8話 棚から牡丹餅
(おっと)
意外とこの熱を操る能力、繊細な操作を求めてくる。
気を抜くと空に浮くことすら難しくなりそう。あの時私がしがみついても全く動かなかった紅木葉はすごい、と改めて認識できた。
一方、紅木葉も同じように万葉木夕奈のことを認めていた。
(私の力を不器用ながらも使えている。わたしなんて、使えるようになるまで三日もかかったのに……。悔しい。――だけど、彼女は知らない。私がこの熱を操るギフト以外の力がないことを。フェイントを入れつつ、奥の手があるように見せかけよう)
ふん、ふん、と私は手を動かす。しかし万葉木夕奈は真顔のまま。
(なに? 私のフェイントが効かないだと!?)
一方その頃、万葉木夕奈は頭の上にハテナを浮かべていた。
(紅木葉、何やってるんだろう?)
まあいいや。それよりも、相手が意味不明な行動をしているうちに早くこの力に慣れよう。
私は空気中の何かを吸収する。
それを見た紅木葉は畏敬の念すら抱いていた。
(すごい、空気中の魔素の存在に気づいた。)
「ふーん」
紅木葉は舌を鳴らした。
(なんか、学生の頃を思い出す。落ちこぼれの私に、見せつけるように高得点を取る奴ら。彼女からも同じ匂いがする)
「MK5だわ」
もう、許さない。
私は得意技である炎熱柱波を使った。
それを見た万葉木夕奈は冷静に私の炎を曲げた。
「……!?」
驚いている私を他所に、万葉木夕奈は言った。
「ただまっすぐ飛んでくるだけの炎なんて、√のない2くらい簡単よ」
「何言ってんのよ」
ルート? もう忘れたわ。
「この理系女が」
「あらごめんなさい、わたし、まだ高校一年なので。理系もクソもないですよ」
(むか!)
万葉木夕奈は私を挑発するように言う。
「おっと失礼、そういえば私、数学のテストは毎回学年一位でしたのオホホ」
その言葉がトリガーとなり、私の忌々しい記憶がよみがえる。
「……まじで、チョベリバだわ」
私は毎回、学年成績ランキング一位を取っていた。だがこの日、全てが変わった。
「転校してきた……」
名前も思い出したくない忌々しい女。
彼女は私から、友達も、成績も、先生からの信用も、全てを奪っていった。
今でもクラスメイトの声が聞こえる。
「???さん、今回も一位じゃん、マジイケてるー」
クラスの中心だった私は、いつしか端っこへ。最後に残ったのは、昔からの親友だけだった。
これが、わたしの忌々しい記憶。
「ほんと、マジ、ふざけんなよ!」
私は目の色を変えて万葉木夕奈を襲う。
(かかった)
と、万葉木夕奈は思う。
(ここまでは順調。過度に理系に反応してたから何かあるとは思ってたけど。まさかここまでコンプレックスだったとは)
紅木葉さん、チョー怖い顔してる。
私は飛んでくる炎を次々曲げる。だが紅木葉も負けじと、曲がった炎の軌道を修正する。
(やはり炎のコントロールでは相手が上。……どうする?)
その攻防を遠くから見ていたシュラは思う。
(あいつら、さっきから手を振りあって何してんだ? 真ん中で炎が暴れてるが、その影響か?)
「まあいいか。おい、マニュウ、準備はできたか?」
「ええ、ばっちり」
一方その頃、応急処置を終えたメイルさんはスライム四匹を連れて逃げていた。
(少しでも遠くへ!)
ドスン! ドスン! と、音がした。
「……?」
メイルさんは恐る恐る振り返る。そこにいたのは、巨大な……。
「ぎゃー!?」
メイルさんは照れもなく顔を涙で濡らした。巨大な何かはメイルさんを優しく包む。
そして頭の上に乗せた。
その音は確かに、万葉木夕奈も聞いていた。
(いま、ドスンって……見てみるか)
私は天から見た。
(マジか)
しかと、その姿を確認した。
これが、すれ違いした理由か。
私は改めて作戦を立てる。
(やはりこの勝負、スライムが勝利のカギだ)
私はさっきの、天から見る力でクルルがこちらに移動しているのを見ていた。
クルルの位置、そしてその顔。言いたいことは伝わった。
私は炎を曲げながら、背中から集めた空気中の何かを炎に変換して出した。
まるでジェットパック。私は地面に手を擦りながらも、クルルをキャッチした。
(痛い。この技は封印しよう)
などと思いながらも、私はクルルを抱いた。
そしてクルルを盾のようにして炎を防ぐ。クルルは私を守るように体の面積を広くする。
「クルル、一緒に頑張ろう」
この声はクルルには聞こえていないはず。でも、クルルが「うん」と答えてくれた気がした。
勝算はある。
何て言ったって、私にはこんなにも心強い仲間がいるんですもの。