89話 捨てる神あれば拾う神あり
ここまで読んでくれたことに改めて感謝。ありがとうございます!
空を舞う少女。彼女の名は万葉木夕奈。この地に舞い降りた高校生にして、スライムの王である。
彼女を語る上で、もっとも欠かせないのはその怠惰にある。今でこそ特に理由もなく戦っているが、本来万葉木夕奈はこういう時は城に避難している側の人間なのだ。しかしどういう因果か、彼女は力を得てしまった。それと同時に守るべきものもできてしまった。
だからこそ、彼女は戦う。
そういう理由が、夕奈には存在するのだ。
「……」
統治力場。夕奈はこれをメイジトリックと呼ぶ。この力を使い、ロニイ・ファーベントの一撃で吹き飛んだ夕奈は、本来後方へ続くはずの力を強引にねじり宙へと分散した。その影響で発生した突風に乗るために『偽装』を使って酸素になる。そして宙に舞い、いつものように変身を解いた。
さもなくば、誰かの体内に摂取されてしまう。
「万葉木さん……」
ロニイは太陽を背に落下する夕奈を見て、そっと微笑んだ。
「いいえ、夕奈さん」
その姿はまるで、天真爛漫な子どもそのものだった。
ロニイの何かが、刺激される。
「……」
ロニイの脳裏に、ふと過るジェニラの言葉。
「生きるために必要なもの……。いいえ、死なないために必要なもの。それはなんだと思いますか?……思い出です。わたくしには貴方がいます。とっても素敵で、優しくて紳士的な夫が。だから幸せです。仮にそれがなくなろうとも……わたくしは貴方を思って生涯を全うします。それが、あなたが望むことだと信じているから。……ふふっ。なんだか辛気臭い話になりましたね。兎に角わたくしは言いたいわけです。この太陽の下で誓った約束は、絶対になくならないと。……愛していますよ、ロニイさん」
不思議と、胸が熱くなる。なぜこんな大切なことを忘れていたのだ、私は。
「……」
私は生きようとは思わない。妻がいないこの世界に意味はないのだ。……だが、ジェニラの残した言葉は確かに私の中で生きている。彼女との思い出が、少しばかり勇気をくれる。
生きるために戦うんじゃない。
(死なないために戦うんだ)
これから見る景色を、あの世で妻に聞かせるために。
いい土産話を、期待して待っていてください。いつか必ず迎えに行きます。
「これが私の生きる意味。死ねない理由」
ロニイの小指に、赤い血のような糸が巻き付いた。紐よりももっと繊細なものが、今は不思議と彼の自信につながる。
それを見た夕奈は、推測で克服したことを察した。
落ちる少女。彼女はここに、終止符を打つ。
「統治力場。からの……キメ技」
落下する力を反転させ、上空へ飛ぶ夕奈。それを見たロニイはこう呟く。
「高い」
(ここまで上がれば、とんでもない落下の力が手に入る)
私はロニイさんに文句を言う資格はない。だって私は、生き物を切れない弱者なのだから。でも、私はロニイさんと違ってそれをもう受け入れている。
切れないのなら叩く。怖いのならそれ以上の恐怖を相手に叩き込む。弱いのなら、強くなればいい。当たり前の常識。
でも、私はこの理論が好きだ。
壁に当たったらゆっくりそれを解決する。日本にいた時の私はそうしてた。
異世界に来てからだろうか? 私は私を忘れていた。焦りすぎていたのだ。
(ロニイさんを見てちょっと反省した)
強い気持ちを持ってしまうと、それを失った時もっと強い嫌な気持ちに襲われてしまう。知っていたはずなのに、気持ちが先行してしまった。
だからもっと落ち着いて。ゆっくり、歩み寄る。
戦いだけではない。エリオスも何かに焦っていたようだった。この戦い、魔族には何か意味があるのだろう。だが私はそれを知らない。
そう、知らないのだ。
何も知らないのに、真っ先に剣を取ってしまった自分が憎らしい。ロニイさんの気持ちがやっとわかった気がする。
(私も、なんら変わらない)
結局そういうもんなんだ。ネジが飛んでない限り、知性ある生き物はみな悩み苦悩する。
それも一種の道楽。
悩んで、悩んで、悩みまくって、もうどうでもいいやって寝るのが最高なんでしょ!
「必殺! はっ!」
鍛丸さんに貰ったこの剣。まだ五時間くらいの付き合いだけど、不思議と手に馴染む。この魔道具は、また恥ずかしいくらいの声量で歌い始めた。
「第二の技! 一撃、粉砕、吹き飛びなされ! 一撃、粉砕、吹き飛びなされ!」
落下する力をすべて私を押し出す力に変える。殴るように強引に軌道を変え、私は銃弾で打ち出されたようにロニイさん向かって天空から突進した。
空気抵抗も全て曲げる。
邪魔するものは全て私の力に変える。
「……!」
練習不足のせいで、夕奈の体を押しつぶすような力がかかる。だがそれを分散させる形で逃がした。威力は弱まるが死ぬよかまし。
夕奈はその精神で、地上向けて凄まじいスピードで落下した。
(……あ)
刹那、着地のことを思い出す私。……でも、まあ、いっか。
私はロニイさんに必殺技を打つ。ロニイさんもまた、何か言いながら魔法を使用していた。風の音で聞こえないが、彼は確かに、生きようとしていた。
「ペンダントを返していただきます」
ロニイの手から運命の糸が現れる。それらは一本一本動き、新たな運命を編んだ。
(死なない未来。それが私の、答えです)
ロニイは微笑む。夕奈はそんなロニイの横に、華麗に着地した。
「フェザーインパクト」
傷つけないための技。本来落下で死ぬはずだった夕奈は、ギリギリのところで着地の際に生じる力をすべて空中に逃がすことで生存した。
そんな彼女は、格好つけたように剣を振り、最後に地面に向けて剣の先を叩きつける。
夕奈の横顔がロニイの瞳に映った。
二人に戦意はない。あえて勝者を上げるとするのなら、それはまさしく万葉木夕奈だろう。
夕奈はロニイにペンダントを渡しながら、呆れたようにこんなことを言った。
「あっちでエリオスがくたばってるわよ。早く助けに行ってあげて」
ふらっと、一瞬夕奈の意識が途切れかける。それを見たロニイは優しい顔で夕奈の手を取った。
(……この感覚、知ってる)
「治癒魔法」
「はい」
私、夕奈はちょっと引き気味にこう訊いた。
「いくつ魔法使えるのよ……。人間のも使ってるし」
ロニイは微笑んで言う。
「人並みですよ」
「人並みって……」
夕奈は軽くなっていく体でふと空を見た。ロニイは体の治りが速いことに驚きつつも、ペンダントを片手に回想する。妻との思い出。
空を見つめる夕奈は、ふとこう呟いた。
「人並みかあ」
ロニイの薬指についている結婚指輪が、日光を反射してキラリと光る。
残念ながら、ロニイがエリオスのもとへ行くのはもう少し遅れてしまう。それはひとえに……。
「……だれ?」
始鉱石が輝く。ロニイは夕奈の手を放し、夕奈の横に立った。
「……」
私は、知らない気配に気を張る。
しかし誰も現れない。もしかしたら、杞憂だったのかもしれない。
「勇者軍三番隊隊長……」
ただただ響くその声。その声は無情にも、私を睡眠から引きはがした。
「キラ・濱田。ロシアと日本の血を持つもの。……ああ、もう、我慢できねえよ」
したたる闘気。彼を惑わす者はただ一人。
「見てたぞ、お前、強かったな!」
夕奈を指す彼の指。彼は今にも発狂しそうなほど、ネジが飛んでいた。
「名前教えろ。あぎゃ、あぎあばうっひゃっひゃっひゃ」
夕奈は瞬時に危ない人だと察し、こう訊く。
「言ったら逃がしてくれますか?」
「うん!」
「ユーナ・イグドラシル」
「覚えた。じゃあやるぞ」
「結局こうなるのか」
不幸なことに、夕奈は聞き逃してしまったのだ。勇者軍というワードを。
『勇者軍』。ここへ来た四人の地球人は、戦場に降り立つ。
鍛丸匡一郎は、彼に訊いた。
「やっぱりお前、どこかで見たことある」
胸の大きな彼はカナリアルとバルトスを吹き飛ばし、不思議そうにこう返した。
「知らなかったのか? オレの名前」
「ああ」
彼は自信満々に言う。
「なら教えてやる! オレの名前はナイリー・ハニュ。生粋の米だ」
「……?」
「んん!? 日本人の仲間にこれをやると受けてくれるんだがな!……つまりアメリカ人。自由な男だ。よろしくな!」
鍛丸は冷静にこう返す。
「なるほど、どこかで聞いたことあると思ったが、勇者軍の人間か」
「まあそういうこった」
菩薩のような面持ちを浮かべる鍛丸。彼はしばらくして、こんな戯言を放つ。
「オレさ、クイーンズに行ってみたいんだよな」
「クイーンズに? これまたなんで?」
「……オレが大好きな蜘蛛のヒーロの出身地だから」
「そうか、よくわからんが、いいな!」
地球人は対峙する。勇者軍の襲撃。彼は、彼女は、たった一つの目的のためにここへ来た。
足音が響く。ここはホルルレクス城内部。アリアとリリアの前に現れる女が一人。
アリアはボソッと、嬉しいような怖いような、複雑な感情が混ざり合った表情を浮かべこう言った。
「……お姉さま」
今起きていること
・クルルvsギマリ・ガンガン
・キョウヤ&ポイロvsアンニ・トートンルー
・アーサー=アーツ・ホーガンvsカニマニ・アルル&サーガ・ラントゥトーン
・冒険者たちvsその他大勢の魔族、魔獣&メモリープラット
・ラリゴ先生vs名も無き魔族
・バルトス・シリカ&カナリアル・ボンダ&鍛丸匡一郎vsナイリー・ハニュ
ここからあとがき!
ついに夕奈の戦いがひと段落付きました! 修行で得た力は二つ。剣術と力魔法。エリオスとの戦いで剣術を、ロニイとの戦いで力魔法を開花させることができました! さすが主人公!
この後の戦いはどうなるのか……。とりあえず第二幕が終わってから夕奈の話は進みます。
次回はクルルかキョウヤかアーサーの誰かの話になると思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。そしてこれからもよろしくお願いしますm(_ _)m。




