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若君の御話:『頭弁殿が雄鶏をご自慢遊ばされること』

 昔と言うには随分最近ですが、さりとて今と言うには随分前の頃、時の頭弁であらせられた鶏冠(とさか)の弁という人がいらっしゃった。その由はいつも屋敷でお育てになっていた雄鶏のことをご自慢遊ばされたからだそうな。

 何かと堅苦しく、気苦労の多いご身分故、ご出仕からお帰りになると、庭先をよちよちと歩く雄鶏ののどかなさまに心を和ませておられたそう。


 お勤めの折も御心の片隅には常に件の雄鶏があり、何かあると鳥の御話ばかりなさった。それに、結構なご身分ではあらせられたが、何せ早朝には雄鶏が甲高く鳴く。それ故御起床が早いので、時折お勤め中にうつら、うつらなどと船をお漕ぎになる。そのような御有様でいらっしゃるから、弁官たちもお仕事が続かず困っていらっしゃった。


 ある時、鶏冠の弁がお勤めの途中で、宮仕えをされる女房たちが、清原元輔娘とかいうお方のお噂をお耳に入れた。この御方は何でも面白い宮仕えの御話などをしたためていらっしゃるのだそうで、その中に、面白いお歌があるということで、賑やかに御話されている。

 その歌を聞くと、鶏冠の弁は悪い御癖が出てしまって、実に嬉しそうにご自慢話を始めてしまわれた。


「私の御屋敷の門をもしお通りになる時は、孟嘗君の御一行のような真似は是非ともおやめくださいね。何せ、私の雄鶏はトーテンコーと見事に鳴くのだから。その見事なことと言ったら、もうその辺の雄鶏ではとても真似できるものではございません。風流で、またよく響き、それでいてとても心地よく枕元に届く。そのご草子がどんなにか素晴らしいものであっても、私の関守はこれっぽっちも心を許しませんので」


 などと、うんざりするような早口でお囃し立てになる。弁の者たちもみなお手上げといったご様子で、あれよあれよと鶏冠の弁がお話になるご自慢話を、耳から耳へと聞き流しておられた。


「飛ぶ鳥の明日香の川の淵なれど 明日は瀬になる 鶏の空音は」


 などと、お小言をお零しになるのもあった。

 折悪しくお勤めも大層お忙しいところであるのに、ご自慢話はお止めにならない。やれ毛並みが綺麗だとか、やれ鶏冠がご立派だとか。とうとう痺れを切らした肉垂の君とかいうお方が、鶏冠の弁にこのように賭け事を申し付けた。


「そんなに見事な雄鶏ならば、是非ともお目にかかりたいところですが、本当に鳴き声がお聞き分けできるというのですか。では、今晩はお屋敷の門をお閉じになって下さいませ。門前に、飼っている鶏をお放しいたしますので、見事にお聞き分けして、ご自分の雄鶏の時にだけ、関をお開きになさってはいかがですか」


「面白いことをお考えになる。見事に言い当てたなら、あなたの御屋敷の、あの見事な玉簾を是非いただきたい。私は何を差し上げれば良いかな」

「私は見事な雄鶏をお目にかかることができますし、その雄鶏に見事な御殿を差し上げればよろしいかと」

「それは良い。どちらにせよ愛しい雄鶏のためとなろう」


 などとおっしゃって、肉垂の君との賭け事を承諾なされた。その日のご自慢話はそれきりで止まり、お仕事も大層捗ったのだそうです。



 さて、ところは変わって鶏冠の弁の君のお屋敷の前、お勤めを終えた君がお帰りになる。門を開けると、雄鶏が庭先で頭を振りつつ歩き回っている。君はご満悦で雄鶏をお世話遊ばされる。それはもう大切に、撒き餌などをお与えになり、嘴をす、と下ろす様まで、うっとりとしたご様子でご覧になっている。のどかな様子で歩いている雄鶏を、階にお座りになってご覧になっていると、お昼のことを思い起こされた。


「良く聞き分けの出来るところで休まねばな」


 そのようにお考えになって、今宵は庇の居間でお休みになることにされた。


 支度を整え、さぁ、寝ようと、高枕にお首を下ろしてお休みになるところに、肉垂の弁がお越しになった。門はしっかりと閉ざされ、とても開く気配などない。ところが肉垂の弁は自信ありげなご様子で、鶏をお連れ遊ばした。


 夜明けが近づくと、鶏たちが俄かに騒がしくなる。門の前をうろうろと忙しなく回り出し、虫などが地面の上にとまったのを見つけると、素早く嘴でつついて啄んだ。

 肉垂の弁は耳栓などをして、今か今かとその時を待っておられる。山際が暁色に染まり出したところで、鶏どもは精悍な顔を持ち上げた。


「「「「「「トーテンコー!」!」!」!」!」!」


 朝焼けの昇るのに合わせて、雄鶏たちが一斉に鳴き声を上げる。その声は、もう、京中に響き渡らんばかりに大きな声でありました。それというのも、弁官たちが伝手を辿って、鶏冠の弁の御屋敷まで、雄鶏をお借り遊ばしたからでした。この大音声を遮るには、屋敷の垣では心もとない。まして、鶏冠の弁はお庭にほど近い庇でお休みになっていたから、さぁ、騒々しくて大変。

 どれも違う声かとも思われたのですが、騒々しさに堪えかねて庭先に飛び出し、雄鶏を黙らせようとお怒りになった。


「ここは函谷関でも鶏舎でもありませんぞ!!」


 と、お声を掛けてはっとお気づきになる。目先には、耳を置塞ぎになった肉垂の君がしたり顔でいらっしゃった。


「おはようございます。賭け事は私の勝ちということでよろしいかな?」


 と、勝ち誇ったご様子。ところが、屋敷の門をお開きになると、雄鶏どもがばたばたと、羽根をまき散らしながら庭になだれ込んでくるではありませんか。肉垂の君も想定されておらず、庭は大変な有様。池に羽根が浮くわ、雄鶏の鳴き声はあちこちで響いているわ、羽ばたく音は聞くに堪えないわ。その上唐橋は糞だらけ、一瞬のうちに、よくお手入れされたお庭は鶏の巣のようになってしまわれた。


 さすがに屋敷中の方々にご迷惑をおかけしては申し訳ない。肉垂の君も、鶏冠の弁と、それにご自慢の雄鶏も連れ歩かせて、朝ならず日が傾くまで、鶏どもを捕らえて回ることになってしまったのでした。



 ということでした。若君は楽しそうに御話した後に、ご満悦の御様子でふ、と一呼吸お零しになりました。殿の血筋ゆえか、御物語が大層お上手なことです。


「殿も、鶏冠の弁のように悪い御癖をお出しにならないようにしてくださいませ」


 私が一言悪たれ口を申し上げますと、殿は困った御様子で苦笑しておられます。気づけば蛍の光も草木に留まり、文などを読むのに程よい明かりになっております。また月に架かる雲も僅かに動いて、お外の様子も良く見えます。池の魚などが動く様もはっきりと見え、あはれをしみじみと感じ入る美しさでした。


「はい、はい。次は私がお話しとうございます」

「ちょっと、姫様まで」


 殿が嬉しそうに大口を開けてお笑い遊ばした。


「なんだか今日は良い夜だな。好き好きに物語ると良い。私の話の種も増える」


「これは、なんと呆れた・・・。もうお好きになさって」


 思わず投げ槍にお答えいたしますと、姫様は幼げな丸い御手で、登呂丸の前脚を弄ばれつつ、このように御物語を御始めになりました。


「父上も若君も今日()のことばかりお話しになるもの。ならば私はずっと古いお話をいたしますね」


迫真のトーテンコー。

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