第11章 超上級魔導師の思い
(マッツイ=ガガリンの心の内)
俺は学園に入学して初めて、丸ごとの自分を受け入れてくれる人間に会った。
彼女は否定から始まるのではなく、まずありのままの自分をわかろうとしてくれた。
もちろん他人を全て理解できるやつなんているわけがない。特に俺のような変わり者なんか。しかし、アニタはこう言った。
「同じ人間なんているわけがないじゃないですか。私は私という人間で、ガガリン先輩はガガリンという人間ですよね?
だから私はそのガガリン先輩がどんな人なのか知りたいなって思っているんです」
って。
本当の俺を知ったら俺を嫌いになるだろう。懐かれるのも面倒だったので、俺は何も隠さず、ありのままの素の自分を見せ続けた。
好きなことだけやって、嫌なことはやらない。我儘で傲慢で、目上の人に対しても横柄な態度をとった。
それなのにアニタは俺に批判めいたことを一切言わなかった。むしろ感心されてしまった。
「初めは驚いてばかりいたんですよ。だって私が思いつかないことばかり言うし、行動するんですもの。
でも、後でゆっくりと考えてみると、ああ、そんな考えもあったんだなって、いつも思うんですよ。『目から鱗が落ちる』ってやつです。
それにそれまで善だと思っていたことが本当は悪だと気付けたこともたくさんあります。本当にガガリン先輩には感謝しかありません」
そう言って笑ったアニタの笑顔に俺はやられた。先の北の森の魔物襲撃の際、ヒュドラに毒を吐かれた時以上の衝撃だった。
俺は恋に落ちたのだ。人間嫌い、女嫌いだった俺が。
しかし、ハリスコ王太子にとってもアニタが一番大事にしている人間だと以前から知っていた。
だから、アニタへの想いは当分は胸にしまっておこうと思ったんだ。彼らが学園を卒業するまではと。
学園に入学する前から、俺は王太子とは交流を持っていた。この国で魔力を持つ人間はそこそこいるが、そのほとんどは生活魔法ができる程度の力だ。
魔物を倒せるほどの魔力持ちは貴重だったので、将来を見据えて、子供の頃から『会合』に駆り出されたのだ。
俺は親が放任というか、育児放棄状態だったので、俺が魔力持ちだと判明したのは、聖堂へ捨てられた十歳の時だった。
自覚はなかったが、俺は聖職者でも今まで巡り会ったことのないくらい膨大な魔力持ちだったらしい。
そのためにすぐさまその『魔力持ち子供の会』という、何の捻りもない名前の会合に無理やりに連れて行かれた。そこで二つ年下の王太子に会ったというわけだ。
自分より何十倍もの魔力持ちに出会って、王太子はほっとしたようだった。
それまではやつは一番力があったので、色々とリーダー的な役目を押し付けられて辟易していたようだ。
しかも、将来国王になるのだから、そんなことできて当たり前でしょう? と言う目で見られることが王太子には苦痛で居た堪れなかったらしい。
そうだろうなあ。やつの辛さは何となくわかったよ。同類だからな。
無理やり型にはめられて苦しいだろうと同病相憐れんでいた。
俺は家族から見放されてはいたが、その分好き勝手ができた。しかし、王太子は立場上それができないからだ。
しかも、王太子は植物や鳥や動物といった人間以外の生物が好きだった。
そしてそれらを守るための魔力を持っていた。彼の癒し魔法は、人間には効かないのに、それ以外の動物には効果があったのだ。
それ故に、魔物狩りのリーダーにでもされたらたまったもんじゃないと思ったんだろうな。
しかしそれを口にしたらどうなるかくらいはわかってたらしく、魔力量は多いが、その力は不明というスタンスを貫いていた。
それを知っているのは俺だけだと思うが。
王太子は、魔物を倒すより守る側になりたかったくらいで、本当は学者になりたかったようだ。
彼はこっそり王宮で研究をしていたようだが、その手伝いをしてくれていたのがメイドのアニタだった。
学園に入学する前から、アニタのことは王太子からよく聞かされていた。
国政に忙しい親とはほとんど交流がないが、彼らより自分をわかってくれている人がいるからそれでいいんだと。
俺は学園でアニタと実際に逢って、あいつに惚れた。俺が生涯を共にするのは彼女しかいないという確信があった。
だけど思春期を迎え、より生き辛さを感じている王太子の心の支えになっているアニタを、今奪うわけにはいかないと自重した。
彼が成人するまでは奪わずにいてやろうと思ったのだ。
まあ、友情みたいなのを王太子に感じていたのかもしれないな。それも俺が初めて抱いた感情だった。
他人に自分を受け入れてもらい、ありのままの自分を認めてもらうこと。
それがどんなに貴重で幸せなことかを、俺はアニタによって教えてもらった。
そして王太子もそうだったんだろう。まあ、あいつ自身がそのことに気付いていたのか、そうでなかったのかはわからないが。
ただ学園に入学した頃の王太子はアニタを邪険にばかりしていた。自分が求めているのはおかんじゃなくて、友人だとでも思っていたのだろう。
昔読んだ小説にはよく描かれていた情景だった。思春期だから仕方ないといえばそれまでだが。
『王太子が男爵令嬢と恋に落ちました。しかし、それが普通じゃなくてなんか変なのです』
というアニタからの相談を聞いた時は、さすがの俺も驚いた。可愛くて庇護欲を誘うからといって、あの王太子が平々凡々な女に夢中になるとは考えられなかった。
すぐに男爵令嬢を調べてみると、彼女の方にも魅力魔法のようなものの後遺症が残っていた。
ということは、彼女が王太子に魅了の力を使ったわけじゃないんだろう。誰かにはめられたんだなと俺は思った。
この国どころか、最近では近隣諸国でも魅了魔法を使える者は現れていない。ということは、それに近い魔法薬でも作られたのか?
この国でそんな魔法薬を作れる人間は限られている。もしやと思って西の塔の来訪名簿を調べると、一月ほど前の名簿に顔見知りの魔法薬の専門家の名前があった。
速攻その男が勤めている製薬会社に立ち入り検査をした。すると案の定だった。
しかし、押収した本来の惚れ薬の効果は、せいぜい半日程度だということが実験によって判明した。
盗んだ第二王子だってそれを知っていたはずだ。
兄と男爵令嬢が浮気している、そんな噂を少しでも広められたらいい、それくらいの軽い気持ちでやったと、その後の取り調べでヤツは語っていた。
話を少し戻すが、取りあえず使われた薬がわかった時点で、俺は王宮へと向かった。
そして今度は王太子の状態を確認してみるも、正しく強力な魅了魔法にかけられた場合と同じひどい後遺症が残っていた。
そこでどこでその魔法をかけられたのかをアニタに訊ねると、彼女は王太子の婚約者である公女を連れて来た。
すると、王太子が婚約者のために育てていたポピリスの花が利用されていたことがわかった。
しかも第二王子が自分に想いを寄せている男爵令嬢を利用して、あの花壇へ王太子をおびき寄せていたこともわかった。
ホントにクソ野郎だ。
そしてそれから半月後。時間はかなりかかったが、軽い惚れ薬だったものが何故強力で危険な魅了魔法もどきに変貌したのか、その原因がわかった。
ポピリスの花に元々少量ながら毒を作る成分があったせいなのか、惚れ薬を振りかけた際に、その毒と惚れ薬のどれかの成分が化学反応を起したようだった。
そのせいで仄かに香っていただけのその花を、強力な魅了魔法を放つ危険な植物へと変えてしまったのだ。
読んでくださってありがとうございました!
今日中に完結します。