92話 急がば回れ
「あぶねえんだよ!……あ!」
アンニは何かに気づいたようにアヒル口で言った。
「キョウヤさまー、キョウヤたまー。って、ずっと言ってろよ媚び女」
家の屋根に着地するアンニ。そんな彼女の言葉を受けたポイロは激怒した。
「……ガキに何が分かる?」
「はっ。男に媚びるのが大人ならオレはパスだね」
ポイロは斧を投げる。
「あぶっ!」
それをぎりぎり避けるアンニ。なぜか、ポイロが投げた斧は空中で停止する。その斧は主人のもとへ帰る犬のように、従順にポイロの手に戻った。
ポイロは一言。
「恋をしたこともない小娘に何が分かる。絶対に成功させたいから、頑張るんでしょうが」
「悪いけど……」
アンニは両手の平を合わせる。
「恋は焦った方の負けだから」
魔法の詠唱。ポイロが口を開けた瞬間、セカイは覆った。
「失礼します。私には待っている男性がいますから」
「はあ?」
アンニは知らない。もうこのセカイが、自分の物ではないことに。
「何わけのわかんねえこと言ってんだ。……ヒアロスト」
ヒアロストそれはエルムンダリアで作った虚偽の世界でのみ使える魔法。効果は単純、エルムンダリアで作った世界を徐々に狭める魔法だが……、なぜかこの時は発動しなかった。
「……?」
「まだ気づいてないのですか? エルムンダリア、これは多くの魔族が使える初歩的な魔法です」
「……なんでお前が、魔族の事情を知っている?」
ポイロは、アンニを睨んだ。
「黙れ。お前ごときが詮索するな」
「……!」
その不気味さ。泥のように体に纏わりつく不快感。アンニは、思考を停止させてしまった。
「……っ!」
気づいた時にはもう遅い。アンニの斧は、ポイロの喉に触れていた。
「言え、目的を。そしてキョウヤ様に謝れ」
「……恋はもーもく」
ポイロは首を傾げる。それに呼応して、アンニは奥の手を披露した。
絶対的な勝利のために。彼女は奥の手を秘めていた。
「顔に似合わず狡い女」
「男に媚びる奴よりまし」
背後に現れる二つの腕。それはポイロを襲った。
「……は?」
だがその一撃は無効に終わる。秘めていた奥の手は、イレギュラーにより防がれた。
「誰だお前?」
ハゲ頭をキラリと輝かせる冒険者が一人。もうこの世界はエルムンダリアで作られた物ではない。
「このおっさんは良いやつだ。だから死なせない」
ポイロは微笑み、言った。
「キョウヤ様」
「おう、ようやくオレも参戦だ」
体を奪い戦う男を見たアンニは反吐が出るように言った。
「自分の体で戦えよ」
「わりいな、オレはどこまでも卑怯だからよ」
数分前、アンニからポイロへエルムンダリアの所有権が移った。本来ならあり得ない現象。だがポイロの圧倒的な魔法操作力により上書きすることができた。
刹那、尻尾の拘束が解ける。キョウヤはその事実に気づかれないように、落ちていた魔族の肩に尻尾を突き刺した。何か言っていたが気にしている余裕はないので無視する。
キョウヤは戦力を求め走った。そこで彼に出会ったのだ。
「……人間か? ここは危険だ、逃げろ」
ハゲ頭の冒険者は腹部の出血を抑えながらそう言った。内臓が出てきそうなほどの出血。これはもう助からないだろう。
だから、キョウヤはこう提案した。
「おっさん」
「なんだ?」
「オレは地球人だ。特異な力でおっさんの体を治せる」
「……本当か!?」
「ああ。だが一つ条件がある」
キョウヤが出した条件。それはたった一つ。
「オレに体を貸せ」
その交渉の結果は、一目瞭然だろう。
キョウヤの力、『ハイタッチジャック』は乗っ取った相手の体を新築のように綺麗にする。つまり彼の体は今、健康体だということだ。
おっさんの体を持つキョウヤはポイロに伝えた。
「ありがとう」
「はい」
ポイロは斧を持ち、キョウヤは『四次元ワクワクポケットさん』でポイロ用の斧を持つ。
そして二人はこんなことを思った。
(おっさんの体、筋肉が詰まってんな。これなら斧も持てる。予備に買っておいてよかったな)
(は、はわわ。キョウヤ様とペアルックだ。……おじさんの体ですけれども)
そんな二人を見たアンニは呆れたように思う。
(気持ちわる)
そして周囲を見渡した。
(アイツの力は知っている。どこかに本体がいるはずだ。だからそれを探して……ぶん殴ろう)
アンニはそう決意する。
「よし! やるか」
頷くキョウヤ。ポイロはちょっと怖い顔をしていた。




