87話 言葉には剣よりも強い力がある
私というものは、つくづく哀れな生き物だと思う。この戦いの中で、如何に勝つではなく、終わらせるかを考えてしまうのだから。
ここに、二人のロニイ・ファーベントがいる。一人は本人。もう一人は、万葉木夕奈である。見分け方は単純。剣をもっているかいないかだ。
夕奈は赤い紐で剣の持ち手を掴む、そして振った。遠心力も相まってその威力は増大する。
ロニイはその攻撃方法を見て、腹を立てた。
「私の前で、その力を使うな!」
夕奈はその叫びに呼応し、奥歯を噛みしめる。
「混合魔法。ブラックリゾート!」
闇魔法と水魔法の合わせ技。ロニイが発動したその魔法は闇が波となって押し寄せる。
深淵ごとき液体。夕奈がそれに飲み込まれると同時に、ロニイの右肩に剣が叩き込まれた。
その勢いでロニイの服からペンダントが飛び出す。
「……?」
一方その頃、夕奈は何とも言えない感覚に襲われていた。
ブラックリゾート。それは当たった者の怠惰性を呼び覚ます魔法。
万葉木夕奈には効果てきめんな魔法だ。しかし、幸運なことにペンダントが落ちる音で意識を取り戻すことができた。
「……!」
そのペンダントは、悪戯に夕奈の足元に向かって転がる。
(これは?)
私はそれを取る。どうやらこれはペンダントでありロケットだったらしく、開くようだったのでそれを横にずらした。そこにあったのは、ロニイさんと誰かの写真。二人とも綺麗だった。
「触れるな」
頭を押さえて、今にも泣き出しそうな顔をするロニイさん。私はそんなロニイさんに訊こうとしたが、それを止めるように彼が大声を出した。
「唯一の妻の写真を返せ!」
全てを察した。
私が戦いたくない理由も含めて。
「ロニイさん」
私は歩む。剣を捨てて、『偽装』を解き。
もう、これ以上戦わないために。
「何を……?」
私もロニイさんも、飽き飽きしているんだ。こんな哀れな行動に。
(この人は、たぶん、呆れるほどに優しい)
夕奈は頭を抱えるロニイに手を差し出す。
「もう、やめましょう」
引っかかっていた何か。それはエリオスにもあって、私にもあった、戦う意味。
この人には、それがない。
だから私は、イライラしていたんだろうな。
「やめる?」
「はい。無意味ですよ、これ以上は」
私は、意味のないことに労力を割こうとは思わない。でもこれだけは受け止めないといけない。それが、人としてのまごころだと思うから。
ロニイは激怒する。
「なにが、無意味だ! 日本人の君に……!」
「万葉木!」
言ってしまった後、偽名を言えばよかったと後悔する。だが、もうどうでもいい。私は演説のような力強い声でこう伝えた。
「万葉木夕奈! それが、私の名前。日本人だし、勇者の姉だし! でも、それでも私は夕奈と呼んでほしい。それが私なのだから」
心からの叫び。ロニイさんの表情は歪む。そして一言、こう言った。
「そう……でした」
どうしようもない後悔、それがロニイの中に広がっていく。夕奈が知らないロニイの過去。
それは、一年前の話。
「好きです。私と一緒に、生きてくれませんか?」
ロニイは指輪を見せながらそう言った。彼の横にいる女性は、涙を流しながらこう吐露する。
「気づいていただき、ありがとうございます」
花びらが舞う。花畑が祝福するように、指輪の上に花びらを乗せた。
それからは順調な毎日だった。仕事で張り切るロニイ。そして帰り、奥さんと一緒に食事をする。そんな毎日を送るなか、ふと新婚旅行をすることになった。
ロニイの妻、ジェニラ・ファームベル……いいや、ジェニラ・ファーベントはお淑やかな女性だ。彼女はロニイにすべてを一任する。今回も、例外ではなかった。
「こことかどうだい?」
「いいですね」
ふとこぼれる笑み。誰かが指示したわけでもないのに、二人は一枚の写真を見つめながら微笑んでいた。
「ジェニラ、私はここへ行ってみたいな」
ロニイは大きな花の形をした半透明な鉱石が写っている写真に人差し指を置いた。
「ふふっ。この場所で愛を誓うと、永遠に続く幸せとなる。と書いてありますね」
ロニイは顔を真っ赤にして言い訳をする。
「わっ、私はそんなつもりで言ったわけでは」
「ふふっ。言い訳はいいのですよ」
「……」
コクリと頷くロニイ。彼は、ジェニラの横に立てることに感謝した。
当日。二人は新婚旅行のために予約していた船に乗る。
食糧難の影響か、ただ乗りしようとする魔族が後を絶たない現状。厳しい検問を超え、ロニイとジェニラは船に乗る。
その船は空を飛び、魔王軍の拠点がある魔界を去った。
海を越え、たどり着いた先は魔族と人間が共存する珍しい国、オノストラだった。
二人は海に隣接する国を満喫する。幸せな時間、普段の疲れをいやすように、笑った。
砂浜を歩きながら、ジェニラはこう提案する。
「あそこにいきませんか? 景色がよさそうです」
普段は提案などしないジェニラ。そんな彼女が初めて要望を言ったことに歓喜したロニイは、それを快諾した。
それは人気のない崖の上。たしかに、景色はよかった。
「いい景色だね」
「はい」
海を見つめながら、ロニイはジェニラの手を掴む。
少しずつ、心が満たされて行った。
刹那、ロニイは殺気を感知する。
「どなたでしょうか?」
「……?」
ジェニラを守るように前に出るロニイ。彼は血のように赤い紐を手の平から出し、指に巻き付けた。
同時に、甲高い音と共にロニイの右腕が吹き飛ぶ。
「な……?」
「ロニイさん!」
ジェニラの魔法で何とかロニイの腕は修復されたが、戦況は最悪だった。
二人の前に現れる四人の人間。
「どちら様でしょうか?」
四人をまとめているリーダーはこう言う。
「オレ達は勇者軍の一員。璃々山だ」
彼は剣を振る。
その戦いは長く続いた。勇者軍の半分は倒れ、ロニイも疲労していく。そんな戦いの終わりを助長したのは、璃々山が放った不可視の剣撃だった。
ポロリと、ジェニラの首が落ちる。
終わり。ロニイのすべてが崩壊した。
「なに……してる?」
現実を現実と認識できないままのロニイに向かって、璃々山は笑って言った。
「レベル上げ」
「……」
絶句するロニイ。同時に彼の何かが壊れた。赤い糸は切れ、ロニイの小指から消える。それからは悲惨だった。
「なぜ、お前たちは妻を殺したんだ!?」
「なんでって、あんた魔族だろ」
「……っ!」
ロニイは暴れる。その影響で、勇者軍を名乗る四人は死亡。
雨が降り始める。亡き妻の生首を抱きながら、ロニイは号泣した。
ロニイの魔法。それは運命を繋ぎとめるもの。だが、もう違う。
「私のせいだ」
何故妻は死んだ? ロニイの脳内を回るその疑問。それはもう解決することはない。奴らも死んでしまったのだから。
「魔族だから、殺すのか?……酷いだろ、そんなの……ちくしょう」
頬をつたう液体。彼は新婚旅行の間、死んだ妻を抱き続けた。
思い出はいつも暖かく、そして時に冷たく接する。
ロニイは、夕奈を見た。
「私は、ロニイ・ファーベント」
彼は言われるがままマルゴニカ王国を攻めた。ここは豊かな国だからという理由で。
妻を失い、空虚になっていた彼は、ようやくその事実に気づいた。
「私は、奴らとなんら変わらない」
初めて聞くロニイさんの泣き声に、一瞬たじろぐ夕奈。だがすかさず、彼の肩に手を置いた。
「私は、ロニイさんのことを全く知りません。だから、聞かせてくれませんか?」
夕奈はそう提案する。だがロニイはそれを否定した。
「いいえ、私とあなたは敵同士」
「……?」
泣き顔を見せてもなお、彼は立ち上がる。
「感謝します。気持ちの整理がつきました」
ロニイさんは私の剣を拾い、渡してきた。
私はそれを受け取る。
「また、やりあうつもりですか?」
ロニイは微笑んでこう呟いた。
「私を、殺してくれませんか?」
私、万葉木夕奈は殺しはしない主義だ。だからこう返す。
「嫌です」
「わかりました」
必然的に、ロニイさんはここを去ろうとする。
それも嫌だった。だって彼は、ここを去ると自殺するだろうから。それは夢見が悪い。
「行かないでください」
だから私はこう伝える。
「あなたの生きる意味を見つけましょう。いいえ、もう対等な関係。もう敬語は無しで行くわ」
「……?」
「前言撤回。戦いましょう、生きるために」
「なにを?」
私は知っている。親が消えても、イジメを受けても、異世界に来たとしても、生きていればいいことが必ずあるって。
「だから、何を失ってもロボットのように生き続けてって言ってるのよ。奥さんだって、あなたが生きることを願っているはずだから」
「君にわかるのか? 妻の気持ちが」
夕奈は構えを取り、言った。
「少なくとも、私は死んでほしくない。愛した人に、欲張りだけど、ずっと私を思い続けて生きてほしい」
これは必要のない労力だ。ロニイさんを見捨てる方が合理的だし、仲間のためにもなる。
(でもそれは、夢見が悪い。それにこれを見逃せば、気持ちよくだらだらできないことに繋がるだろうから)
「かかってきなさい、ロニイ・ファーベント。私が、その闇も含めて――ぶっ叩いてあげる」
心の中で、キメ技を念じる。
「第一の技! 一撃、粉砕、吹き飛びなされ! 一撃、粉砕、吹き飛びなされ!」
私には信じることしかできない。彼が生きると決めるのを。
「防御しないと、致命傷になりうるわよ」
「……」
だけど、私には切り札がある。彼を動かす最大のジョーカー。それはこの、ペンダントだ。
「返してほしけりゃ、私を殺して見せろ!」
私は力いっぱいそれを握る。それを見たロニイさんは、やっとこちらを向いた。
「やめてください」
「嫌です」
「……」
私と彼は、対面する。戦う意味。それは、今の一瞬を生きる意味と類似する。
私は生きるんだ、大樹に会うために。そして、日々をだらだら過ごすために。
それらはすべて、幸せのために、あることだ。
「ロニイさん、私は万葉木ですよ」
使えるものは何でも使う。この人は簡単には動きそうにないから。
私は息を大きく吸う。成功しろと言わんばかりに。
「私は妻を愛している。だれよりも、ありのままの彼女を」
彼は、右手を私に向けた。
「ほんの些細なお礼です。乗りましょう、その口車に」
「そうこなくっちゃ」
私の剣は脈打つ。そしてこう発した。
「エクスプロージョン!」
その声に呼応するように、ロニイさんも詠唱する。
「バルクスオホーチュン」
地から這い出る無数の黒い手が、彼の体を包む。
爆風が流れる。
「今ここに改めて名乗る。私の名前は万葉木夕奈。スライムの王よ」
肩に剣を乗せる夕奈。その溢れ出る覇王のような雰囲気は、まるで魔王のようだった。だがそれはすぐに勘違いへと変わる。
ロニイはどこか惹かれる夕奈に、こう伝えた。
「お強いのですね」
「まさか! まだまだ未熟な小娘よ」
「それは、それは……」
ロニイは整った顔で夕奈を見る。
夕奈もまた、剣を片手にロニイを見た。濡れていた服はもう乾いたが、魔女のような尖った帽子はどこかへ吹き飛んでしまっている。
刀と帽子のことを一瞬気にする夕奈だが、今はそんなこと考えている場合ではない。
彼女は、ロニイの言葉を聞きこう返した。
「将来が楽しみです」
「その目で見ることをお勧めするわ」
二人は、同時に動いた。目まぐるしく変わる戦況。これで終わりにするというセリフはまだ継続中だ。
だからこそ彼女は、この無意味な戦いを終わらせるために、無意味な戦いを続けるべきだと判断した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!




