70話 瓜の蔓に茄子は生らぬ
万葉木夕奈が必殺技を放った頃より時は少し遡る。
「氷の刃? 魔族の癖に何ともわかりやすい魔法を使うのですね」
「うるさいだん!」
レテシー・アルノミカ。彼女は後ろにいる王女二人を守るため、戦おうとしていた。
「……」
彼女は怒るクワンドを他所に、嘉村舞奈を一瞥する。
(嘉村さんはほっといても勝てそうだ。もとより、嘉村さんが負けた相手に私が勝つことは不可能だが)
「クワンドさん」
「なぜおいどんの名前を知っているだん!?」
レテシーは呆れたように言った。
「……一度刑務所に入ったでしょう? あなたの情報は出回っています」
「プライバシーの侵害だん!」
「それが嫌なら罪を犯すなという事です」
「屁理屈だん!」
地団駄を踏むクワンド。そんな齢五十を超える男を見つめる十二歳の女。
魔族の寿命が長いことも影響してか、クワンドも見た目は十六歳のぽっちゃりした青年のようだが、それを加味してもレテシーにキレるクワンドはなかなかに哀れなものだった。
そんな彼を見て、レテシーはこう呟く。
「……あなたは本当に、アリア様方を捕らえに来たのですか?」
レテシーは引き気味にそう質問した後、こう思った。
(こんなことなら、ここは嘉村さんに任せて私はクルルを追えばよかった)
私、レテシー・アルノミカは回想する。
偶然にも、私たちメイドの研修が終わり、帰省していた時のこと。なんと帰って来るや否や、王都がめちゃくちゃになっているではありませんか。
私はその事実に驚愕した。そのせいで、馬車から真っ先に降り、市民の救助に向かったクルルを追う事すらできなかった。
一瞬の判断でしたが、クルルと共に戦うか、一人でいるアリア様を助けるかを天秤にかけた結果、私は後者を選んでしまった。
これではクルルに顔が立たない。
(魔装もクルルのほうが才能に恵まれていた)
それを知った時の悔しさは忘れません。
だから、クルルに抜かれないためにも同行しておけばよかったと思う。
そんなことを考えていると、クワンドさんが私の質問に答えるように口を開いた。
「その通りだん! おいどんは、アリア・ホーガンを捕らえるだん!」
呆れたように溜息を吐くレテシー。彼女の冷徹な瞳は、ゆっくりと上を向き、クワンドを睨んだ。
「それでは、容赦はしません」
クワンドの体に悪寒が走る。
レテシーは距離を詰め、蹴りを入れようと構える。それに合わせてクワンドは氷の刃を宙に浮かべ、レテシーに放つが、半分は途中で崩れ、もう半分はレテシーの体に当たるだけで終わった。
「なんなんだん? お前は!?」
彼女はレテシー・アルノミカ。そう、紙に書かれてあっただけの女の子。出生は不明。生年月日も不明。何もかもが記録されなかった女の子。
ただわかっているのは、オークと人間のハーフだという事だけである。
まだ赤ん坊だったレテシーを発見した冒険者はのちにこう語る。
「彼女は、血まみれでいたんです。もう、思い出したくもない」
状況から察するに、レテシーの母親は死産。父親は不明。
その間に愛があったかどうかは、当人たちしか知らない。
そんな環境ゆえか、彼女の魔法は普通ではない尖り方をしている。
もともと真面目な彼女は、鬱憤を己の中に閉じ込めて生きてきた。
それも相まってか、彼女が使う魔装は、恩師嘉村舞奈を辟易させるほど、個性的だった。
「……!」
レテシーの蹴りが、クワンドの顎を貫く。
もう少しクワンドの身長が高ければ、こうはならなかっただろう。
レテシーは宙を舞うクワンドを見ながら、ゆっくり足を下ろした。
彼女は、クルルのように滑らかで柔らかい魔装は練れない。
そもそも、それがまず異端なのだ。
全身を覆う魔装は基本。魔装を習得する者が真っ先にぶつかる壁。だが彼女は、それをスルーした。あろうことか無視したのだ。
(手ごたえはあった。でもクワンドさんは必ず起き上がる。ユーナさんに訊いててよかった。彼は、妙に悪運がある)
クワンドは立ち上がる。
そんな彼を見て、レテシーは右足に神経を集中させる。
そう、彼女の魔装は一点集中。この技術は嘉村舞奈レベルになると簡単に使える、周知された力なのだが、そんな彼女でもレテシーに魔装を教えるのは困難だと匙を投げだしたくなるほど、尖っていた。
まるでハリネズミ。どんな命令を魔素に与えるとこうなるのか……本人ですら無意識のうちにやっているのだから、知る者はいない。
膨大な魔素を荒々しく削って体に纏う魔装。
それを制御できる者は、レテシー・アルノミカの他にはいないだろう。
そもそも、そんな荒々しく削った魔素を体に纏うなど、自殺行為なのだ。なぜ、ほとんどの者が柔らかく滑らかな魔素をまとうのか。それはひとえに安全のため。
ましてやレテシーのような使い方をするなど、嵐に手を突っ込むようなものだ。
そんな無茶を可能としているのは、彼女の出生に秘密がある。
オーク。彼がレテシーもたらしたものは、忌々しいほどに頑丈な体と、執念に似た父親への恨みである。
「……立つのなら、今度は心臓を狙いますよ」
「それでも立つだん。おいどんは、弟に託されてきたんだんよ……。だから、諦めるわけにはいかない」
レテシーの瞳は相変わらず冷たい。アリアに傷一つ付けば間違いなく殺人を犯すであろう。そのくらいの覚悟を感じる。
そんな彼女だからこそ、こんな言葉が出てきたのだろう。万葉木夕奈でも、クルルでも、アリアでも導き出せないこの言葉。
十二歳とは思えない言葉を、彼女は発した。
「わかりました。では、次は殺します」
その言葉は、不気味なほどに現実味を帯びていた。それを証明するかのように、レテシーの足に魔素が集約する。




