で言葉を発していた。
『これで“器”の強化が進めば、異界との接続は安定する。あとは、勇者が崩れれば、均衡は完全に我らのものになる』
拓真はその言葉を聞き、目を細めた。
「……やっぱり。王都の中枢で、“魔物召喚”の主導者が動いている」
「奴の名は、“セイリオス”。表向きは内務省補佐官だが、正体は“王国召喚研究派”の最高責任者だ」老人は淡々と説明を続けた。
「召喚研究派……?」
メイが問いかけると、拓真がその疑問に答えた。
「異世界召喚を正当化し、制御可能な兵器として“人為的召喚”を追求する派閥だ。……勇者召喚も、彼らの系譜にある」
「じゃあ……私たち、最初から、“計画の部品”だったの?」
メイの声には、深い憤りがこもっていた。老人はその問いに静かに頷いた。
「そうだ。しかし、想定外の存在が現れた。君のように、“職業:無し”で、《創世の書》の素質を持つ者。君の力こそが、召喚装置に対する“反作用”となる」
「俺が……?」
拓真は驚き、言葉を飲み込む。
「だからこそ、君たちは“排除対象”となるだろう。しかし、この力は、君にしか使えぬ。“扉を閉じる”鍵は、君に託されたのだ」
老人が再び手をかざすと、拓真の胸が眩しい光を放ち、その瞬間、《未明ノ書》が反応した。空中に浮かび上がるのは、幻のように現れた“銀の頁”だった。
【継承項目:古文書《契約の反転式》を記録】
【召喚術の逆位転写に関する制御理論――写本完了】
「これは、“異界との接続を逆流させる式”。君だけが扱える術だ」
拓真はその頁を凝視した。その内容は、異界の門を閉じるための秘術の一つだ。しかし、彼の心には疑問が残っていた。
(これで異界の門を閉じられる……でも――)
その時、突如館が激しく揺れた。外で爆音が響き、悲鳴が空気を震わせた。拓真は、すぐに状況を察する。
「――見つかったか」老人は顔を歪めて呟いた。窓の外には、王国兵らしき影と、異形の魔物が入り乱れていた。
「奴らが、“記録”を消しに来たのだ!」
拓真はその瞬間、全身に冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。
「メイ、逃げ道を探せ!」
メイは頷き、背後の通路へと素早く走り出す。拓真は、老人から杖を受け取り、深く息を吐いた。
「これで導け。“記録者”の意志を継げ。……君なら、真実を伝えられる」
その言葉が終わると、突然、館内は炎と闇に包まれた。拓真とメイは、かろうじて手に入れた記録を抱えて廃墟の裏路地へと脱出した。
その手には――「真実を暴く鍵」が握られていた。




