6話 魚心あれば水心
何が起こったのかわからない。この世界に来て初めて思ったこと。でも、スライムや天の声も相まって、意外とすんなり受け入れられた。
ここで問題となるのが、私はどうやってこの世界に来たかということ。
すなわち、噂の神隠しに会った。ただ、それだけである。
だが往々にして、噂には元となった事件がある。火のない所に煙は立たぬ。確かこの噂の元となった事件は、二〇〇〇年に起きた神流崎遊園地集団遭難事件、だった気がする。
とどのつまり私が何を言いたいのかというと。
(先輩たちがいる可能性だってあるということだ)
まさか初日に会うなんて、予想外もいいところだが。
私は大雑把な作戦を考えた。
「クルル、時間がない。君の強さに賭けててみるよ」
私はクルルに耳打ちした。
一方そのころ、マニュウとシュラは焦燥感に駆られていた。
(……やべえ。切り札が効かなかったとなると、本格的に何もできねえぞ、オレ)
(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイよ! また目隠しだ。これされると私たち、連携が取れなくなっちゃう)
マニュウは歯ぎしりをした。
(同じ轍を、二度も踏んでたまるもんか!)
「シュラ、私はここよ!」
びくりと、シュラの体が震える。
(あいつマジか。……だが、おもしれえじゃねえか)
声が聞こえた。
「そんなに叫んで、バカみたい。わざわざ位置教えるなんてね!」
炎は走る、マニュウに向かって。
(って、するよな普通)
シュラはそんなことを考えながらガジェットを取り出す。
(さんざん温めてくれてありがとよ、オレからもお返しだ)
氷魔法の設置型魔道具。オレはそれを、マニュウの声がする方へおもいっきり投げた。
それは運よく、炎の進行方向に着地した。
冷気を発する魔道具。熱と、冷気。それがぶつかり合えば起きることは一つ。
「空気さんよお。飛べ」
一時的な上昇気流が発生した。煙のように濃かった水蒸気も、周囲を囲んでいた火も消える。一直線に進む炎も、目的地を見失ったように消えた。
「何それすごい!」
と、驚く女。
(だけどね、驚くのはここからよ)
正直、シュラとマニュウさんの行動には驚いた。だけど、私の作戦に影響はない。やはり私の、空から見る力は強かった。
簡単に、敵の動きを観察できるのだから。
(今だ)
「クルル、お願い」
「了解……!」
パチンコのように伸びたクルル。スライムに手はないが、左と右の皮膚にスライム独自の粘着力のある粘液を付着させ、妙に根の強い草を持ってもらい、そしてできるだけ後ろに移動してもらう。これでクルルパチンコの完成だ。
などと思っている場合ではない! 生き物のスライムはやけに伸縮力があるらしく、私は予想以上に飛ぼうとしていた。
(強引に止まる)
知らない理屈で空を飛んでいる女に、私はしがみついた。
「……なに!?」
(どうも警戒心のない女。やっぱりこれは、当たりかな?)
私は変身を解いた。
「こんにちは、私は万葉木夕奈。高校生です。痛て」
なぜかチョップをくらった。
「高校生なら大人には敬語を使いなさい」
(あれ? 意外と話ができる?)
なら。
「なんでこんなことをするんですか? 理由がないのなら今すぐやめてください」
女は、私のポーチに入っている『平成の歩き方』と書いた紙切れを見ながら、「立場分かってるの?」と呟きこう続けた。
「でもまあ、あんたは地球人だし特別。教えてあげる」
覚悟はしていた。どんな答えが来ようとも、私はすぐに炎になろうと。
だが彼女は、私の作戦も、スライムがカギだと思っていた昔の私さえも、バッタバッタとなぎ倒した。
「わたしね、宝石が欲しかったの。だから依頼通りにこの森を焼いたの。だけどね、スライムが鳴いて邪魔だったの」
つい、そのバカらしさから力を抜いてしまった。
「へ?……って、わ!」
女にしがみついていた私は当然のように地に落ちる。
だが寸前で、「ウィンドフォース」と聞こえた。気づくと私は宙に浮いていた。
「ん……んっ。わたしこの魔法苦手なの、ユーナちゃん、早く降りて」
「え、あ、はい!」
私は言われるがまま体を動かした。どうやら効果範囲は狭いらしく、私は無事、尻を打った。
シュラさんが近くに駆け寄る。
「おい。あいつと何話してたんだよ」
「……ちょっと、いろいろ」
私は手をメガホンのようにして言った。
「あの、少し話をしませんか?」
女は考えるそぶりをした後、こう言った。
「いいわよ」
降りてくる女。私の後ろで、「ええー、うまく行ってたのに。あの後私は、ビーストトーレントっていう奥の手を使う予定だったのよね。決め台詞も考えてたのよ。どれだけ固い鎧でも、力を一点集中させれば無事では済まないだろモゴモゴ。……? シュラ? なんで無言で私の口を押さえるの? なんで?」
マニュウさんは何か言っていたが、私は無視する。どうやら気分が上がっているらしい。
「こんにちは」
「こんにちは」
私は頭を下げる。
「改めて挨拶を。私の名前は万葉木夕奈。高校生です」
(こんな形になったけど、時間稼ぎはできている。メイルさん、そっちはよろしくお願いします)
私は不躾ながら要求した。
「お願いがあります、私たちと話す前に、一旦森の炎を消していただけませんか?」
「……」
女は長考した後、言った。
「いいわよ」
と女が言うと、本当に炎が消えた。空から見ているので間違いはない。思わずガッツポーズを取りたくなる。
だが、すぐにおぞましさが襲ってきた。
「わたし、宝石なんかよりも貴方に興味が移っちゃった」
「……?」
(何言ってんの、この人?)
「私の名前は紅木葉。三十四番目の戦士よ。あなたは?」
何と言おうか迷った。だが嘘をついても仕方がないので正直に言った。
「知りません!」
すると紅さんの顔が曇る。
「なるほど、私とは仲良くなりたくないと。せっかく二〇〇〇年の仲間に会えたかと思ったのに」
「……アツッ!」
熱が地面を支配する。私は汗をかいていた。
これは紛れもなく、帰ったら上司に怒られるヤツだ。わたしに上司はいないけど。
私含めた三人は怒りの炎に包まれた。