第13章 その後の二人
[ ]の部分は前章と最後の文と重なります。
後々削除する予定です。
[ その後、アニタは西の塔に住むようになっていた。そこはこの国で一番危険で、一番安全な場所でもあった。
アニタに何かあったらこの国が吹っ飛ぶことが世間に周知された。だから、国の安全のためにここに住まわされた……というわけでない。
アニタはマッツイ=ガガリンの婚約者になったのだ。そしてその婚約者の仕事を手伝うために西の塔に住んでいるのだ。
(彼女はその後にちゃんと官吏試験にトップで合格したのだった)
ガガリンは王宮とドードール公爵家の一部を吹き飛ばしたが、なんの罪にも問われなかった。
それは彼らがガガリンに力的に叶わなかったというのが一番の理由だったが、対外的にガガリンを罰しなくても済む理由があったのも大きい。
なんと、ガガリンが放った魔力がハリスコ王太子の脳を刺激し、彼を正気に戻したのだ。もちろん男爵令嬢のリーシャのことも ]
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国王は超上級魔導師であるマッツイ=ガガリンが、ハリスコ王太子の重度の後遺症を奇抜な方法で治療して完治させてくれたと公表した。
これによって、超上級魔導師の名声はさらに高まった。
まあ、国王の説明だけだと、なぜドードール公爵家まで壊されたのかは不明のままだったのだが、単なる誤爆だとされ、人的被害がでなかったことで不問にされた。
ドードール公爵家も自分の娘が超上級魔導師を怒らせたことを知って、修理費の請求はしなかった。彼の敵には絶対になりたくなったからだ。
そして、正気に戻った王太子がその後どうなったのかというと、アニタがいなくなったことで、やはりパニックに陥った。
弟には注意しろと言われていたのに、アニタの言うことをきかなかった。そのせいで罠にかかって散々迷惑をかけた上に、結果的に彼女を追い出すことになってしまったのだから。
「私はずっと殿下を愛していましたの。だから嫉妬してアニタを追い出してしまいました。
貴方にとって大切な幼なじみだったのに、ひどいことをしてごめんなさい」
シシリーナは素直に王太子に謝った。近頃のシシリーナはこのスタンスを貫いている。こうすれば男性からの受けがいいことを知っていたからだ。
しかし、王太子は冷たい目をして彼女に言った。
「アニタはたしかに僕の幼なじみだが、君にとっても幼なじみじゃなかったのか?
まさか、ただの使用人だとでも思っていたのか?」
王太子が婚約者に抱いていた仄かな恋心は、この瞬間消え去った。自分の大切なものを理解しようとしない人間など信用できなかったからだ。
しかし、彼は王太子としての自分の立場は理解できるようになっていた。
この三年間、脳は偽りの恋に浸食されてはいたが、やはり本物の恋ではなかったために、脳の一部には理性も多少は残っていたのだろう。彼は王太子としての自覚も無意識に育っていた。
それ故にハリスコは王太子としての地位を放棄することもなく、学園卒業に婚約者であるシシリーナ公女と結婚した。
しかし結局二人は仮面夫婦となった。
王太子妃となったシシリーナは、二人の王子を続けて産んだ後は、当初に望んでいた通りに王妃と共に公務に励むことになったのだ。
そしてハリスコ王太子は公務に励みつつ、生物学の学者として、世界的名声を博すようになった。
そんな彼を側で精神的に、そして実務的に支えた人物は、三年間同じ苦しみを味わった男爵令嬢のリーシャだった。
第二王子によって大きな瑕疵ができてしまった彼女に、まともな縁談など望めるわけもなかった。そのため、彼女は必死に勉学に励んで官吏試験に合格したのだ。彼女は自分の力で王宮の女官になったのだ。
そしてその後、理解のある立派な紳士と遅い結婚をするまで、王太子の私的研究の補佐をしてくれたのだった。
リーシャでは、アニタを失った王太子の心の穴を完全に埋めることはできなかった。
しかし、彼を理解しようと努力してくれていたことに、ハリスコ王太子は深く感謝し、そこには妻とは違って、人としてたしかな信頼が築かれていたのだった。
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「ガガリン様、次は西の森で魔木の密林が見つかった件で、西の辺境伯閣下がご相談にいらっしゃっています。
近頃領内で行方不明者が続出したので、大掛かりな捜索隊を組んで森に入ったところ、魔力持ちの騎士がその魔木に気付いたそうです。
どうも、その魔木は人の精気を吸い取るようで、何人ものミイラ化した領民の方々が見つかったそうです。
とりあえず、その周辺の立ち入りを禁止したそうですが、隣国へ通じる街道とは離れているとはいえ、道に迷った旅人が、入り込む恐れもなきにしもあらずということで、切り倒した方がいいのか、いや、そもそも切り倒せるのか、それもわからなくて困っているそうです」
「魔木か。あれは色々使い道があって貴重だ。育ち難いと聞いているのに、密集して生えているとは珍しいな。調査隊を出すように国に進言しておく。
しかし、それとは別にそんなに被害者が出ているのなら、急遽対策をとる必要があるな。
すぐさまシールドを張るように魔術防御隊に連絡しておいてくれ」
「わかりました」
「次は?」
「南都に騎獣が数匹現れたそうです」
「領主案件だろう? そんな下らん事を西の塔に持ち込むなと、門番に伝えてくれ。
まったくハランド卿のように使える奴はなかなかいないな。
それで今日は終わりか?」
「はい。残りは騎獣よりももっと些事な要件でしたので、申請を受け付けませんでした」
実はその些事な要件とは、とある落ちぶれた元貿易商夫婦の、この塔にいる息子に会いたのに何度訪れても会わせてもらえない、というものだった。
しかし、アニタははっきりと彼らにこう告げた。
「超上級魔導師であるマッツイ=ガガリン様は、十歳の時に両親によって縁切りされておりますので、あの方にご両親は存在いたしません。
それなのに自分達が親だなどと、この西の塔でそんな虚偽を吐いたらどうなるか、おわかりにならないのですか?」
そしてそこへその日非番だったはずの魔術騎士のヴァスク=ハランドが、たまたまその場に現れてサッと大剣を振り上げた。
するとその夫婦は震え上がって、足をもつれさせながら逃げ帰ったのだった。
実はその様子をマッツイ=ガガリンは、最上階の執務室の窓から見ていた。
「相変わらず見事な仕切りっぷりだなアニタ。おかげで今日も定時で仕事が終わった。そしてお前とゆっくり過ごせる」
ガガリンは秘書の手を取ろうとして、やんわりと払われた。
「まだ仕事中です。魔木と騎獣の件を伝えてはいませんから」
そして、しばらくして戻って来た秘書をガガリンは強く抱きしめた。
「アニタ、今日もありがとう。助かった」
「お役に立てて嬉しいです、ガガリン様」
「マッツイだよ。君の夫の名前は。仕事が終わったら名前で呼んで」
「はい、マッツイ」
アニタは幸せそうに笑った。そして彼女の笑顔を見て、マッツイもまた幸せそうに微笑んだのだった。
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(王宮とドードール公爵家の一部を吹き飛ばされた直後のこぼれ話)
『なんでも、王城とドードール公爵家にだけ何故か雷が落ちて、一部屋根が破損したらしいよ』
城内でそんな噂話を聞いたアニタは、
「そういえば、王宮って避雷針がなかった気がするな。建物の管理者さん、責任取らされるのかしらん?」
なんてのんきなことを考えながら魔法研究棟の中へ入って行くと、大柄な騎士が彼女を待ち構えていた。
「なあ、アニタ嬢、魔法薬研究室の方は大分落ち着いてきたからさ、今度はさ、門番の方を手伝ってくれないか。
ボスのとこにやって来る輩は変わりもんばっかりで、相手をするのが本当に面倒くさいんだ。
俺が週の半分を担当することになったんだが、残りを担当する奴らには荷が重そうなんだ。
だから門前でまず、何の要件でうちのボスと面会したいのかを聞き出して、その内容を簡潔にまとめてボスに伝えて欲しいんだ」
ヴァスク=ハランドから次の仕事の依頼を受けたアニタは、彼の説明を聞いてなるほどと思った。
王太子が関係したあの事件の際、あの研究者が面会の申請に来た時、すぐ彼に会ってさえいれば防げたのではないか……とガガリン様は思ったのだろうと。
つまり当番制の護衛がみんなヴァスク=ハランドのように臨機応変に対応できてさえいれば、あんな大事になる前に防げたのにと。
しかしそもそもそれは護衛騎士の仕事ではない。申請者に対応する文官を雇わないといけないのだ。
そこでガガリン様は国に職員を派遣してくれるように依頼した。
ところが類は友を呼ぶものだ。西の塔には他の三つの塔に比べて、遥かに面倒で癖のある変わり者の申請者ばかりやって来る。
そしてその内容もしかり。そのために、その対応がかなり大変らしい。
職員が派遣されてきても、彼らはすぐに辞めてしまうのだという。
アニタは魔法薬研究において、あの変わり者ばかりの研究者達をなんとかまとめてきた実績がある。
それ故に、自分はそういう人間の対応が上手いと思われたんだろうな、とアニタは思った。そもそも、あの王太子やカガリン様と付き合ってこれたわけだしね。
できるかな? わからないけど、とりあえずまたお試しでやらせてもらおうかな。とアニタはまたこう思ったのだった。
しかしその後、アニタは西の塔へ仕事の面接に行ったはずなのに、なぜかそこの執務室でそこのボスに、片膝を突かれてプロポーズをされたのだった。
騙されやすい愚かな脳ではなく、この身全体で、心の奥底から君を愛している。だから結婚して側にいて欲しいと。
これで完結です。
読んでくださってありがとうございました!