77話 首縊りの足を引く
元凶であるクルルは激怒していた。
少女を狙うコジカに、そして何より、自分の命を簡単に捨てようとしたコジカに。
「コジカ……さん」
「なんだよ?」
「約束してください。私だけを見ると」
「ははっ。重いなあ! だが受け止める。いいぜ、お前だけを見てやる」
クルルはうっすらと、微笑んだ。
「ありがとうございます」
クルルの尾骨あたりに付いた一本の魔素の塊。それは尻尾のように形でまとまり、本体の本音を写すように動く。
暴れるように動きつつも、少女からは目を離さない。
「こんにちは」
クルルは少女に目を向ける。そしてこう言った。
「守っていただき、ありがとうございます」
少女はかぶりを振る。
「違うよ……。私が守られたの」
「いいえ。私も守られました。だから、感謝です」
「えへへ。そうなんだ、うれしい。……えっと、君の名前は?」
クルルはコジカを一瞥する。彼は呆れたように肩をすくめ、道の真ん中に座った。どうやら時間をくれるようだ。
「私の名はクルル」
「私はポワン。もう会わないかもしれないから、ここでお礼」
「そんな。もう会えないなんて言わないでください。私たちは友達ですから!」
胸に拳を持って行くクルル。それを見たポワンは笑った。
「にひひ。そうだね」
「はい」
少女二人は微笑む。クルルはポワンの肩に手を置き、言った。
「私はここを離れられません。一人で帰れますか?」
「……ら、楽勝!」
「よかったです。必ずまた会いましょう」
「うん!」
ポワンは勢いよく頷き、この場を去った。
「ありがとうございます。やっぱりコジカさんは優し……」
コジカの眼光が、クルルを射抜く。クルルは一瞬、怯えた。
「お礼は良いぜ。オレの目的は、お前と戦うことだからな」
コジカは首を四方八方に振った。
「違う。僕の目的は……人を」
またも、コジカは首を四方八方に振る。
「うるせえ」
「……?」
クルルはその行為を、どうしても見逃せなかった。明らかにおかしい。
もしかしたら誰かに操られてるのかも? そんな疑問がクルルを襲う。
「ははっ。いくぜえ!」
だが、考えている暇はない。クルルは構えを取る。
研修期間で嘉村舞奈に嫌というほど叩き込まれた護身術。
柔らかく滑らかな魔素がクルルの体を覆う。
一つ凡人と違うのは、その量が多すぎるという点だ。
「……っ!」
コジカは密かに思う。
(暴れんなよ。お前が暴れると、こっちも体力消耗すんだぞ)
「……!」
「あぶね!」
クルルの蹴りを避けるコジカ。
クルルは思う。
(やっぱり、足よりも手の方が好きかも)
コジカも同時に思う。
(ちっ。しゃあね、短期決戦だ。もしオレが死んだらお前のせいだかんな)
コジカは後ろへ跳び。詠唱した。
「バルクスオフォーチュン。ホーンダック。ダリアフォース。そして締めに……エルムンダリア」
詠唱した順番とは逆に魔法は発動する。くだらない技術だか、コジカはこれが気に入っている。
セカイが再構築される。
クルルの瞬き後の世界に広がっていたのは、まさに悪夢だった。
無数の黒い手は角笛の音で活性化する。その後ろでコジカは、不安定な力に覆われていた。
エリオスが使ったのと同じ呪文だが、決定的に違うのは魔装という下敷きがあるかどうか。不安定な力を生身で纏うのは、危険が伴う。
だがそれを許容するほど、コジカはクルルを求めていた。
「こいよ!」
「また……あなたという人は!」
クルルは激怒する。
膨大な魔素を身にまとい、強化された身体能力で黒い手から逃げつつコジカのもとへ向かうクルル。
コジカの体内魔素はもう底をついている。これが最後、全てをかけて、コジカはクルルを殴る。
無数の黒い手の半数がクルルを捕獲しようと暴れ、もう半数はコジカの腕に纏わりつく。だがそれを弾くクルルの魔装と尻尾。
魔装を破るには、それ以上の魔素が必要になる。
壊れない鎧とも揶揄される魔装は、コジカを振り起こす。
「ははっ。これでもまだ戦えるのか! すごいなあ! 相当努力したんだろうなあ!」
クルルは奥歯を噛みしめ、怯えに似た目をコジカに見せた。
それに困惑するコジカ。だが、もう引き返せない。彼は、彼女は、お互いの間合いに入った。
クルルの脳裏にレテシーの言葉がよぎる。
「クルルは穏やかすぎます。最初から最後まで、安定して戦えるのも魅力的ですが、どうせなら一撃必殺のような切り札を隠しておくのも大事ですよ」
「そうなの?」
「はい」
私は笑って答えた。
「なら、レテシーに教わろうかな!」
「な!? 私の仕事を増やす気ですか?」
「やっぱり嫌だった?」
レテシーは腕を組み、ほんのり頬を赤らめて言った。
「友達として、教えるだけなら」
「やった!」
その成果が今、現れる。
(ありがとう、レテシー。レテシーのおかげで、この人をこれ以上苦しませずに済む)
「……!」
膨大な魔素が、クルルの右手に纏わりつく。今まで柔軟だった魔素が、まるで鉱物のように硬化する。
コジカの右手がクルルの顔へ向かうと同時に、クルルの尻尾がそれを止めに走る。
「……!?」
がっしりと掴んだ尻尾は、彼を離さない。
「少しだけ、力を抜いてくださいね」
拳が、コジカへ向かう。
数秒後、彼は崩壊した世界と共に空を見上げていた。
「コジカさん」
コジカは目をつぶる。
「ごめん。もう一人の僕が迷惑かけたみたいだ」
「……? それよりも、怪我は?」
「怪我?」
コジカは笑う。
「はははっ! そりゃあ、軽症だよ」
コジカは知っている。虚偽の世界が崩壊すると同時に起きたあり得ない事象を。
(怖いな、あの子)
クルル。彼女が、エルムンダリアで作られた世界で何をしたか。
数十秒前。彼女は己が持つ最大の力でコジカを狙った。だがギリギリのところで、狙いをずらしたのだ。
それで何が起こったか。
事後報告になるが、ここに書かせてもらおう。
約数百もの民家が崩壊。舗装されていた道路は吹き飛び、その風圧で雲が吹き飛んだ。
もしコジカに当たっていたら、間違いなく骨すら残らなかったことだろう。
彼女のやさしさが、青年の心を壊した。
「ははっ。あはははは!」
圧倒的な強敵を前に、彼は恐怖を抱く時間もなしに思考を停止させる。
「あ、あの、コジカさん?」
少女クルル。彼女は勝利した。
相手に二度と消えないトラウマを残して。
「ははっ。あーっはっはっはー!」




