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第6章 超上級魔導師の事情


 マッツイ=ガガリンの家庭は裕福だったが、両親は貿易の仕事で忙しくてほとんど家にはおらず、子供のことや家のことは全て使用人と家庭教師任せだった。

 その上マッツイは幼い頃から天才ぶりを発揮していたので、周りの者達からは単なる異端児に見えてしまい、扱いに困った大人達によって放置されてしまった。

 その上兄や姉達からも、自分達とは違うから薄気味が悪いと虐められていた。

 しかし、成長したマッツイにやり返されるようになった途端、弟に怯え出した兄や姉達に、今度は完全に無視されるようになった。

 

 そしてマッツイが十歳になったとき、ようやく末っ子が普通ではない(今さら……)と気が付いた両親によって、悪魔憑きだとして聖堂へ連れて行かれた。

 しかし当然ながら修道士からは、

 

「息子さんは悪魔憑きなどではなく、むしろ貴重な魔力持ちですよ」

 

 と説明された。しかし両親は納得せず、大金を渡して息子を聖堂に押し付けたのだ。息子との縁切り状と共に。

 

 平民でもたまに魔力持ちは生まれるが、それは多少生活が便利になるかな、という程度の力だった。

 だから屋敷に入り込んだ強盗を手を触れずに吹き飛ばすとか、強盗の荷馬車を簡単に破壊するとか、雷を呼んで雨を降らすとか、そんな真似をする者など、両親達にとっては悪魔と変わらない存在なのだろう。

 家族や使用人を守るためにやったことだったのに。 

 

 

 しかしそれはマッツイにとっては却って都合が良かった。あの家には彼の居場所などなかったからだ。

 誰も彼を家族とは認めてくれなかったし、邪魔者どころか嫌悪さえしていたのだから。

 

 それに比べて聖堂の聖職者達は、たとえ面倒な魔力持ちの子だとしても彼をちゃんと人として接してくれた。

 魔術だけではなく、一般的な勉強や常識も教えてくれた。その上しつけもしてくれた。身に付いたかどうかは別として。

 もっとも、一般教養の方は二年ほどで彼らにはもう教えるものがなくなってしまったので、専ら魔法学や魔術の技法の指導ばかりになっていたが。

 

 そして聖職者達は、マッツイの学園の入学時期が近づくにつれて、一層頭を悩ませるようになった。

 幼少期から家でずっと放置されてきたため、マッツイのコミュニケーション能力は甚だしく低く、聖堂で暮らすようになってもなかなか改善されなかったからだ。

 様々な集まりやチャリティーなどに、なだめすかして参加させようとしたこともあったが、心を閉じかけてしまったので慌てて断念した。

 

 そこで彼らは専門書以外の小説を読むことをマッツイに強く勧めた。

 人の心の機微がたとえわからなくても、こういう場面では人はこう感じるものなのだ!そういうものなのだ!とパターン化して、心ではなく頭で理解できるようになるために。

 

「そこに屁理屈やお前独自の考えなどはいらない。そういうものなのだと無理やりでも思い込まないと、この世界では生きていけないのだ」

 

 と聖職者達に諭された。

 それがいかに理不尽なことなのか、聖職者としては正しくないことを指導しているのか、その自覚はあった。

 しかしそれでも彼らは、マッツイが少しでもこの先、生きやすくなるようにと指導してくれたのだ。

 

 こうしてマッツイは聖堂の聖職者達のおかげで、社会で生き延びられるための最低限の対人スキルだけは、どうにか身に付けることができた。しかしそれは、あくまでもなんとか(・・・・)が頭に付くレベルだった。

 元々の気難しい性格だった上に家庭環境が最悪だったので、そう簡単に本来の性格は変わらなかったのだ。

 それ故に、この世界はマッツイにとってかなり生き辛いものだった。

 

 そんなマッツイもとうとう十五歳になり、学園に入学することになった。

 ところが入学試験で彼は、すでに卒業単位を取得しただけの能力があると認定されてしまった。そのためにマッツイは、魔法学と魔術技法の取得のためだけに通園することになった。

 ただし二年になると、教師の助手として、同級生や下級生を指導するようになった。

 そして最終学年になった時、マッツイはアニタと知り合い、親しくなったのだ。一般的な先輩と後輩というより、教師と生徒のような関係で。それは全くの偶然だったが、彼には天が自分に授けてくれた幸運のように思えた。

 

 そんな文学的な感情を彼が抱くのは生まれて初めてのことだった。

 なにせそれまでの彼の感情といえば、うざい、鬱陶しい、めんどくさい、どうでもいい、くらいなものだったのだから。

 どんなに難しい魔法を使えるようになっても、どんなに画期的な魔術式を生み出して絶賛されようと、そこには喜びも感動もなかったのだ。全てがどうでもよかったのだから。

 

 はたから見ると、マッツイが一方的にアニタに学問を教えていたように見えただろう。いや、面倒を見ていたように。しかし実際は違っていた。

 偏屈で変わり者で人とコミュニケーションを取れない、そんな彼の助手的役割をアニタがしていたのだ。

 アニタとマッツイは多少方向性は違うが共に苦労人だった。早くに両親を亡くして(無くして)孤児となっていたから、人の心を読むこと、察知することに長けていた。

 そして、まだ若いのに全てを丸ごと受け止める度量があった。社会の偏見や思い込み、自分の経験値だけで物事を判断しなかった。

 そう。アニタは初対面の時からマッツイを丸ごとそのまま受け入れてくれた。

 

 二人は一見すると陽と陰のように見えて、意外と似たもの同士で、正反対な性格のように見えて、案外と分かり合えていたのだ。密かに持っていたマイナスの感情まで。

 

 

 アニタ=ウォーレンは王太子の乳母だった母親が亡くなった時点で、本来なら王宮から追い出されて孤児院行きになるはずだった。

 それなのにメイド見習いとして王宮に残れたのは、偏にアニタがハリスコ王太子に懐かれていたからだった。

 面倒くさい王太子の相手をするのが嫌だった侍女や家庭教師達が、アニタを王宮に置いてやって欲しいと王妃に懇願したために残れたのだ。

 

 つまりアニタにとってハリスコ王太子は、間接的に命の恩人に近い存在だった。だからこそ彼の幸せを見届けるのが自分の役目だと信じて、彼女は甲斐甲斐しく世話をしてきたのだ。

 そのために彼女は、いつしか幼なじみや友人ではなくて、母親のような認識で王太子に接するようになってしまった。

 

 しかしそれがやがてハリスコ王太子の癇に障るようになっていったのだ。それはそうだろう。

 王太子は、自分をありのまま理解し受け入れてくれるアニタを好きだったのだ。彼にとって彼女は大切な幼なじみで友人で、決して母親などではなかった。

 だから彼が思春期になってアニタを疎むようになったのは当たり前のことだった。

 

(ガガリン先輩に言われた通りに思春期を迎える前に、昔のような幼なじみの関係に戻るべきだった。そうすればあんなに反抗されずに済んだだろう。

 そして王太子が男爵令嬢と付き合い始めた時も、ちゃんと忠告をきいてもらえたかもしれない)

 

 と、そんな風にアニタは思った。

 

 でも、ガガリンには相談できなかった。彼が超絶忙しくしていることは、風の噂で知っていたからだ。

 あんな人嫌いが毎日大勢の陳情者達の応対しなくてはいけないのだから、さぞかし神経をすり減らし、疲労していることだろう。

 そんな彼に甘える事なんてできなかった。学園にいた頃とは違い、今のアニタは彼のために何の役にも立ってはいなかったのだから。

 

 しかし、先程苦しそうに心のうちを吐き出したハリスコ王太子を見た時に、その自分の判断が間違いだったと気づいたのだが。

 そしてそれと同時に腹も立っていた。これまでも王太子の様子がおかしいと、王宮の偉い方々にずっと訴えていたのに「思春期にはよくある事です」という言葉だけで簡単に片付けられてしまっていたからだ。

 ハリスコ殿下は王太子なのだ。国の宝だ。王宮の偉い人がなんとかするのが筋だろう。たくさんのお手当と同時に、その権限があるのだから。お忙しいガガリン様の手をわざわざ煩わせなくても。

 

 ガガリンとシシリーナの親しげなやり取りを見せつけられたことで、イライラ感が増したアニタは心の中でこう叫んでいた。

 

(あんた達もちゃんと仕事してよ!)と。

読んでくださってありがとうございました。

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