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御困事結(おこまりごとのむすび):『外記局に兎が闖入せしこと』

 それほど昔の御話とは思われませんが、女房として宮仕えをしておられた御母君からまた聞きしたお話でございます。


 確かあれは後一条帝のご治世の、如月の末のこと、御母君が宮にお仕えのところ、ぞろぞろと女房などが集まって参りまして、扇などをうち重ねて、「外記局で火が出ますよ」などと、騒々しくお噂をしていらっしゃったのだそうです。


 何事かと事の仔細を訊ねますと、先刻外記局で兎が出たのだというのです。獣が闖入するということは特段珍しからざることと存じますが、どうも占ってみると、善からぬことであるということです。


 どうも外記局に現れた兎というのが、局の北東の辺りをぐるぐると回って、そこで使部の者たちに打ち殺されてしまったのです。これは大内裏での殺生ということで、とても縁起が悪い。そこで、陰陽寮のところに問い合わせたところ、「怪異の在ったところにて火事がある云々」と、お答えになったのです。

 それは大変ということで、女房達もご心配遊ばして、その日のうちに貴重品などを御持ち帰りになろう、ということになりました。母君は特別に高価な物などお持ちではありませんでしたが、ただひとつ、懐にある和紙の御手紙が、高価だということで、懐に大事にお仕舞いになって、ご帰宅あそばした。


 月を跨いだ弥生の月の一日夜のこと、大炊御門の近くの、冷泉小路のあたりで、大きな火事がありました。

 このことをよく覚えていますのは、やはり私の家のすぐ近くでの出火だったからでございます。皆さまは、御殿が燃える時の御様子を御存じでしょうか。凄まじいものでございますよ。真っ赤な炎が母屋を一気に包み込み、御几帳から御瓦に至るまで盛んに燃え上がる。邸の形が炎の中で影となっており、見事な調度品や貴重な香炉などは見る影も御座いませんでした。その上、濛々と立ち込める煙は黒々として、所々が濃く、冷泉小路の至る所まで包み込むのです。焼け落ちた御屋敷も多く、ああ甲斐守の御屋敷が、ああ前伊賀守の御屋敷がと、それはもう大騒動でございました。


 やはりこれがたいそう大事となりました。

 式部小輔の御屋敷などが焼け落ちてしまいまして、ああ、これがどうやら占いの結果のようだということで、何とかお鎮め遊ばそうということで、兎の好むようなものを外記局にお供えいたしたのですが、女房達も、どうにも胸騒ぎが収まらない。

 時の右大臣様も御憂慮なさっていたそうで、困り果てた者がいかようにすればよいかと陰陽寮にお問い合わせいたしました。すると、やはり兎の怪異をお鎮めするよりほかにはないということで、日取りの良い日に外記局で読経をすることとなりました。


 母君もまことに火災というものは恐ろしいということを、私にしきりに仰せになりましたが、この時のこともあったのではないかと、今では思うのでございます。

 四日に外記局で読経と火祭りを行うと、すっかり怪異は鎮まったということです。まことに火事というのは恐ろしい。



 と、いうことでございます。


「はいはい、こうして油で灯りを取っておりますと、そう言うことも御座いますからね、姫様もどうぞお休みくださいませ」


 などと、私は強引に締めたのでございますが、突然殿が御簾を掲げてお入りになりました。咄嗟に姫様が脇息にお落としになった扇をうち開いて顔をお隠ししたのですが、殿は爛々とお目を輝かせて、「その時の様子をもっと具体的に申してみよ。妖怪と掛け合わせたら面白い御物語ができるのではないか。ほれ、もっと詳しく話してみよ」と、なりふり構わずお尋ねになられます。


「もう、殿・・・」


 本当に困った殿にございます・・・。


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