第2章 メイド見習いの相談事
本日二度目の投稿です。
✽✽✽ アニタの話 ✽✽✽
「まず、アニタ=ウォーレンが謝っていたと、超上級魔導師であるマッツイ=ガガリン様にお伝えください。
実は以前からガガリン様から注意はされていたのです。王太子殿下を甘やかしてはいけないと。
でもですね、言い訳になってしまうのですが、手がかかる子(馬鹿な子)ほど可愛いというじゃないですか。ついついかまってしまったんですよ。
しかも、目を離すとすぐに怪我ばかりするので、こちらの首が飛びそうで、ついつい過保護になりまして。
で、その結果、脳内お花畑の王子様が出来上がってしまったんです。
ご立派な婚約者がいらっしゃるというのに、他所のご令嬢に夢中になっているのです。
『真実の愛だ』とか巷の恋愛小説のような台詞を吐くので、頭をかち割って中に咲いている無駄花を引っこ抜きたくなりますよ。
このままでは若い三人の将来が、真っ暗闇に呑み込まれそうで怖いんです。
ですから、王太子殿下を正気に戻す方法をどうか授けてくださいと、あなた様の可愛い後輩が地面に両手足と頭を突いて、頼んでいたと、超上級魔導師であるマッツイ=ガガリン様にお伝え下さい」
✽✽✽✽✽✽✽
「おいおい、本当に地面に這いつくばるなよ。小娘にそんな真似されたら、俺が極悪非道の人間に思われるじゃねぇか!」
英雄である魔術騎士のヴァスク=ハランドが慌ててこう怒鳴った。それが余計に小娘をいたぶっているように見えた。
まあ、アニタの方はすっかりこの強面の英雄を信頼しきっていて、怖がってなどいなかったのだが。
彼女はただ図太いわけではなく、人の本質を見抜く才能を持っていた。それでなくちゃ、魑魅魍魎が闊歩する王宮で今日まで生き抜いてはこられなかった。
父は生後間もなく事故死していたし、王太子殿下の乳母をしていた母親は三年前にすでに病気で亡くなり、彼女は天涯孤独の身だったのだから。
「その若い三人の将来っていうのに、お前も含まれているのか?」
「とんでもない。
王太子殿下と、婚約者の公女様、そして身の程知らずのお馬鹿な男爵令嬢のことですよ。
たとえば、仮に殿下が廃嫡されることになったとして、その責任を元乳母の娘でお世話係の私まで負うことになったとしたら、王宮の使用人の四分の一は逃げ出すと思います。
だからさすがにそれはないと思うんです。
まあ、王宮からは追放されるかもしれませんが、私は雑草ですから、たった一人でだって市井で生きていけますよ。
でも彼らはそうはいきません。だから最悪のシナリオにならないように、今の段階で対策を練っておきたいのです」
「お前いくつだ?
考え方が老成しているぞ」
「十六です。ガガリン様の二つ下です。
そういえば、超上級魔導師様からも学園在学中に似たようなことを言われた気がします。おかん体質だと」
「おかん……」
言いえて妙だが、まだ十四、五の少女にそんなことを平気で言えたあちらも大概変人だし、無神経だ!とヴァスク=ハランドは少し眉間にシワを作った。
見かけは魔物も逃げ出しそうな厳つい容姿をした英雄だったが、中身は育ちのいい、一般常識を持つ紳士でもあったのだ。
「わかった。その旨ガガリン様にきちんとお伝えするから、お前は職場に戻れ。
ただし、返事はあまり当てにするなよ!」
「ありがとうございます、ヴァスク=ハランド様! どうぞよろしくお願いします」
一度深く頭を下げてから、アニタは勢いよく立ち上がって、服の汚れをパンパンと払い落とした。
少しだけ、本当に僅かだが光が見えた気がして彼女は嬉しくなった。
灰色がかった銀髪に、それに反するような大きくて黒い瞳のアニタは、飛び抜けた美人というほどではなかったが、一度見たら印象に残る程度には可愛い少女だった。
孤児だったのでそれなりに辛酸は舐めてきたが、まあ、生まれてからこの十七年間王宮暮らしなので、そこそこ磨かれていた。
それに彼女はかなり頭が良かった。それでなきゃ生き馬の目を抜くような恐ろしい王宮で、今日まで生き延びられなかっただろう。
そんなアニタのプロフィールなど知る由もないヴァスク=ハランドだったが、彼女の笑顔があまりにも眩しくて、思わず目を細めた。
そしてこの娘が、超上級魔導師であるマッコイ=ガガリン卿と特別な関係にある後輩という話も、まんざらハッタリではないのかもしれないと、彼はそう思った。
彼女には何か不思議な力がある。百戦錬磨の魔術騎士はなぜかそう感じたのだった。
超上級魔導師であるマッツイ=ガガリンはかなり偏屈な変人だった。しかし、屈折した性格が出ている見かけによらず、かなり面倒見が良く、後輩からのお願いを無下にするような人物ではないことをアニタは知っていた。
もっとも、それが自分限定であるという事実を彼女は知らなかったのだが。
そして門番をしていた魔術騎士ヴァスク=ハランドも、約束事は絶対に破らない律儀な人だということをアニタは何故か確信していた。
だから、彼はちゃんと超上級魔導師に伝言はしてくれたに違いないと。
しかし、ガガリンが忙しいことも確かだろう。連絡をもらえるのはまだ大分先かも知れない。
それまでに、自分もできることをしなくちゃ、とアニタは思った。
まずアニタは、出しゃばりゃ過ぎだとは思ったが、それでもやはり女官長にこう進言した。
「男爵令嬢のリーシャ様がもし王宮にいらっしゃったら、必ず誰かをお側にお付けになってくださいませ。どんなに殿下が嫌がっても。
万が一のことがありましたら、大変ですから」
「万が一?」
「ええ。万が一です。
殿下は今完全に理性が飛んでいますから。そして、一瞬の快楽のために後の長い人生後悔っていうのも辛いと思うので」
アニタは胸の前で両手を組むと、それをゆっくりと下へ下ろし、オメデタのジェスチャーをしながらそう言った。
女官長はしかめ面をして、人差し指で自分のこめかみ辺りをツンツンとつついた。
「それ、あなたがやってくれない? 侍従だと殿下に丸め込まれそうだし、侍女だとなかなか制止できなそうだし。
もちろん、あなたの仕事は他の者に振り分けるから。あなたなら、殿下にも平気でものが言えるでしょ?」
「すみません。私の言うことはもう聞いてくれません。口煩く言い過ぎたんですかね、耐性がついちゃったみたいで」
「え~っ! それ困るわ」
「でも女官長様、実は、これを放っておくとマジ大変なことになりそうなんです」
アニタは女官長の耳元に顔を寄せて、モゾモゾと何やら話した。
すると、彼女は驚愕の表情を浮かべ、了解したとばかりに大きく頷いたのだった。
読んでくださってありがとうございました。
明日からは可能な限り、お昼頃と、夜に二度投稿するつもりです。