74話 新しい酒は新しい革袋に盛れ
今起きていること
・万葉木夕奈VSエリオス・バンダ
・ジーダ・オニュセント&ファニー・トロイポンvsアルファ&ベータ&ガンマ
・アーサー=アーツ・ホーガンvsその他大勢の魔族、魔獣&メモリープラット&カニマニ・アルル
・ラリゴ先生vs名も無き魔族
・バルトス・シリカ&カナリアル・ボンダVS鍛丸匡一郎
・レテシー・アルノミカ&嘉村舞奈vsヴァルダニオ・ボンダ&ヒョウリー・クワンド
・クルルvsコジカ
花が咲くように、アルファの力が開花する。
魔法の才能はない。そう思い込んでいた。アルファ自身も、ジーダも。
だがそれは実っていなかっただけ。彼女は、今ここで成長した。
(……!? いい匂いがする)
(香水?)
ジーダ、ベータは同時にアルファの体臭が変わったことに気づく。
「花月……」
ロックオンされたように、丸い円に重なる線が回転する。
彼女の足は、腰は、手は、肩は……ありとあらゆる筋力が、活性化する。
魔族の使う魔法は、ルールに縛られない。これだけ聞くと人間の魔法が劣っているように聞こえるが、実際は違う。そこに優劣はない。
アルファのように強い外的要因でもない限り、血統に沿った魔法を扱う。そのため、二種以降の魔法を扱うにはちょっとした練習が必要になる。
才能が支配する人間の魔法とは違い、魔族は努力で何とかなるのだ。
だが、己の体で生成される魔素を扱うことも相まってか、二種以降の魔法はほとんどの者が難航する。二つ以上魔法を使えたら立派な大人。そういわれるくらいだ。
この体内で生成されるメリットはたくさんあるが、デメリットも大きい。一つは枯渇する可能性があること。そしてもう一つは、同じ呪文でも人によって個性が出てしまうという点だ。
結局のところ、お互いセンスが必要なことは変わらないが、魔族は人間と違って全員が何らかの魔法が使える。根本的には似ているような魔法、だが実態は違う。
だからこそ、アルファの異質感が光る。
彼女は、師匠の影響もあってか、人間に似た魔法を使う。
教科書に書いてあることをそのまま覚え、体に染み込ませることができるのは、ある種の才能だ。
それができる彼女だからこそ、偏見もなく、そのまんま、人間の魔法を模倣した。
「面来……」
この事実に最も驚いたのは、ジーダ・オニュセントだった。
「プリッツ」
光魔法。彼女は、魔族の体で作り上げた魔素で人が使う魔法を使用した。
そこに境界線はない。あるのはただの、偏見のみ。
「……!」
光の斬撃のようなものを受け止めるプリンちゃん。
花月面来。これは、彼女が作り上げた魔法。今ここから始まる、彼女の血統に沿った魔術である。
才能の開花。時を同じくして、それを感じていた男がもう一人。
「ハハハっ! すごいな! 楽しいな!」
「私はそうは、思いません!」
女の子といえど、コジカは手加減しない。クルルとコジカ。二人は守りを捨て、拳同士をぶつけあっていた。
「はははっ! おいおい!」
「……!」
クルルはもう、無力な少女ではない。後ろで守られているだけの姫ではない。
本望ではない力だが、彼女は手にしたのだ。相手を屈服させる力を。
(こんなこと、してる場合じゃないのに……! こうしてる間にも、逃げ遅れた人が……!)
「……うぐ」
一瞬、コジカの拳がクルルに勝つ。
「お? 今、気抜いてただろ」
「いいえ……」
(戦いたくない。でも、私がこの人を止めなきゃ、もっとひどいことになる。優しかったコジカさんはもういない。理由は分からないけど、そうだと感じる)
「うがああああああああ!!!!」
咆哮に似た声が、クルルの魔獣としての本能をくすぐる。
そんな彼女を見て、ワクワクと心を躍らせる男が一人。
「ははっ。サイコー」
男は一歩下がり、両手首を合わせた。
「ホーンダック! プラス……」
コジカは手首を回し、人差し指で天を指す。
「バルクスオホーチュン」
無数の黒い手が地から現れる。死人が墓から出てくるときのように、這いずって。それに呼応し、角笛から出るような音が響く。黒い無数の手は、活性化する。
それと同時に、コジカの胸から心臓のようなものが飛び出した。
「天秤にかけよう。オレの命と、オレの敗北を」
ガタンっと、小規模の地震が起きたかと思えば、天に現れた大きな天秤。
「正々堂々。正面からぶつかってこい」
これが、コジカの得意魔法。天秤が傾くと終わり。下にある方が問答無用で消える。
コジカですら、何が原因で傾くのかはわからない。
だからこそ、彼は笑う。
「正々堂々、命をすり減らそうぜ」
クルルは、説明もなしにその力の意味を感じ取った。ふつふつと込みあがる怒り。
彼女は、激怒した。
「……言っている意味が、よくわかりません。そもそも、あなたはコジカさんなんですか!? いえ、そんなこと関係ありません。私は間違っていると思います」
その涙は怒りからのものなのか、悲しみからのものなのかは、本人にもわからない。
「お前、何泣いて……?」
「間違っています……。命を、人生を、簡単に賭けないでください」
クルルは、全身の力を抜いた。
「もし私が勝つとあなたが死ぬというのなら、――今ここで、私は敗北の意を宣言します」
「お前……」
コジカの表情が曇る。彼は、呆れたように言った。
「つまんねえガキだなあ」
無数の黒い手が消滅する。天秤は無責任に、傾いた。
正体不明の黒い影が、クルルを飲み込む。
「……」
この時、クルルの負けが確定した。
「がんばれ……」
それは、少女の声だった。
「がんばれ……」
鼻水を吸う音がする。彼女は、親の意思も、自分自身の恐怖すらも無視して、そこに立っていた。
「がんばれ……がんばれ! 頑張れー! 女王ちゃん!」
その声は、魔獣を人へと変貌させる。彼女は、たった一度助けられただけの恩を返しに、ここまで参った。
それはひとえに彼女のため。同年代ほどの、頑張る子を応援するために。
「あー、つまらん。誰だよ、お前」
コジカは「ギルティア」と呟く。
それは詠唱に乗り、少女へと向かう。
それは絶望へ。禍々しいほどの魔力量がそれを打ち消した。
「……は、ははっ。は?」
「おい」
その声に、男は怯えた。その声に、少女は恐怖と憧れを覚えた。
「それは、見過ごせないぞ」
圧倒的な魔力が、器から溢れる。需要にそぐわない供給量。市場に出回りすぎた時のような、デフレのようなものが起こる。
クルルはそれを、無駄に扱う。あふれ出した魔素が視認できる尻尾を創り、後ろにいる女の子を守った。
魔素は基本見えない。視認できるほどの密度。それは、常軌を逸するものだった。
「天秤は消えた。てことは、コジカさんは勝ったという事。……二度は言いませんよ」
クルルは、愛憎の混ざった瞳を彼へ向ける。
「これ以上私以外を苦しめるというのなら、容赦はしません」
柔軟なクルルの魔素は、大きな両手を創り上げる。視認できるほどの密度、それにより、本来なら触れても気づけないような魔素が、牙をむく。
コジカは、首を四方八方に振る。
「お前は黙っとけ。……ははっ。いいぜ。来いよ……ガキんちょ!」
血だらけのコジカ。一方クルルは、スライム特有の再生力のおかげで傷一つなかった。
スライムは、本来ここまで強くない。だがコジカは知らない、彼女が、スライムを統べる女王であるということを。
体内の魔素を使っている時点で自分と同類だとコジカは気づいていた。だが、これは最大の誤算だった。
この世のスライムは絶滅危惧種に近い。それは長年分裂してこなかったから。分裂を繰り返すことで、当然のことだが細胞と魔素は減る。
何千万年と繰り返してきたその歴史。少しずつすり減らす何かに怯えたスライムたちは、奇跡を起こす。
それは進化と言っても過言ではない。
全てをリセットする禁断の手法。
十五年前、二匹のスライムが交尾した。あり得ない行為。
だがそれは、スライムの進化に貢献した。
生まれたのだ。減っていく者たちを救う、女王が。
この日初めて、スライムたちは意志を持った。協調性を学んだ。仲間意識を持った。
そんな奇跡の中心にいたのが彼女。
クルル。
父を失い、母を失い、多くの家族を失うあの事件がなければ、クルルは今頃幸せだっただろう。
だが、幼い彼女はそれを覚えてはいない。
彼女にとっては、あの森こそ家なのだ。
クルルという名前こそが、本名なのだ。
ここからスライムの新時代を最前線で歩む彼女は、こう述べた。
「わかりました。では、こちらも考えを改めます」
(捕らえるだけのコジカさんはもういない。今のコジカさんは、人を容赦なく殺すだろう。どこで変わったかは分からないけど、そういう考えなら……)
「考えはまとまったか?」
「はい。ではこちらも、容赦はしません」
その声に、後悔を感じるコジカ。だが、今の彼にとって、それはどうしようもなく知りたくもないことだった。
「ははっ。ワクワクするぜ」




