73話 人を思うは身を思う
今起きていること
・万葉木夕奈VSエリオス・バンダ
・ジーダ・オニュセント&ファニー・トロイポンvsアイマスクをつけている少女&マスクをつけている少女&耳当てをつけている少女
・アーサー=アーツ・ホーガンvsその他大勢の魔族、魔獣&メモリープラット&カニマニ・アルル
・ラリゴ先生vs名も無き魔族
・バルトス・シリカ&カナリアル・ボンダVS鍛丸匡一郎
・レテシー・アルノミカ&嘉村舞奈vsヴァルダニオ・ボンダ&ヒョウリー・クワンド
・クルルvsコジカ
「一つ聞いてもいいですか? あなたたち魔族の目的は一体……」
有無を言わさぬガンマの眼光がファニーを射抜く。
ガンマの持つ二本のナイフから金属音が響いた。
合図もなしに戦いは再開する。
それと同時にファニーの髪がふわりと浮いた。大きく響く金属音。
ガンマの持つ二本のナイフは、ファニーの持つ鉄製の剣を穿いた。
「……!」
線を描いたように剣に穴が開く。ファニーは驚いたようにそれとガンマの持つ二本のナイフを交互に見た。
(微かに振動している?)
危険だ。知性がそう告げている。
はにかむファニーを憐れむようにガンマは見た。
「……呆れた。なに楽しんでんの?」
そんな二人を尻目に、ジーダ・オニュセントは体を動かす。
プリンちゃんと共にアイマスクを付けた少女と耳当てを付けた少女を止めようとするが、なかなかどうしてうまくいかない。
ジーダはここまでの戦闘で分かったことを、戦いながら整理していた。
(目隠しを付けた子は超人的な身体能力と頑丈さを持ち合わせているだけではなく、一瞬だが体の力が抜けるような毒をも使う。耳を隠している子は、その圧倒的な技術を乗せた刀が厄介。唯一得意魔法を見せていないのも不気味だ。この子たちはあまり魔法を使わない。苦手なのかもしれぬ)
「んん、むふふわはははー! やばいよ、こりぇ、ヤバいよ」
溶けた声を発するアイマスクを付けた少女を見た耳当てを付けた少女は奥歯を強く噛みしめた。
(ベータに実験の副作用が出てきてる。……私一人で何とかするしかないか)
耳当てを付けた少女はそんなことを考えながら、刀を振る。
そんな中、戦闘において邪魔とされる回想が、無自覚のうちに彼女の脳裏に浮かびあがる。
あれは三年前のこと。
「……あるふぁー。今、アメリカ人と会って来た」
「アメリカ……? なに、それ?」
まだ耳当てをつけていなかった頃の少女はアルファと呼ばれていた。彼女の横にいるのは優しそうな目をした少女、ベータ。彼女たちの容姿は、まったく違っていた。
二人はべたべたくっつきながら会話をする。
「今話題の、地球人だよ」
「……知らない」
「そっか、知る人ぞ知るって感じだもんね。まあ、私の見立てではこれからもっと有名になるけどね!」
「はいはい」
ガチャっと音を立てて扉が開く。現れたのは二足歩行の山羊と、口元を包帯で巻いた少女だった。
「……お、おかえり」
アルファはベータに合わせて頷く。
ガンマが部屋に入ったと同時に、ドアが勢いよく閉まる。
アルファはガンマに近寄り、優しく呼びかけた。
「また、何かされたの?」
首を縦に振るガンマ。彼女の口元の包帯がほどける。
「……」
アルファ、ベータは同時に口をつぐむ。
ガンマの口は、赤く染まり、裂けていた。
口裂け女。そんな冗談を言えるような雰囲気ではない。
沈黙が支配していたこの空間を壊したのは、ガンマだった。
「まあ、気にしてないよ」
「……」
私は何も言えなかった。困った私は、助けを求めるようにベータを見た。それを察してか、彼女は微笑み口を開いた。
「それはよかったー。ねーねー、ガンマは地球人を知って……」
楽しげな会話を始めるベータ。彼女の笑みにつられて、ガンマも笑う。
私も、その会話に参加した。この笑い声が、好きなのだ。
毎日、毎日、検査ばかり。なぜこんなことばかりしているのかはわからない。
私たちは、捨て子だから。それを知る術すらない。
「……」
私の前に浮かんだ魔法陣が消える。採取された自分の血を見つめながら、私は安堵した。
これで、今日のご飯は得れる。
そんな日々が続く。日に日にガンマの声は枯れて行った。
「あ、あー……」
「がんま、風邪ひいたのおっ?……しゃっくりが出ちゃった」
私はそんなみんなを見て、こう言い放った。
「なんか、やばくない? 実験の副作用じゃ……」
「まさか」
「もしそうなら訴えてやる」
冗談を言うガンマと楽観的なベータ。いつも通りのみんなだ。
私はそれに安堵し、何気ない会話を続けた。
「そういえば、地球人の話してたよね」
「うん」
頷くベータを見た私は、こう返す。
「自由に外へ行ける休み時間の間に、まあ、監視付きだけど……、私も地球人に遇ったよ。日本人、だった気がする」
「ほんと!?」
「……嘘じゃないよね」
大はしゃぎで部屋を走り回るベータ。ガンマも、冷静ぶってるけど心の中では興奮しているだろう。長い付き合いだからわかる。
私は溜めに溜めてこう言った。
「いえす」
「うおー!」
歓声が上がる、といっても一人だけだが。ガンマはニヤニヤしていた。
「んー。てか、地球人といえばなんかすごい力持ってるらしいよ」
私が「あ、それ知ってる」と言おうとしたと同時に、ガンマが鼻息を荒くしてこう述べた。
「地球人は、この世界とは違う世界から来て、その道中で『ギフト』と呼ばれる力を貰うらしいよ! 最近では、彼ら彼女らは勇者と呼ばれていて……あ、ごめん」
恥ずかしそうに頬を赤らめるガンマ。私とベータはしばらく黙った後、腹を抱えて笑った。
「ぶっひゃっひゃ!」
「ははっ。ガンマはやっぱりオタク気質だね」
そんなことを言う私を、ガンマは睨む。
「別に、そんな好きってわけじゃない」
「ほんとにー?」
煽るように言うベータ。それを聞いたガンマはぷくっと頬を膨らまし、暴れた。
「んがー! 違うってー!」
ガラガラ声が響く。私は心の底から笑った。
その笑みが消えたのは、それから一年後のことだった。
「んふふー。ひぐっ、ははー。ただひまー!」
焦点のあっていない瞳が、戦慄に姿を変えて私たちを襲う。
私よりも先に声を出したのは、ガンマだった。
「お、おかえり」
幸いなことに、ガンマの枯れた声は毎回のことではなかった。だがベータのこれは……もう、戻らない気さえした。
「いひひ。んふふ」
その笑いが私たちを蝕む。
壊れる日常。私たちの関係は、一人が脱落することで連鎖的に崩壊した。
「……ねーねー、でしゃばんなよ」
日に日にベータの口が悪くなる。
私はこれを危惧すべきだったのだ。右腕を失っても、左腕を失っても、逃げるべきだったのだ。
だがしなかった。それが原因で、ベータの悪口を聞くのも最後になった。
「……」
耳鳴りがする?
私の目の前で口をパクパクと開けるドロドロに溶けた何か。いつも血を採取してくれたお方だ。
この人は優しい。毎回よく頑張ったねと褒めてくれる。だが今回は言われなかった。
否。
私は自室に帰りその意味を理解する。
「……」
家族の声が聞こえなくなっていたのだ。
耳が聞こえない。その事実は、私に重くのしかかった。
暗い毎日。私は話す努力すらせず、運命を呪っていた。
(んっん! マイクテスト、マイクテスト)
「……?」
突然、頭に響く声。後ろを振り向くとそこには、ガンマがいた。
(危ない橋だったけど、話せるようななったよ)
微笑むガンマ。何も言わずとも、その意味を理解した。ガンマは……私のために危険な実験に付き合ったのだ。
(ありがとう)
そう言う事も出来ずに、私はガンマを見る。
(私の力は、私の感性がないと送受信はできない。だから、アルファの本音は知らない。でも、伝えることはできる。……戻ってきな、いつでも待ってるよ)
何故だか前が見えない。理由は分からない。でも、その言葉は確実に私の背中を押した。
最初は口の動きから何を言っているのか判断しようとしたが、神様の力で翻訳されているこの世界でそれは無意味だった。
だから、学んだ。魔法を。
百年、二百年、三百年と、時は過ぎる。
私が次に家族に会ったのは、三百年後だった。
耳が聞こえるようになる魔法。代償として、耳を失うが、頑張って作ったお手製の耳当てでそれは隠そう。
私は生涯続く呪いに似た魔法を発動した。
「……?」
セカイが暗転する。いつからこうなっていたのだろうか? この事実を飲み込むのに、一か月はかかった。
「実験は成功だ。禁忌とされた夢を実現する魔法。……ふふ、ふはははっはは!」
パンっと、水風船が割れたように二足歩行の山羊は爆発した。
拍手をしながら現れる男。私は何が何だかわからず、こう呟いた。
「なにが……起きたの?」
男は微笑む。立派な羽を動かしながら。
「お前たちは二年前に眠らされた。感覚では何百年と生きていたのかもしれないが、それは間違いだ」
「なにがなんだか……」
起き上がると同時に来るその違和感。まるで、自分の体の中にほかの人がいるような……。
「君たちの一人が、とんでもない夢を見ていたようだ」
知らない記憶が頭の中で広がる。
「……これは、ベータの記憶?」
「ああ」
男は口角を上げ、鏡を私に見せた。そこにいたのは、知らない女だった。
「これが君の新しい顔だ。耳はないね。でも大丈夫。あとの二人は綺麗だろうから」
「……?」
この事実を正面から受け止めれたのは、それから一か月後のこと。私たちは三人で一人。私の得意魔法を使うことで、三人に分裂できる。
なぜ、こんな力を私が持っているのかはわからない。
……もしかしたら。
(今でも三人でまた、一緒に暮らしたいって思ってたのかもしれない)
「……!」
床から尖った岩が飛び出る。ジーダ・オニュセントの攻撃。私の攻撃は無念にも失敗する。
「……今のは、危なかったです」
こんな事情、おじさんには関係ないのかもしれない。でも、負けたくない。
あの男から言われたんだ。
(この戦争に勝って、生き残れば、治療してくれるって!)
魔王軍幹部ガムド=ナルド・ルウィーさんに、言われたんだ……!
(だから、絶対……!)
「舐めた口きくなよー」
口角を上げるベータ。私は誓う。
(こいつを持って帰って、笑うんだ。心の底から!)




