75話 売り言葉に買い言葉
「……?」
「……!?」
万葉木夕奈とエリオス・バンダは動きを止める。
「……なんだ、この魔素のうねりは?」
「クルル……」
夕奈は感覚でそれを捕らえていた。
(クルルの、匂いがする)
それは伝播する。王都にいた強者たちは皆一様に、それを自由に受け取った。
夕奈は心配を、ジーダは驚きを、アーサーは笑う。
だが魔族は、危惧していた。
「……コジカがやられそうだぞ。もう俺様が行くしかないだろ」
「……ああ」
四人の魔族は、暗いどこかでこう話す。
「ですが、今動くと作戦に支障がでます」
「んにゃ。オレも行くべきだと思うぜ」
小柄な女がそう言うと、四人の中で一番屈強な男が頷く。
「だそうだ。悪いが、ウキウキしているダングを止めるのは骨が折れるんだ」
細身で紳士服を着た男は相槌を打った。
「わかりました」
可決されるなにか。それは、この戦場をかき乱すものになる。だが、それを知らない彼女らは戦闘を破棄しようとこう述べた。
「エリオス。わたし用ができた」
「行かせるかよ」
「友達が心配なだけ」
「それでもだ」
夕奈はエリオスを見つめ、こう言った。
「……あんた、タフだよね」
「ん? あ、ああ」
「仕方ない」
万葉木夕奈。彼女は剣を構える。
「遊びは終わり。悪いけど、全力で行かせてもらう」
エリオスは夕奈の突然の走りに驚きつつも、距離を取ろうと羽を広げる。
「……ダリアフォース」
不安定な力が、エリオスを覆う。
(いや、引くのは危ない。なら、まずはあの魔道具を壊す)
いつもと違う動き。エリオスは、後ろではなく前に飛んだ。
あくまでも論理的に。そうエリオスは思っているが、表情は全く違っていた。
夕奈、エリオスは笑みを浮かべる。
(ああ……オレは何をしているんだ)
エリオスはそんなことを思いながら、夕奈の剣を受け止める。
(ははっ。ああ……)
夕奈は、エリオスは、同時にこう思う。
(でも……)
「……!」
「……ははっ!」
(楽しいんだよなあ!)
(楽しくて、仕方ない!)
はたから見れば異常者同士の戦い。二人の心は通い合い、言葉を乗せた攻撃を相手に放つ。
片方は剣。もう片方は魔法で強化した肉体。
そこに、理論的な二人は存在しない。
口げんかのように、言いたい放題なおままごと。
エリオスは夕奈の剣ばかりを狙う。
「……エリオス」
夕奈は、初めて自分と同類の生き物に会っていた。怠そうな雰囲気を醸し出す、暗い男。
(オレは、家族のために、妹のために、ここへ来た。エリメス、悪い。お兄ちゃんは少し、馬鹿みたいだ)
青い炎も、レーザーポイントのような魔法も、全部捨てて、この一撃に賭ける。
(さっきの一撃で、オレの神経は悲鳴を上げている。もうこれ以上戦いたくないって、訴えているんだ。……だがな、この女一人くらいは止めねえと、上の奴らに顔向けできねえんだよ!)
エリオスは、拳を作った。
(こいつは厄介だ。でも殺したくはねえ。だから、その魔道具を……壊す!)
接近して戦っていたエリオスは、一歩下がる。
「……!?」
「ユーナ、だよな。……覚悟しろよ」
魔装、そしてダリアフォースがエリオスの右手に乗る。
雷鳴ごとき一撃。夕奈は同時に、こう呟いた。
「すっご」
眼光が交差する。二人は、お互いが持つ最大火力をぶつけた。
「必殺! はっ!」
鍛丸の趣味が宿った剣が歌う。それに呼応して、赤い線が剣から夕奈の右手へ動き、繋がる。
「第三の技! 一撃、粉砕、吹き飛びなされ! 一撃、粉砕、吹き飛びなされ!」
そんな声は、二人の耳には届かない。届くのはただ一つ。
お互いの覇気だけである。
この時、剣と、エリオスの拳が触れ合った。
「クラッシュブラスト」
その余波は地を砕く。
大きな力がぶつかり合い、周辺のガラスが同時に割れる。
この競り合いに勝ったのは――エリオスだった。
「うがあ!」
魔素が龍のように変化し、夕奈を襲う。同時に、強い衝撃がエリオスの体を走った。
煙と共に夕奈は倒れ、エリオスは笑う。
「ありがとな、倒れてくれて」
ドクンッっと、エリオスの心臓は本体に危険を伝えるように大きく動いた。
エリオスは目を疑う。
「マジか……」
攻撃の軌道。彼女は、万葉木夕奈は、それを見ていた。
「キメ技」
七転び八起き。
彼女は、やる気のない女の子だ。だがそれはあくまで、自分から行動しないだけ。外的要因によりやらないといけなくなったことは、誰よりも先にやる。
何度失敗しても、立ち上がる。
夕奈いわく、じゃないとゆっくり休めないそうだ。
「必殺! はっ! 第一の技! 一撃、粉砕、吹き飛びなされ! 一撃、粉砕、吹き飛びなされ!」
夕奈の目に映るエリオス。
彼は、手を広げていた。一方彼女は、剣をもっていた。
エリオスは、急いで赤黒い球体を出そうとするが、一歩遅かった。
「エクスプロージョン」
「エクスプロージョン!」
対照的な夕奈と剣の声。彼女は淡々と、剣をエリオスに当てた。
刹那、空間を割るような力場が発生する。
「ユーナ……お前、やるな」
「それはお互い様」
大きな爆発に飲まれ、エリオスが吹き飛ぶ。
私、万葉木夕奈はそれを静かに眺めていた。
(エリオスは頑丈だし、あれくらいじゃ死なないでしょう。それよりも、さっきの感じ。……力魔法のコツ、それを掴んだ気がする)
私は剣を一瞥する。
血管のような赤い線が脈打っていた。
「うげえ」
今回は二連続使ったことも相まってか、先ほどよりも早い動き。私は気持ち悪さよりも先に、好奇心に襲われていた。
「……鍛丸さん、どうやってこんなものを?」
爆風の影響が消える。私はエリオスがいるであろう場所へ向かった。
エリオスの前に現れる夕奈。
彼女は言った。
「あんた、ほんとに頑丈ね」
「……お前に言われたくねえよ」
(からだ、動かねえ)
エリオスはそんなことを思いながら、太陽を見た。
「オレの、負けか」
「ええ。まずは私が一勝。リベンジ待ってるわ」
そう言って立ち去る夕奈。エリオスは微笑みながら、こう呟いた。
「たく、前のはノーカンかよ」
夕奈はその声を聞きながら微笑む。
この戦いの勝者は、万葉木夕奈。だがエリオスも、そんな現状に満更でもない様子だった。
「いっ……。エリオスの攻撃、痛かったなあ」
夕奈は知らない、無意識のうちに力を分散していたことを。それが、彼女の根性と共に勝利を支えていたことも。
そんな彼女は、走りながらこう呟く。
「クルル、いつの間に帰って来たんだろう?」
(もしかしたら別人かもしれない。でも、クルルな気もするから、行くしかない)
「こんにちは」
夕奈は紳士服を着た男の横を通り過ぎる。
「……え?」
刹那気づく。彼が、とんでもない殺気を放っていることに。
「その様子だと、エリオス君は負けてしまいましたか」
「あなた誰……?」
紳士服を着た男は驚いたように言う。
「おっと失礼。名乗っていませんでしたね」
男は、儀刑のごとし会釈を見せる。
「私はロニイ・ファーベント。エリオスの仇を討ちに来ました」
キラリと、彼の左手の薬指にある指輪が光る。
私は後ろを親指で指しながら言った。
「エリオスなら、あっちで寝てますよ」
「わかりました。では、先にあなたを殺して助けに参りましょう」
「なるほど、どうしても行けないわけだ」
夕奈は再び、剣を握る。残念なことに、刀は先ほどの戦いで紛失。夕奈は、これ一本に頼らなくてはいけない状況だ。
「来ないんですか?」
私、夕奈は挑発するように言った。
こんなことしなければよかったと、後悔するとは知らずに。
私の脳裏にマニュウさんが過る。
「ブループラネット」
その異質さ。魔族が、人間の魔法を使う……?
防御が遅れた夕奈を水の塊が襲う。
「……!」
(透けない服でよかった!)
私は気を取り直して、ファーベントを見る。
彼はすでに次の動きに入っていた。油断も隙もない相手。
「……」
これが本当の戦いだと感じ取ったのは、今が始めてだった。
師匠の時とも違う。エリオスの時とも違う。あえて言うなら、アーサーさんの魔法をくらった時に近い。
死の感覚。
首に冷たく当たるナイフのようなありもしない感触が、私の百二十パーセントを呼び起こした。
「……!」
私は、攻撃の軌道を見る。ずっと考えていた魔法名を、呟きながら。
「慧眼……『暁』」
魔素が呼応する。彼女の命令通りに動き、今まで朧気だった軌道が、鮮明に浮かんだ。
ついに決着です!
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。




