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第10章 新しい仕事先


 王宮から追い出されたアニタは、卒業するまでは学園の寮に入ることになった。

 しかし生きる目的をなくしたアニタは、最初のうちはその喪失感で何も手がつかない状態だった。

 それでも、否応なく寮内のいざこざなどに巻き込まれて、それを解決しているうちに彼女自身も変わっていった。

 こんな自分でもまだ人からは頼りにされている。少しは誰かの役に立つのだと。

 

 そして、これまでは命の恩人である王太子に一生仕えようと思ってきたのだが、主と別れてようやく気付いたことがあった。

 それは自分が誰を好きで、誰のために生きたいと思っているのか、ということだった。

 とは言っても、実際にはしてあげられることなんて何もないとわかってはいたけれど。なんたってその相手は、なんでも一人でできてしまう、とにかく偉い方なのだから。

 

 こうしてようやくアニタは、今後のことを少しずつ考え始めた。

 成績優秀だった彼女は元々授業料が免除されていた。そして、半年分の寮費はこれまで世話をかけた礼だとして、王妃がこっそりとポケットマネーを出して、前納してくれた。そのおかげで、卒業まではなんとか生き延びられる。

 しかし、卒業後はどうしたものかなぁと。

 

 お前はお邪魔虫だから、学園を卒業したら王宮で働くことは認めないと公女に言われた。しかし、王城の官吏になることまでは邪魔しないだろう。

 なにせ王城は広い。お偉い方の居そうな部署に配属されなければ、顔を合わせることなどないだろう。

 それに彼女が仮に邪魔をしようとしても、官吏試験にはたとえ王族であろうと、権力のある高位貴族であろうと関与できない決まり事がある。

 そしてもし実力が足りなくて試験に落ちたら、今度こそ市井で暮らせばいいと腹をくくった。

 

 ネクラな割には思い立ったら即決即断がモットーのアニタ。

 すぐにさま、官吏試験の受験申し込みをしようと、王城の総務部人事課へ向かって歩いて行った。

 ところが、本庁舎に一歩足を踏み入れた所で、なんと魔術騎士のヴァスク=ハランドに遭遇したのだった。

 

 何の用事で来たのかとハランドに問われたアニタは、現在の状況を正直に話し、官吏試験の申し込みをするつもりだった答えた。 

 すると英雄は眉間にシワを寄せて、付いて来いと言った。

 まあ、恩人の命令なので仕方なく付いて行くと、彼は本庁舎から出て、そことは別の建物へアニタを連れて行った。

 しかし、中に入った瞬間ムッとする甘い花のような匂いがしたので、アニタは慌てて引き返して、外へ出た。

 

「どうしたんだ?」

 

「匂いがきつくて耐えられません」

 

「鼻が利くんだな。大方の人間は匂いにも気付かず気分がよくなるらしいんだが。まあ俺も苦手だな。だから鼻栓をしている。ほら!」

 

「ずるいですよ、ハランド様。それにしてもこれはなんの匂いですか?」

 

「例の惚れ薬だ。あそこは魔法薬研究棟だ。研究をスムーズに進めるためにはやっぱり必要なんだとさ」


 英雄のその言葉にアニタは喫驚した。あの研究者さんは罰せられるところか、王城勤務になっていたのかと驚いたのだ。

 やっぱり変人だろうが問題有りだろうが、天才は手放したくないんだろうな、国もガガリン様も。ポイ捨てされた自分とは大違いだ。とアニタはいじけた。

 するとヴァスク=ハランドがこう言った。

 

「俺さ、西の塔の門番を増やされた上に、この魔法薬研究棟の責任者にされちまったんだ。

 だけど、ここにいる研究者ってみんな変わりもんばっかりで、面倒くせ―んだ。

 研究補助者はあの薬のせいで嫌がらずにやってくれるんだが、研究者同士のコミユニケーションは難しいんだ。

 とにかくプライドが高くて自己主張が激しくて、他人と協調しようとする気が全くねぇんだ。それと人の意見を聞く気もねぇ。

 あいつらも薬嗅げばいいと思うんだが、自分は嗅ぐのが嫌なんだとさ。ふざけた野郎どもだ。

 で、俺の助手になって助けてくれないか?もちろん学園の授業が終わった後でいいからさ」

 

「ハランド様、ガガリン様に気に入られちゃったんですね。お気の毒様です。

 お試しをして役に立てそうならお手伝いしますよ」

 

 そしてそのお試しの結果、どうやらその仕事は自分に向いていたようだ、とアニタは思った。

 彼女は独特の感性を持つ研究者の一人一人から辛抱強く話を聞くと、まるで外国語の通訳者のように、一方の意見を相手にもできるだけわかるように丁寧に説明した。

 そして、それに対する相手方の反応もきちんと説明した。

 相手が思い通りにならなくて不貞腐れた時には、おかん(・・・)としてガツン!とたしなめた。

 すると、いい年をしたおっさん達がしゅんとして素直になった。アニタはそんな彼らのために誠意を尽くして、互いが納得できる合意点を見つけ出してやった。

 

 そうこうしているうちにアニタは、この研究所の中でも一番面倒くさい、例の惚れ薬を作った研究者を懐柔することができた。

 するとその後は他の研究者達とのコミュニケーションもスムーズになり、皆で協力し合うことができるようになった。その結果、以前と比べて研究がかなり進むようになった。

 

 そんなある日のこと、超上級魔導師である=マッツイ=ガガリンも、魔法薬研究から提出されるデータ結果が、以前と比べてかなり良質なものなってきたことに気付いた。しかも予定より進みが早い。

 

「あんたが責任者になってから、やたらと研究が順調に進んでいるな。さすがだな、ハランド卿」

 

「いやいや。優秀な部下を見つけただけですよ。運が良かった。あんなクセの強い奴らをよくまとめられるもんだと感心しているんですよ」

 

「ん?」

 

 マッツイ=ガガリンは目を大きく見開いた。バリバリと彼の体から魔力が放出されている。それを見た魔術騎士ヴァスク=ハランドは素早く自分の身の回りに結界を張った。

 

「あんたの新しい部下とは誰だ?」

 

 ガガリンが地の底を這うような低い声で訊ねると、ハランドは平然とアニタの名を告げた。

 そして、公女の命で王宮をクビになり仕事を探している所に遭遇したので、雇ったのだと答えた。

 

「クビになっただと? 大恩人のアニタをクビにしたのか、あいつらは!」

 

 それを聞いた超上級魔導師であるマッツイ=ガガリンは、怒りを炸裂させた。

 その結果、王宮とドードール公爵家の一部が吹き飛んだのだった。

読んでくださってありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] ……情報が遅すぎる。 好きな女の子のピンチも救えないとか
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