選ばれなかった者たち1
拓真が目を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、まるで別世界に引き込まれたかのような景色だった。足元の石畳が冷たく、広間の天井は高く、どこまでも広がっている。その天井には金色の装飾が施され、まるで王宮のような煌びやかな空間が広がっていた。大広間の中には、騎士たちが整然と整列し、背筋をピンと伸ばしている姿が目に入る。
拓真は瞬時に、その状況が異常であることを感じ取った。周囲を見回すと、彼のクラスメイトたちが同じように召喚されているのがわかる。しかし、何かが違った。拓真は目を凝らし、次に目に入ったのは、金色の装束を纏った男だ。その男は、広間の中央に立ち、まるで王のような威厳を持ってこちらを見下ろしている。
その男の眼差しに、拓真は不安を覚えた。自分たちは何をするために召喚されたのか、今ここで何が起こるのか、全く分からなかった。
「皆、目を覚ましたか?」
その男の声が広間に響き渡る。その声は力強く、誰もが静まり返るほどに威厳を持っていた。男は静かに一歩前に進み、再び語りかけた。
「お前たちが、我々の世界を救う者たちだ」
その言葉に、拓真は一瞬、息を呑んだ。救う者たち? 自分が、そんな存在であるはずがない。
しかし、周囲のクラスメイトたちは歓声を上げ、ざわつき始めた。ヒロトがすぐに声を上げる。
「な、なんだこれ!? 俺たち、召喚されたってことか?」
その問いに対し、他のクラスメイトたちも興奮し始めた。何人かは顔を輝かせ、まるで自分たちが選ばれた特別な存在であるかのように喜んでいる。しかし、拓真の心には疑念しか浮かばなかった。
「本当に、俺たちが……?」
拓真は自分の胸に手を当てる。その鼓動がやけに速く感じられた。こんな場所に、こんな状況に連れてこられる理由が分からない。心の中で何かが反発し、居心地の悪さが広がる。
周囲の騒ぎをよそに、拓真はただ静かにその場に立ち尽くしていた。視線を落とすと、そこには自分と同じように転移してきたクラスメイトたちが並んでいた。みんな一様に興奮しているが、拓真だけはその雰囲気に乗り切れないでいた。
その時、再び金色の装束を纏った男が声を上げる。
「君たちが召喚されたのは、世界を救うためだ。我々の国が今、危機に瀕しており、君たちの力を借りる必要がある」
拓真はその言葉を聞いて、胸の中に冷たいものが広がる。自分が選ばれるはずがないという気持ちが、どこかで確信に変わっていた。
周囲の騎士たちは静かにその男を見守っているが、拓真はその視線にさらされる度に、より一層の違和感を覚えた。騎士たちの目は、まるで彼らが選ばれし者であるかのように、どこか遠くを見つめている。
「では、君たち一人一人に、力を授けよう」
その言葉を受けて、男は手を掲げ、何かの儀式を始めようとした。その瞬間、拓真は自分の心が何かを感じ取るのを感じた。自分には力を授けられるはずがないという、強い直感があったのだ。
周囲のクラスメイトたちは、次々にその儀式を受けていく。男がそれぞれに何かを授けるたび、クラスメイトたちの表情は明るく輝き、喜びの声が広間に響き渡る。しかし、拓真はその場から動けなかった。
「君も、来なさい」
その男が、拓真に向かって命じる。拓真は一瞬その場で立ちすくんだが、やがてゆっくりと歩みを進めた。周囲の視線を感じながら、男の前に立つと、男は一度だけ軽く微笑んだ。
「お前も、選ばれた者だろう?」
拓真はその言葉に、何かを言いたくて口を開いたが、声が出ない。どうして自分が選ばれたのか、理解できなかった。しかし、それでもその問いには答えようとしないわけにはいかない。
「選ばれた者……?」
拓真はそう呟きながら、心の中で違和感がますます強くなるのを感じていた。
「お前は、選ばれた勇者ではない」
その男が、突如として言い放った言葉に、拓真は愕然とした。周囲が一瞬静まり返る。
拓真はその言葉を理解することができなかった。選ばれた勇者ではない? それはつまり――
「お前は、ただの者だ」
その男が言うには、拓真はこの儀式で力を授けられる対象ではないというのだ。彼の心の中で、何かが崩れ落ちた。
周囲のクラスメイトたちは、この言葉を耳にしても無関心に見える。興奮がまだ続いており、自分が選ばれたことで喜んでいる者たちがほとんどだった。しかし、拓真はただ立ち尽くしているしかなかった。
その時、ヒロトが不意に声を上げた。
「え? 何だって? 拓真が選ばれなかったって?」
その言葉が広間に響き渡る。拓真は一瞬顔を赤らめるが、すぐにその視線を避けた。周囲のクラスメイトたちが興味深そうに見つめる中、拓真は沈黙のままその場を去ろうとした。
「待て、拓真」
ヒロトが声をかけてきたが、拓真は振り返ることなく、ただその場から歩み去った。彼の心の中で、選ばれなかったことへの納得と、それを受け入れようとする自分が交錯していた。
拓真は、今、この異世界に召喚された自分が何をすべきなのか、まったく分からなかった。