85話 朝焼けは雨、夕焼けは晴れ
「慧眼『暁』」
「混合魔法。クロスウェーブ」
火魔法と水魔法の合わせ技。二つの属性を持ったマントのようなものがロニイに付く。
夕奈は体全体を使い、思いっきり振りかぶった。
夕奈には、攻撃の軌道が見える。それは例えば、プロが少ない情報から情況を判断するように、ロニイの動きにどのような力がかかっており、どう動いているのかを知ることで、彼女は未来予知に似た技術を手に入れた。
もっとも、彼女は無意識のうちにそれをやってのけているが。そんなこと、夕奈は気にしない。
見える。これが結果なのだから。
「ふん!」
「プリッツ」
光の線が飛び、夕奈の剣を揺らした。
一瞬の隙、彼は詠唱した。
「エクスミクスオーバドラッグ」
巨大な神の手があるかのように、巨大な何かが夕奈に平手打ちした。
「……うぶ!」
家に激突する万葉木夕奈。その反動で彼女の首は折れ、身体中に再起不能な痛みが走る。
(見えな……かった?)
夕奈はそう思いながら、走馬灯のように記憶を覗いた。
「夕奈はさ、将来何になりたいの?」
私の友人、柊晴夏はそう言った。懐かしい記憶、中学三年生の春、私たちは進学先をどうするかで悩んでいた。
「……パン屋さん?」
「それは夕奈の小学生の時の夢でしょ!」
「失敬な、保育園の時の夢だし」
「つまりどういう事?」
「何も決まってない」
「なるほど」
半笑いでそう言われたあの日、まだ懐かしいと思える。
そんな時、ふと私の頭から血が垂れていることに気が付いた。
(そうだ、私戦ってたんだ)
そして負けた。いや、不覚を取った。
「……晴夏」
「なに?」
私はまだ、死ねない。だって晴夏に、遊園地の話をまだしてないから。
「土産話期待してなよ」
「……何の話?」
場面を変えたように、私の周囲が変化する。
そこは緑がたくさんある場所だった。
目の前に広がるのは、万の葉を付けた木。空は夕暮れ。そして大きな実が、木にぶら下がっていた。
ふと思い出す、父の言葉。
「パパ、私の名前の由来って何なの?」
「ふっふっふ。それはな、奈という漢字には木に大きな実が成るという意味があるんだ。ほらな、うちの名字にピッタリだろ」
「……夕は?」
「夕はな、夕日から取ったんだ。夕焼けのように人の心を癒す。大きな実でも食ってリラックスしてろってな」
「……そんなもんか」
「おいおい、そんなもんってなんだよ!? 冷めてるなあ、もっと楽しもうぜ」
そんな会話の記憶。思い出しただけで謝罪したくなる。でも言い訳させてほしい。小学生は思ったことすぐに言う生き物でしょう?
とまあ、くだらないことを考えてみる。
「みんなを癒せる子に……か」
私は木に近づく。いや、正確にはその下にいる人物たちに近寄った。
「久しぶり」
そこには、たくさんの私がいた。
「……相変わらず多いのね」
「そうだね」
「あなたは?」
私は、私の前に出てきた私に訊いた。
私は、私を見てこう言う。
「偉力の眼。私は、『偽装』一つでこの世界に来た私。といっても、可能性に過ぎないけど」
「可能性?」
「ええ。もういいかな、言っても」
私の目の前にいる夕奈の後ろにいるたくさんの夕奈は一斉に頷く。
『偽装』一つで来た夕奈はこう言った。
「私たちはね、葉っぱなの」
「……?」
「可能性を記した、葉っぱ。ほら、たくさんある」
夕奈は上を指す。私も、上を見た。
なんとなくだけど分かった気がする。
「つまりあなたたちは、あるかもしれない現実を模した私ということ?」
「そういう認識でいいよ。つまり君は、木なんだから?」
「木……?」
夕奈は、不敵に笑った。
「そう、君は成ったんだ。『生命』の始鉱石に認められた人間に」
「……」
「いまだからこそ、共存できるはずだよ。あなたが大っ嫌いな、あの宝石と」
私は微笑んでこう返した。
「わかった。あと、私そんな喋り方じゃないから」
「歩んできた世界が違うんだ。変わるよ」
「なるほどね」
私は緑の宝石を思う。刹那、私の意識は現実世界に引き戻された。
宝石が輝く。私の服の中から、浮くように始鉱石がくっついたペンダントは顔を出した。
「それは、始鉱石?」
私は首を鳴らす。原理は分からないが、完治していた。
「ふふっ。なるほど、エリオスが負けたわけです。今回のあなたは、いったい何を見せてくれるのか……。動物? 植物? いったい何を司っているのですか?」
「興奮してるとこ悪いけど、私正直イライラしてるの」
夕奈はロニイにこう訊いた。
「あなたは言った。奥さんがいると、ならば無事に帰るのが一番の仕事でしょ?」
ロニイは一瞬悲しそうな顔を浮かべたが、すぐに平静を取り戻した。
「まだ帰れませんよ」
「なんで?」
「そこまで言う必要ありますか?」
冷静に言っているように見えるが、確かに彼は震えている。私はそれを見逃さなかった。
「もしかして、いないんじゃないの? 奥さん」
「それを、日本人のお前が言うな!」
「……!」
突然の激怒。私は、突いてはならない傷を見つけてしまったようだ。
「ご、ごめん……」
「……いえ、こちらも荒波をたててしまいました。すみません」
「い、いや……」
私の中の何かがもやもやする。
(ああ本当……この人と戦いたくない)
でも、そうは言ってられない。私にも守らなければいけないメンツがある。
「ああほんと、イライラする」
「失礼ですが、私もです」
私はロニイさんを見る。彼は、私を見ていた。
「次で最後にしましょう」
「ええ」
私は剣を持つ。
(さっきは見えなかった。なら……!)
「慧眼『東雲』」
もっとよく見えるようにすればいい。
攻撃の軌道。そんな曖昧なものだけでなく、魔素が通る道が、通ってきた道が、いわば魔力の軌道を私は視認する。
思えば、木葉さんの時も使ってたっけ?
世界が変わる。三倍となった情報量により、夕奈の脳は理解を拒むが、そこは根性でカバー。
彼女の夜明けが来る。
これが力魔法。彼女が編み出した、段階を踏んで進化する新たな魔法である。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!




