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第5章 公女を巡る人々  

ポピリスの花は想像上の花です!

 

 淡い金髪に濃紺の大きな瞳の絶世の美女であるシシリーナは、ドードール公爵家のご令嬢で、王女様のいない我が国では独身女性の中で最高位の方だ。

 しかも、才色兼備で魔力も多く、非の打ち所がない。正しく王妃になるべき存在だ。


 ところが、半年くらい前までは、彼女に相応しいのは婚約者のハリスコ王太子ではなく、超上級魔導師のマッツイ=ガガリン様だと噂されていた。

 

 たしかに王太子も眉目秀麗で優秀。その上それなりの魔力持ちだった。しかし残念なことに、その魔力は特殊でかなり偏りがあった。しかも、気難しい変わり者だったので、世間の評判は今一つだったのだ。

 それに比べて超上級魔導師は、その王太子に輪をかけた変わり者で、めんどくさい性格の男だったが、それを相殺するほどの美丈夫で、頭脳明晰だった。その上史上最強の魔力保持者だったのだ。

 

 学園時代、公女と超上級魔導師は、よく二人で侃々諤々と魔術式の解釈を戦わせていた。

 そこはもう二人だけの世界。

 誰も彼らの側には近付けなかった。

 正直アニタはそれを羨ましいと思ったし、彼らをお似合いだと思った。けれど所詮二人は住む世界が違うのだから、恋人同士にはならないだろうと思っていた。

 なぜなら、マッツイ=ガガリン様はいくら裕福な貿易商の息子だとしても、平民だったから公女様とは身分が違い過ぎると思っていたからだ。

 孤児で無能な自分は論外だとしても、公女様とだって結ばれない……アニタは勝手にそう判断して安心していたのだ。

 

(私って本当に馬鹿だわ。ガガリン様が平民だからって自分と同じ位置に立っていると思っていたなんて。

 彼は超上級魔導師で、王家だって一目置いている偉い方なのに。わかっているつもりで全くわかっていなかった。

 それに、大切に思う人の幸せを祈れないなんて、私は本当に最低だ)

 

 

「あんたはこの国の頂点に立つ人間だ。それ以外じゃ満足できねぇ。王妃と同類だな」

 

 超上級魔導師は、アニタを横目でチラッと見てから、鼻を鳴らしてこう言い放った。

 

「ええ。でも、国の頂点に立つなら、別に王家……「シシリーナ公女様、ここは王宮でございます。お言葉は慎重に」」

 

 侍従長が公女の言葉を途中で遮った。当然である。

 

「あんたがその才能を忌憚なく発揮できるのは王室だ。そしてそのお相手を選ぶ権利を持っているのも、大きな後ろ盾があるあんたの方だ。

 第一王子妃になるか、第二王子妃か、それとも王弟の側妃になるか、まあ年寄りの二番目なんて嫌だろうから、むしろ王弟の息子の妃か……まあ、あんたより五つも年下だが」

 

 王族は二人の妃まで認められている。つまり三人目はないので、公女様が現国王の妃になることはない。まあ、なれても絶対に拒否するとは思うけれど。

 それにしてもなんだか罰ゲームみたいだな。どれも嫌だなと。この場にいる全員がそう思っているだろうとアニタは思った。

 しかし、公女はあっさりとこう言った。

 

「最初から私には選択肢なんてないじゃない。どこかの魔導師が嫌だというのなら一択しかありませんもの。

 そもそもハリスコ殿下は好きで浮気をしたわけではないのでしょ? 魅了魔法もどきのせいだっていうなら、彼に罪はないわ。

 それに私のためにポピリスの花を育てて下さったせいだというのなら、なおさらですわ」

 

「ふん。あんたは最初からそのつもりだったくせに、つまらない小芝居するなよな」

 

「あらあ、貴方のためにして差し上げたのに。これでも尊敬と感謝の念は抱いていますので。在学中は色々とお世話になりましたもの。ねぇ、先輩?」

 

 公女はうふふと笑った。

 

「お世話ですか?」

 

 アニタの困惑した顔を見て、公女はさらに笑みを深くした。

 

「意外とガガリン様は面倒見がいいってことをあなたもよく知っているでしょう?

 私もあなた同様に彼から恩恵を受けていたのよ。だって私と意見交換して下さるのって、ガガリン先輩くらしかいなかったのですもの」

 

 シシリーナ公女は、超上級魔導師マッツイ=ガガリン同様に優秀過ぎて孤高の存在だった。

 彼女は、書物に書かれていることなら、ただ読むだけでその内容を全て理解できた。というより、たとえ疑問に思うことがあっても、それを教えてもらうことができなかった。

 そのために期待して学園に入学したのだが、やはり教師や友に教えを請うことができなかった。

 さらには学生達の討論や議論の輪に加わろうとしても、皆に尻込みされてしまってその願いは叶わなかった。

 

 ところが、入学してから一年と少し過ぎた頃、一つ年下の顔なじみの少女が、先輩と思われる不遜な態度の若者と、親しげに会話をしているところに遭遇した。

 若者は少女をからかいつつも、心理カウンセラーのようなやり取りをしていた。彼の言葉はかいつまんでわかりやすいものだったが、内容はかなり深いものだった。

 

 できる、この男!

 

 早速調べてみると、彼の名前はマッツイ=ガガリン。

 平民だがブルジョア階級の貿易商の三男で、学園創立以来の天才と呼ばれる頭脳と、溢れんばかりの魔力量の持ち主だった。

 それになんと、まだ在学中だというのに、すでに上級魔導師の資格を取得していて、学園では生徒ではなく、ほぼ教師の役割を担っているという。 

 たしかに噂には聞いていたが、その姿をそれまで目にしたことはなかった。

 

(上級魔導師なんて、みんな立派な髭を蓄えたおじさましかいないのかと思っていたわ。

 まさか未成年のうちにその資格を取った者がいたなんて)

 

 と、公女は喫驚した。

 入学した当初は平民クラスだったガガリンだったが、二学年に上がるときに貴族クラスに変更になったらしい。上級の魔導師は貴重で、身分などは関係なしに高位貴族扱いされるからだ。

 そして卒業する前には、なんとただの上級魔導師ではなく、その頭に()がついていたのだった。

 

 

 彼とならわかりあえるのではないか、そうシシリーナは思った。だからアニタに彼を紹介してもらったのだった。

 

 そしてその結果はどうだったのかというと、たしかに学問的、魔術的には非常に参考になったし、初めて尊敬できる人間に会えて嬉しかった。

 彼とはおそらくこの先もずっと関わっていくのだろうと思った。しかしそれはあくまでも、仕事上で。人生のパートナーになれるかというと、それは絶対に無理だと思った。

 婚約者のせいで面倒くさい男には慣れているつもりだったのに、この魔導師の扱いにくさはその比ではなかった。彼には到底付いて行けないと思った。

 おそらくそれは、育ちの違いも大きく関係しているのだろう、と冷静に公女は分析した。

 

 公女と王太子は、親が超多忙だったために、両親と接する時間がほとんどなかった。つまり親子関係がかなり希薄だった。

 とはいえ、親の愛情が全くなかったというわけではなかったし、周りの人間には恵まれていた。

 

 それに比べて、魔導師の家庭環境はあまりよろしくなかったらしい。いや、最悪だった。

 以前、公爵家の執事から受け取った報告書の内容を思い出しながら、シシリーナは深いため息をついたのだった。

読んでくださってありがとうございました!

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