81話 上には上がある
思いを乗せて、二人は戦う。
「容赦はしないだん」
再び氷の盾を砕くレテシーの蹴り。だがそれと同時に体に痛みが走る。
「……!」
レテシーの利き足である右足が内部から割れるように裂けた。
血が舞う。
「だから言っただんよ」
「くっ……!」
レテシー・アルノミカ。彼女は裂けた足で再度攻撃を繰り出す。だが残念なことに、それは無効に終わった。
「すまないだん……これも全て、仕方のないことなんだんよ」
仕方ない。レテシーの脳内にその言葉が侵食するように広がる。
少女は、お尻を床につけた。
動かない足。その運命を呪う。だが、それまで。少女は何もできなかった。
「……おいどんは援護を」
ヒョウリー・クワンド。彼は、息を呑む。
刹那、彼の頭に城の一部だった木棒がすさまじい勢いでぶつかった。
「……え?」
レテシー・アルノミカもまた、その事実に驚愕する。
「何が……あっただん!?」
木棒を持つ女。彼女は、アリア・ホーガン。マルゴニカ王国第三王女であり、アーサー=アーツ・ホーガンの娘である。
(まずい)
レテシーは一心に思う。
(優しいアリア様は消えた)
「……!」
クワンドに追撃を加えるアリア。だが途中で木棒が折れてしまい、悲しさのあまり笑ってしまう。
「あははははっ!」
狂うように笑う王女。その姉妹であるリリアは眼鏡を光らせてそっと微笑む。
「ははっ……はは。……レテシー」
「……なんでしょうか?」
レテシーは知っている。このアリア・ホーガンの正体を。
幼少期の修行での事故だった。いや、事故というにはあまりにもおこがましい。大人のエゴで一人の少女をつぶしたのだ。
レテシーがアリアと遇ったころから、アリア・ホーガンは剣術及び体術の訓練をしていた。
もともと走るのが好きで活発な少女だったからか、体力はあった。だが少しずつ現れる剣術の才能が、少女の運命を狂わせる。
第一王女はアーサーの魔法の才を引き継いだが、第二王女は特に秀でるものは引き継がなかった。それも相まってか、アーサーの剣術の才を引き継いだアリアは過度な期待をされていた。
狂ったように笑う父に指導され、減っていく遊びの時間。最後には、外で走る時間など残っていなかった。
だからアリアは、隠した。才能を隠すことで、逃げるために。
(アリア様……)
そんなアリアを知っているからこそ、レテシーは心配してしまう。このアリア・ホーガンの顔は、剣術の訓練をしていた時にそっくりだったのだから。
「レテシー、武器を貸してください」
「……ロクリエイティブ」
レテシーは岩石のような剣を創り出した。
「ありがとうございます」
アリアは剣を取る。そして攻撃を仕掛けた。
それを見たレテシーは立ち上がる。彼女の足に痛みが広がるが、自分の爪で手を刺してごまかす。
そして足に魔素を纏い、クワンドを狙った。
「ははははあっひゃははっ! 何してるんですか? レテシー」
「アリア様、この方は私の敵です!」
(だからそれ以上、自分を傷つけないでください)
それは、口が裂けても言えない。何よりわかっているのは、アリア自身なのだからと、レテシーは思う。
その思いが、彼女の限界を壊した。
「クワンドさん!」
「なにだん!?」
レテシーは覚悟の意志をクワンドに目で伝える。クワンドも、それを受け取った。
(あんな小さな子が、大切な人のために戦っているだんよ。おいどんだって弟のために負けるわけにはいかない。それでも、ここで引いたら男じゃない。何より、大人じゃない!)
「かかってこいだん!」
「感謝します!」
一種の賭け。この猛攻でレテシーが勝てば、アリア・ホーガンは間違いなくレテシーを介抱するだろう。そしてクワンドが勝てば、アリアのみが敵となる。
どうみてもクワンドが不利な条件。だが彼は、それを呑む。
刹那、爆発音が鳴り、城が揺れる。
「……!」
そんなの関係なしに、レテシーはクワンドを攻撃する。
(今までと同じじゃだめだ。確実に、守られない攻撃を……!)
周囲の魔素がレテシーに集まる。それに驚き怒る嘉村舞奈。
「レテシー!?」
周囲に存在する魔素が一時的に枯渇し、嘉村舞奈の魔装が消える。
だがそれは、レテシーの目には映らない。
彼女は、ここ一番の大技を放った。
「知っていますか? 切り札は、先に使った方が負けるんです」
集まった膨大な魔素が、レテシーの足に集約し、爆発的な威力へと変わる。
クワンドは冷や汗をかきながら、こう願った。
(死にたくないだん!)
城の壁を砕くほどの攻撃が、放たれる。この賭けは、レテシーの勝利に終わった。
クワンドは城の外まで飛ばされ、城下町に落下する。
「レテシー!」
怒鳴る嘉村舞奈。彼女の後ろには、ヴァルダニオ・ボンダが横たわっていた。
そんな彼女は、レテシーを見て焦る。
「何この傷……? また無茶したのですね」
「うう……」
レテシーを抱きしめ、涙を流すアリア・ホーガン。彼女は正気を取り戻していた。
「オハナちゃん……。ごめんなさい、それとありがとうございます」
嘉村舞奈はそんなアリアを見て、冷静さを取り戻す。
「とりあえず、あなたが魔素を全部持って行ったことは許します。だから早く医務室へ向かいますよ」
「はい……」
レテシーは頷く。そしてこう言った。
「アリア様、どうかご無事で」
そう言い残して、嘉村舞奈とレテシーはこの場を去った。
嘉村舞奈は、お姫様抱っこしているレテシーを一瞥する。
「それにしても、レテシーの奥の手には驚きです。なぜ魔素はあなたのいう事を簡単に聞いてしまうのでしょうか?」
「わたしにもわかりません」
「そうですか。おっと……着きましたね」
レテシーはそっと微笑みこう言った。
「ここまで連れてきていただき、ありがとうございます。アリア様は嘉村さんに任せます」
「わかりました。ではあなたは治療に専念してくださいね」
「はい」
場面は変わり、アリア・ホーガンはリリア・ホーガンにこう伝えていた。
「お姉さま、私また」
「いいんだよ。アリアはそれで」
リリアはアリアを抱きしめる。口角をほんの少し上げながら。
そんな彼女の目線の先には、自身の爆発する槍で自爆したヴァルダニオ・ボンダがいた。
(二日後、また話しましょ)
そんなことを思いながら、リリアは魔族の男を見る。
一方その頃、ヒョウリー・クワンドはエリオス・バンダの体の上に落下していた。
「うげ! クワンド! 速くオレの上からどけよ」
「……体動かないだん。エリオスも、その調子だと誰かに負けただん?」
「……まあな。生意気な友達に負けた」
「ぷぷっだん。ドンマイだん」
「うっせ。……つーかさ、あの時は逃げてすまなかったな。お前を見捨てて」
「いいだんよ。結果的にそれはプラスに動いた。エリオスの働きがあったからこそ、おいどん達の働きが無駄にならなかっただん」
「そうか。そう言ってもらえると助かるな」
同時に、二人の脳裏に家族のことが過る。
「妹との」
「弟との」
二人は微笑み、こう呟いた。
「約束破っちまったな」
「約束叶えられなかっただん」
だがこれで終わったわけではない。彼らは思う。
(魔族の間で起きている飢饉問題)
(この戦争でほんとに、解決すんのかよ……)
分からないことだらけ。それを知るのは上層部のみ。
そんな上層部の魔族は、今戦場に降り立った。
万葉木夕奈、クルル、キョウヤ、アーサ=アーツ・ホーガンの前に。それぞれ一人ずつ。
今この時、鍛丸匡一郎の敗北をもって、第一幕が幕を閉じた。
「……たく、泣いてんじゃないよ」
血を流し、膝を落とす鍛丸。彼は、二人の魔族の思いに共感した。
「ありがとうございます。鍛丸さん」
「匡一郎。吾は君のことを尊敬するよ」
「別に、いいさ。そういう事情があるっていうのなら。もっと別の手を考えないといけないからな」
彼らもまた、動き出す。もっとも、鍛丸の傷はふさがりそうにないが。
「って、ことなんで。オレらを狙うのはよしてくれませんかね?」
鍛丸匡一郎が血を流した原因はバルトスでも、カナリアルでもない。ならば一体誰なのか?
それは、鍛丸にもわからない。
胸の大きな男は言う。
「オレに命令する気か? それができるのはこの世でたった一人だけだぜ」
容姿は明らかに女だが、彼は男を名乗る。鍛丸はそれを尊重して彼を男と称すが……実際は上手く力を出せずにいた。
心の底では彼を女と思ってしまい、全力で戦えない始末。
いいや違う。三対一で善戦している彼が異常なのだ。
「たく……ヒーローが負けるわけにはいかねえのによ」
「その通りです。オレは、鍛丸さんを信じる。彼なら、オレたち魔族の問題も解決してくれると思うから」
「その通り! あそこまで男気見せて吾らを庇ったんだ。ならばこちらもお返しするのが礼儀でしょうが!」
鍛丸の前に出る二人。カナリアルとバルトスと鍛丸。彼らによる同盟が、火を吹く。
「おいおい、男らしくてかっこいいじゃねえか。あと二年早く会っていれば、オレもお前らの仲間になっていただろうな」
彼は笑う。
「すまねえ。オレにはもう守るべき仲間がいるんでな!」
鍛丸はこう返した。
「気にするな。それはお互い様だ」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。ついに四章第一幕終了です!




