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7話 芸は身を助ける

(どこで間違えた?)


 やっぱり、あの謎の数字を言わなかったから?


 わたしは全身を炎に変えながら熟考する。


(やはり私には知識が足りない。おそらくこの世界独自のマナーがあるのだろう。わたしは今、そのマナーを破り怒りを買っている)


 これはマズい。怒りはそう簡単には落ち着かない。……勝算は薄い。ここまでの戦闘でそれは分かっている。


 ならば、逃げ一択。


「ユーナ!」


 シュラの声が聞こえた。私が炎を吸収している後ろで何をしているのかと思えば、案の定戦闘準備をしていた。


 マニュウさんもこちらを見る。


 シュラは言った。


「さっきよりも威力は弱いが、できたぞ。爆弾」


 結構疲れたけどね、と言わんばかりのマニュウさんの疲れ顔。


(あはは……。それは断れないよ)


 確信はない。水蒸気爆発の時、あの女は無傷だった。だが、私はあの女に触れることができた。すなわち、無敵の力ではないということ。


「わかりました」


 二人の眉が動いた。


「私が時間を稼ぎます。その間に、お願いします」


「おう」


 シュラさんは頷き、こう続ける。


「頼んだぜ」


(ほんの少しの間でも、こいつはオレの膝をつかせたんだ。信頼に足る実力は持っている)


 だからオレは、オレのやるべきことをやればいい。ユーナは頭がいいから、いちいち説明しなくても作戦に気づいてくれるはずだ。もとよりその時間すらねえ。


「行くぞ、マニュウ」


「うん」


 二人は忍者のようにいつの間にかいなくなっていた。


(……それよりも)


 私はまずこの状況から抜け出さなくてはならない。この吸収という行為自体がまず疲れる。満タンのおなかに料理を運んでいるようなものだ。


 だからまずはこの状況から抜けて、あの女のことを観察する。


 浮いている理由。何を燃やして炎を出しているのか。そしてなにより、あの爆発からどうやって逃げたか、だ。


(……っだけど、頭ではわかっているけど。なかなか抜けられない)


 机上の空論だった。そもそも、この炎が止まらない。動きたくても、いま足を地面から離すと吹っ飛ぶことだろう。


 一度でいい、隙があれば……!


 ぽよよんっ、というオノマトペが聞こえた気がした。


 今度ははっきりと、声が聞こえた。紅木葉の声だった。


「ああもう! またスライム!?」


 炎が邪魔で、何が起こっているのかはわからない。だがこれだけは分かった。スライムの女王、クルルが助けてくれたのだ。


(隙が……できた!)


 私は変幻自在な炎の体を巧みに使い、炎から抜けた。先ほどまで私がいたところを見ると、炎の柱のようなものが紅木葉の手から出ていた。


 おそらく彼女の得意技なのだろう。


 私は体を伸ばし紅木葉の胴体を狙った。


 紅木葉は炎で手を作り、クルルを薙ぎ払った後に言った。


「さっきは魔水(ますい)使い、今回は炎。姿を変える力、それがあなたのギフトね」


 にやりと、彼女は笑った。


「だったら話は簡単。より強い炎のほうが勝つってだけよ」


 紅木葉は周囲から何かを吸収し、炎を出した。


 わたしはそれを吸収する。


(とりあえず、空気中の何かを吸収して炎を出していることは分かった。だけど、裏を返せばそれだけ。空気中のなにかを空にするまで私が我慢しても、私みたいにもう一つの力があれば終わる)


 だがこれも空論に過ぎない。


(だめだ、さっきよりも威力が上がってる。私の体も比例して大きくなってるけど、それでも勝てる気がしない)


 急激な成長のせいか、成長痛のような痛みが走る。


 いや、そんなもの比じゃない。それ以上だ。


(痛い……。逃げたい……)


 でも、それじゃあ何も解決しない。わたしは楽したいのだ。そのために、今頑張る。わたしの人生の教訓は、そう簡単に負けないぞ。


(痛いのなら、発散すればいい)


 暴れるだけだ。


「うぐおおおおお!!!!」


 声にならない痛みが同時に外に出る。燃やせ、燃やせ、私の気が向くままに。


 それを見た一同は各々の感想を漏らす。


「おいおいマジか」


「ユーナちゃん……」


「ユーナさん、あと半分です。だからお願いします」


 シュラ、マニュウ、メイルは同時に思う。


(あと少しだけ、頑張ってくれ)


 クルルは立ち上がる。


「夕奈……さんも、つらいんだ。わたし一人だけ……休むわけにはいかない」


(最弱種でも、心までは負けたくない。諦めなければ、私たちは見下されない、はずだから!)


「夕奈さんを、助ける」


 一方敵である紅木葉も焦っていた。


「何、どうしたの!? まさか暴走――! やばい、これ以上暴れると」


(炎の制御ができなくなる!)


 ふわりと、宙に浮いている紅木葉がバランスを崩した。


 まるで何かに気づいた探偵のように、私の脳にシグナルが送られる。ピタリと、動きを止めた。


(痛い……けど、何かに気づけた。――いや、違う)


 何故気づかなかったのだろう。念頭に置いておいたはずなのに。


(私たちは、日本人だ)


 この世界の人間ではない。すなわち、わたしの常識が通用する。


(彼女も、私と同じなんだ。時と場所は違えど、同じ日本で暮らした仲間)


 私なら、依頼をどうやってかたずける?


 簡単だ。私たちだけが持っている特殊能力を使ってかたずける。シュラさんたちにこの力がないのは、見ててわかる。この状態なのに使ってなかったらただのバカだ。だが彼女は、炎の力しか使っていない。もしかしたら私の空から見る力のように、目立たない能力なのかもしれない。それならそれで結構。奥の手にはなりにくい。


 それに何より、彼女はガラケーと呼ばれる携帯電話を持っていた。電波が通らないガラケーにできることなんて、せいぜい日記を書くことくらいだろう。日記はまめな人間以外は大方夜の暇な時間に書く。


 すなわち、彼女は自宅ではなくどこかで一夜を過ごしたということ。彼女は言った、依頼だと。ネットのないこの世界での依頼は、口伝か依頼版のようなものだけ。浮浪者でもない限り、近所の依頼版を見るはずだ。彼女が電話の来ない携帯電話を常時持ち運びする変人でなければ、この説は裏返らない。つまり、彼女の『依頼』という言葉に信憑性が持てた。


 個人業で手を抜くのは死に直結する。彼女が炎の力しか使わないのは、それしか使えないからだ。


 学のある者と無い者には決定的な差がある。


(彼女も義務教育は受けているはず)


 型にハマった日本人の思考パターンは、そう簡単にはすれ違わない。


 とどのつまり何が言いたかったのかというと、私は力を与えられるとそれしか使わなくなるということだ。強ければ強いほど、その沼にはまる。


 軽い気持ちでやっているとなおさらだ。


 その癖は長いほど体に染み込む。もちろん、とっさの防御も慣れたものを使うだろう。


(やはり無敵ではなかった)


 私は熱について詳しくない。だから断言はできないが、おそらく彼女は熱を使ったバリアのようなものを展開しているのだろう。


 つまり、彼女の力は炎ではなく熱。


 私が『ブループラネット』という魔法が使えなかったのは、おそらく学がないからだ。それ以外に理由は思いつかない。


 ならば? 彼女の力ならあるいは。


 わたしは高速度の思考を止め、紅木葉を見た。バランスを崩す彼女に覆いかぶさるようにして、私は変身を解く。


 ここまでで分かったことがある。それは、私の変身する力は私の体でないと使えないということ。


 私は落下する手を紅木葉にぶつけた。


「ファイルが大きすぎます。データをすべて削除しますか?」


 私は紅木葉にしがみつきながら、天の声に答えた。


(ええ)


「削除完了。スキャニングを開始、完了。対象名を『紅木葉』に変更。コピー可能です」


『紅木葉』、シュラさんの時は『人』だったのに。強くなると、固有名がつくのだろうか。


(いや、どうでもいいか、そんなこと)


 私はボソッと「なにしがみついてるのよ!」と言う紅木葉の横で呟いた。


「コピーするわ」


 ぼわっと、体が燃えた気がした。


 紅木葉は青ざめた表情で私を振り払った。


「今度は私……? 気持ちの悪い力」


 多少の不快感を残しつつ、私は熱のイメージをした。


 今までなら、落下していたことだろう。だが、今は違う。


 微弱な風が私を助けてくれる。


 空気中の何か。私はそれを直感で認識した。


「吸収、そして放出」


 このエネルギーの名称は知らない。だけど紅木葉が青ざめているのは分かった。


「単純な炎同士ならより大きな方が勝つ。紅木葉さんが言ったことですよね?……じゃあ、やりますか。お互い炎をコントロールする、複雑な戦いを」


 私は空気中の何かを燃焼させる。


 紅木葉は初めて私を認識した。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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