第4話 急な補給
「はぁー」
2日目の朝、ベルデはコックピットの制御卓に頬杖をついて深い、とても深いため息をついていた。
「水不足かよ・・・。貴族がこんなに水を使う生き物とは」
制御卓のディスプレイにはタロスの状況が示されていて、飲用と生活用の水タンクの残量が10%程度まで落ち込んでいる事が示されている。
原因はアンジェラが朝晩の入浴に多量の水を使った事にある。
この惑星では環境に汚染されていない水はそれなりの値段がするので、ベルデは通常の仕事では最低限しか積んでいない。
水が手に入りやすい場所ではある程度自由が利くが、そうではない場所に行く場合は数日入浴しない事はザラである。
そんなベルデとは逆で、アンジェラは日に2回入浴しないといけない性分だそうだ。
それならば王国軍にアンジェラと一緒に水も積み込めと言いたかったが、かさばる水を積むのは諦めたのだろう。
「それで、現場に面倒な事を押し付けるのは違うよなぁ。仕事の遂行に影響があるのを分からないか?あいつらは」
ぶつぶつと独り言を言っているベルデの背後に、その原因が姿を現した。
「あら、ベルデ。表情が冴えなくてよ?」
洗い立ての髪をタオルで拭きながらアンジェラが言う、今は変装をしていない。
「そりゃ、水の備蓄が無いからですね。これだと今日の水も足りない状態ですよ。補給のため寄り道をしないといけないのでルート変更が必要なんですよ」
「それは失礼したわね。料金はあたくしの家に請求していいですわよ?」
「ええ、当然そうさせてもらいますよ」
そう言って、立ち上がってアンジェラの真正面に立つ、身長はベルデの方が高いので見下ろす形になる。
その様子にむっとした表情をするアンジェラを見て口を開く。
「アンヌ、はっきりと言いますよ。あなたの部屋などを運び込んだ事が不問にしましょう、ですが俺は運び屋なので貴族の方を十分にもてなす事はできません。今回のように水を際限なく使われてしまうと期日までに送り届けるのは不可能です」
そうきっぱりと言うと、アンジェラは意外そうに目を見開いた後に不敵な表情を浮かべる。
「ふぅん?あたくしに反論するなんて度胸のある方なのね。アシュバーン家の令嬢にそんな事を言っていいと思って?」
それに頭痛を覚えながら、ベルデは怒りを抑えながら口を開く。
「そのアシュバーン家の威光が万能なら、俺のような運び屋を使う事をしないで目的を果たせば良かったんじゃないですか?そちらの真意を教えてもらえると、俺が出来る事と出来ない事をすり合わせる事が出来ると思いますよ。お互いに気持ちよくこの旅を進めるには良い方法だと思うんですがね」
「ふむ・・・。一理ありますわね」
正直、まともな返事が来るとは思わなかったベルデはアンジェラが納得した表情と口調で答えて来たので面食らってしまう。
「あたくしの希望から言わせてもらいますわ。まず、入浴はなるべくしたいの、水の入手が難しいなら1日1回に我慢しますわ。食事や服は持ってきているから特に希望は無いですわよ」
「水は浄化プラントを使った再生水の使用も視野に入れて下さい。正直、増槽を付けないと使用量を賄えません。もちろん増槽を付ける余裕は資金、時間的に無いですよ」
「うう・・・再生水・・・我慢しますわ」
飲用水に比べれば多少の臭いがあるが、アンジェラは嫌そうに眉をひそめている。
「俺からはこれくらいです」
そう話を切り上げようとするベルデにアンジェラが笑顔を見せる。
ニマッとした笑顔なので、悪い予感を覚えるベルデ。
「あたくしが譲歩したので、こちらも要求するですわよ。ベルデが外に出る時は連れて行ってくれないかしら?昨日、ダイナーに入れなかったのでつまらなかったんですもの」
「わかりました。変装はする、危険な場所の場合は俺の指示に絶対に従ってください。女連れという事で面倒が降って来る事もあるんです」
「ええ、わかりましたわ。危険な時は守って下さるんですよね?」
「俺は元WSOですが、白兵戦はそこまで得意じゃないので期待しないで下さいよ」
そう言ってベルデはコックピットの引き出しを開ける。
「外に行くときはこれを持って行ってください」
差し出したのは小型の拳銃だった。
「銃?」
「ええ、小型のブラスターです。装填エネルギーで20発まで撃てます。外に出てどうしようもなかった場合に使ってください」
「その事態はなんなんですの?」
「弾が最後になった時の自決用ですよ。ブラスターなので反動はほとんどありません。撃ち方は明日教えますから、マニュアルと説明のソフトを見て置いて下さい」
「・・・ずいぶんと、度胸があるんですのね。貴族に向かって自決用の武器を渡すなんて」
「貴女が貴族だからこそ、ですよ。その誇りが穢される事態になる確率は一般人より高い。王国の事を考えてその決断する事も必要と判断したんですよ」
そう言ってベルデは、水の供給を商売にしている施設への移動ルートを設定する。
変更したルートを見ると5時間はロスする予定だ、どこかのルートを帝国軍との前線寄りにしないといけない。
予定変更に慣れているが、それは民間が仕事相手の場合だ。
貴族、王国軍が相手の仕事では、何が自分の命取りにならないかわからない。
ソファに座って悠々と淹れなおした紅茶を飲んでいるアンジェラを見て、ベルデはまた深いため息をついたのだった。