05
最近彼が家におらず、何かを準備してきているのは知っている。そして私はそれすらも飲み込んで勝つつもりでいる。
『ほらみなさい、貴方は私に守られていればいいのよ』
そう言ってやるつもりだ。
彼の母は、この宣言をすることを知らなかったらしく凄く怒っている。でも安心しておば様、私は彼をここで倒して、心も体も屈服させてあげますわ。
「さあ、始めましょう」
二人揃って、身体強化の詠唱を唱える。それが開始の合図となる。
子供の頃とは比べ物にならないくらいの速さで、彼が踏み込んでくる。初手の意表をついた攻撃としては良い攻撃だ。だけど私の体はそれに反応するくらい成長している。
攻撃を受け流し、彼に斬りかかる。それと同時に彼の足元から短剣が飛んでくる。
おっと
危ない危ない、意表に意表を重ねたいい攻撃だ。普段から彼を見ている私でなければくらっていたかもしれない。彼の行動を逐一監視していた私からすると、それは知っている動きだ。初見にはならない。
彼の一撃が私を襲う。その攻撃は男性らしく重い攻撃で、ただ鈍重だった。その遅さでは私に追いつけない。難なくひょいっと避ける。
距離ができたことで、一拍置かれる。
「なかなかやるじゃない」
「……チッ」
彼は納得いっていないようだが、彼の動きはとても同い年の男性の動きとは思えない。私のための努力は単純に好感が持てる。
「でもダメ、そんな遅さじゃあ私は捕らえられないわ」
「ふん、ならお前から攻撃してこいよ」
あら、分かりやすい挑発。何か狙っているのかしら。
でも私の記憶の中に、彼が私の攻撃に対抗できる手段がないことを考える。もしかしたら最近いなかったのは、その秘策を練っていたのかもしれない。
それは……とても楽しみ
私のために一体どんな秘策を用意したのか、罠だと分かっていても知りたくなる。魔力を体全体に込める。もし罠だとしても力で全て食い破る。そんなつもりで彼女は彼に攻撃を仕掛ける。
彼の足を狙う、切りつけるが彼は無反応だ。
後ろから背中を切りつける、これも違うらしい。
肩を突きさす、痛そうな表情をする彼、あはっ。もしかして本当に無策なの?
(もし本当に無策だったら、ごめんなさい死んじゃうかも!)
最期に顔に向かって突きを繰り出す。その一撃は今までの人生の中で最高で最速の突きだった。彼への思いがその一撃を繰り出す。
彼はその攻撃に無策にも手で防御することを選んだ。そして剣が彼の手を突きさす。
「捕まえた」
「あっ」
不覚にもドキリとしてしまった。その隙を見逃さず彼は私を片手一本で宙に挙げる。
まずい――!
このまま背中から地面に叩きつけられたら、少なくとも数秒動けなくなる。その間に剣を突き立てられ詰みだ。少し遊び過ぎたか。
体を何とかひねり、地面に背中から落ちないよう体制を整える。これを凌げば私の勝ち。
そして私は、思っていた方向と違う方向に叩きつけられた。
「がはっ!」
彼の筋力は私の想像を超えていた。私なんて軽々持ち上げられ、あらゆる方向に叩きつけられる。つまり持ち上げられた時点で詰みだった。
ビタンビタン
何度も叩きつけられ、呼吸ができなくなる。まずい意識が――
唐突に攻撃が終わり剣が突き付けられる。
「俺の勝ちだ」
そうして二人の戦いが終わった。
(負けた……)
体が痛い。まだまともに動けそうにない。そんな中、彼は勝利宣言をする。
「俺はお前と違って才能が無かった。だから今まで努力を重ねてきた。」
「ごほごほ――なにを」
「お前は違ったようだな……」
どういうこと……?
「俺はお前との婚約を破棄させてもらう」
「あんた何言ってるの!!!! そんなこと許すわけないでしょ!」
彼の母親が、怒鳴り散らしている。
「それを決めるのは貴方ではない。勝者の俺だ」
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたけどこれほど馬鹿だったなんて!! 男が調子乗ったこと言ってるんじゃないのよ!」
「俺は一度として、貴方に母親らしいことをしてもらった記憶がない」
「結婚相手を見つけてきたじゃないの!」
「それは俺にとっては邪魔でしかない。俺の嫁は俺が決める。」
「このっ――」
「アンネ、そこまでにしよう」
そこに彼の父が介入してくる。
「はっ?! 何あんたが口出してるのよ! そもそもあんたが教育を間違えたからこうなってるんでしょう!」
「だとしても、当事者じゃない君が怒るのは間違っているんだ。君が怒ってしまっているせいでヴィルマが何も言えていない」
「っ――! ごめんなさいヴィルマちゃん、息子には後でよく言って聞かせるから――」
ようやく息が出来るほどには体が回復してきたので、私はおばさんに伝える。
「おばさん……」
「なにかしらヴィルマちゃん?」
「私は彼と約束して彼に負けたのです。だから彼の言葉に従います」
だから――
「彼との戦いを汚さないで下さい。これ以上、負けを認めないことは私のプライドが許しません」